五連休完全制覇と秋掃除
五連休の最終日。朝早くから起きだした水上は、キッチンで朝食の支度をしていた。
昨夜の栗ご飯の残りとは別に白米を炊き直し、昼食の分まで真っ白なおにぎりを握っていく。おかずはコンビニのお惣菜だが、味噌汁は簡単ながら手作りである。
「ふわぁ~、早苗ちゃんおはよう。お休みなのに早いねぇ」
「ええ。今日は午前中から大掃除ですからね。朝はしっかり食べないと」
「うぇっ!本当にやるの?」
「もちろんです。ちゃんと掃除もしないと五連休完全制覇になりませんよ」
「うーん、ここわたしの部屋なんだけど、早苗ちゃんのほうがやる気だよ……」
(いい心がけなのよ!今日は徹底的にやるのよ!)
(わたくし、ちりの一つも見逃しません!)
(はたきは上から!)
(柱も拭き上げる!)
(四角い部屋を丸く掃く!)
(最後間違ってない?)
普段は掃除に興味のなさそうな者まで、今日はやる気十分である。
「でもさ、わたし掃除なら普段からしてるし。結構きれいにしてるよ?」
「わかってますよ、先輩。でも、何か所か見ないふりをしてるところがありますよね?」
「そんなことは……」
「クローゼットの中とか」
「うっ……」
「本と雑誌とゲームとか」
「いやぁ、その……」
「それにキッチンまわりの収納も」
「あーん!だって衣替え面倒だし、本と雑誌とゲームはどんどん増えるものだし、食器とかキッチン用品はつい欲しくなっちゃうんだもん!」
そう、佐伯は掃き掃除や拭き掃除はこまめにするのだが、片付けと整理整頓が苦手なのだ。
対野良怪異の自宅セキュリティ担当である目目連としては、普段目の届かない収納部分もこの機会に確認しておきたい。
座敷童子も当然、キッチンをはじめとして部屋はきれいに片付けたい。
最初は興味のなかった家鳴たちも、不用品が無くなれば新しいゲーム機やソフトが置けるかもと、座敷童子に唆されて俄然やる気。
対してすねこすりは変わらずマイペース。
たまたま顔を出した白沢などは、部屋の様子を察すると、『生活圏のことは……』などといつかの意趣返しめいた言い訳を残してどこかに行ってしまった。
「さぁ先輩、おにぎり食べてください。そうしたら今日はまず衣替え。その後断捨離。それから掃除です。頑張りましょう!」
「お、おーっ」
それぞれ温度差はあるものの、五連休完全制覇に向けての大掃除、とにかくスタートである。
ーー
開け放したクローゼットに向かって腕組みをして立つ佐伯。その佐伯の横顔を呆れた目で見つめる水上。きちんと衣替えをしなかったせいで、春秋物と夏物に加えて冬用のコートまでもがランダムに詰め込まれている。さすがにもう、見て見ぬ振りが通用する時期は過ぎている。
「夏に春用のコートをクリーニングに出したの。その時に預けっぱなしだった冬のコートも持って帰ってきたの」
「クローゼットですから、コートがかかってるのはいいです。でも、なんでその冬のコートが一番手前に?あと、その時預けた春用コートは?」
「たぶん……クリーニング屋さん……」
見つめる水上、絶対に目を合わせない佐伯。
「はぁ。とりあえず、一旦全部出しましょう」
「はーい」
(まったく。あれはきっと怒られなくてほっとしてるのよ)
(しかし、見えている問題点の奥にはさらなる問題が……)
呆れる座敷童子に続けて、目目連が何やら不穏なことを言っている。
「んっ?先輩、なんですかこの箱?靴?」
「あっ、それ中身は入ってたり空だったり……」
(こういうところにいるのよね……)
(はい。野良怪異だとか、あとは……)
(ひっ!?まさか……)
座敷童子が嫌な想像をした。
まさか現実の――あの黒い……
がさり
そのとき、空き箱の一つから音がした。
(いぃっ!嘘でしょ!?)
思わず飛び上がってから慌てて後ずさる座敷童子。だが、正体がわからないまま放置する方が恐ろしく、箱から視線を外せない。
そして見た。
箱から顔を出したのは、
(ねぇちょっと。この箱は捨てないでよね)
(ままま、紛らわしいのよ!!)
