#57 それぞれの居場所
衣食住を探しに出た者たちは、次々と猫の都へ帰ってきた。
ユアピが連れてきたのは、鶴の人獣である鶴子。
シャムとミケの後ろには、セイナとフーラ、そして五十羽もの雀たちが続いていた。
最後に姿を見せたクロの頭には、霊力を使い果たして白猫へ戻ったルナが乗っている。その後ろを、三人の青年が大工道具を担いで歩いてきた。
藁を得意とするガイ。
木材を扱うマシュ。
煉瓦を扱うオルテ。
猫の都へ、衣食住を支える者たちが揃った。
新たに五十二名もの雀が加わると聞いた住民たちは、寝床が足りるのかと不安そうな顔をした。
しかし、人の姿を取ったままなのはセイナとフーラだけだった。
残る五十羽は雀の姿で軒先や木の枝へ並び、当面は僅かな場所さえあれば十分だと告げた。
こうして簡単な顔合わせを終えた翌日。
ユアピの提案により、猫神社で第一回首脳会議が開催された。
―――――
猫神社の参集殿に、坂巻、ユアピ、猫又五人衆が集まった。
シュリは給仕として全員の前に湯呑みを置いていく。
七人分のお茶を用意し終えると、末席に正座した。
「皆のおかげで、猫の都を支える三本柱――衣食住が揃いました! 拍手~!」
ユアピが両手を叩く。
坂巻とシュリ、それからミケがつられて拍手をした。
ほかの五人は、湯呑みを手にしたまま動かない。
まばらな拍手が参集殿へ寂しく響き、ユアピの笑顔が引きつった。
「……はい! では本題に入りまーす!」
何事もなかったかのように両手を広げる。
「人も増えたし、衣食住も揃った。そこで今後の都市計画を立てると共に、うちらの立場と役割も、そろそろ明確にした方がいいと思うの」
「都市計画か……。何だか随分と仰々しくなってきたね」
坂巻が困ったように頭を掻く。
「元はと言えば、おじさんが誰彼構わず助けて連れてくるからでしょ?」
「あはははは……」
否定できない坂巻が、乾いた笑いを浮かべた。
「続けて」
素敵なボスが短く促す。
「まず、はっきりしていることが一つ。この都は“猫神社”があってこその猫の都。だから、猫神社で一番偉い宮司のおじが、この都の長ね」
「え、私が?」
「ほかに誰がいるの。で、権宮司のうちが副長。おじを補佐しながら、都の実務を担当します!」
坂巻の戸惑いを置き去りにして、ユアピは話を進める。
「それと、猫又五人衆は猫神社が祀る神様の象徴みたいな存在だから、この人事とは別枠!」
「じゃあ、私たちはそういう話に付き合わなくてもいいよね?」
シャムがすぐに反応した。
「え?」
「おじとユアピに任せるよ。私は日向ぼっこしてくるから、よろしくね~」
シャムが立ち上がる。
それを合図に、ルナ、ミケ、クロも揃って腰を上げた。
「ちょ、ちょっと待って! 日向ぼっこって、今から!?」
「私たち猫には興味のない話だ。代表として私が残れば問題ない」
素敵なボスは四人を止めようともせず、お茶を一口飲んだ。
「まぁ、別枠って宣言したのはうちだけどさ……それにしても猫すぎない?」
「素敵でしょ?」
「自分で言う?」
四人はそのまま参集殿を出ていった。
首脳会議の出席者は、早々に四人減った。
「それで、残った住民たちのまとめ役も決めておきたいの」
「確かに。これだけ人が増えると、私たちだけで全員へ連絡するのは難しくなるね」
坂巻が頷く。
「まず人間側は、今までどおり、おじとうちでまとめる。猫神社の正社員は、おじとうち、それからシュリの三人だから――シュリは禰宜で決定!」
「えっ、私!?」
突然名前を呼ばれたシュリが、危うく湯呑みを落としかけた。
「おじが宮司、うちが権宮司、シュリが禰宜。完璧じゃん!」
「そんな勝手に……っていうか、正社員って何!?」
「細かいことは気にしない! シュリには、うちらと一緒に人間側を見てもらうからね」
シュリが助けを求めるように坂巻を見る。
