秋のあれこれと憑き物たち②
【その四 座敷童子と秋の夜なべ】
五連休三日目、その深夜。
キッチンには大量の栗を前にした座敷童子と、それを見守る憑き物たちがいた。
(あの二人!本当に栗の皮を剥かずに寝たのよ!)
(それは大変です!確か、明日の夕飯は栗ご飯の予定ではありませんでしたか?……ふふっ)
白沢の追い打ちに、座敷童子はますます追い詰められる。
(二人は本当に仲良しだよね)
(わたくし、今それを言えるあなたの胆力にびっくりです)
空気を読むことを知らないすねこすりに、目目連が目を見開いている。
しかし今は、とにかく栗である。
(鬼皮を剥いて)
(渋皮も剥いて)
(やっとスタートライン)
(そんなことわかってるのよ!あんたたちも手伝いなさい!)
(わたくし、手も足もないもので……)
(転がすくらいならできるけど?)
(……わたしの役目は外回りでしたね。ちょっと用事を思い出しました。では、今日はこれで)
家鳴たちは言うまでもなく、目目連もすねこすりも役に立たない。
白沢に至っては、煽るだけ煽ってどこかへ消えてしまった。
(……仕方ないのよ……その代わり!明日の美術展同行権は譲らないのよ!)
こうして、座敷童子の孤独な戦いが始まった。
――
さく、ぺり。
さく、ぺり、ぺり。
熱湯に浸けた栗を一つ取り出しては、包丁のあごを使って鬼皮を剥いていく。
剥けたら、また次の栗へ。
(なんか……)
(すごく……)
(地味……)
(こんなこと、全部の栗にやるの?)
(必要なことなのよ。料理は、ときに根気の作業なのよ)
(わたくし、せめて最後まで見届けます)
(このあと渋皮も剥くけど、付き合ってくれるのかしら?)
(((お先に失礼します)))
(僕ももう寝るね。おやすみ)
(わ、わたくしは……まだ……できるだけお付き合いいたします……)
(ありがとう。頼もしいのよ)
早々に退散した家鳴たちとすねこすり。
残った目目連の目も、しばらくすると一つ、また一つと眠気に負けて閉じていく。
さく、ぺり。
さく、ぺり、ぺり。
結局、一人になってからも。
座敷童子は栗を剥き続ける。
明日の美術展のため?
いや、栗ご飯を食べて喜ぶ二人のため。
さく、ぺり。
さく、ぺり、ぺり。
東の空がうっすらと色づきはじめる頃まで、その音は続いたとか、どうだとか。
【その五 学芸員の日常とシルバーウィーク】
学芸員の仕事は多岐にわたる。
美術品の保全と保管。
鑑定、調査、来歴のレポートとアーカイブ。
そして、美術展の開催と美術館の運営。
かつて私は芸術に焦がれた。
芸術に身を捧げようとして才能の壁に激突し、自ら芸術を描き出す夢を諦めた。
他の誰かならどう思うのか、それは知らない。
今は仕事にも慣れ、そつなく日々をこなしている。それでいいと思う。
私は今、この美術館の歯車。
そんなふうに感じていた。
――
秋の連休、シルバーウィーク。
美術館としてはイベントを組み、芸術の魅力を広く紹介したいところ。
当館でも、所蔵品や借り受けた絵画を集めた美術展を企画した。
笑顔でやってくる来館者たち。
訳知り顔で作者のエピソードを語る人や、見当違いの美術論を披露する来館者。
わかってはいる。鑑賞する人たちに、生み出す側の苦しみは関係ない。
それでも。
彼らを見ると、少しだけ意地悪な気持ちになる。
あなたは、一体何を知っているというのですか?
そんなある日、不思議な女の子がやってきた。
――
入館してすぐ、思わずといった様子で立ち止まった女の子。
辺りを見回し、不思議そうな顔をしている。
まるで、初めて連れてこられた遊園地に、ほんの少し尻込みする子供のようだった。
最初のフロアでも、彼女は足を止めた。
どうやら、風景画の大きさに驚いたらしい。
「こんなに大きいの、どうやって描いたんだろう。わたしじゃ背が届かないよ」
あまりにも素直な疑問に、私は思わず声をかけていた。
「イーゼルから下ろして描いたり、もっと大きい絵だと脚立を使ったり、現代アートなら場合によっては高所作業車を使うこともありますよ」
芸術性も技法論もない、ずいぶん即物的な説明をしてしまった。
けれど女の子は、嬉しそうに目を輝かせていた。
こんなことでいいの?
