秋本番 モンスターファッションコンテスト
『エントリーナンバー7番、〇△高校ダンス部のみなさんでした~』
商店街の一角に作られた臨時ステージの上に向かって、会場からは拍手と歓声が送られていた。先ほどまで踊っていた、黒とオレンジの衣装を着た高校生たちも笑顔で手を振っている。
「なんすかあれ?市販の衣装着て踊っただけじゃないすか」
「まぁ、そう言いなさんな。商店会のイベントで、しかも第一回目なんでしょ?そりゃこういうのも混じるでしょ〜」
そんななか厳しいことを言っているのは、今回佐伯と水上の衣装を製作してくれた主任。隣の課長は気にしていないようで、周りと一緒に拍手している。
「それに、あの二人だって似たようなことはするんだしさ〜。出番は次の次だね。さぁ、どうなるか?楽しみだね〜」
――
舞台袖で高校生たちの出番を見ていた佐伯は、課長や主任とは正反対に華やかな衣装とダンスの競演に大興奮していた。
「すごいよ早苗ちゃん!みんなダンス上手い!それで可愛い!元気!さっきの正統派なドラキュラ伯爵のおじさんも格好良かったけど、やっぱり若い子っていいねぇ」
途中から何だか年寄りくさいことを言い始めているが、実はその時、隣の水上はそれどころではなかった。
「……次の、次。もうすぐ出番。あぁ、どうしよう。うぅ、なんだかお腹痛いような気がしてきた……」
「えっ?どうしたの早苗ちゃん!大丈夫?」
「せ、せ、先輩。わたし、うまくできるか心配で……」
「だ、大丈夫だよ!早苗ちゃんなら練習通りできるよ!」
『続きましてエントリーナンバー8番!町内着付け教室の皆さんです!どうぞ!』
佐伯が慌てて水上に声をかけている間に、次の出場者たちがステージに上がった。
『おぉ、これは白地に銀刺繍の素晴らしい着物で、雪女でしょうか?皆さん日舞もたしなんでいらっしゃるそうです』
ステージでは、身にまとった着物からちらちらと雪のような光を散らしながら、銀髪に白い面をつけた三人の雪女が優雅に舞っていた。ゆったりと、しかし流れるように舞うその姿に、観客席はまるで氷漬けにされたかのように静まり、時折ため息が漏れ聞こえるばかり。
「うわぁ、きれい……」
「はぁ、すごい……」
幻想的な光景に見惚れる佐伯と水上。これで緊張も和らいだか……といえばまったくそうはいかなかった。
「先輩、どうして?なんでよりによってこの後出番なんですか!?わ、わたしやっぱり自信ないぃぃ」
「早苗ちゃん!?あぁ、確かにこれは……わたしもなんか緊張してきたよぉ」
プルプルと震えながらしゃがみ込んでしまう二人。
プロの手による衣装があるのだから、ステージに上がるだけのことなら二人ともこれほどナーバスにはならない。そう、それはつまり、観客席の課長も言っていたとおり、二人にもステージでこなすべき演出があるということだ。
――
主任から衣装が完成したと連絡がきたのは本番の四日前。翌日の終業後、四人は水上の部屋に集まって衣装合わせをし、最終調整もその場で済ませて一息ついていた。
「や〜、これで納品完了だね〜」
「二人ともスタイルいいし、こっちも作業してて楽しかったっす」
「こんなに可愛い服!本当に素敵!ありがとうございます!」
「お二人には本当に感謝してます。あとは本番のお披露目だけですね。そのあとはみんなで打ち上げに行きましょう!」
実際に衣装を見て、さらに着て大満足の佐伯と水上は、本番はこれからだというのにもう浮かれ気分である。
「ん〜、こっちの仕事はここまでだし打ち上げも了解だけど、お二人さんにはこれからまだやることがあるのよ?」
「今回はファッションコンテストっつっても企画ものだし、衣装のコンセプトを伝えるためにも一肌脱いでもらうっす」
「へ?一肌?」
「なんのことですか?」
「とりあえず、水上ちゃんはこのヒールで歩いてみてくれる?」
「佐伯っちにはこの衣装でスキップとターンをしてもらうっす。あと、これ台本。当日はこの流れでよろしく」
商店会企画のコンテストなら、おそらくランウェイなどない。事前に確認したところ、やはり一組ずつ舞台に上がって衣装を披露する形式だった。そして、出場者はただ立っているだけでなく、ダンスなり衣装説明なり、人によってはカラオケを歌ったりするらしい。
ならば、こちらも衣装のコンセプトを十分に伝えるために演出を入れるべきである。
「ん?どうしたの二人とも。何固まってんの〜?」
「言ってあったっしょ?製作と併せて当日の動きも決めてくるって」
「え?うん、でも、それって順番に前に出るとかポーズするとかじゃなくて?」
「合ってるっすよ?ちょっとストーリーが入るだけで」
