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一人暮らしにつきものの憑き物  作者: ぴよ
第一部 一人暮らしと憑き物

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9/30

一人暮らしと上司

私は、ある会社で部長を務めている。


責任ある立場だ。経営層からの重圧。他部署との関係調整。そして当然のように継続して成果を求められる日々。

それらをすべて、完璧にこなしてきた。

私は有能だ。まだまだ出世もできるだろう。

さぁ、今日も仕事に励むとしよう。


「君、先方との打ち合わせを頼むね。私は別件があるから。わからないことはいつでも相談して。よろしく」

「例の件、進捗どう?担当は君だったね。うん、任せるよ。サポートはするから」


部下に仕事を割り振る。

成長を促すのも上司の仕事だ。多少、残業が増えているようだが。それが会社というもの。

真面目な社員などはそれで無理をしすぎることもあるようで、先日も、若手の女性社員が出勤途中に体調を崩してしまったようだが、そこは快く休暇を与えてやればいい。仕事とは、そうして覚えるものなのだ。


ーー


ある日、翌日に控えた会議の準備をしていたとき。資料に重大な漏れがあることに気づく。

そういえば、いつだったか、業務を任せすぎてしまった女性社員。素直で真面目なものだから、ついつい仕事を振ってしまう。今回も彼女に関連資料の作成を頼んでいたはずだ。


仕方ない。

仕事のためだ、これは仕方ない。


ーー


翌日の始業後


「佐伯くん、ちょっといいかな」

朝一で呼び出しをかける。


「今日の社内会議用にお願いしてた資料、できてる?」


「えっ? あ! はい!取引先別の売り上げ推移ですよね。先週お渡ししました!」


「あぁ、そうそれ。それをね、過去5年の企画別にして欲しかったんだけど……」


部下の目がわずかに揺れる。


「言い忘れてたな。ごめん、僕のミスだわ。でも、なんとかならない?」


断れない。断らせない。“お願い”の形をした命令。


部下は消え入りそうな声で言う。

「……頑張ります」


「ありがとう、任せるよ」

その瞬間。

天井の蛍光灯が、ちか、と揺れた。

窓ガラスが、きし、と鳴った。

コピー機のランプが一斉に点灯する。


目目連は見ている。

部長の手元。部長の声色。

責任の所在を霧にする、“任せるよ”という便利で無責任な言葉。

負担を肩代わりさせる、その様子を。


部長は、はっきりと感じた。

何かが、自分を“見た”。

一つではない。

二つでもない。

無数の視線。


評価。査定。冷たい観測。

汗が背中を伝う。手にした書類が震える。

部長は咳払いをした。

「……無理はするなよ」


言いながら、自分の声がわずかに上ずっていることに気づく。


ーー


天井の目は、瞬きをしない。ただ、見る。見る。見る。

守護対象に過度な負荷をかける存在を。

記録する。判断する。


そして。


必要とあらば――

介入する。


ーー


私は有能な部長だ。


だった。……はずだ。


彼女の資料のおかげで、先日の会議は問題なかった。

その日は珍しく、部下を労いもした。しかし、あれ以降どうにも落ち着かない。


書類に目を通していると、視線を感じる。

窓。天井。モニターの黒い画面。

誰もいない。

だが、確実に“見られている”


「……気のせいだ」


私は合理的な人間だ。怪談など信じない。

だが。部下に仕事を振ろうとした瞬間。蛍光灯が、ちか、と瞬いた。


「この案件、君に――」

コピー機が、がちゃん、と鳴る。


「……いや」


私は咳払いをする。

「一度、進め方を一緒に整理しよう」


静かになる。

空気が、わずかに緩む。

……気のせいだ。きっと。


ーー


入社数年目のあの女性社員。

最近、少し雰囲気が変わった。

いや、変わったのは私か。

彼女が資料を持ってくる。

「部長、こちら確認お願いします」


いつもなら言うだろう。“任せるよ”


だが。

背中が、ぞわりとする。

モニターの反射。そこに、黒い点が見えた気がした。瞬き。だが目の端で捉えたそれはすぐに消える。


「……座って」

私は言った。

「どこが難しかった?」


彼女は一瞬きょとんとする。それから少し考え、ぽつぽつと話し始める。

説明はたどたどしい。だが、真面目だ。

……本当に、真面目だ。無理をするタイプだ。


私は資料に赤を入れる。初めてかもしれない。

“自分の手で”仕事の指導をした。


天井の蛍光灯は、静かだった。


ーー


最近、部署の空気が少し違う。あの女性社員も笑っている。


「部長、昨日はありがとうございました」

「いや。仕事だからな」

軽く手を振る。


心のどこかで思う。

私の仕事は管理ではなく、伴走なのかもしれない。

背後から、ひやりとした風。だがそれは、もう冷たくない。天井の目は、静かに瞬きをやめた。


ーー


佐伯の自宅。


「最近、部長ちょっと優しくなった気がするんだよね〜」


彼女はお茶をすすりながら言う。


(……当然です)

どこからか、瞬きの音が鳴った気がした。


彼女は首を傾げる。

「気のせいか」


気のせい。一人暮らしにはよくあること。

見えない何かが、ほんの少しだけ、仕事をしやすくしてくれているだけ。


最近、部長は時折誰もいない窓を気にする。天井を見上げる。

でも、以前より落ち着いてみえる。


いつだったか、彼が妙に落ち着かなかった理由。

それはただ一つ

目目連は泣かない。そのかわり、守護対象を泣かせる存在は決して見逃さない。


だが、責任を果たすものにとっては、見守る存在でもある。

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