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一人暮らしにつきものの憑き物  作者: ぴよ
第五部 秋の風と憑き物

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漫画と映画と芸術の秋

五連休三日目の朝、佐伯は消し忘れていたスマホのアラームで目を覚ました。昨日の雨が嘘のような爽やかな朝。それでも普段の休日なら二度寝してしまうところだが、水上は既に起きているらしく、キッチンからは朝食を作る音が聞こえてくる。漂ってくるなんともおいしそうな香りに、佐伯の胃袋は完全に覚醒してしまった。


「早苗ちゃん、おはよう。朝ごはんつくってくれたの?」

「先輩おはようございます。少し早めに目が覚めたので、休日らしくフレンチトーストを作ってみました」

「わぁっ!すごい!ドラマとか映画みたい!」


手の込んだ朝食に感激する佐伯。褒められてまんざらでもない水上。顔を洗ってきた佐伯がせっかくだからとコーヒーを淹れ、水上用のカフェオレも用意して二人はテーブルについた。


「早苗ちゃんありがとう!いただきます!」

「こちらこそありがとうございます。どうぞ、めしあがれ」


ふわふわと柔らかいフレンチトーストを味わいながら、佐伯はこの素敵な朝食にご満悦である。


「朝の日差しにフレンチトーストとコーヒー!美味しいし、見た目も素敵!あっ!写真撮っておけばよかった……」

「そういえば明日は美術展の日ですよね。絵画や彫刻もいいですけど、写真展を観にいくっていうのも面白いですね」

「ふーん、美術展っていっても色々あるんだねぇ。芸術ってよくわかんないけど、美術展なんて今まで観に行ったことないから楽しみ!」

「いくつか候補はありますけど、今日は一日準備と予習に使えますから、あとで何を観にいくか相談しましょう」


――


朝食を終え、佐伯は食器を下げてシンクで皿洗い中。水上はといえば、リビングのテーブルに美術館や近隣で開催中の芸術関連イベントのパンフレットなどの資料を並べていた。

食器の片付けを終え、二人分のお茶を持ってキッチンから出てきた佐伯が水上にたずねる。


「ねぇ早苗ちゃん。候補って、どんなのがあるの?」

「近場だと、近代絵画展と伝統工芸展。それから写真展もあります。あとは……こちらですね」


水上がスマホの画面を佐伯へ見せる。


「漫画原画展!?」

「はい。漫画も立派な表現芸術ですから」

「へえ、もっと敷居の高いものかと思ってたけど……わたし、急に芸術が分かる気がしてきた!」


(単純すぎなのよ)

(ですが、興味を持つ入り口としては悪くありません)


「それなら早苗ちゃん。漫画を読むのも芸術鑑賞になるかな?」

「えぇ、見方によっては立派な芸術鑑賞になりますよ」

「よし!今日と明日は漫画を読もう!」

「ただし、作家の意図や技術を理解して、作品の構図や色使いに注目するなら、ですけどね」

「うぅ、やっぱりそう簡単ではないかぁ」


(芸術は!)

(一日にして!)

(ならず!)


芸術を学ぶ一日になるはずが、早くも娯楽の秋へ寄り道しそうなところへ釘をさす水上。調子良く適当な梁の音は聞き流しつつ、だが、笑いながらこう付け加えた。


「ちょっと厳しいことを言いましたけど、でもそれは、意識して芸術を味わう楽しさを体験してほしいからなんです」

「芸術を味わう楽しさ?」

「えぇ。映画や漫画のストーリーを楽しむのとはまたちょっと違うんですけど……例えば先輩、さっきフレンチトーストの写真を撮ればよかったって言ってくれましたよね」

「うん、だってすごく、なんていうかビジュアルが良かったから」


ちょっぴり茶色く焦げのついたフレンチトーストのうえでとろりと溶けたバター。湯気の立つコーヒーと並ぶ絵はまるで喫茶店やホテルのメニュー写真のようであった。


「褒めてくださったのはうれしいんですけど、あれって朝日のおかげでもあるんです」

「へ?朝日?」

「えぇ、光源の種類や強さ、色味で食品の見た目が変わるんです。同じことは映像表現全般にいえるんですけど、映画やドラマなんかでも、そのためにわざわざ日が昇る前から準備して朝日の中で撮影したりするらしいですよ」

「へぇー、そう考えると同じ写真でも工夫されてるのがわかって面白いね」

「はい。漫画も同じで、コマ割りの意図とか、背景のトーンやベタの使い分けとか、そういうことを知ってから読むと見方が変わってきますよ」


(あら、早苗の説明わかりやすいのよ)

