秋栗の一番美味しい食べ方
美術展での絵画鑑賞を楽しんだ二人は、遅めのランチとスイーツを求めて、デパートのレストランフロアを訪れていた。現在は、和食を中心に扱う店でようやく席につき、一息ついたところである。
「びっくりしたねぇ。ファミリーレストランもカフェもどこにも入れないんだもん」
「連休も明日で終わりですから。でも、ちょっと贅沢ですけどここならゆっくりできます」
そう、二人は何軒かの店をまわったがどこも満席のため入れず、ならばと少しお高めにはなるがデパートのレストランへ空席を求めてやってきたのである。その狙いは功を奏し、どうにかこの店で席に着くことができた。こちらも連休の効果か、昼時を過ぎても店内は食事や談笑を楽しむ人々で賑やかだが、それでも次のピークはおそらく夕食時になってからであろう。水上のいうとおり、ここならランチもスイーツもゆっくり楽しめそうである。
「あー、お腹空いた。まずはお昼を食べよう!オムライスか、ハンバーグか、カレーも捨てがたい!」
「先輩、ここは和食のお店ですよ。でも、夜は栗ご飯パーティーですから、確かにメニューが重ならないようにしたほうがいいかもしれないですね」
メニューを開くと、当然のように季節の品として栗ご飯も載っている。スイーツには抹茶モンブランや栗大福、栗蒸羊羹などもあるらしい。
(美味しそうだけど、栗は夜まで我慢するのよ)
(スイーツなら良いのでは……いえ、せっかくですから栗は家で堪能していただきましょう)
座敷童子のひと睨みに前言を翻す目目連。まぁ、しかしこれは仕方がない。
「夜は栗ご飯パーティーだもんねぇ?でも、栗ご飯ならおかずはお刺身、焼き魚、天ぷらあたりかな?」
「そうですねぇ、お肉料理だと栗ご飯には少し重いかも……いやでも、ステーキの付け合わせに栗とか、栗とお肉の煮込み料理なんかもありますよね」
「そうなの?それも美味しそう!」
「いっそ、夕飯は栗を使った洋風メニューにしますか?そうすればお昼はお刺身でも天ぷらでも好きに食べられますよ?」
(ちょっと!せっかくの栗なんだからやっぱり栗ご飯にしないと……って別にこだわることないのかしら?)
(そういうことでしたら、わたくしは見た目も美しい甘露煮などおすすめです)
「それじゃあ、マロンクリームにして自家製モンブランっていうのもあり?」
「まずそれは夕飯ではないですし、全部やるととんでもない量と手間になります。でも、後日、ケーキ二つ分くらいでいいならそれもありですね」
「うーん、じゃあモンブラン用の栗はとっておくとして……」
「あー、モンブランは決定なんですね」
(あー、モンブランは決定なのね……)
(毎度のこととはいえ……ご苦労さまです)
座敷童子が遠い目をするかたわら、二人は栗を巡って夕飯の献立、そして今決めるべきランチのメニューで迷走中。せっかく席に着けたのにこのままでは注文もできない……
「とりあえず!わたしは和風きのこハンバーグ御膳にする!」
「えっ!あぁ、ランチの方から決めたんですね。じゃあわたしは根菜のカレーとスープのセットで」
(結局、ハンバーグとカレーって……)
(和食のお店だからという最初の話は……)
なんだかんだで、ランチの注文だけは無難なところで決まったようだ。その後、食後にはあんみつなどをいただき、買い物前の腹ごしらえは無事に済んだ。
さぁ、あとは夕飯、問題はパーティーの献立である。
――
「うーん、栗ってのはまず下処理が面倒だからなぁ……って、え?追熟済みで渋皮も剥いてあるの?ならどう食ったって美味いよ。あとは好みだね」
「えー、結局そうなるの?」
「ちょっと先輩、聞いておいて失礼ですよ」
ここはいつもの商店街。八百屋さんの店先で不満顔の佐伯、たしなめる水上。
何故こんなことになっているのか。
少し時間を遡る。
ランチを済ませた二人はレストランを出て、今度はデパートの地下階、いわゆるデパ地下にやって来ていた。
