秋雨とふたたびの筋肉痛
未だに消え切らない夏の名残りを流すかのように、秋雨が九月も下旬の町を洗っている。
ハイキングの翌日となる今日、佐伯の部屋も、朝から窓を微かに叩く絶え間ない雨音に包まれていた。
「……動けない」
「だから言ったじゃないですか」
情緒溢れる秋の日に、佐伯と水上の元に再訪したのはなんだか覚えのある痛み――筋肉痛だった。
昨日は元気に山道を歩き、農園で栗を拾って帰ってきた二人。当然予測されたこの事態。だからこそ五連休完全制覇の計画段階から、水上はハイキング翌日に休養日の設定を要求していた。
「早苗ちゃん、本当にありがとう。もし今日を美術館に行く日にしてたら、わたしたちきっと到着もできないうえに、街中で傘を差して立ち尽くす彫像みたいになってるところだったよ」
「もう路上で醜態はさらしたくないですからね。昨日は予想外に全力ダッシュまでしましたし」
(前回はゾンビみたいだったよね)
(無理をしていたら、今回はさしづめ豆腐小僧になるところだったのよ)
筋肉痛を押して出かけた二人の様子を知るすねこすりと座敷童子からしても、今日を休養に当てるのは必然と思える。
「早苗ちゃんの慧眼のおかげで今日は一日ゆっくりできるね!昨日のうちに朝ごはんも買っておいたし、飲み物もお菓子も用意してあるし!」
「ええ、今日はしっかり体を休めて、明日に備えましょう」
二人はすっかりお休みモードだが、そうはさせじと騒ぎ出す憑き物が……
(今日は!)
(待ちに待った!)
(ゲームの日!!)
天井や柱をぴしぱしと鳴らしてアピールする家鳴たち。しかし、微かながらも耳に入る雨音やテレビから流れる朝のニュースに紛れ、二人には彼らの主張がいまいち伝わらない。
(お二人ともお疲れのようですし、それにまだ朝食前です。わたくし、ゲームは食後にされたらどうかと思います)
目目連の言うことももっともだとは思う家鳴たち。だが、筋肉痛の佐伯と水上はとにかく動きが遅い。朝の支度も、朝食の準備も、なんなら食事そのものも普段より時間がかかる。
それもそのはず、二人はさっきからおしゃべりに口は動かしているが、体は極力動かさないようにしている。
「コンビニでおにぎりとかサンドイッチ買っておいてよかったよ。これならキッチンで洗い物しなくてもいいもんね!」
「今はただじっとしていたいです。先輩、お行儀は良くないけど、お昼まではこのままゴロゴロしませんか?」
(ちょっと!)
(まって!)
(ゲームの日がピンチ!!)
まさかこの二人、今日は休養日だけでなくゲームの日でもあることを忘れていやしないか。
このまま一日中ゴロゴロされてはたまらないと家鳴たちは動き出した。
まずは壁にかかったカレンダー。座敷童子に手伝ってもらい、今日の部分に書いてあった『ゲームの日』を赤ペンでぐるぐると囲んで強調してもらう。
さらに『五連休完全制覇』会議で使った付箋も持ち出し、テーブルの目立つところへペタリと貼り付ける。
そして極めつけ、チャンネルを勝手にかえると座敷童子に怒られるので、テレビが流す朝のニュースはそのままに、ゲーム機の電源を入れて起動音と明滅するランプでアピール。
ここまでやればさすがに気づくだろう。普通なら部屋を飛び出して逃げるレベルの怪奇現象、ポルターガイストである。
「なんか、だんだん雨強くなってきたねー」
「そうですね。でも今日は出かけませんし、ゆっくりしましょう」
(むきーっ!)
(どうして!)
(鈍感娘!)