クローゼットの中にいつの間にかお昼寝場所を確保していたすねこすりであった。
「先輩、こういうの放置すると虫が出ますよ。空箱は捨てましょう」
「えー、でも売ったりあげたりするかもしれないし」
「今までにそんなことしてました?」
「ううん、一度も」
(あぁっ!僕のベッドが!)
(諦めなさい。黒いあいつと添い寝したくないでしょ)
「あと、靴が入ったままの箱は一体なんですか?靴だけ衣替え?」
「違うの。ネットで買ったんだけどサイズが合わなくて……」
「なんですぐ返品しなかったんですか……」
(わたくしが思うに、もう返品期限はすぎているかと。まさしくクローゼットのこやし)
(履けない靴)
(着ない服)
(こやしだらけのクローゼット)
「このブラウスは以前着てるのを見ましたね」
「可愛いでしょ!これはまだ着る」
「なんかTシャツが山ほどありますけど?」
「あぁ、確かにこれは多いかも。ちょっと捨てよう」
「こっちのスカートは見たことないですけど」
「い、今は履けないけど、痩せたら履けるから!」
「『痩せたら履く』『痩せたら着る』は各2着までです」
クローゼットの整理と衣替えだけで大騒ぎ。すっきりするころには処分品もそれなりの数となり、佐伯は若干涙目である。
「どれも気に入って買ったのに……」
「その気持ちはわかります。でも、リサイクルショップに出せそうな服もありましたし、これでまた新しいお洋服をしまう余裕もできましたから」
「そうか!そうだね!冬に向けて新しくニット買おうかな?」
現金なもので、楽しい未来を示された途端上機嫌であった。
――
続いてはリビングの整理である。
それほど大きくない本棚やラックのそばには、収納しきれない本や雑誌、そしてゲームソフトのパッケージが積み上がっている。そのほか、ゲームセンターで取ったぬいぐるみやガチャガチャがソファやテレビボードの上を占領し、まとめ買いした日用品の段ボールまでリビングの一角に居座っている。
「先輩、この段ボールって中身は何ですか?」
「えっと、洗濯洗剤とかトイレットペーパーとか?」
「はい、それぞれ使う場所にしまいましょう」
(その通りなのよ。なんでリビングに置きっぱなしにするのかしら)
(ズボラっていうんだよね、そういうの)
座敷童子の疑問もすねこすりの指摘もその通り。まずこれは無事に片付いた。
「本と雑誌は、読み終わったものは処分していいんじゃないですか?」
「え?本は取っておきたい!あと雑誌もちゃんと読んでないやつが……」
「本当に読むんですか?半年以上前の雑誌を?」
「うっ、読まないかも……」
こちらもだいぶ数を減らすことができそうだ。
「ゲームソフトは……これ、もう遊ばないのが大半では?」
「いやいやいや!これはわたしの実績たちだから!」
(そうだそうだ!)
(ゲームを捨てるなんて!)
(とんでもない!)
「まぁ、今後買うゲームはダウンロード版がほとんどでしょうから……しばらくは記念に置いておきましょうか」
「やった!良かったねわたしのゲームたち!」
(しばらくはというのが不穏ですね。わたくし近い未来を想像してしまいました)
「それじゃ、代わりにこっちを片付けよう!まずはぬいぐるみとガチャガチャを……一掃します!」
「おお!先輩、決断が早い!でも、ツキモンのぬいぐるみはもったいなくないですか?」
「いや、ここは涙をのんで処分しよう!」
「じゃあせめてこの大きなツキモンだけはソファに残しましょうよ」
「また新しいのが出たら取りに行けばいいじゃん。早苗ちゃん我慢して!」
「えー……せっかく一緒にとった大物なのに……」
「うっ、そうだったね……じゃあこの子だけ残留ってことで!」
(えー、何それ)
(ぬいぐるみだけOK?)
(早苗ちゃんずるい!)