「シュリさんが嫌でなければ、私もお願いしたいかな」
「坂巻さんまで……」
拒む理由も見つからず、シュリは渋々頷いた。
「そして、うちらが人間側をまとめるなら、五人衆には人獣側をお願いしたい」
「構わない」
素敵なボスが即答する。
「鳥族の長は鶴子ちゃん。雀たちのことは、鶴子ちゃんの下でセイナとフーラにまとめてもらう。これなら鶴子ちゃんに約束した“高い位”も嘘にならないっしょ!」
「今、約束したと言ったか?」
素敵なボスの金色の瞳が、ユアピへ向けられる。
「あ……そこはほら、交渉を円滑に進めるためというか……」
「勝手に決めたんだね?」
坂巻まで呆れた顔をする。
「結果的に来てくれたんだから、良くない!?」
ユアピは強引に話を進めた。
「それから、三匹の子豚は五人衆の下。素敵なボスには、三人と一緒に猫の都の建築と都市計画をお願いしたい」
「承知した」
人事について、素敵なボスから異論は出なかった。
しかし、その表情は緩まない。
「都市計画へ移る前に、私から議題がある」
「タヌキのこと?」
「そうだ」
素敵なボスが湯呑みを置いた。
「あいつらの強さは、人間からすれば脅威だ。だが、私たち五人衆にとっては造作もない」
シュリの肩が僅かに震えた。
素敵なボスはそれに気づいたが、タヌキという言葉を避けることはしなかった。
「問題は数とずる賢さだ。警笛を聞いてから駆けつけていたのでは、必ず一手遅れる。住民を守れても、畑までは守り切れない」
「それじゃあ、見張りを増やす?」
「それだけでは足りない。都そのものの造りを見直すべきだ」
素敵なボスは、ユアピが用意していた紙を自分の前へ引き寄せた。
紙の上へ五つの点を打ち、それを線で結んでいく。
出来上がったのは、五芒星だった。
「今ある猫神社を一つ目の起点とし、追加で四つの神社を建てる。五人衆がそれぞれ一社を受け持ち、守備範囲を明確にする」
「五人衆が最初から各地に散っていれば、警笛が鳴ってからでも間に合う……」
坂巻が五芒星を見つめる。
「五芒星の内側を、都で最も安全な区域にする。その中央には、都を見渡せる高さの塔を建てる」
「お城みたいなもの?」
「見た目は五重塔に近いものになるだろう。寝泊まりする設備はいらない。都を見渡せる高さと、会議を行う部屋があればいい」
その塔を中心に、城下町のような居住区を作る。
住居、養蚕場、調理場、農地。それぞれを適切な場所へ配置し、三匹の子豚に建築を任せる。
都と呼ぶには小さかった集落が、ようやく本当の都へ変わろうとしていた。
「ただし、先に理解しておいてもらいたいことがある」
素敵なボスの声が低くなる。
「人が増えれば、必ず格差が生まれる」
「格差……」
坂巻の顔から、期待が消えた。
「得られた食材を、全ての住民へ均等に分け続けることはできない。基本は自給自足だ。力のある者ほど獲物を得やすく、技術のある者ほど都へ大きく貢献できる」
「だから、貢献した者へ多く与えるって?」
「そうしなければ、働いた者が報われない」
「でも、働きたくても働けない人だっている。怪我や病気で動けない人も、年老いた人もいるんだよ」
「分かっている。だが、全員を同じように救おうとすれば、いずれ都そのものが立ち行かなくなる」
「そんなの……」
坂巻は言葉を詰まらせた。
困っている者を見つければ、種族も立場も関係なく手を差し伸べてきた。
その結果として、猫の都はここまで大きくなった。
しかし、救った者が増えるほど、一人では全員を支えられなくなっていく。
坂巻自身も、その限界に気づいていた。
「助ける人を選べって言うのか……」
膝の上で握られた拳が震える。
「誰かを見捨てるための話ではない」
素敵なボスは静かに言った。
「誰も見捨てないために、都を長く存続させる方法を決めるんだ」
「それでも、取り残される人は出る」
素敵なボスは否定しなかった。