出かけないのはいい。だがゲームはしてもらわないと。
どうしたら二人を誘導できるのか、家鳴たちが必死に次なる手を考えているところへ座敷童子が声をかけた。
(ぷっ、大丈夫なのよ。少し待ってれば早苗がなんとかするはずだわ。ぷぷっ)
どういうことかと家鳴たちが見ると、なんとカレンダーの赤丸印も、ゲーム機本体がスタンバイ状態なのも確認済みの様子で、テーブルの付箋を『五連休完全制覇』の計画表にしれっと戻している水上。どうやら、今日がゲームの日であることは承知のうえで、部屋がぴしぱしと主張するのを聞き流して面白がっていたらしい。
「そういえば先輩。今日は休養日ですけど、ゲームの日でもありましたね」
「はっ!そうだよ!ちゃんとゲームもしないと『五連休完全制覇』にならないじゃん!でも、もうちょっと休憩したい。お昼ごはんまではゆっくりして、そのあとゲームにしよう!」
(ぐっ、ゲームはできそうだけど……)
(もてあそばれた……)
(さ、早苗ちゃんめ……)
この部屋にゲーム好きなナニかがいることは承知済みの水上によるお茶目ないたずらに、普段いたずらばかりの家鳴たちが引っ掛かったようだ。
遠慮なく笑い始めた座敷童子に八つ当たり気味の抗議はしたものの、それでも午後からゲームができると分かれば家鳴たちの機嫌はすぐに直った。あとは入力補助の順番などを勝手に相談しつつ、午後のゲームスタートを心待ちにするのだった。
――
午前中をたっぷり休養にあて、遅めのお昼ごはんも食べた佐伯と水上。
回復したとは言えないが、筋肉痛もピークを過ぎ部屋の中でならそれなりに動ける程度にはなった。今はいよいよゲームをしようと準備を始めたところだが、
「それにしても、新作完全クリア耐久って、なんのゲームで挑戦する?」
「そもそも新作って、最近なにか新しいタイトルってありましたっけ?」
テーブルにお菓子や飲み物のセッティングは済んでいるが、肝心のゲームは何をしようか。
家鳴たちが勢いで書き足したイベントのため、実際には何も中身が決まっていないことがここにきてまたゲームの日にブレーキをかけている。
「ん~、最近出た新作っていうと、名作RPGのリメイクとかが話題になってたよね。でもわたしあんまりRPG詳しくないし……」
「それに、最近のRPGは大作が多いですから、完全クリアとなると何時間やればいいのか……」
(ちなみに、家鳴のみなさんはどのゲームをするつもりでいたんでしょうか?何か相談されてましたよね?)
(えっ?)
(いやぁ)
(それが、特にこれというのは……)
ゲーム仲間の目目連に聞かれるも、家鳴たちもまた特定のタイトルを希望していたわけではないことが露呈しただけだった。
(もう、いつものやつでいいんじゃない?)
(そうね。最近二人でやってるあのなんとかかんとかオンラインだったかしら?連休だし何かイベントくらいあるはずなのよ。それに参加してみるくらいにしたらどう?)
(うーん……)
(でも……)
(何か新作がいい……)
すねこすりと座敷童子が案を出すも、やはり目新しいゲームがしてみたいらしい家鳴たち。
(じゃあどうするのよ?これじゃ結局何もできないのよ)
憑き物たちでは決められず、ずるずるとスタートが遅れている中、佐伯が何かを思い出した。
「あっ!そういえば先月買ったダウンロードゲームがあった!」
「先輩、それは新作なんですか?」
「わたしにとっては未プレイだから新作!」
「うーん、まぁそれはその通り?」
(おっ!)
(この際!)
(それでもいい!)
「それでどんなゲームですか?」
「早苗ちゃんとやってみたくて!パーティーゲーム!」
どうやら佐伯は、ネットのプレイ動画を見てワイワイと楽しそうだったパーティーゲームをダウンロードし、そのまま忘れていたらしい。
「パーティーゲームを二人でするんですか?」
「大丈夫!オンラインで人を入れてもいいし、CPUでもできるから!」
(もしかして!)
(それなら!)
(僕らも参加できる!?)
(どうでしょう?オンライン参加ということで干渉すれば……案外いけそうですね)
(パーティーゲームで完全クリア耐久ってどういうこと?)
(まぁいいじゃない?本人たちが喜んでるのよ、それが一番だわ)
目目連の協力でゲームに直接参加できそうな家鳴たちは大興奮。すねこすりはピンときていないが、座敷童子のいうとおり、楽しくゲームできるならそれでよいのだ。
「よし!じゃあ今日はこのゲームで!完全クリアのかわりに全ステージ制覇を目指そう!それでいいことにしよう!」
「わかりました。じゃあ、午後からゲームの秋ということで、楽しみましょう!」




