秋のラストイベント 極秘のハロウィン大作戦
白沢と座敷童子が着せ替えで大騒ぎしたその数日後のこと。いつも通り早めに出社した水上は、始業の三十分前にはスケジュールの確認や今日の仕事の準備を済ませていた。
普段ならそのまま業務に入るところだが、今日の水上は空いた時間を使って別のことを始めた。いまだに決まらないハロウィンの仮装案を捻り出すべく、その資料集めである。スマホで定番のモンスターやその衣装を検索する。それらをいかに現代風にアレンジするか頭の中でシミュレートし、いくつかのアイデアを手元のメモに書き出していく。そんな作業に集中していると、不意に後ろから声をかけられた。
「おはよう水上さん。今日も早いね。ん?ゴシックファッションの変遷と近代化?アパレル関連の企画案かな?」
「あ、部長おはようございます。これはその、仕事ではなくて……申し訳ありません」
「あぁ、そうなの?まだ始業前だし気にしないで。こっちこそ覗いたりしてすまなかったね」
そこへ、続いて元気に出勤してきた佐伯が合流した。
「おはようございます!あれ?部長、水上さんと何か打ち合わせですか?」
「いや、仕事じゃないんだけど、水上さんが面白そうなことをしてたんでね?」
部長と同じく、水上の手元のメモを覗き込む佐伯。
「中世の服飾文化と幽霊譚?あっ!ハロウィン!」
「ハロウィン?そうなの?佐伯さん、よくこれだけでわかったね?」
「今度、わたしと水上さんとでハロウィンのモンスターファッションコンテストに出場するんです!これ、そのための資料でしょ?早苗ちゃんすごい!本格的!」
「もう!二人とも覗かないでください!この話はおしまい!もうすぐ始業ですよ!」
「おっと、ごめんごめん。それじゃ今日もよろしく」
顔を赤くしてメモを隠してしまう水上。部長は軽く謝りながら自分のデスクへ。
ハロウィンは楽しみだが、まさか会社で上司に見られるとは思っていなかった。会社で作業していたのだから自分の責任ではあるのだが、水上は思わず佐伯に八つ当たりしてしまった。
「先輩!あまり人前で言わないでください。わたしちょっと恥ずかしいです」
「えっ、だめだった?……でも、わたし確かにちょっと浮かれてたかも。ごめんね早苗ちゃん、恥ずかしかったら無理しなくても……」
「あっ、いやっ、違います!ハロウィンも先輩とコンテストに出るのも楽しみです!」
「そうなの?」
「……はい。ただ、わたしの方こそ浮かれてしまって。そこを見られたのが恥ずかしいというか……」
「そっか!良かった!いや、ごめん、全然良くないね……そしたら、コンテスト出場は極秘作戦にしよう。それで、誰にもばれずに優勝しよう!」
「もう部長にばれてますけどね」
(ふーん。じゃあ部長さんに口止めする?それか記憶を消すとか?)
