#33 西の集落
『ついたよ!』
りゅと達三人は西の集落へ辿り着き、散策を始めた。目の前には枯れた田畑がある。双山村の農業地帯と比較にならないほど狭い敷地だ。住民が少ないのだろう。民家とおぼしき小屋が十数件。見渡す限りでは襲われたような形跡は見当たらない。
集落の中心部から煙が立ち上っているが狼煙とは違い、何かをただ燃やしているだけのように見える。
『まずはあの煙の正体を確認しよう』
おじさんが2人に小声で指示を送る。小屋の壁に沿うようにジリジリ中心部が見える位置まで近づいていく。
先頭におじさん。その後ろにあち。後方確認をしつつりゅとが着いて行く。近づくにつれ何かの肉を焼き焦がしたかのような匂いが立ち込めてくる。
『…!?』
中心部を覗き込んだおじさんが悲痛な表情で一旦2人に下がるように指示する。
『遺体が燃やされている…』
『え…』
あちは思わず口を抑える。
『一体や二体ではない、恐らく住民の大半の遺体だ、生き残った誰かが火葬しようとしてるのかも知れないね。あちちゃんは見ない方がいいかも、、』
報告を聞いただけで涙目になってる姿を見ておじさんはあちを連れて後方に下がる。
先頭を変わったりゅとが壁越しに覗き込む。
無造作に積み重ねられた遺体に火がくべられている。
その周辺に人影はない。よくよく見ると燃やしてるすぐ奥に小さな神社があるのがわかる。
『人がいる…神社の中に2人…』
周辺に声が漏れないように静かに二人へ知らせる。
『…人型の悪魔憑きの可能性もあるね。』
おじさんがこの先の行動に悩み頭を抱える。
『私なら大丈夫!元々そのつもりで来たんだし、私はもう2回も戦ってるからやれるよ!』
『まず俺が行く。何かあれば縮地でここまで戻るから二人は戦闘準備をしつつここで待機で』
おじさんとあちは静かに頷く。そしてあちはおじさんを炎化した際に巻き込まないように距離を置いた。それを見たおじさんは後方に下がってくれたと思い少し安心した。
りゅとがゆっくりと歩いて神社へと向かう。燃えている遺体の脇を抜ける頃、神社の引き戸が開く。
『あら?生存者、、?』
『なに?』
銀髪で髪の長い美しい女性、手にとても長い刀を持っているが裾の長い着物を着ていて闘い慣れた感じには見えない。もう1人は体つきも良く背の高い黒髪の男性。腰に刀を差している。こちらは見るからに手練のように見える。緊張が走り左手に持つ錫杖に右手をかける。
『お前!この集落の生き残りか?』
男がりゅとに話しかける。男女ともに刀を抜く素振りは全くない。
『いえ、違います。通りすがりに煙が見えたので立ち寄りました』
男女が顔を見合せ、女が何かを小声で男に囁きかける。
『お前、1人か?』
男がさらに問いかける。
『…』
『いえ、こちらは三人です!』
返答に困っているりゅとを見ておじさんが両手を挙げながら姿を見せた。ここで誤魔化すのは得策では無いと判断したのだろう。あちもそれに付随するように姿を見せる。
男女が顔を見合わせる。
『後ろの2人、神職に仕えてるみたいね?子供を2人も連れてご遍路巡りでも?』
女がおじさんに問いかける。
『私はここから北東に進んだ先にある猫の都で宮司をしてる者です。この集落が魔物憑きに襲われたと耳にし調査に来たとこです』
『猫の都の宮司、、!?』
『まじかよ、タマモ、どーする?』
『ナムチ、刀をここに』
男女はお互いの刀を入口の階段の上に置き、ゆっくりと近づいてくる。
『私たちは西の奥地から猫の都を目指し旅をしてる途中だったの、こんな場所で宮司様と出会えるなんて思ってなかったわ。もし良ければあなた達も警戒を解いてくれたら嬉しいんだけど』
(うちに来るのが目的?なら理由は一つか、)
おじさんが胸の内に何かを潜める
近くで見ると男女共に容姿端麗なのがよく分かる。そして女性の方は群を抜いて美しかった。
りゅとの後ろでおじさんが杖を置く音が聞こえ、それに沿うようにりゅとも錫杖を地面に置く。
『警戒を解いてくれて嬉しいわ。私はタマモそしてこの人はナムチ、前の地名で言えば2人とも島根から来たのよ。でも地形が随分変わっちゃったみたいだから西のずっと向こうからって事にしかならないけどね』
女性が笑みを浮かべながら気さくに話をした。
『このご遺体たちはあなた方が?』
あちの手を握りながらおじさんが男女に問いかける。
『ええ、そうよ。私たちがついた時にはもう。治癒を試みようとしたのだけれど…もう。どれも処置が出来ない状態だったのよ』
『処置が出来ないってことは…まだ息はあったんですか!?』
あちの回復なら間に合ったかも知れないのに!とりゅとは悔しさを滲ませながら女性にやや強めに問いかける。
『蟲よ。この人達は蟲に襲われていた。強襲された訳では無いんだけどね。恐らく兵糧攻めを受けて皆が弱り聖地の庇護効果を弱めてから無抵抗の状態で卵を体内に産み付けられたみたいね』
『え!?………ってことは、、、まだ、、』
黙っていたあちが我慢しきれず声をあげる!
