表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵令嬢アリアの不敵なシナリオ  作者: ぽかぽか


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/12

10.

 その日、ブランベル公爵家では、あの日と同じようにお茶会が開かれていた。


 柔らかな陽射し。

 静かに香る紅茶。

 けれど、あの時のような張り詰めた空気はもうない。


「殿下、ソフィア様。あの時、私の提案を受け入れてくださって……」

「待ってくれ」


 アリアの言葉を、テオドールが遮った。


「礼を言うべきなのは、こちらの方だ」

「いいえ、殿下」


 二人が譲らないまま見つめ合っていると……くすくす、と小さな笑い声が聞こえた。

 見ると、ソフィアがどこかおかしそうに笑っている。

 その表情につられるように、アリアも柔らかく微笑んだ。


「……ふふ、やめましょうか」


 ティーカップをそっと置く。


「今日はお祝いのお茶会ですもの」


 穏やかな時間が流れる。

 あの日と同じ部屋。

 けれど、そこにいる三人の関係は、あの頃とは少し違っていた。


「それにしても、卒業式の前に終わらせることができて本当に良かったですわ」

「ああ……そうだな。もう卒業か」


 テオドールが静かに呟く。


「お二人は、この後どうされるのですか?」


 会話は尽きない。

 窓の外では、柔らかな春風が青い花を揺らしていた。


 ホルスト公爵の不正が明るみに出たことで、長く続いていた王位継承争いは大きく揺れることとなった。

 卒業前夜会での婚約破棄騒動もまた、公爵を動かすための芝居だったと公表され、テオドールの名誉は回復している。


 もっとも、突然の発表に社交界が大混乱になったことは言うまでもない。


◇◇◇


 そして迎えた卒業式当日。


 空はどこまでも青く澄み渡っていた。

 春の柔らかな風が花々を揺らし、卒業を祝う鐘の音が学園中へ響いている。


 未来を祝福する、晴れの日。


 多くの生徒たちが笑顔を浮かべる中、テオドールは静かに前へ進み出た。

 会場の視線が集まる。

 彼はゆっくりと周囲を見渡し、そして落ち着いた声で告げた。


「私は、本日をもって王位継承権を放棄します」


 会場がどよめく。

 けれど、テオドールの表情はどこまでも穏やかだった。


「元より私は、王になりたいと思ったことはありません。ですが、この国の王族として果たすべき責任だけは、最後まで果たしたかった」


 静かな声が講堂へ響く。


「……ようやく、自分で自分の道を選べそうです」


 その言葉に、ざわめきは少しずつ静まっていった。


 アリアはそんなテオドールの姿を静かに見つめていた。

 あの日、お茶会で見せた迷い。

 温室で穏やかに笑っていた姿。

 そして今、自らの意思で前へ進もうとしている姿。


(本当に強くなられましたのね、殿下)