「台本って?セリフもあるんですか?え?」
「セリフって言ってもほんの二言三言だから」
こうして、残り二日は佐伯と水上の特訓に充てられることとなった。
――
『エントリーナンバー8番!町内着付け教室の皆さんでした!』
前の組の出番が終わり、三人の雪女たちも舞台袖に戻ってきてしまった。いまだに緊張からしゃがみ込んだままの二人だが、何を思ったのか、雪女のうちの一人が佐伯と水上を見かけるとそのまま近づいてくる。
「あら、お久しぶり。あなたたちも出場するのねぇ」
銀髪のウィッグと白い面を外した雪女、その人は商店会主催の花火大会で佐伯と水上に浴衣を貸してくれ、さらに着付けまでしてくれたあのご婦人であった。二人の様子を見て何かを察したのか、ご婦人は穏やかに話しかけてくれる。
「二人とも、とても素敵なお衣装ね。緊張してるみたいだけど、きっと手をかけたお洋服なのでしょう?ここでみなさんに見ていただかないともったいないんじゃないかしら?それにステージに出てしまえばなんとかなるものよ。頑張ってね」
優しく微笑んでから、ご婦人はお仲間と一緒に舞台袖から去っていった。それでも緊張に身を固くしていた二人だが、
『それでは続きまして、エントリーナンバー9番!レッツウォーキングのお二人です!どうぞ!』
とうとう呼び出しの声がかかってしまった。
本来の段取りなら水上が先にステージへ上がる予定なのだが、まだ怖気づいて動けないらしい。そんな水上の隣で佐伯がつぶやく。
「せっかく作ってもらった衣装。みんなに見てもらわなくちゃもったいない?そうだよ、見てもらわなくちゃ!」
『あれ?エントリーナンバー9番!レッツウォーキングのお二人!どうぞ!』
「早苗ちゃん、わたしが先にいくよ。準備ができるまで待ってるからね」
すっと立ち上がり一度水上の手を握ると、佐伯はそのままステージへ歩き出した。
――
「ちょっと!?水上ちゃん出てこないんだけど?何?なんかトラブル?」
「あたしだってわかんないっすよ。でも、あの雪女のあとじゃビビっても仕方ないというか……」
そのころ、観客席でも課長と主任が異変を察していた。
『あれ?エントリーナンバー9番!レッツウォーキングのお二人!どうぞ!』
しかし、二度目の呼び出しにこたえてステージに現れたのは、緊張で青ざめ、ギコギコと音がしそうなほど固い動きで歩く佐伯であった。
「あちゃ~、水上ちゃん出てこられないのか~」
「でも、佐伯っち一人だけ出てきてもそれはそれでどうしようもないっすよ?」
「うそ、セリフも飛んでるじゃない。これはちょっとまずいんじゃ……」
「いや、課長!終わってない!なんか始まった!」
しかし、彼女は我らが佐伯心である。彼女は初舞台となるこの場所で、女の度胸を発揮し始めた。
――
二度目の呼び出しのあと、ざわつく観客の前にやっと出てきたのは可愛らしい女の子。
白いブラウスに濃紫の大きめのリボンタイ。
同じく濃紫のショートパンツの上から、鮮やかなオレンジ色のラップスカートを巻いている。
頭には小さなシルクハットの髪飾り、そして手にはなぜか、木の柄に鳥の羽をつけた古びたはたき。
ステージ端に出てきた彼女は、固い顔のまま観客席に向けて口を開きかけたが言葉にならず、悔しそうにうつむいてしまう。しかしふたたび顔を上げ、何かを決心するようにはたきをぎゅっと両手で握りしめた。
すっと、ステージの反対側を向き、背筋を伸ばし、顎を上げる。
何が始まるのかわからずに静まり返る観客たちを前に、彼女はゆっくりと歩き始めた。
一歩ずつ、脚を伸ばして、モデルのように。
なぜか固唾を飲んで見守ってしまう観客たち。
しかし、ステージの中央あたりまで来たところで足がもつれ、数歩よろけて結局転んでしまった。
客席の誰かがついたため息が聞こえる。
しかしそのとき、舞台袖から新たな登場人物が現れた。
カツカツとピンヒールの音を響かせながら現れたのは、細身の黒いスラックスと丈の短いジャケットを身につけた長身の女性だった。シンプルなシャツの首元にはスカーフを飾り、ジャケットには月のブローチ。腰のサイドから垂らした長いベルトには星型の鋲が打たれている。
彼女は太めのスクエアフレームが特徴的な黒縁眼鏡を指で押し上げながら、転んでしまった女の子の隣に立つ。
慌てて立ち上がった女の子が女性に礼をすると、彼女も優雅に一礼した。
そして、おもむろに、ゆっくりと手を叩きリズムを取り始める。
女の子も一緒に手を叩き始め、観客席にも同様に手拍子を求めている。
会場に一定のリズムの手拍子が響き始めると、長身の女性はよく見ていなさいと人差し指を立てて女の子に合図し、ステージの上を手拍子に合わせて歩き始めた。