(だからただ漫画を読むだけでは芸術鑑賞にならないのですね。わたくし納得しました)


「でも、じゃあやっぱりそういうのを勉強しておかなきゃ芸術はわからないってこと?」

「いえ、どちらかというと、さっきの光の話みたいに、ポイントを押さえておくだけでより楽しめるし、作品を観るきっかけになるという感じですね。それじゃあ、まずは代表的なポイントがわかりやすそうな漫画や映画を見てみますか?明日の予定はそれから決めても良さそうです」


――


フレンチトーストから始まった水上先生の『気づくと楽しい芸術ポイント講座』。

まずはわかりやすいところからということで、水上はある有名アニメ映画の原作となった漫画、そのフルカラー版を教材代わりにモニターへ表示した。


「あ!これ知ってる!昔大ヒットしたよね!わたしも映画の方なら観た!」

「面白いですよね。じゃあまずは先輩のペースで普通に読んでみてください。ポイントがあったら説明をしますし、気になることがあれば聞いてくださいね」


まずは表紙、タイトル。そのまま数ページを読み進める。


「あっ、きたきた。ここからストーリーが動き出すんだよね」


主人公の元に届いた世界を揺るがす大事件についての手紙と、渋る主人公を冒険に誘い出す相棒の登場シーン。


「先輩、このページでは最初に主人公の顔を見ました?」

「え?うん」

「その次は手元の手紙じゃないですか?そのあとに奥の戸口に立ってる人影」

「なんでわかるの!?」

「実は、その順番で見るように構成されているんです」


主人公の視線の先に次の要素を置き、さらに吹き出しの位置で視線の流れを作っている。


「えっ、わたし誘導されてたの!?」

「はい。これは構図による視線誘導ですね」

「普通に読んでたのに、でも確かにそうなるよね!すごい!それじゃもしかして、この人影が目立つのも何かの仕掛けがあるの?」

「先輩すごい!それは明暗を使った技法なんですよ」


――


時折、解説を挟みながら、一通り漫画を読み終えた佐伯と水上。気づけばもうお昼時である。いつもなら何を食べようとウキウキしだすはずの佐伯だが、午前中の講座がよほど楽しかったらしく、早く続きをとお昼は冷凍パスタで済ませてしまった。


(あれ?具合が悪いわけじゃないよね?)

(それだけ夢中なのよ。いい傾向だわ)


すねこすりの疑問に座敷童子が答えている間に、午後の講座の準備が整ったようだ。


「じゃあ、午後は同じ作品の映画版を観てみましょう。途中で止めたり戻したり、好きなように観てみてください」


「はい先生!……あっ!最初に教えてもらったここ!アニメだと視線誘導じゃなくてシーン自体を切り替えてるんだ」

「そうですね。あと、続きの主人公が考え込むシーンは逆のパターンが使われてますよ」

「なるほど。漫画だとコマをいくつかに分けてたけど、アニメだとカメラがゆっくり動くだけなんだ」

「はい。映画では時間経過を実際の秒数や動きで見せられますけど、漫画はそれをコマの数、大きさや形で表現したりします」


同じシーンを何度も繰り返して確かめたり、途中で漫画に戻って表現方法を比べてみたり。普通に観るよりだいぶ時間をかけて映画版を見終えた佐伯。どうやら今回の受講で気づくものがあったようだ。


「わたし、光の描き方が気になるかも。光を絵に描けるなんて、それも朝とか夕方って分かるって、なんかすごいよね」

「先輩、それってもう絵画への興味そのものですよ。だったら明日は漫画原画展より近代絵画展の方がよさそうです。光や色の見え方を重視した作品が多いみたいですよ」


ーー


なかなかに中身の濃かった水上先生の講座もひと段落。


(絵画とは見るもの。であればわたくしは当然同行いたします)

(発案者にこそ権利はあるはずなのよ)


(美術館って……)

(梁は?)

(柱はどうなってるの?)


明日の行き先も決まり、では誰が付き添うのかと憑き物たちが議論を始めるなか、すねこすりがぽつりと呟いた。


(ねぇ、栗の下ごしらえ……忘れてない?)

(あっ……)


青ざめる座敷童子。


(せめて鬼皮……いや、やっぱり渋皮も剥いておかないと、明日の栗ご飯に間に合わないのよ?)


しかし二人は、明日の美術展に向けてまだあれこれと話しに夢中。佐伯も乗り気になっているところに水を差すのも忍びない。

こうして、世話焼きな誰かが一人栗と格闘することになるのだが、その様子はまた別の機会にということで。


(ぐぬぬ……なのよぉーっ!)

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