「さすがデパート!見て早苗ちゃん、でっかい鯛!」
「尾頭付きですか?豪華ですけどわたしたちの手には余りますし、栗が置いてけぼりです」
鮮魚、精肉、青果と食品売り場を巡り、お惣菜コーナーも回った二人。美味しそうなものはいくらでも見つかるのに、それでも夕飯の献立を決められない。
「栗きんとんも美味しそうだね!」
「確かに、せっかくですから栗そのものの味も楽しみたいですけど……」
(揚げ栗も美味しそうね)
(意外と色々な調理法があるものですねぇ)
「うーん。お買い物しながら考えれば何かひらめくかと思ったけど、結局どうすればいいのかわかんないよ」
「せっかくだからとは思いますけど、一番美味しい栗の食べ方となると、本当に悩ましいです」
選択肢が増えるほど答えは遠ざかっていく。いつの間にか二人は、今晩の献立を離れて『栗をどう食べるのが一番美味しいのか』を探し始めていたのである。
(シンプルに味わうなら焼き栗かしら?あぁ、でも皮を剥いちゃったのよ)
(わたくし、渋皮煮も良いと……あぁ、皮は剥いたのでしたね)
色々案は出る。しかし答えは見つからない。いい加減どうにかせねばというその時、佐伯が名案とばかりに手を叩いた。
「こうなったらもうプロに聞くしかない!餅は餅屋!それなら栗は八百屋!」
「それって、ただの丸投げじゃないですか?」
一応の反論はしてみる水上も、だからといってこれという決め手がないのは事実である。
すっかり献立迷子になった二人は、結局迷子のままデパートを出ていつもの商店街へ。そして八百屋さんで相談し、先の回答をもらった、というわけだ。
――
「まぁまぁ。それじゃ栗のことは一旦置いといて、他に何を食べたいかから考えたら?」
「はっ!発想の転換!さすが八百屋さん!」
「なるほど、確かにその通りです!」
「まったくもう、二人とも毎回面白いねぇ。ま、とにかく他の店もぐるっと回ってきなよ。連休中、市場は休みでも商店街は元気に営業ってね。きっと何か見つかるよ」
新しい視点を手に入れた二人は意気揚々と商店街を回る。八百屋さんのいう通り、連休中にも関わらずどこのお店も威勢のいい呼び込みで気持ちがいい。
「おっ?佐伯さん!コロッケ揚げたてだよ。ハムカツ、メンチ、唐揚げもあるよ?買ってかない?」
「はぁん、お肉屋さんの揚げ物の匂い。これには抗えないぃ」
「うわぁ!狐色の誘惑!先輩、少し買っていきましょうよ」
食べたいものから決めたらいいという八百屋さんの助言をどう解釈したのか、二人は今、目につく美味しそうなものに飛びつく勢いだ。
お肉屋さんの売り込みにまんまと乗っかって、二人は揚げ物数種類を購入。
続く魚屋さんでも、
「二人で買い物かい?ってことは今日もパーティーだな?それなら刺身の盛り合わせだろ。秋刀魚と鰤と鯛の三種盛りでどう?OK?毎度あり!」
そして酒屋さんでは、
「なるほど、栗から始まったパーティーか。揚げ物に刺身ならビールで良さそうだけど、ここは焼酎なんか試してみるかい?華やかで軽めな蕎麦焼酎なんかいいんじゃないか?」
あっという間に買い物が進み、気づけば両手には買い物袋。その状態で戻ったものだから八百屋さんに大笑いされてしまった。
「なんだよ、もう役者は揃ってんじゃない。八百屋としてはもう、サラダくらいしかすすめようがないな」
相談までしておいて申し訳ないと恐縮しつつ、レタスにトマト、きゅうりなどを買い足して今日のお買い物は終了。
あとは帰ってパーティーの準備だが、結局、栗の食べ方だけが決まっていない。
――
「本当に剥いてある。しかもすごくきれいに」
部屋に戻って冷蔵庫を確認した水上は、すっかり下処理の済んだ栗を見て感動とも呆然ともつかない顔をしている。
(だって昨日、すごく頑張って剥いてたもんね)
(……いいのよ。で、結局栗はどうするのかしら?)