伸びた背筋、少し上がった顎、膝を伸ばして堂々と。
ステージの上を大きくぐるりと回り、女の子の横に戻ってくると腰に手を当ててビシッとポーズ。
これには観客も大きな拍手と歓声を送った。
何の説明もなく始まった寸劇だが、どうやらこの女性はウォーキングの講師で、女の子は生徒のようだ。
観客が二人の関係を理解したところで、講師の女性は、今度は自分が歩いてみるよう生徒の女の子へ指示している。
ふたたび手拍子につつまれる会場。
最初はおっかなびっくり、少しよろけたりしていたが、ステージを半分回り切り、戻ってくる頃には見事に歩けるようになった女の子。
講師の女性の横まで戻り、やはりポーズをとると、先ほどと同じように大きな拍手と歓声が鳴り響いた。
観客席を感激の目で見回し、隣で賞賛の拍手をしている講師を見ると、女の子は感激のあまり、その場でぴょんぴょんと飛び跳ね始める。しまいにはくるりとターンをして、自分の足を包んでいたラップスカートをぱっと外す。
外したラップスカートをくるりと裏返すと、それはリボンタイやショートパンツと同じ濃紫の地に、講師のアクセサリーとお揃いなのか、スパンコールで夜空の星と月を浮かべた小さなマントになった。
「あっ!魔女だ!女の子が魔女になった!」
思わずといった風に会場の子供の一人が女の子を指さした。
肩にかけたマントを首元で留め、手にしたはたきを掲げる姿はまさに小さな魔女。
声をかけてくれた子供に向かって手を振り、はたきを振って魔女はまたもぴょんぴょん飛び跳ねる。
それにびっくりしたのは隣に立っていた講師の女性である。
眼鏡を外し、そのまま頭の上に載せると、軽く丸めた両手で目元をくしくしとこすって魔女に変身した生徒を見つめる。
女の子の身長に合わせてわずかにかがみ、膝を曲げた様子はまるで……
「先生は猫になっちゃった!黒猫だ!」
またしても会場から子供の声が響く。
頭の眼鏡が猫耳に見え、腰から垂れるベルトは尻尾のよう。あとはわずかに姿勢を変えただけで、長身のウォーキング講師までもが黒猫に変身してしまった。
黒猫になった先生は、猫らしく一度大きく背をそらせてポーズをとってから、女の子が振るはたきをめがけ猫パンチを繰り出す。これに笑った女の子は大きくはたきを振りながらステージをスキップして回り始めた。
笑い声とともにまたも観客の手拍子が始まり、女の子と黒猫は一緒にくるくるとステージを回る。何度かの追いかけっこのあと、最後に正面に戻ると女の子と黒猫は観客席に向かって大きく手を広げ、そして礼をした。
観客席からは大きな拍手と歓声。二人はステージの上から呆然とその様子を眺めていた。
『はっ?失礼、見入ってしまっていました!エントリーナンバー9番!レッツウォーキングのお二人でした!ありがとうございました!』
――
舞台袖へ戻り、着替えのために用意された控室へ入っても、二人はしばらく心ここにあらずといった様子だった。だが、安心したためだろうか。ここへきて水上が突然泣き出してしまった。
「あっ!えっ!?早苗ちゃんどうしたの?大丈夫?」
「せんぱいぃぃ、わたし動けなかったぁぁ、ごめんなさぁぁいぃぃ」
「そんなことないよ!わたしが転んだら早苗ちゃん助けに来てくれたし!」
「先輩が先に出ていってぇ、でもガチガチでぇ、転んだのを見たところからは覚えてないですぅぅ」
「うそ!そうなの!だって早苗ちゃんすごく格好良かったよ?大成功だったよ!?」
「ありがとうございましたぁぁ、うわーん」
緊張から解放され安心したのも、必死で駆け抜けてしまって実感がないのもお互い様。
そのうちに佐伯まで泣き始め、そして二人で笑い出した。
泣いたり笑ったりで今度はどっと疲れが押し寄せてきたが、それはどちらかといえば心地よいものだった。
「ねぇ早苗ちゃん。もう汗びっしょりだし、結果発表前だけどもう着替えてメイクを落としちゃおう。そんで課長と主任に会いに行こうよ」
「そうですね。わたしも早く二人に会いたいです。あ、でもちゃんとできなかったから怒られるかも」
「むー、仕方ない。そのときは二人で一緒に怒られよう」
「はいっ!そうですね!」
とにもかくにも、佐伯と水上の初仮装、モンスターファッションコンテストの出番はひとまず終わった。
コンテストの結果ももちろん気になるが、それがどうであったとしても、このあとは四人で打ち上げに行こう。
課長と主任からの評価はどうなるだろうか。こちらから話したいこともたくさんできた。
支度を始める佐伯と水上の顔は、どちらも笑顔であった。




