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世紀末な後始末  作者: 柊隼凌
第三章 運命の綻び
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#53 猫の都

バアルが語った、フレルティが最初に調査へ向かった北の海沿いの小さな集落。


そこで何が起きていたのかを、双山村の者達はまだ知らない。


話は再び、北の海沿いの集落で起きた出来事へと戻る。


―――――


港の集落を離れた一行は、猫の都を目指して樹海の中を進んでいた。


先頭を歩くのは、白一色のお遍路姿をした坂巻。


その後ろには、港の集落で生き残った者達が一人残らず続いている。


僅かな荷物を抱えた者。


幼い子供の手を引く者。


年老いた者へ肩を貸しながら歩く者。


彼らを守るように、坂巻の左右には神石の狛犬――阿と吽が顕現していた。



挿絵(By みてみん)



阿は行く手の樹海を睨み、吽は時折後方へ振り返る。


二匹は住民達を挟むように位置を変えながら、周囲へ目を光らせていた。


シュリは列の前方で、坂巻の少し後ろを黙って歩いていた。


海沿いの集落を離れてから、どれくらい歩いただろう。


列の向こうへ目を凝らしても、もう自分の家は見えない。


見えるのは、道の両側を埋め尽くす木々だけだった。


大停電が起きる前まで、こんな森は無かった。


町と町を繋いでいたはずの道も、今では木の根に押し上げられ、所々がひび割れている。


シュリも遅れないように、その背中を追った。


森を抜けた先に、小さな集落が見えてきた。


壊れかけた家を直す者。


水を運ぶ者。


拾い集めた木材を、使える長さに切り揃える者。


誰もが簡素な服を着て、慌ただしく動いている。


樹海から現れた大勢の一行に気づき、働いていた者達が次々と手を止めた。


都と呼ぶには、まだあまりにも小さい。


それでも中央に建つ神社だけは、古びながらも形を保っていた。


『あそこが猫神社だよ』


坂巻が鳥居を指差した、その時だった。


『おじー!』


境内から、場違いなほど明るい声が飛んできた。


長い金色の髪。


毛先だけが鮮やかな桃色に染まっている。


白と赤の巫女装束に、黒紫の外套。


頭には大きな魔女帽子まで乗せていた。


少女は石段を駆け下りると、坂巻の前で腰に手を当てた。



挿絵(By みてみん)



『遅いって! また一人で勝手に出てったっしょ!』

『ごめんごめん。ちょっと隣の集落まで』


『ちょっとで済む距離じゃないから! こっちの仕事、誰が回してると思ってんの?』

『ユアピ…だね』


『分かってるなら反省して?』


坂巻は困ったように笑い、それから二人を交互に見た。


『この子はシュリちゃん。それから、こっちはユアピ。猫神社の権宮司だ』

『権宮司……?』


『僕の補佐役みたいなものかな』

『“みたいなもの”じゃなくて補佐役。あと実務はだいたいユアピ』


ユアピは坂巻へ半眼を向けた後、シュリの前にしゃがんだ。


『ユアピはユアピ。よろしくね、シュリちゃん』

『……よろしくお願いします』


まだ頭が上手く働いていない。


ユアピはそんなシュリの顔を見て、ほんの少しだけ表情を和らげた。


『ユアピは隣の集落にあった神社の娘でね。昔から知ってるんだ』


坂巻が説明する。


『神社の仕事にも詳しいし、僕よりずっとしっかりしてる』

『それな~。そこは否定しない』


ユアピが胸を張った。


その背後で、砂を踏む音がした。

シュリが顔を上げる。


本殿の前に、五人の男女が並んでいた。

全員の頭に猫の耳がある。


挿絵(By みてみん)


