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公爵令嬢アリアの不敵なシナリオ  作者: ぽかぽか


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7/12

7.

 疲れた表情のまま執務室へ戻ると、控えていたクラウスが静かに頭を下げた。


「また王妃様のところですか」

「ああ……」


 テオドールは困ったように小さく笑う。

 卒業前夜会を目前に控えた今、王城内の空気はますます張り詰めていた。

 今回の噂によって、次期国王候補としての自分の立場が悪くなっていることくらい理解している。


「君にも迷惑をかけたな。すまない」

「いいえ。私は殿下の側近ですので」


 クラウスはいつも通り淡々としていたが、その声音はどこか柔らかかった。


(アリア嬢の言っていた通りだ)


 今の自分の状況は厳しい。

 だが、元を辿れば王家の問題なのだ。

 巻き込んでしまった彼女たちには申し訳なさしかない。


 ふと、温室での時間を思い出す。

 夕陽の差し込む中、楽しそうに笑っていたソフィア。

 絵の具で汚れた指先。

 名前を呼んだ時の、あの驚いた顔。


「……ソフィアは、どうしているだろうな」


 思わず零れた言葉に、クラウスは何も言わなかった。


 こんな時に側にいることもできない。

 それが、ひどく情けなく思えた。


(会いたい)


 胸の奥でそう呟きながら、テオドールは静かに目を伏せるのだった。


◇◇◇


「……会いたいなぁ」


 温室の中で、ぽつりと呟く。

 分かっている。

 ここへ来ても、テオドール様はいない。

 それでも気づけば足が向いてしまっていた。

 ソフィアはゆっくりと温室を見回す。


 差し込む柔らかな日の光。

 静かな空気。

 そして……二人で描いた大きな絵。

 その前で足を止め、小さく笑みを漏らした。


「ふふ……」


 もうすぐ卒業だ。

 そうしたら、この絵はこの温室ではなく、自分の家へ飾られることになる。

 不思議な感じだった。


 あの時は、この絵があればそれでいいと思っていたのに。

 思い出として、大切に抱えていければそれで満足だと。

 だけど今は……

 ソフィアはそっと絵へ触れる。


「……会いたいよ」


 静かな温室の中、その小さな声だけが溶けるように響いた。


◇◇◇


 ライアンは机の上に広げられた資料へ視線を落としていた。


「……つまり、伯爵を監視しておけと」


 アリアからの手紙を読み終え、小さく息を吐く。

 机の上には、例の伯爵について集められた資料が広がっている。

 女遊び、借金、怪しい商会との繋がり。

 どれも黒に近い。

 だが……


「ホルスト公爵との直接的な証拠は、まだありません」


 フィデルが静かに言う。


「ああ。リアもそこまでは分かってるんだろう」


 ライアンは椅子へ深く腰掛けた。


「だから“公爵は必ず動く”か」


 ホルスト公爵ほど慎重な男が、簡単に尻尾を出すとは思えない。

 だが、もし本当にテオドールが失脚したと思えば話は別だ。

 次期国王争いから脱落した。

 そう判断すれば、公爵も安心して動き出すだろう。


「……それにしても」


 フィデルは苦笑混じりに肩を竦めた。


「貴方なら、すぐにでも王国へ向かうかと思っていました」


 ライアンは少しだけ視線を伏せる。


「まだ婚約者がいるんだ。さすがに邪魔はしたくない」


 その声は静かだった。

 けれど、机を軽く叩く指先には微かな苛立ちが滲んでいる。


「ですが、かなり限界そうに見えますよ」

「……否定はしない」


 ライアンは資料を閉じ、窓の外へ視線を向けた。


「だからこそ、今はまだ我慢する」


 その言葉に、フィデルは小さく目を細めるのだった。


◇◇◇


 マーサは前に並べられたドレスの一着へ視線を向け、ふっと微笑んだ。


「やはりお嬢様には青がお似合いですよ」


 淡い青を基調としたそのドレスは、まるで澄んだ空の色のようだった。

 アリアはそっと布へ触れる。


「ふふ、そうかしら」


 これまではいつも、隣に立つ殿下に合わせることを優先してきた。

 けれど……明日は特別な日だ。

 だからこそ最後くらいは、自分らしくいたいと思った。


「こちらにしますわ」


 マーサはどこか安心したように目を細めた。


 その後、アリアは机へ向かい、最終確認のためにいくつかの書類へ目を通していく。


 招待客。

 配置。

 ホルスト派の動き。

 フィデルから届いた報告。

 全て抜かりはない。

 静かにペンを置き、アリアはゆっくり目を閉じた。


(準備は整っている)


 深く息を吸う。

 静かだった。

 嵐の前とは思えないほどに。


 その時、カチャ、と小さな音が響く。

 目を開けると、マーサが冷めかけた紅茶を新しいものへ入れ替えていた。


「ありがとう、マーサ」


 ティーカップを手に取り、ゆっくりと口をつける。

 温かな香りが静かに広がった。

 アリアは窓の外へ視線を向け、小さく微笑む。


「いよいよ、明日ですわね」

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