天高く、山羊走る秋
「気がつけば ひとまわり増す 腹回り」
「なんです?その不穏なフリースタイル川柳」
楽しかったシルバーウィークも終わった、その翌週のこと。会社のお昼休みに、珍しくランチをヨーグルトとサラダだけにした佐伯が深刻な顔で口を開いた。
「早苗ちゃん……これは重大な事態だよ……。このスラックス、サイズぴったりだったはずなのに、なんかちょっとキツい気がする……」
「あぁ、ちょこちょこ言い訳に使ってましたけど、やっぱりゼロカロリー理論は破綻してましたか。これじゃあ、痩せたら履くはずのスカートも……」
「違うもん!まだ取り返せる範囲!ふとももとお尻とウエストを絞ればまだあのスカートは現役だもん!」
ふとももとお尻とウエスト、それはつまり全部なのではと思う水上。
実際のところは、佐伯はそれほど増量したわけでもない。ただ、ここ最近のカロリー過多については本人も自覚があるらしく、スラックスの履き心地の違和感に、急に危機感を覚えたらしい。
秋の味覚だからと味わったパフェ、秋刀魚、秋鮭。仕上げに揚げ物と栗ご飯……
思えば水上自身も、この秋は佐伯に付き合って少し食べ過ぎたかもしれない。ここは佐伯のみならず自分のウエストのためにもと、水上は心を鬼にすることにした。
「先輩、それじゃあダイエットするしかないです。スカートのためですから、やるしかないですよね?」
――
退勤後、ダイエットの計画を立てるべく佐伯の部屋に集まった二人と、それを見守る憑き物たち。
会議は、まず佐伯の提案から始まった。
「まずは運動だよね。わたしサイクリングとかしてみたい!」
「先輩、自転車持ってないじゃないですか」
「じゃあピラティス!それかホットヨガ!」
「体験入会に行ってみてもいいですけど、その後の本入会を断りきれずに月謝を払い続ける羽目になりそうですね」
(呼ばれて来てみればまたくだらない……おっと失礼。健康的で何よりですね)
(うるさいわねヤギ!これはとっても重要な話なのよ?意見がないなら黙って聞いてなさい!)
白沢にとってはうら若き女性の悩みなど関わりのないもの。だが、座敷童子に一喝されては、しばらく様子をみるしかない。
「確かに……あーん!じゃあどうするの?」
「ウォーキング、ランニング、あとは自宅でできるエクササイズですかね」
「ううっ、楽しそうなところが少ない……」
「先輩、ダイエットは地味で地道なものですよ」
(別に二人とも太ってないよね)
(それは油断なのよ。体型維持は女にとって切実な問題なのよ)
すねこすりの意見は大変優しく耳に心地良いが、同じ女性として座敷童子はあえて厳しい態度を取る。
「それと普段の食事の見直しも必要です。運動と食事、この両輪があってこそ、ダイエットは効果を発揮します」
(ですからわたくし、毎食ごとにカロリーをお知らせしようと……)
(食べてからいうのは……)
(意味がないというか……)
(残酷だと思う)
家鳴たちの言うとおり、目目連の分析能力も実際のダイエットでは使いどころが難しいらしい。
「普段の食事って、わたし平日はお弁当とかお惣菜が多いんだけど?」
「無理に自炊しなくてもいいですけど、揚げ物や油の多いものは控えて、お惣菜もお野菜中心にしてください。ただし、食事を抜くのはダメです。あと、お菓子はしばらく禁止です」
(そうね。食べないダイエットなんて意味がないのよ。食事についてはわたしが監督するのよ)
「えー……でもしょうがないか。じゃあ運動はどうする?いつやる?」
「早朝なり、帰宅後なりですね。わたしは朝走ることにします」
「えっ!?一緒にやるんじゃないの!?」
「平日も続けるとなるとそれは難しいと思いますよ?各自で努力です」
「うぇ〜、楽しいところがなさすぎるぅ……」
「でも、これであのスカートがまた履けるようになりますよ」
「うぅっ、嫌だなぁ。でもスカート履けるようになりたいし……しょうがない!わたし頑張る!」
「その意気です先輩!」
「でも、早起きはできる自信がないから、平日は帰ってきてからランニングする。早苗ちゃん、週末は一緒に運動してくれる?」
「もちろんです。お互い頑張りましょう!」
――
(ダイエットまで一緒なんて、二人は仲良しだよね)
(仲良きことは良きことです。ただ、最近日が落ちるのも早くなっていますので、わたくしちょっと心配なことが……)
それぞれがダイエットに励むことは決まったが、憑き物たちには気になることがあるらしい。
(早朝にしろ、日暮れ後にしろ、女性が一人軽装で外に出るのは確かに心配なのよ)
(そういうことなら、誰か付き添いをつければいいでしょう。すねこすりなど適任では?)
(僕、朝はお仕事行くのに付き添いしなきゃいけないから、早苗ちゃんが朝走るんならそっちは無理かな?それに僕一人じゃ、何かあっても護衛なんてできないよ)
すげなく断るすねこすり。
目目連は目を逸らし、家鳴たちも沈黙。
(これは、いよいよ出番なのではなくて?外回り担当の白沢様?)
(はっ?あぁ、私はそれなりに忙しい身ですので……)
(二人の安全より)
(大切な仕事って)
(そんなこと……)
(あるのかしら?神獣様?)
(白沢様、わたくしの読みでも……これは詰みです……)
(うっ?いやしかし、毎朝毎夕、二人のランニングに付き合えと?)
憑き物たちが揃って頷く。
(問題のスカートが履けるようになるまで、よろしく頼むのよ。今まで逃げ回ったツケだと思って観念するのね、神獣様?)
こうして、秋の数週間、神獣白沢の日課に朝夕のランニングが加わった。
彼のウエストがどうなったのかには、残念ながら誰も興味を持っていない。




