秋の実りと栗拾い
「すごい!いっぱい落ちてる!全部拾おう!」
「先輩、全部なんて必要ないですよ。栗ご飯一回分だけにしましょう」
(ねぇ、ぼくたち、結構な冒険をしたはずだよね?)
(えぇ、ですがお二人は知らないことですので。楽しそうで何よりですね)
無事にハイキングを終えた佐伯と水上は、既に次の目的地である観光農園へ到着していた。
水上がきちんと予約をしていたおかげで、入園後はすぐに栗林に案内され、レンタルの麦わら帽子と軍手、トング、それに栗を入れるバケツも受け取り、準備は万端。
美味しい栗の見分け方やイガの剥き方などの手ほどきも受け、今は二人で栗林を歩き、地面へ目を凝らしては、見つけた栗を拾っているところである。
「栗拾いって、ただ落ちてる栗を拾うわけじゃないんだねぇ」
「えぇ。地面にむき出しで落ちて時間が経った栗は、虫やカビの被害が出やすいそうです」
「だからっ、こうやってっ、トレッキングシューズでイガを踏んでっ!」
「イガを剥いてからトングで中身を拾う……と、これ、結構楽しいです」
もちろん、イガの中にあれば必ず食べられるというわけではないが、それはそれ。何より自分でイガを割って取り出す方が、栗拾いらしい楽しさがある。
「お!見て見て早苗ちゃん!この栗まんまるで大きい!今のところ今日のベスト!」
「本当!立派な栗ですね。わたしも負けてられないです!」
二人は次々とイガを見つけては中身を確かめ、夢中になって栗林の奥へ進んでいった。
――
(ふーん、いいな、なんか楽しそう)
(道具もないですし、我々は我慢しましょう。イガで怪我をしてもつまらないですからね)
栗拾いは面白そうだが、ふわふわが自慢のすねこすりにイガを剥くのは難しい。白沢はそもそも栗に興味はないようだ。仕方がないので、すねこすりはイガを踏まないように注意しながら栗林の中を探検することにした。
管理された農園の栗林とはいえ、そこに栗の木しか生えていないわけではない。アキノノゲシ、イタドリなどがそこかしこで小さな花を咲かせている。そんな下生えの間を縫って栗林を散策していると、栗の木の向こうに何やら長々と続く杭とワイヤーでできた柵を見つけた。
(この向こうは山なのかな?)
(そうですね、少なくとも農園の管理はこの柵まで。向こう側は野生の領域のようです)
栗を拾いながら移動してきた佐伯と水上も近くまでやってきていた。
「んふふ~、もう栗がバケツいっぱい!あれ、柵だ。結構奥まで来ちゃったみたい」
「もう、そんなに拾って……ん?先輩、あそこを見てください。柵の間のワイヤー、切れてません?」
確かに柵の間をつなぐワイヤーが切れて垂れ下がり、山側との境がなくなっている箇所がある。
よく見ればその周囲の地面には、ひづめの形をした大小の足跡がたくさんついていた。
(熊ではなさそうだけど……これって……)
(これは、早めに離れたほうが良いかもしれませんね)
野生動物の痕跡にすねこすりの警戒度が上がる。
白沢も、不要な危険は回避すべきと考えているようだ。
「早苗ちゃん、念のため戻ろう。それにスタッフさんに柵のことを伝えた方がいい」
「は、はいっ、そうですね」
農園の受付棟まで戻ろうと二人が踵を返したそのとき、
ガサッ
「うひゃっ!」
「うわっ!」
栗の葉が揺れ、低い枝がゆっくり押し分けられる。
少し離れた栗の木の向こうから、ぬっと出てくる影が二つ。
しなやかな四肢にすらりと伸びた首を持った、つぶらな瞳のシカの親子。
その二匹が、じっと佐伯の持つバケツを見つめていた。
――
「だ、だめだよ、これはわたしが拾った栗だから!」
シカの親子は地面に落ちた栗を食べていたらしいのだが、どうやら佐伯のバケツに興味を示した様子。襲ってくるというわけではないが、首を上げ下げしながら一歩ずつ、じりじりと佐伯に近付いてくる。
「先輩、いっそそのバケツは置いていきましょう。栗ご飯の分はわたしが拾ってありますから」
「やだ!厳選した大粒なんだから!絶対持って帰るから!」
さっきは戻ろうと現実的な判断ができていたのに、栗のこととなるとポンコツを発揮する佐伯。
バケツを胸の前でぎゅっと抱きしめ、シカから距離をとろうと後ずさる。
「もう、先輩。怪我でもしたら栗ご飯どころじゃないですよ!」
「だってぇ……わたしが拾った栗なのにぃ……」
近付くシカ、離れる佐伯。それを少し離れて見守る水上。
奇妙な三角形ができたまま膠着状態が続く。
しかしその膠着状態は、シカの登場時と同じく突然破られた。
ドドドドッ
「えっ!なにっ!」
「うそっ!こっちにくる!」
(何あれ!茶色の集団!?)