誰も答えを出せないまま、参集殿を沈黙が包む。
その話を、シュリは末席で黙って聞いていた。
坂巻は、どんな相手にも手を差し伸べる。
ユアピは、その手が届くように都を動かす。
けれど、二人だけでは届かない場所が、これから必ず生まれる。
働けない者。
声を上げられない者。
誰にも気づかれないまま、都の発展から取り残される者。
シュリは、自分の胸元をそっと握った。
今日まで、自分が何のために巫女をしているのか分からなかった。
坂巻に助けられ、言われるまま猫の都へ来て、用意された巫女服を着ただけだった。
けれど、禰宜になった自分にもできることがある。
坂巻さんたちの手が届かないなら、私が見つければいい。
恩恵の行き届かない人たちを、私が見守る。
突然決められた禰宜という立場を、シュリは初めて自分の意志で受け入れようとしていた。
「それじゃあ、決めた人事を本人たちにも伝えよっか」
ユアピが重くなった空気を振り払うように手を叩いた。
ほどなくして、参集殿へ鶴子と三匹の子豚が呼ばれた。
四人が並んで座ると、ユアピが立ち上がる。
「人獣側をまとめるため、新しく人獣組合を作ります! 組合長は素敵なボス。そして鶴子ちゃんには、鳥族長と人獣組合の副長を兼任してもらいます!」
「私が副長か」
鶴子は隣に座る素敵なボスを見た。
「不満か?」
「まさか。喜んで引き受けよう」
「よし、決まり! セイナとフーラには、鶴子ちゃんの下で雀たちをまとめてもらうからね」
ユアピは続いて、三人の青年へ向き直った。
「ガイ、マシュ、オルテの三人には建設課を任せます。そして三人とも、今日から“親方”です!」
「三人とも親方なのか?」
ガイが目を丸くする。
「扱える材料が違うんだから、三人とも親方で良くない?」
「分かりやすくていいね」
マシュが笑い、オルテも力強く頷いた。
「任せてくれ。必ず立派な都を造ってみせるよ」
四人の承諾を得たところで、素敵なボスが先ほどの都市計画図を広げた。
五芒星の内側に描かれた居住区や施設を眺めていた鶴子が、静かに手を挙げる。
「一つ、提案してもいいだろうか」
「もちろん!」
「養蚕場は、都で最も寂れた場所に用意してもらえれば十分だ」
ユアピが首を傾げる。
「えっ、そんな場所でいいの? もっと安全で便利なところでも……」
「私たち鳥族や、そちらの豚族のような草食系の人獣も、僅かとはいえ素の人間より身体能力に優れている。内側の安全な土地は、私たちより人間たちを優先してほしい」
鶴子は都市計画図の外側を指先でなぞった。
「雀たちも、人と同じ住居は必要ない。都の外周にある高い場所へ、鳥の巣を点々と作れば暮らせる。たまに人の姿で休める宿を一つ用意してもらえれば、それで満足するだろう。それが鳥というものだ」
そして素敵なボスへ視線を向ける。
「それに――私は静かな場所で作業したいしな」
鶴子がニコリと微笑むと、素敵なボスも意図を察したように口元を緩めた。
「鶴子らしい」
二人の間だけで通じる空気に、ユアピが不思議そうな顔をする。
「それなら、建設課の拠点も外周に面した場所がいいな」
マシュが計画図を覗き込んだ。
「樹海から採ってきた木材を運び込みやすいし、大きな資材を保管する倉庫も必要になる」
「外周なら、居住区を通らずに済むね」
「作業もしやすそうだ」
ガイとオルテも賛同する。
安全な内側へ、全ての者を集める必要はなかった。
空を飛べる者は高い外周を選び、力と技術を持つ者たちは樹海に近い土地を選んだ。
その分だけ、五芒星の内側には、人間や助けを必要とする者たちの居場所を多く残せる。
シュリは、広げられた都市計画図を見つめた。
互いに譲り合っても、それでも恩恵の届かない者はきっと現れる。
その時は、自分が誰より先に見つければいい。
突然決められた禰宜という立場を、シュリは今度こそ自分の意志で受け入れた。