水上のリアクションとすねこすりの慰めに、座敷童子の気持ちも少しは報われた……と思いたい。
だがまぁ、それはさておき、散々迷走したあげく、買い込んできたのは揚げ物に刺身。そこに焼酎まである。それなら栗もおつまみになるのか?
煮込み料理。
ステーキの付け合わせ。
揚げ栗。
栗きんとん。
モンブラン。
今日だけで、ずいぶんたくさんの食べ方を考えた。
けれど。
「先輩。色々迷いましたけど、やっぱり今日は」
「栗ご飯だよね!わたしもそれがいいと思う!」
結局当初の予定通り、栗は栗ご飯になることになった。
お米を研いで、栗をのせて炊飯器のスイッチを入れる。
順番にシャワーと着替えを済ませ、一息入れたら揚げ物を温め直し、サラダを盛り付け、お刺身も出してテーブルへ。
「いやー、あんなに迷ったのに、なんだか季節感とは関係ないパーティーになっちゃったね」
「確かに。でも今日は主役がありますから」
そう話していると、ちょうど炊飯器が炊き上がりを知らせる電子音を鳴らした。
期待とともにフタを開ける。
ふわりと立ち上る甘い香り。
「わぁ……」
「いい香り……」
二人はいそいそと茶碗に栗ご飯をよそって席についた。
「それじゃあ、いただきます!」
「はい、いただきます」
炊き立ての栗ご飯をまずは一口。口へ入れた栗は柔らかく、噛めば優しい甘さが広がった。塩気のついたご飯と合わさると、その甘みはいっそう際立つ。
「あぁ……おいしい。これだよ、これ!」
「やっぱり、栗ご飯にして正解でしたね」
もう一口食べたところで、佐伯はふと思い出したように笑った。
「ステーキとか煮込み料理とか、今日はなんだか色々迷っちゃったけどさ?」
「はい」
「どれも食べてみたいんだけど……でもよく考えたら、栗拾いが計画に入ったときから早苗ちゃんと栗ご飯を食べようって決めてたんだよね!」
水上は一瞬目を丸くしたあと、少しだけ笑った。
「そうですね。わたしも、先輩と一緒に栗ご飯を食べられて良かったです」
(やけに遠回りになったけど、無事に『今日の二人にとって』一番美味しい食べ方ができたのよ)
(そのとおりですね。わたくしも、お二人が笑顔で食事をしているのが一番だと思います)
「それにしてもさ。せっかく拾った栗はシカとかイノシシに横取りされちゃったでしょ?それは残念だけど、でもおかげで農園の人にすっごくきれいに剥けてる栗がもらえて良かったよね!」
(ちょっと待ちなさい!それは違うのよ!)
「先輩」
「ん?」
「よく分かりませんけど、今日はいつもより丁寧に『いただきます』を言った方がいい気がします」
「そうなの?」
佐伯は茶碗を置き、改めて手を合わせた。
「じゃあ、もう一回。栗をきれいにしてくれた誰かさん、ありがとうございます!いただきます!」
(……まぁ、それならいいのよ)
梁が小さく鳴る。
(おつかれさん)
(ごくろうさま)
(モンブランも……頑張ってね)
(それはまた別の話なのよ!)
こうして、連休四日目の栗ご飯パーティーは無事に開催となった。
栗ご飯を除けば、秋の味覚と呼ぶには少々首を傾げるラインナップではある。
だが、コロッケや唐揚げと栗ご飯はよく合うし、蕎麦焼酎と刺身の盛り合わせも乙な組み合わせである。
そして何より。
栗を食べながら先日のハイキングや栗拾いの話をする。
その翌日の筋肉痛やゲームの大騒ぎを思い出して笑う。
蕎麦焼酎を傾けながら、飾ったばかりのポストカードを眺めて美術展の感想を語り合う。
栗ご飯の優しい甘さには、秋の連休中の楽しい思い出がいくつも重なっていた。
きっと秋栗の一番美味しい食べ方とは料理の名前ではなく、その秋を一緒に過ごした誰かと、思い出ごと味わうことなのだろう。
なお、パーティー中の話題には、しっかりとモンブランの予定も含まれていた。