(うり坊です!まずい!母イノシシも来ますよっ!)
なんとシカと佐伯の睨み合いに、農園に入り込んでいたイノシシ親子が横紙破りの参戦である。しかも悪いことに水上の後方からやってくる。
「キャーッ!!先輩!!」
「わーっ!うわーっ!早苗ちゃんこっち!走って!!」
これにはたまらずバケツを放り出した佐伯が、水上の手を取って栗林を走り出す。同じくバケツもトングも手放した水上も、佐伯に引っ張られて足を動かす。
いくつものイガを踏み、栗の木の根を飛び越えて一目散。本来、野生動物の前で急激な動きをするのはよくないのだが、たっぷりと栗をばら撒いたおかげかシカもイノシシも二人を追っては来なかった。
ーー
方向も確かめずに走り出したせいで少し遠回りになったが、なんとか無事に受付棟にたどり着いた二人。柵を繋ぐワイヤーが切れていたこと、そこでシカとイノシシに出くわしたことを伝えると、農園のスタッフは平身低頭の平謝りの後、農園内の安全確認と柵の修繕のため、数人で慌ただしく駆け出して行った。
「うぅ……栗……」
「先輩、怪我が無くてよかったじゃないですか」
「シカだけなら、シカだけならもしかしたらどうにか……でもイノシシはさすがに無理……」
「シカだって場合によっては危ないですよ。わたし、先輩のおかげで助かりました。ありがとうございます」
「う、うん。そうだね、二人とも無事で元気なんだからよかったのかもね。あぁ……でも栗ぃ……」
(シカもイノシシも油断は出来ないよ。でも、熊だったらこうはいかないからね)
(今、熊のことはどうでもいいでしょう。しかし、お稚児もなかなかやりますね。早苗さんを連れて逃げたのはいい判断でした)
すねこすりはともかく、白沢は多少佐伯を見直したようだ。あとは栗への執着がなければ満点なのだが。
「あの、お客様。本日は私どもの管理不足で危険な目に遭わせてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
そこへ、改めて農園の責任者が謝罪に現れた。先程のスタッフのうち一人がきちんと報告をしていたらしく、何があったのかも把握しているようだ。
「いえ、大丈夫です。二人とも怪我はなかったので……はぁ……」
「ちょっと先輩、やめてください。あの、申し訳ないんですが、バケツとかトングとか、貸していただいたものを放り出して来てしまったんです」
「そんなこと、お気になさらないでください。しかし……それだとせっかく拾った栗も?」
「……はい、厳選した大粒の栗だったのにぃ」
「ちょっと、先輩」
「そういうことでしたら……ご自身で拾われた栗には及ばないとは思いますが、よかったらうちで販売してる栗をお持ち帰りください。選別と洗浄、それに追熟も済ませてありますので、すぐに調理もできますよ」
「えっ!いいんですか!」
「ちょっと、先輩……えっ!いいんですか!」
「ええ、もちろんです。二度と今回のようなことがないよう、安全対策を見直しますので、是非またのご来園をお待ちしてます」
ーー
帰りの電車の中、座席に座った佐伯は農園でいただいた栗の入ったリュックを前抱えにして、満面の笑みを浮かべている。
隣の水上も、予想以上に充実したハイキングと、怖い目にはあったが楽しかった栗拾いに満足の様子である。
「いやー、タヌキさんと一緒にお花も紅葉もすごい大きな木も見れたし、ハイキングは本当に素敵だった!最後ちょっと危なかったけど、農園では栗ももらったしで、五連休初日は大満足だね!」
「ええ、本当に楽しかったです。でも不思議なんですけど、ハイキングコースのパンフレットを何度見返しても、今日巡ったようなスポットが載ってないんですよね?」
「そうなの?でも大自然相手だから、そういうこともあるんじゃない?楽しかったー!」
(熊こそ出なかったけど、山では本当に危なかったんだけどね)
(ええ、まったく。お二人はシカとイノシシの方が印象に残っているようですが。まぁ、無事に帰れそうで何よりです)
何はともあれ、ハイキングも栗拾いも達成した。二日目以降、五連休完全制覇はどうなるだろうか。また明日が楽しみだ。




