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世紀末な後始末  作者: 柊隼凌
第三章 運命の綻び
51/60

#51 場外乱闘

『我が名は――平将門』


その名が響いた直後だった。

誰もが次の言葉を待っていた。


だが――。


『……え?』


マリが瞬きをする。

そこにいたはずの平将門の姿が、消えていた。


煙もない。


光もない。


音もない。


まるで最初からそこにいなかったかのように、忽然と姿を消している。


『……消えた?』



挿絵(By みてみん)



誰かが呟いた。

その場にいた全員が同じ気持ちだった。


あまりにも呆気ない。

あれほど異様な存在感を放っていた者が、名乗った直後に消えた。


誰かが攻撃した様子もない。

バアルも動いていない。

終末の騎士達も何もしていない。


マリはすぐに周囲へ視線を走らせた。


『まだ警戒は解かないで!何が起きたのか分からないから!』


マリが周囲へ声を掛ける。

平将門が消えたからといって、終わったとは限らない。

むしろ何が起きたのか分からない今の方が不気味だった。


雪舟も雲切りを構えたまま、平将門が立っていた場所を見つめている。


やがて、小さく呟いた。


『ワシの身には源氏の血が流れとったのか……祖母君殿に聞かねばなるまいな』


自分でも半信半疑なのだろう。

だが、平将門が残した言葉は雪舟の中に確かに引っ掛かっていた。


源氏。

自分の中に宿るもの。

今まで別々に考えていたものが、どこかで繋がっている。


雪舟は眉を寄せたまま考え込む。



その一方で。




『はは……』


乾いた笑い声が響いた。

バアルだった。


いつもの楽しそうな笑いではない。


困ったような。


呆れたような。


それでいて、ほんの僅かに警戒を滲ませた空笑い。


『いやいや参ったね……1000年振りに人類が復活しただけでなく、世の理自体を壊す者まで現れるとはね……』


マリがバアルを見る。


『世の理を壊す者?』

『何となくそう思っただけだよ』


バアルはあっさり答えた。


口元は笑っている。

だが目は笑っていなかった。


マリはそれを見逃さなかった。


バアルが平将門を恐れている?

そう断言出来るほどではない。

ただ、少なくとも軽く見てはいない。


『仲間じゃ…ないんだ?』

『違う違う』


バアルは片手をひらひら振る。


『僕だってあんなのと一緒にされたら困るよ』


一歩下がる。

そして周囲を見回した。


セオリ。

マリ。

雪舟。そしてタツキ。


防御壁から見守る者達。


『すっかり興も冷めたし僕らは帰らせてもらおうかな』

『え?』


マリの困惑顔を見てバアルが笑う。



『白龍ちゃんと蝶のお姉さんとの遊びの続きは、僕が完全体になってからのお楽しみ……と言いたかったんだけど……』


バアルは一度、平将門が消えた場所を見る。


『暫くは遠くの海から高みの見物とさせて貰おうかな』

『海?』


『うん』


バアルは軽く頷いた。


『ここは面白い物が多すぎる』


それは喜んでいるようにも聞こえる。

だが本心は別なのだろう。


完全体ではない今の自分が、予測不能な存在の近くに居続ける必要はない。


退く。距離を取る。観察する。


それが最善だと判断した。



その時だった!



『ちょっと!いつまで掴んでるのよ!』


少し離れた場所からレヴィの声が飛んだ。


皆がそちらを見る。


人の姿へ戻ったセオリとレヴィが、まだ揉めていた。

互いに片方の袖を掴み、肩を押し合っている。



挿絵(By みてみん)