(ゲームは守られたんだからいいじゃん。あぁ、僕のベッド……)
――
さて、いよいよ最後はキッチンの片付けだが、ここには佐伯の知らぬ裏の主人がいる。
(調理器具はすべて宝なのよ。でも、先回りして分類しておいたから、そこの引き出しの中身だけ片付けたらいいわ)
どうやら、キッチンの収納の一つに不用品をまとめ、他は整理しておいてくれたらしい。
「あれ?先輩、なんかキッチンだけは片付いてますけど?」
「え?そうなの、あれ?なんかしたっけ?」
これになんとなくピンときた水上。キッチンの収納を順番に確かめ、座敷童子のいう不用品の引き出しを見つけた。
「ここにあるものはだいたいいらないものみたいですね。先輩、捨ててもいいですか?」
「うーん、そうだね。でもさ、こっちの古い菜箸とか、ちょっとへこんじゃったボウルとかはいい加減買い換えようかな?」
(っ?待ちなさい!菜箸は使い勝手というものがあるし、そのボウルは手になじんでるから捨てたくないのよ!?)
(買い換えてくれるならいいじゃん……僕のベッドはもうないんだよ?)
「うーん、どうでしょう。なんだかキッチンに関しては誰の意見を尊重したらいいのか……」
「ん?誰ってわたしか早苗ちゃんでいいんじゃない?」
(ちょっと!いくら見えないとはいえ察しが悪すぎなのよ!)
「でも、早苗ちゃんがそういうなら別にいいか!どっちもまだ使えるし」
「そうですね。そうしましょう」
(危ないところだったのよ……)
座敷童子の聖域はなんとか守られた。
――
「食器はそもそも少ないくらいだから、今回は断捨離しなくていいかな?」
「そうですね。むしろわたしの分までおいてもらって申し訳ないです」
「何いってるの?もうちょっと増やすつもりだよ?冬に向けてマグカップとか」
「そういえば、先輩のマグカップ、ちょっと欠けてますよね。この際一緒に買い換えますか?」
「あぁ、これのこと?」
佐伯が食器棚から取り出したのは、ここへ引っ越してきたときから使っているマグカップ。
入居してすぐのころ、誰もいない部屋で音がすることがあった。
びっくりしてマグカップを倒し、飲みかけのコーヒーをこぼしたことがある。
しかしいつの間にか、気にならなくなっていた。
むしろ、一人暮らしだというのに、まったくの無音というのがどんなことか思い出せない。
「これは気に入ってるから、まだ使うんだ。でも!おそろいのマグカップもいいかも!」
「先輩、それじゃまたものが増えちゃいます。それじゃ、先輩のに似たマグカップを探して買ってきますから、ここに置いてもらえますか?」
「いいよ!もちろん!一緒に探しに行こう!」
――
ひと通りの整理整頓が済んだところで、もう時刻は昼近くである。しかし、ここは一気に終わらせてしまおうと二人はそのまま掃除にとりかかった。
こっそりながら、てきぱきと掃除を手伝う座敷童子。はたきは掛けられないが、柱や壁を震わせて埃を落とす家鳴たち。目目連は野良怪異や黒いあいつの侵入がないかくまなくチェック。
掃き掃除、拭き掃除なら得意な佐伯も奮戦し、水上主導による大掃除は無事に終了した。
「ふぅ~。まとめたごみもゴミステーションに運んだし、今日はよく働いた!」
「本当によく頑張りました。それじゃ、お昼にしましょう」
大きな模様替えをしたわけではないが、少し物が減り、すっきりと整った部屋で二人でおにぎりを食べる。
「それにしても、今日は早苗ちゃん大活躍だったね!」
「えぇ、先輩にもこの部屋にもお世話になってますから。こんなときくらいは」
水上の言葉に、座敷童子はキッチンでほほ笑み、目目連は目を瞬かせた。
「よし!これで『どんとこい!秋計画 ~五連休完全制覇編~』、完全クリア!お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした」
「でも、秋はまだまだこれからだからね!早苗ちゃん、秋後半もよろしくね!」
「えぇ、これからもよろしくお願いします。先輩」
ぴしっ
部屋のどこかで、小さく音がした。
(これからも、よろしく)
誰の声なのか、そんな言葉が聞こえたような気がした。
――
ちなみに、座敷童子の取り計らいによって、クローゼットの奥には比較的きれいな大きめの空き靴箱が一つだけ残された。
最後まで拗ねていた誰かさんも、これで機嫌を直してくれたことだろう。