(怖いことをおっしゃいますね。あの方、割とまともですし、わたくしはそこまでしなくとも大丈夫だと思います)
すねこすりの物騒な提案は目目連によって見送られた。
まぁ、憑き物たちの冗談はさておき、水上は今回のコンテストに相当入れ込んでいるようである。いまだ決まらない仮装はどうなるのだろうか。
――
極秘作戦の続きは、お昼休みに持ち越された。
「早苗ちゃん、何かアイデア見つかった?わたしはまだ迷ってるんだよね」
「わたしも、なかなかこれというのが見つからなくて」
当然といえば当然だが、朝の時点から話は進んでいない。しかも、楽しく参加するだけのはずがいつの間にか優勝を狙うことになったのもあり、衣装選びは難航している。
「お、いたいた。お二人さんおつかれ〜」
そこに、一人の女性が気安い様子で声をかけてくる。
「あっ、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
気安く声をかけられる間柄らしいが、佐伯は返事をしたあと、ぎゅっと口をつぐんだ。
どうやら、コンテストのことを漏らさないように気をつけているらしい。
「聞いたよ〜。ハロウィンの衣装案で悩んでるんだって?」
「えっ!なんでわかったんですか!?」
極秘作戦開始早々の情報漏洩かと、佐伯は思わず口を開けて驚愕する。だが、続く言葉からするとそういうことではないらしい。
「部長から聞いたよ~?取引先からハロウィンイベントの相談でもされたの?」
「あぁ、そういうことですか。いえ、実はこれは仕事じゃなくて……」
またしても顔を赤くしながら、月末のハロウィンイベントに二人で参加するのだと説明する水上。驚愕から立ち直った佐伯も、水上の顔色を窺いつつ衣装選びに悩んでいることを補足する。
女性は、ふむふむと二人の話に耳を傾けている。砕けた口調とは裏腹に、ビジネスカジュアルの着こなしには隙がない。さて、この人物はいったい何者なのか。
「なるほどね~。仕事じゃないけど面白そうじゃない。そういうことなら、同じフロアのよしみでこのアパレル企画課長様がちょっとアドバイスをしてあげよう」
自ら名乗った通り、彼女はアパレル専門部署の課長であった。どうやら気を利かせたつもりの部長が、それとなく助っ人を頼んでくれていたらしい。
「うわっ!すごい!プロのアドバイスだ!」
「プライベートのことなのに、ありがとうございます」
「いいのいいの。それで、現時点ではどんなものを考えてるの?」
そこからは、お昼休みの短い時間を使ってのプレゼンとなった。
シーツお化け×インフィニットドレス
八尺様×ランウェイ
ドラキュラ伯爵やゾンビの現代ファッション化
ゴシックファッションや中世モンスターの衣装研究
「何それ……面白い!つまり二人はモンスターも現代で暮らしてるものと捉えて、そのうえで彼らをスタイリッシュに表現したいわけだ」
しばらく黙って話を聞いていたアパレル企画課長が目を輝かせはじめる。
「そういうことなら……モンスター性はわかりやすく、かつ最小限にしたいな。それと、基本的には今のトレンドを優先。せっかく二人で出場するなら、二人で並んだときのシルエットにもこだわりたい。ねぇ、水上さんって身長どのくらい?ヒールは何センチまでいける?佐伯さんもスタイルいいよね。可愛い系とセクシー系ならどっちが好き?」
怒涛の勢いでしゃべり始め、手帳にメモを取り始める課長。結局、昼休み中は質問攻めで、具体的な衣装案まではまとまらなかった。だが、もちろんそれでは終わらない。
「ねぇ、二人は今日何か用事あるの?仕事終わった後ちょっと時間とれない?そう!大丈夫なのね!じゃあ、いくつか衣装案考えて、こっちの仕事が終わったら迎えにいくからご飯食べに行こう。そんで続きの話をしようか」
「やった!ありがとうございます!楽しみです!」
「ちょっと先輩、だめですよ。あの、これ本当にプライベートの話ですから、そこまでしていただくのは……」
「いやいや、もういまさら聞かなかったことにはできないよ。だって楽しそう、面白そう!絶対一枚かませてもらうから!」
極秘作戦はさらに終業後に持ち越しとなった。
――
終業後、迎えに来てくれたアパレル企画課長は本当に数枚の衣装案スケッチを携えていた。またしても恐縮する水上だが、なんとこれでもまだ終わりではないらしい。
「水上ちゃん?こんなところじゃ終われないのよ?こんなのラフスケッチなんだから、詰めるべきところはまだまだあるの。あと、この子うちの課の主任。この先手伝ってもらうから今日はみんなでご飯にしよう。さぁ行こう」
なんとプロが、助手まで連れてきて本気を出し始めてしまった。
「どうも。普段は課長の事務補佐やらされてます。今回は実際に衣装の調整、縫製、仕上げもできるって聞いてきました。全部あたしに任せてください。あと、あたしのスケッチもあるんでチェックよろしく」
(ねぇ、どんどん人が増えてるよ?いいのこれ?)
(どうなんでしょう?有能な少数精鋭ということなら、わたくしとしてはまだギリギリのラインかと)
服飾のプロまで巻き込み、すっかり想定を超えて突き進む極秘作戦。
いや、もう極秘でもなんでもない気もする。
しかしおかげで、モンスターファッションコンテスト優勝への道は、大幅に前進しそうである。