 胸の奥が少しだけ温かくなる。

 アリアは誰にも気づかれないほど小さく微笑み、誇らしげに彼を見つめていた。


◇◇◇


 ガラス張りの温室には、柔らかな陽の光が差し込んでいる。

 蔦は天井近くまで伸び、古びた棚や机には小さな鉢植えが無造作に並べられていた。


 ソフィアは、初めてここへ来た日のことを思い出していた。

 あの時は、まさか王子様だなんて思ってもいなかった。

 ふふっと小さく笑みが零れる。


「ソフィア」


 遅れてやってきたテオドールが、優しく名前を呼んだ。


「テオドール様」


 振り向いたソフィアは、柔らかく微笑む。

 二人はしばらく、いつものように他愛のない話を楽しんでいた。

 穏やかで、静かな時間。

 けれど不意に、テオドールが真剣な表情になる。


「ソフィア」

「はい」

「事件の処理がまだ残っていて……しばらくは忙しい日々が続きそうなんだ」


 ソフィアは小さく頷いた。

 テオドールは少しだけ迷うように目を伏せ、そして真っ直ぐ彼女を見つめる。


「だけど、必ず君を迎えに行く」


 静かな声だった。


「待っていてくれないか」

「……はい」


 ソフィアの瞳に涙が浮かぶ。

 それを見たテオドールは、今度は迷わずそっと手を伸ばした。

 優しく頬へ触れる。

 二人はしばらく見つめ合っていた。

 やがてテオドールが、ふと思い出したように口を開く。


「そうだ、これを」


 手を伸ばした先にあるのは、二人で描いた絵だった。


「君へ初めて贈るものが、この絵で良かったと思うんだ」


 ソフィアは大切そうに絵を抱きしめる。


「私も嬉しいです。ありがとうございます、テオドール様」


 するとテオドールは、少しだけ拗ねたように眉を下げた。


「……“様”はいらないんだけどな」


 ソフィアは目を丸くする。

 けれど次の瞬間、くすくすと笑い出した。

 そして少し照れたように視線を逸らしながら。


「ありがとう、テオドール」


 そう呼ばれて、テオドールは静かに目を細める。


 温室の外では、陽がゆっくりと落ち始めていた。

 赤く染まり始めた空が、二人を優しく包み込んでいた。


◇◇◇


 その日の夕食は、久しぶりに家族全員が揃っていた。

 穏やかな食卓。

 けれど不意に、父が静かに口を開く。


「アリア、お前には苦労をかけたな」


 アリアは目を瞬かせた。

 父がこうして素直に言葉にするのは珍しい。


「……お父様」

「もういいじゃありませんか」


 柔らかな声で微笑んだのは母だった。


「今回の件、本当に驚いたわ。だけど……よく頑張ったわね、アリア」


 その言葉に、隣に座る弟も嬉しそうに身を乗り出す。


「そうです! 姉上は昔からすごいんです!」


 どこか自慢げな様子に、思わずアリアは笑ってしまう。

 父も母も、そんな二人を見ながら誇らしげに目を細めていた。


 翌朝。

 屋敷の前には、見送りのため家族が集まっていた。


「兄によろしく伝えてちょうだい」


 母が優しく微笑む。


「ええ、お母様」


 アリアも静かに頷いた。


「お願いを聞いてくださってありがとうございます」

「ふふ、任せておきなさい」


 母はどこか楽しそうだった。

 その隣で、弟は何か言いたげにしながらも、なかなか口を開けずにいる。

 そんな姿を見て、アリアは優しく微笑んだ。


「しっかりね」


 そっと弟の頭に手を置く。


「お父様とお母様のことお願いね」


 弟は少し寂しそうにしながらも、力強く頷いた。

 家族へ別れを告げていると、フィデルが迎えにやってきた。


「アリア様」

「ええ、行きましょう」


 アリアは静かに頷く。

 そして最後にもう一度だけ振り返り、公爵邸を見つめた。

 長い間過ごした、大切な場所。


 けれど不思議と、後悔はなかった。

 踵を返し、歩き始める。


「向こうへ着いたら、最初に行きたい場所があるの」


 その言葉に、フィデルはどこか察したように小さく笑った。


◇◇◇


「お前でもそんな風になることがあるんだな」


 からかうような声に、ライアンは眉を寄せた。


「別に、いつも通りですが」

「そういうことにしておいてやる」


 呆れたように上司が肩を竦める。


「今日はもう帰れ。どうせ仕事も手につかないんだろう」


 ライアンは小さく息を吐き、そして珍しく素直に頭を下げた。


「……失礼します」


 足早に部屋を後にする。


 馬車を降りたライアンは、側にいた従者へ静かに告げた。


「ここからは一人で行く」


 風が、さらりと髪を揺らす。

 ゆっくりと丘を登っていく。

 やがて見えてきたのは、大きな木。

 そして……その下に広がる、青い花畑だった。


 視線の先に、愛しい人の姿がある。


 ふと、子供の頃のアリアが脳裏を過った。

 無邪気に笑っていた、小さな少女。

 思わず声が零れる。


「リア!」


 その声に、アリアが振り返る。

 光がきらきらと反射する中、アリアは嬉しそうに微笑んだ。

 ライアンの目が静かに細められる。


「リア……おかえり」

「……ただいま」


 その瞬間、アリアが弾けるように笑った。

 子供の頃と変わらない。

 僕の大好きな笑顔だった。


                ——完——


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