『そっちが先に押したんでしょ!』

『だからって足を踏む事ないでしょ!』


『踏んでないわよ!』

『踏んだ!』


龍の姿で死闘を繰り広げていた時と、やっている事がほとんど変わっていない。


『……まだやっとるのか』


雪舟が呆れたように呟いた。

タツキも何とも言えない顔で二人を見ている。


『セオリ!その辺にしなよ』


マリが苦笑しながら声を掛けた。


するとレヴィの動きが止まりゆっくりとマリを見る。


『……何よ?』

『え?』


『その部外者みたいな顔』

『いや、私は本当に部外者なんだけど……』


レヴィはセオリの袖を掴んだまま、マリを指差した。


『他人事みたいな顔してるけど、バアル様に目をつけられた時点で私にとっては十分邪魔なのよ』

『なんで私まで!?』


マリが目を丸くする。


『さっきバアル様、“蝶のお姉さんも綺麗だな”って言ってたでしょ!』

『それ私のせいじゃないでしょ!』


『知らないわよ!』

『……』


横からセオリが口を挟む。

『じゃあ私は?』


レヴィが即座に振り向いた。


『貴女は最初から邪魔よ!』

『何でよ!』


『だいたい――』

レヴィはセオリとマリを交互に睨みつける。


『美しいのは私一人で十分間に合ってるのよ!!』



一瞬その場が静かになった。


そして…


『いや、美しいのはセオリちゃんに決まってるけど?』

笹岡が真顔で言った。


『は?』

蓮見がゆっくりと振り向く。


『何だよ?』

『マリさんの大人の魅力と、少女みたいな可憐さが同居している良さが理解できないんですか?』


『いやいや、セオリちゃんの落ち着いた雰囲気だろ』

『マリさんです』


『セオリちゃん』

『マリさん』


『セオリちゃんだろ!』

『マリさんでしょう!』


何故か男二人の間で、別の戦いが始まった。


『……お主ら』

雪舟が呆れる。


だが二人には聞こえていない。


『そもそもセオリちゃんは――』

『マリさんだって――』


『ちょっと待ちなさいよ!』

レヴィが声を上げた。


二人が止まる。


『何で私が候補から外れてるのよ!』


笹岡と蓮見が顔を見合わせた。


『いや……』

『それは……』


その反応が気に入らなかったらしい。


レヴィの額に青筋が浮かぶ。


次の瞬間。


『うるさい!』

『いい加減にしろ!』

『黙りなさい!』


セオリ。

マリ。

レヴィ。


三人の声がほぼ同時に響いた。


『……はい』

『……すみません』



挿絵(By みてみん)



笹岡と蓮見が揃って肩を落とす。


あれほどの死闘を生き残った男達が、見る影もなく小さくなっていた。


『そこだけ息が合うんじゃな……』

雪舟が小さく呟いた。


三人の女性が同時に振り向き雪舟を睨む!



『……何も言っとらん』

雪舟まで視線を逸らした。


死闘は終わったはずなのに。

何故か先ほどより空気が騒がしい。


バアルはその様子を苦笑いし眺めていた。


『ふふっ。やっぱり人間って面白いね』


『楽しんでる場合?』

レヴィがじろりと睨む。


『え?』

『こんな所さっさと帰りましょ!』


『そ、そうだね』


バアルは何事もなかったように指を鳴らす。


パチン――。


その音と同時に、終末の騎士達の姿が消えた。


一体。また一体。

まるで影が薄れていくように終末の騎士たちは消えていった。


『白龍ちゃんも蝶のお姉さんも、本当に面白――』


むにっ。


突然、バアルの頬が横へ引っ張られた。



挿絵(By みてみん)



『いひゃい』


レヴィだった。


笑っている。

だが目は笑っていない。


『……いつまであの女達の事を見てるんですか?』

『れ、れひ……』


『海に着いたら、お話があります』

『……はーい』


珍しく、バアルが素直に返事をした。


レヴィはようやく頬から手を離す。


『まったく……』


小さく息を吐くと、その身体が大きく変化していく。

バアルはその背へ飛び乗ろうと軽く膝を曲げた。


『待って!』


マリの声が飛びバアルは動きを止めた。


『ん?』

『まだ話は終わっていないよ』


マリはリヴァイアサンと、その足元に立つバアルを真っ直ぐ見た。


『貴方達は何者なの? 何が目的なのか、ちゃんと聞かせて』


『ちょ……マリさん!』


セオリの表情が変わった。


『こいつらは原田さんや……滝さんを殺した奴らじゃない! 理由なんて聞いたって――』


その言葉を最後まで言わせなかった。


巨大なリヴァイアサンの身体が一瞬で縮み、人の姿へ戻る。


『あのさぁ』


レヴィが一歩前へ出た。


『殺った殺られたの話をするんなら、あんた達の方に非があるとは思わない訳ぇ~?』


『何ですって?』

『やめなよ、レヴィ』


『でもバアル様!』

『いいから』


珍しく少し強い声だった。


レヴィは不満そうに口を閉じる。


その横で雪舟が深く息を吐いた。


『……セオリ。そこは一度聞いた方がええかもしれんぞ』

『おじい様まで!?』


『向こうが何を考えとるのか分からんまま斬り合うても、また同じ事になるだけじゃ』


セオリは何か言いたそうに唇を噛んだ。


バアルはそんな三人を見回した後、くすりと笑う。


『そうだね。僕も純粋な人間とこうやって話すのは、ほとんど初めてみたいなものだし』

『初めて?』


マリが聞き返す。


『うん。せっかくだから、もう少しここにいようかな』


バアルがレヴィを見る。


『ね? レヴィ』


『……海に着いたらお話があるって言ったんですけど』

『それは後で聞くよ』


『絶対ですよ』

『はいはい』


レヴィは大きくため息を吐いた。


バアルはパチンと指を鳴らす。


すると近くの地面が盛り上がり、巨大化した軍隊アリが次々と姿を現した。

蟻達は慣れた手つきで土を固め、人数分の椅子をその場に作り始める。



挿絵(By みてみん)