そして腰元では、二本ずつの尾がゆっくりと揺れていた。


先頭に立つのは、黒髪に金色の瞳を持つ女だった。

黒を基調に、赤と金の装飾をあしらった立派な着物をまとっている。


『その者達が、おじの連れてきた人間か』


落ち着いた声だった。


『私は素敵なボス。この者達の長だ』

『……素敵な、ボス?』


『素敵なボスだ』


聞き返してはいけなかったらしい。


隣に立つ白銀髪の女が、口元に手を添えて小さく笑った。


白い猫耳と、透き通るような青い瞳。

白と青を重ねた着物は、波のように静かに揺れている。


『私はルナです。怖がらなくても大丈夫ですよ』


優しい声に、シュリの肩から僅かに力が抜けた。


その横には、五人の中で一人だけ背の高い男がいた。

黒い髪と猫耳。


金色の瞳が、シュリではなく、彼女の手元へ向けられている。

黒紫の衣装は他の四人より動きやすそうで、腰には武器が下げられていた。


『クロだ』


それだけ言うと、クロは黙った。


次に、小柄で華奢な三毛猫の女が、クロの脇から顔を出す。

茶色を基調とした髪と、生成り色の衣装。


『ミケ。何か探したい時は言って。近くのことなら、だいたい分かるから』


最後の女は淡い金髪に青い瞳。

白と紫を基調とした衣装から、細い二本の尾が伸びている。


『シャムよ』


シャムはシュリを上から下まで眺めた。


『ずいぶん弱そうだけど、大丈夫なの?』

『シャム』



挿絵(By みてみん)