『卵を体内で駆除する方法は無いわ。その状態で治癒をしても体内で孵化した蟲たちの養分にされるだけ、より深い苦しみと痛みを与えることにしかならないの、可哀想だけど他に手段は無いわ』
女性は冷静に説き伏せるようにあちに返答した。
男の方は少し気怠そうに外を見ている。
『あちちゃん、この女性の言う通りだ。僕にもその状況からではなんの手段も思いつかないよ。苦しみから解放させてあげる事ぐらいしか…』
そう言っておじさんはあちの肩に手を乗せる。あちはそれを振り払おうとするがおじさんの手が悔しさで震えてるのがわかり、あちは両手を握りしめながら涙を零した。
(兵糧攻め…?)
『あいつらだ!!蜘蛛だ!!田畑への水路を辿った先に蜘蛛の巣窟があるんだ!きっとあいつらが水を止めたから田畑がや飲水が!!』
りゅとは田畑から樹海へ続く溝を思い出し、憤りを感じ震える声でそう語った。
『蜘蛛の巣窟ぅ??』
今まで興味無さそうにしていた男が突然興味を示す。
『大グモ!人型から化けるクモの仲間がきっと!!』
『悪魔憑きか!』
男がニヤリと笑う。それを女性が気づき、ため息を漏らす。
『ご遺体の横で話し込むのもあれだから場所を変えましょう』
女性が燃えているご遺体達に手を合わせた後、先導するように歩き始める。
『タ、タマモさん、でしたっけ。刀を忘れてますよ!』
おじさんが慌てて呼び止める
『お気づかいありがとう。でも私はあなた達を警戒させたくないのでこのままで大丈夫です。ナムチもこのまま来て』
そう言うと集落の中の広めの小屋に入っていった。
おじさんは杖を拾い、りゅとにも錫杖を拾うように目配せする。その様子を男は見ていたが気にする様子もない。
『二人の子連れだからね、はは』
おじさんは苦笑いをしながら小屋に向い二人にも手招きをする。
小屋の中は広めのテーブルと椅子が十脚ほど置いてあった。恐らくここがこの集落の集会所なのだろう。
飾りめいた装飾物は一切ない。生活が困窮していた事を物語ってるようだ。
男女と向かい合うように三人も椅子に腰をかける。
『改めまして、私は玉藻、こちらは己貴西からの旅の者です。宜しくね』
『どーも』
礼儀正しいタマモとは違いナムチの方はどこか軽い感じのタイプだ。
『私は猫の都の宮司、坂巻です。そしてこの子達はりゅととあち。私の知り合いのお孫さん達です』
坂巻さんの挨拶に合わせ二人もタマモとナムチに挨拶をした。タマモの方はもう完全にリラックスして三人に笑顔で応対をしている。
『先程、大蜘蛛、悪魔憑きの話が出ましたけども少し詳しく教えて頂けるかしら?私たち二人は祓い師でもあるのよ』
『ただの旅の者では無いとも思ってました。被害者の方達の診断や対処の仕方が手慣れてらっしゃる様でしたので、、』
あちがまた思い耽り声を漏らさないように涙を流す。
りゅとが自身の村を襲われた事、その時の大蜘蛛との会話で西の集落が襲われた可能性が高いのを知った事、そしてそれを討伐しに旅に出て坂巻と合流した経緯をざっくりと説明した。
『薄々そうだろうなとは思ったけど、二人とも霊力者なのね。宮司様は当然そうだとは思っていたわ』
『霊力者?』
『神憑き、神持ちの事だよ』
おじさんがりゅとに説明をする
『で、今からあなた達三人で大蜘蛛の巣窟を処理しに向かおうとしていると?』
タマモは目を少し細め、三人の顔をゆっくり見ていく。
ナムチは早く結論が欲しくてイラついているのか貧乏ゆすりをしている。
『そうです!』
返答するりゅとに続いてあちも頷く。
『僕が付いていますので、、』
やや申し訳なさそうにするおじさん
『君はどう戦おうとしてるのかしら?』
タマモは真っ直ぐな目でりゅとを見つめる。
『どうって、、俺が片っ端からぶっ倒しますよ』
『あらあら…』
タマモは隠そうともせずに呆れ顔をしながら坂巻を見つめる。
『事前に視察をして人型がいないようでしたので、、』
おじさんが慌ててフォローを入れる。
『甘いわね。一度、少なくても君たちは自分たちの村で悪魔憑きと好戦してるのよね?その相手の住処と思われし場所に乗り込むのよね?居ない前提で挑もうとしたらあなた達死ぬわよ?』
タマモの言うことはごもっともな話であった。突っ込む事しか考えて居なかった。道中で作戦を立てるような提案もしていない。おじさんとあちを待機させて一網打尽に倒せばいいとだけ思っていたのだ。
『でも…』
バンッ!!
