2.
その理由を、私はすぐに知ることになる。
王子妃教育を受けるため、週に一度、王宮へ通うことになった。王子とのお茶会は月に一回だ。
王宮はどこまでも静かだった。
磨き上げられた床には窓からの光が反射し、行き交う侍女や騎士たちも無駄な音を立てない。
豪奢な場所のはずなのに、不思議と息苦しく感じる。
(ここは、とても冷たい。なんだか気が抜けないな)
ある時、お茶会に向かう途中。
曲がり角の向こうから厳しい声が聞こえてきて、思わず足を止める。
「殿下、そのような振る舞いでは周囲が不安になります」
そこにいたのはテオドール殿下だった。
人の気配に気づいたのか、殿下がこちらへ視線を向ける。
(目が合った……)
気まずくなって、私は慌ててその場を後にした。
お茶会の席は中庭に用意されていた。
色とりどりの花が咲き、噴水の水音だけが静かに響いている。
本来なら穏やかな時間のはずなのに、私は落ち着かなかった。
挨拶を交わした後も、気まずい沈黙が続いていた。
何か話さなきゃと思うのに、考えがうまくまとまらない。
ちらりと殿下を見ると、また目が合った。
彼は、困ったように微笑む。
「アリア嬢、このクッキーはね、美味しいんだよ」
と、用意されていたお菓子を勧めてくれた。
◇◇◇
その夜、私は昼間のことを思い出していた。
(今日は失敗してしまった)
うまく話せなかったし、きっと変に思われただろう。
だけど……王妃に大切にされていると聞いていたから、もっと自由な人なのかと思っていた。
けれど実際のテオドール殿下は、私と同じように周囲の期待に縛られているように見えた。
初めて会った時、あの瞳が少しも笑っていなかった理由を、私はようやく理解した気がした。
◇◇◇
その日はいつもより早く授業が終わったので、庭園に寄ってみることにした。
花を見ているとどこからか聞き覚えのある声が聞こえた。
そちらに目をやるとガゼボに人影が見えた。
(えっ!あれって……)
そこにいたのはテオドール殿下とセドリック殿下だった。二人は何やら楽しげに立ち話をしていた。
今まで二人が一緒にいる所を見たことがなかった私は、とても驚いて動けなくなってしまった。
そんな私に気づいたセドリック殿下が軽く会釈をして去っていく。
代わりにテオドール殿下がこちらに歩いてくる。
「やあ、アリア嬢。今日の授業はもう終わったの?」
とにこやかに話しかけてくれた。
その後、場所をいつもの中庭に移し、少し話をすることになった。
「あの……ごめんなさい……少し、驚いてしまって」
「何に?」
「お二人がとても仲が良さそうに見えたので」
殿下は少し目を丸くした後、困ったように笑った。
「ああ……弟とは普通だよ。周りはそう思っていないようだけどね」
少し間を置いて、殿下は静かに続けた。
「それに……僕は王になりたいわけでもないしね」
最後の言葉は、風に紛れてしまいそうなほど小さかった。
けれど、その横顔は、少しだけ寂しそうに見えた。
私は、なんとも言えない気持ちになった。
テオドール殿下は、私が思っていた以上にずっと冷静に、自分の立場を見ている。
◇◇◇
それからも、王子妃教育とお茶会は変わらず続いた。
最初はぎこちなかった時間も、いつしか穏やかなものへと変わっていった。
「もうすぐ学園が始まりますね。殿下は生徒会に入られるのですか?」
「ああ、そうなると思うよ。君に手伝いを頼むこともあるかもしれないな」
「ええ、もちろん、その時は協力いたしますわ」
「いつもありがとう」
殿下が優しく微笑む。
「今日は風が気持ちいいですね」
「そうだな」
そう言って殿下は視線を落とすと、手帳に何やらスケッチを始めた。
私もまた読みかけの本を開いた。
静かな時間が流れる。
私はこの時間が割と気に入っていた。
そして婚約して七年。
テオドール殿下は、信頼に足る人だった。
私の意見を頭ごなしに否定することはなく、いつだって一人の人間として尊重してくれる。
恋愛感情とは少し違うのかもしれない。
けれど殿下となら、この先も穏やかにやっていけるのではないかと、最近はそう思えるようになっていた。