私はもっと専門的な、来館者の視点を一段階上げるような助言をするべきだったのではないか。
イーゼルすら知らなかった女の子。
私はいつしか、彼女がこの美術展で何を見るのか、気にし始めていた。
――
美術展の回廊を歩く女の子。
キュビズムの絵画の前では、何を描いているのだろうと首を傾げる。
昔の町並みを描いた日本人画家の作品では、解説文と絵を何度も見比べる。
展示品のイーゼルを見つけたときなどは、一緒に来たらしい女性にたしなめられるほどはしゃいでいた。
他の来館者たちとは反応が違う。
新鮮で、素直で、見ていて飽きない。
久しぶりに、美術とは良いものだと思えそうになった。
その瞬間、すっと心が冷える。
違う。
これは初心者の反応を、面白がっているだけだ。
結局は、彼女も芸術などわかっていない。
そう思ったとき、女の子の隣に立つ女性の、柔らかな笑顔が目に入った。
いや、それも違う。
女の子は絵画を楽しみ、隣の女性も、その様子を喜んでいる。
思えば、他の来館者たちだって同じだ。
みんな、それぞれのやり方で展示を見て、感じて、楽しんでいる。
芸術は、美術は。
理屈を語るより前に、まず感じるものだったはずだ。
ひねくれていたのは、私の目だった。
――
「光を絵に描くなんて、ほんとにできるんだね……」
その感動には、覚えがある。
かつての私にもあったもの。
きっと、芸術に心を奪われた人たちが、一度は抱いたもの。
彼女たちが退館する前に、もう一度話をする機会があった。
うまく言えたとは思わない。
けれど、私なりの感謝と、また来てほしいという気持ちは伝えられたと思う。
すぐに何かが変わるわけではないだろう。
それでも、明日は今日より少しだけ前向きに、この美術館に立てそうな気がした。
【その六 観光振興課長はSNSが苦手】
秋のシルバーウィーク。
今年も多くの登山客やハイキング客が県外から訪れてくれた。
地域振興や観光を預かる身として、山林整備や事業者との打ち合わせも抜かりなく進めてきた。
おかげで大きな事件や事故もなく、今年の連休も無事に終えられた。
そう思っていた。
――
「あの、課長。連休明けからハイキングコースに関する問い合わせ電話が増えてるんですが、いまいち内容が……」
「ああ、それ、メールもすごい数ですよ。ただ、こっちもコースにないはずのものについての問い合わせばかりで……」
なんだ?
花の絨毯?
巨木の広場?
うちが管理している山に、こんな場所あったか?
「いえ、思い当たりません。だから困ってるんです」
どこか別の山と勘違いしてるんじゃないのか?
「いえ、それがそうでもないらしくて。これ、一般の方のSNSなんですが、どうもこの写真がバズったらしくて」
バ?バズ?
なんだって?
「たくさんの人に注目されたってことです。とにかく見てください」
それは、連休中にハイキングへ出かけたという女性のSNS。
楽しかった思い出として何気なく公開したらしい数枚の写真。
そこには確かに、うちが管理しているハイキングコースやその登山口、下山口と一緒に、絨毯のような花畑や、巨木を中心にした広場の写真が表示されていた。
「位置情報はついてませんが、うちで管理している山には間違いないようです。加工写真でもないようなんですが、どうなってるんでしょう?」
うちの山ではあるらしい。
しかもハイキングの一般客が見つけたということは、それほど山奥ではないのだろう。
だが、そうなると一般客がコースを外れて山に入っているということか。
安全上、これは看過できんな。
一度、現地を調べた方がいい。
――
実際に足を運び、ハイキングコース周辺を探してみた。
だが、それらしき場所は見つからない。
それから数日かけて調べても、結果は変わらなかった。
空振りが続いたある日、部下からまた報告が上がってきた。
「課長、SNSに新しい写真が上がったみたいです。なんでも、タヌキに案内してもらうと辿り着けるとか」
はぁ?
タヌキ?
なんだそりゃ。
何がSNSだ。適当なことを書きおって。
どうにか止められんのか?
「無理です。削除要請なんてしたら、火に油ですよ」
新情報が投下されたせいか、問い合わせは落ち着くどころか増えていく。
仕方ない。ここは林務課にも協力してもらって、場所の特定を急ごう。
こうして調査の規模と範囲を少しずつ広げた結果、写真の花畑そのものかどうかは特定できないものの、よく似た植生の、花の絨毯らしき場所だけはどうにか見つけることができた。
しかし、ここはハイキングコースからも、山頂を目指す登山道からもずいぶん離れている。
こんなところ、一般客が入り込んだら遭難しかねんぞ。
「ですが、こういった場所があるという話はもう知れ渡っています。すでに注意看板やコースを示すロープは設置していますが、それでも実際にコースを外れる人が出ていますし、立入規制だけでは対応しきれません」
担当者は資料をめくりながら続ける。
「まずは安全に近づけるルートがないか調査して、将来的には遊歩道の整備も検討する必要があるかと」
安全なルートとは言うが、現地までは結構な距離だぞ?
遊歩道で済めばいい。
だが地形によっては、管理用の進入路まで考えなければならなくなるかもしれない。
おいおい。
一大プロジェクトじゃないか。
もし本格的な整備ともなれば、計画案の策定から関係各所との調整、予算の申請と確保まで必要になる。
万が一、新規の林道整備なんてことになったら、それこそ十年単位の仕事になりかねない。
むぅ……だが仕方がない。
必要な仕事なら、やるしかない。
まったく。
定年まであと数年、平穏に過ごすつもりだったのに。
無責任な誰かの写真やら、タヌキの与太話やらのせいで、そうもいかなくなったじゃないか。
発端は全部SNSだ。
SNSなんて、ろくなもんじゃない。
山では禁止にできんのか?
できんのか……。
まったく、わたしはSNSが苦手だ。