まるで先ほどまで命のやり取りをしていた場所とは思えない気軽さだった。


『さて。どこから話そうかな』


少し考えた後、バアルは指を一本立てる。


『僕は元々、地獄にいたんだよ』

『……地獄?』


『そう。文字通りの地獄』


その場の空気が僅かに変わった。


だがバアルだけは、昔話でも始めるような調子だった。


『まあ酷い場所だったよ。死んだ奴ばっかりで、叫び声はうるさいし、暑いし、臭いし。そんな所でずーっと過ごしてた』

『ずっとって……どれくらい?』


『さあ? 地獄で時間なんて数えてなかったからね』


バアルは肩を竦める。


『ある日、地獄にとんでもない数の死者が落ちてきた』


マリ達は黙って聞いている。


『次から次へとね。地獄が死者で埋まるんじゃないかってくらいだった』


バアルは地面へ指を向ける。


『僕はその死者達を足場にして上へ登った』

『……足場?』


『うん。その先に蜘蛛の糸が垂れてたんだ』


雪舟の眉が僅かに動く。


『それを登って、僕は地上へ戻ってきた』



挿絵(By みてみん)



バアルはそこで楽しそうに笑った。


『けど僕は人じゃなかった』


一拍置く。


『蝿だったよ。蝿。あんまりな話だと思わない?』


誰も返事をしなかった。


『しかも普通の蝿じゃない。ちゃんと考えられる。自分が自分だって分かる。そんな蝿』


バアルは自分の身体を見下ろす。


『人の姿になれるようになるまで、百年も掛からなかったかな』

『百年……』


セオリが小さく呟いた。


『それからずっと、人間を探してたんだ』


バアルの表情から少しだけ笑みが薄れる。


『でも、どこにもいなかった』


森。


瓦礫。


崩れた建物。


かつて人間がいた痕跡だけが残っていた。


『街だったらしい場所を見つけても、あるのは瓦礫だけ。なのに所々、どうやっても入れない場所があった』


バアルが双山村を見回す。


『君達の住んでるこの辺りなんて、時空そのものが歪んでて近寄る事すら出来なかったんだぜ?』


にやりと笑う。


『ほぼ異世界だよ。異世界転生!』

『軽く言う話じゃないでしょ……』


マリが呆れたように言った。


『重く話しても起きた事は変わらないからね』


バアルは再び続ける。


『そのうち、僕以外にも人の姿になれる蟲がいるって分かった』


『人蟲……』

『そう。でも最初は酷かったよ』


バアルは笑う。


『目が合ったら殺し合い』

『……会話は?』


『無い無い』


手を横に振る。


『僕達は人の姿になれても、蟲の本能まで無くなった訳じゃない。種類が違えば敵。縄張りに入れば敵。食えるなら餌。そんな感じ』


『よく今みたいになれたな』


タツキが口を挟む。


『僕もそう思う』


バアルは楽しそうに答えた。


『何十年、何百年って殺し合ってたらさ。流石にみんな疲れたんだよ』


そして、人蟲達の間に決まりが出来た。


自然を壊さない。


食物連鎖を必要以上に乱さない。


生きるものが生きる為に奪う命へ、余計な干渉をしない。


『生殺与奪への不干渉』


バアルがそう言って、もう一本指を立てる。


『それと一つだけ特別扱い』

『特別扱い?』


『成虫は殺すべからず』


マリが首を傾げる。


『どういう意味?』

『普通の蟲は、僕達みたいに長く生きないだろ?』


バアルは近くを飛んでいた小さな虫を指で追った。


『卵から生まれて、食われないように逃げて、飢えないように食べて、病気にも負けずに成虫まで生き残る。それだけでも大変なんだ』


小さな虫はそのまま樹海へ消えていく。


『だったら、そこまで生き残った奴くらい、残りの寿命を楽しく生きさせてやろうってね』


セオリは少しだけ意外そうな顔をした。


『蟲の王様って、もっと好き勝手やってるのかと思ってた』

『失礼だなぁ』


バアルは頬を膨らませる。


『蝿だって立派な仕事してるんだよ?』

『仕事?』


『糞とか死骸とか、腐った物を食べる』


マリが微妙な顔をした。


『そこで嫌そうな顔しないでよ』

『ご、ごめん』


『それを僕達が細かくして、分解されやすくする。土に戻る。植物が育つ。植物を食べる奴が増える。そのまた上の奴も生きられる』


バアルは胸を張った。


『食物連鎖の基礎になる仕事をしてるのが僕、蝿ってわけ』

『……だから王様?』


『そう!』


満面の笑み。


『蝿がこの樹海の王なのさ!』



挿絵(By みてみん)



『そこだけ聞くと、あんまり格好良くないね』

マリが思わず笑う。


『ええ!?』


横でレヴィが吹き出した。


『ふふっ……』

『レヴィまで笑わないでよ!』


一瞬だけ、張り詰めていた空気が緩んだ。

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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