ルナに名前を呼ばれ、シャムはつまらなそうに顔を逸らした。


『本当のことを言っただけじゃない』


シュリは返す言葉を持たなかった。


弱い。


それは自分でも分かっている。

巨大なハサミを出す方法すら、まだ分からないのだから。


『この五人が、猫又五人衆』


坂巻が言った。


『元々は猫神社の裏にある林で暮らしていた猫達なんだ。大停電の後、人の魂と混ざって、今の姿になった』

『猫と……人の魂が?』


『うん。ただ、僕達と同じ時間を過ごしてきたわけじゃない。この子達がいた世界では、僕達の知らない長い時間、およそ千年の時が流れていたらしいんだ』


『猫として生まれ、百年ほど生きた頃に二本目の尾が生え、それからおよそ九百年私らは生きてるらしい。素敵だろ?』


素敵なボスが悪戯っぽく笑う。


樹海で人の姿を得た者達は、例外なく今の人類よりも長い時を歩んできた。


数は少なくても、彼らは集落を作り、道具を作り、衣服を織り続けてきた。


そこでシュリは、一つの違和感に気づいた。

猫の都で働く者達の服は、どれも簡素なものだった。


シュリの集落にいた者達も、大停電が起きた夜に着ていた服を、そのまま使い続けていた。


だが、目の前の五人だけは違う。

衣装の生地も、染められた色も、細かな刺繍や装飾も。

今まで見たどの服より立派だった。


『その服……』


シュリの視線に気づき、素敵なボスが袖を広げる。


『良い衣装だろう』

『うちたちの服は全部鶴子さんの仕立てだよ』


ユアピが答えた。


『鶴子さん?』

『樹海に住んでる仕立て職人。でっかい蚕を育てて、糸を作るところから反物、衣装まで全部やっちゃうの』


ユアピが素敵なボスの袖を摘まむ。


『上手く説明しにくいんだけど、ずーっと前から服を作ってる職人さん。これぞ、メイド・イン・ツルコ』

『勝手に変な名を付けるな』


素敵なボスが袖を取り返した。


『変じゃないって。絶対流行るし』

『流行らん』


『えー、センス良くない?』


言い合う二人を見ながら、シュリはもう一度、五人の衣装へ目を向けた。


私の知らない千年の時。


自分達の知らない場所で、生き続けていた者達がいる。


『それより、おじ。この人達どうするつもり?』


ユアピが坂巻の後ろに続く者達を見回す。


『ん?どうするも何もこれから一緒に暮らす仲間だよ』

『こっちも余裕あるわけじゃないんだよね』


『分かってる』


ユアピは、今度はシュリへ視線を移した。


『それで、この子は?』


坂巻はシュリと目線を合わせるように屈んだ。


『シュリちゃん』

『……はい』


『もし嫌じゃなければ、ここで巫女として働いてみない?』

『巫女……』


『掃除や炊事を手伝ってもらうことになる。すぐに答えを出さなくてもいいよ』


家へ戻ることはできない。


これからどこへ行けばいいのかも分からない。


それでも、何もせず守られているだけにはなりたくなかった。


シュリはゆっくりと顔を上げる。


『……やる』


坂巻が穏やかに笑った。


『じゃあ、今日からシュリちゃんはここの巫女だ』

『りょーかい。じゃ、掃除、供物の準備、洗濯、炊事――』


ユアピが指を折りながら、次々と仕事を挙げていく。


『ちょっと待って。今日から全部やらせるの?』

『おじが甘やかす分、ユアピがちゃんと教えないとでしょ』


『限度ってものが……』

『ユアピに任せときな☆』


嫌な予感しかしなかった。


それに、もう一つ気になることがある。


巫女装束に魔女帽子を合わせた、ユアピの格好だ。


『あの……』

『ん?』


『どうして巫女なのに、魔女みたいな格好をしてるんですか?』


ユアピの目が輝いた。


『聞いちゃう? ユアピが魔法少女になった時の話』

『魔法少女……』


『話すと長いよ?』

『長いなら、また今度でも…』


『大停電が起きた次の日。世界が変わって、最初の朝の話なんだけど――』


坂巻の制止を無視して、ユアピは勢いよく話し始めた。


―――――


それは、坂巻がシュリの暮らす集落へ向かう前。


大停電の翌日。


世界が変わってから、最初の朝のことだった。

集落の外に広がる樹海を前に、ユアピは立ち尽くしていた。


昨日まであった道も、建物も、遠くの景色も消えている。


代わりに現れたのは、どこまでも続く巨大な森。


さらに、猫神社の裏で暮らしていた猫達が、人の姿になって目の前へ現れた。


頭には猫の耳。

腰元には、二本の尾。


普通なら、恐怖で動けなくなってもおかしくない。

だがユアピは、瞳を輝かせた。


『これ、ユアピがアニメで見たやつじゃん』


右手を前に突き出す。


『焼き尽くせ! ファイアー!』


その瞬間!ユアピの手の前に、赤い光の線が走った!


円を描き、その中へ見たこともない文字と模様が重なっていく。


魔法陣!


その中央から、小さな炎が噴き出した。



挿絵(By みてみん)



『うわっ!』


近くにいた坂巻が飛び退く。


人の姿になったばかりの猫達も、二本の尾を一斉に逆立てた。


術を使った本人だけが、口を開けたまま固まっている。


『……マジで出たんだけど』


沈黙は、ほんの一瞬だった。


『待って待って、じゃあ次!』


ユアピは別の方向へ手を向ける。


『全てを凍らせよ! ブリザード!』


青白い魔法陣が現れ、地面の草が薄い霜に覆われた。


『サンダー!』


今度は黄色い魔法陣が弾け、近くの石へ小さな雷が落ちた。



挿絵(By みてみん)



『ユアピ、天才じゃん! 魔法少女じゃん!』


世界が姿を変えてから、まだ一日も経っていない。


それなのにユアピは、見よう見まねだけで三つの魔法を成功させてしまった。


当然、完全に調子に乗った。


ユアピは右手を空へ突き上げる。


『古のドラゴンよ! ユアピの前に降臨せよっ!』


何も起こらなかった。


風が吹く。


木々の葉が揺れる。


しばらく待ってみたが、空にドラゴンが現れる気配はない。


『……召喚系は無理なんかーい』


それが、世界が変わった最初の日。


ギャル巫女の魔法少女が生まれた瞬間だった。


―――――


『って感じ』

『……』


シュリは何と答えればいいのか分からなかった。


自分がこの場所へ来るよりも前。


世界が変わった翌日には、ユアピはすでに魔法を使っていたらしい。


『ちなみに、ドラゴンは今も呼べないんだよね』

『まだ試してるの?』


坂巻が呆れた顔をする。


『いつかいけるかもしれないじゃん』

『いけないと思うけどなぁ』


『分かんないっしょ。次の満月辺り、ちょっと成功しそうな気がする』


何を根拠に言っているのかは分からない。

ただ一つだけ、シュリにも分かったことがある。


この世界には、本当に魔法がある。


そしてユアピは、この世界が始まったその日から、それを使うことができた。


―――――


その日の夕方。


シュリは誰もいない神社の裏へ回り、辺りを慎重に見渡した。


人の気配はない。


猫もいない。


シュリは右手を前へ突き出した。


『……ファイアー』


何も起こらない。


もう一度、少しだけ声を大きくする。


『ブリザード!』


葉が一枚、風に転がった。


シュリは迷った。


だが、ここまで来たら最後まで試したくなった。


右手を空へ突き上げる。


『古のドラゴンよ! 私の前に降臨せよっ!』


静寂。


やがて、一匹のトンボが飛んできて、シュリの指先に止まった。


『…………』


シュリは指先のトンボを見つめたまま、顔を真っ赤にした。


慌てて周囲を見渡す。


誰にも見られていないことを確認すると、その場にしゃがみ込み、両手で顔を覆った。


『くっ……』


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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