タマモがテーブルを叩きりゅとを黙らせる。
『悪魔憑きを舐めてるでしょ?』
タマモが表情を一転させ睨むようにりゅとを見つめる。
『恐らくその大蜘蛛、生きてるわよ?』
『え!?』
あちが思わず声をあげる。
『あなた達魔物憑きの祓い方知らないでしょ?蟲を倒すのとは意味が違うのよ?』
教えてない事を見越したように坂巻を睨みつける。
『た、確かに確認をしていませんでした、、』
おじさんがタマモに頭を下げる。
『私が燃やしました!』
あちが席から立ち上がりおじさんに頭を下げさせたタマモへ強く名乗り出る!
『燃やした、?』
タマモでは無くおじさんが驚く。あちからは回復する能力としか聞いていなかった。
『何を燃やしたの?』
タマモが静かにあちに問いかける。
『大蜘蛛を、じっちゃんが斬った後に私が大蜘蛛を焼きました!』
あちは自分の能力とは言わずに燃やしたとだけ説明する。
『魔物憑きはね、人型の状態で祓うか燃やし尽くすかのどちらかで無ければ倒した確信にはなり得ない。あなたが燃やしたのは蜘蛛なのよね?それならトドメは刺せてない可能性が高いのよ』
そんな、、私は確かに燃やした。じっちゃんが細切れにした後に1つの欠片も逃さないように慎重に焼き尽くした。それなのに、あの大蜘蛛がまだ生きている!?私を化け物と罵り、食べる訳でもなく殺すだけの殺戮者のような物言いまでしてきたあいつがまだ生きている…。
『悪魔との戦い方、倒し方、仲間の護り方、一体を倒した後の対応や処置。あなた達は何もわかっていない。そんなのは討伐でも何でもない。ただの子供の遊びよ』
『くっくっく、タマモちゃん!ちょっとそれは言い過ぎじゃない?だってこいつら実際まだ子供だし。子供なのによく頑張ったね!って褒めてあげてもいいんじゃない?』
黙って聞いていたナムチが堰を切ったように割り込んできた。
『この子達は自分たちの村を一生懸命守り、更には見ず知らずの集落を助けようと覚悟して出てきたんです!この子達に出会い、道中を共にしてきたのにそこまで気が回らず確認やこの後の話を打ち出さなかった私は責められてもこの子達の事だけはどうか…』
『おじさんやめてよ。大丈夫だよ。言われてる事は間違ってないし』
りゅとが坂巻の話を遮る。
『ほう、』
おじさんの心からの語りかけを無視するようにりゅとの言葉に反応を示すナムチ。タマモは黙って次の言葉を待っている。
『俺たちは、いえ、俺は祓い師とかそんなつもりであいつらと戦おうとしてるわけじゃない。ムカついてるから斬りに来ただけ。大蜘蛛が生きていてそいつを斬れる機会があるならむしろありがたい。俺達は大蜘蛛を倒してから村に帰るつもりは無いんです。そいつらの標的となって遠くまで旅を続けながら村に災いをもたらす奴らを遠ざけるのが目的。なので恨みを持った奴らが生きてて俺たちを仕留めに追ってくるならむしろ好都合です』
『だーはっはっはー!こいつおもしれーじゃん!!なぁタマモ!最っ高だよ!!こんなガキ初めて見たぜ!』
『ナムチ…』
『俺が見届けてやるよ!タマモぉこーゆー奴にはな口で説明したって伝わらねぇ。理屈じゃねーんだよこーゆー目をした奴はな』
『坂巻宮司、あなたは聞いていた通りの優しい方なのは良くわかりました。しかしその優しさが誰かを危険な目に合わせるという事、ゆめゆめ忘れること無きよう…』
『ふぅ…ここで出会ったのも何かの縁でしょう。私はこの男の子よりもそちらのお嬢ちゃんの方が気になるのだけれどね。まだ息がある命を奪った事、納得出来てないんでしょう?』
『ごめんなさい…。もし、私だったら助けられたかもって…』
『その治癒の処置でさらにその人が苦しみ痛い思いをし挙句の果てに助けきれなかった事になったとしても治癒したいと思うのかしら?』
『それは…わかりません。けど、、まだ生きてる人をこの手で…それは出来ないと思います…』
『そっか、君はまだ人間なんだね。私はもう人ではないから出来るのかもね』
タマモは少し寂しそうな顔をしながら窓の外を覗く。遺体を燃やしていた火もすっかり小さく燻り始めている。
『私たち二人は手を出さずにあなたちの戦い方を見させてもらいます。ナムチもそれでいいわね?』
『もちろん構わないよ?それでこいつらが全滅するようなら俺が後始末はしてやるから未練を残さず成仏してくれていいぜ!』
挑発するようにりゅとに視線を送る。
『言われなくてもやってやる。あいつらと戦うためにここまで来たんだ』
不安なんか何も無かった。勝ち負けとかじゃない。斬って斬って斬りまくる。村人たちを救えなかった。その怒りもまとめてぶつけてやる。




