秋色の景色とツアーガイドの苦悩
(仕方ありません。ではゲームをしましょう。皆さんには秋の山の見どころ三ヶ所へ案内していただきたい。我々はそれを拝見しつつ、途中で迷わないように進みます。無事に巡り終えたら、下山口に戻していただけますか?)
白沢の機転で決まった秋の山の名所巡りゲーム。木霊たちも一行も楽しめて、かつ無事に帰ることができる。両者にとって得となる作戦のはずだが、
(それじゃ、こっち!)
(違う違う!あっちに行こう!)
(紅葉を観に行こうよ!)
(花が咲いてるよ?きれいだよ!)
(一番大きい木を教えてあげるよ)
(早く早く!こっちだよ!)
木霊たちはそれぞれに案内したい場所があるらしく、カサカサ、サワサワと葉擦れの音を残し、てんでばらばらの方角へ散っていってしまった。
(えっ?どうするのこれ?それに、迷わなければって?大丈夫?)
すねこすりの心配ももっともである。それにもし行き先が決まっても、佐伯と水上にはどうやって進むべき道を知らせたらいいのか。
(そこであなたの出番ですよ、修行中の素狸さん)
(へっ!あたしですかぁ!?)
(木霊たちが向かった先を見極め、その中からあなたが行き先を決めてください。そしてお稚児と早苗さんを連れてそこまで案内して欲しいのです)
(そ、そんな大役ぅ、あたしには無理ですぅ)
(化け狸の修行中なのでしょう?木霊たちの考えを読み取る賢さを示し、その上迷った人間を助けたとなればかなりの成果だと思いますよ?)
(はっ!確かにぃ、それはカッコいいですぅ!)
こうしてタヌキもまた、白沢にのせられてゲームに参加することになった。ではまずどこへ向かおうかと考え始める。
(この山で一番いいところ……そうだ?あたしの巣はどうでしょう。フカフカの落ち葉を敷き詰めてあるので、とてもいい寝心地ですぅ)
(お昼寝には良さそうだけど、木霊がそこに行ってると思うの?)
(あ、いや?それはないですぅ。うーむむむ、難しいですぅ)
(さっき言ったでしょう。木霊が人間に見せたがりそうな場所です。散り散りになる前にも何か言ってましたよ)
(確かに言ってたよね。えっと、紅葉と花と、あとは一番大きな木、だったかな?あ、これで三ヶ所だ)
白沢の言葉に、すねこすりが木霊たちの言葉を繰り返してみせる。どうやら行き先の見当はついた。だが、それを聞いてもタヌキはピンとこない様子。
(紅葉も花も山にはたくさんありますしぃ、一番大きいってぇ、高いのか太いのか……)
(だからこそあなたの出番なのですよ。この山に詳しく、そして木霊たちのこともよく知るあなたであれば、それぞれどこが正解かわかるはずです)
(うーむむむむ、そうするとぉ……あの丘か……いや、あっちの谷が……むむむむぅ、よしっ、決めましたぁ!ご案内いたしますぅ!)
しばらくうんうんと唸っていたタヌキだが、最初の目的地を決めたらしい。うずくまっていたタヌキが突然すっくと立ち上がったのを見て佐伯と水上はちょっとびっくりしている。
「くぅ~、きゅぅ~、くるるるるぅ」
とことこと近付いてきたタヌキは、しきりに鳴きながら佐伯と水上の顔を見上げ、その前をうろうろとしてから道の先へ進んでいく。
「あ、山に帰るのかな?」
「えーと、でもちょっと先でまた止まってますね。こっちを見て鳴いてます」
「ん~、道案内してくれるんじゃない?」
「タヌキがですか?でもまぁ、休憩はできたし、パンフレットによるとしばらくは一本道みたいですし、少しついて行ってみましょうか」
(お!やるじゃんタヌキ!とりあえずスタート成功だね)
(そうですね。では、あとは迷わずに山の見どころを三ヶ所巡れるかです。タヌキさんよろしくお願いしますよ)
こうして再び歩き出した佐伯と水上。本人たちは知らぬ間に、タヌキをガイドにつけた木霊との秋の山の名所巡りゲームがスタートした。腰に付けた熊鈴を鳴らしながら進む一行。さぁ、一ヶ所目はどんなところだろうか。
――
カラカラコロ、コロコロ、コロカラ
「なんどもこっちを振り返ってる。本当に案内してくれてるみたい!」
「秋の山で出会ったタヌキのツアーガイドさんですね。可愛いです」
カラカラコロ、コロコロ、コロカラ
タヌキの先導で歩く山道は、意外にも女子二人には好評のようだ。佐伯の腰で鳴っている熊鈴も、すでに木霊たちとのゲームがスタートした今ではいい目印である。おそらくこの狭間の山道に熊は出ないだろうが、わざわざ外す必要もない。
……リリン、リン……カラン
それに、歩き出してみるとだいぶ遠くからではあるが、他のハイカーの熊鈴も聞こえてきた。どうやら一本道で迷ったわけではないらしいと、二人は安心してハイキングを楽しんでいる。
(その音、木霊たちの仕業なんだけどね)
(我々がいなければ危ないところでした)
木霊の呼ぶ声によって人は知らず知らずのうちに山深くへと入り込み、そして意図せずこの世の境を踏み越えてしまう。正に、悪意はなくとも危険な山の怪異である。
(だ、大丈夫ですぅ。ちゃんとご案内しますのでぇ)
今のところ順調なガイドぶりに、少し自信をつけたタヌキ。そろそろ一ヶ所目の見どころに着くようだ。
「わぁ!すごい!」
「明るくなったと思ったら、こんなに花が……きれいですねぇ」
今までは両脇を木々に囲まれた一本道だったが、突然谷側の木立が途切れ、なだらかに裾野へ下る野原が現れた。そこではリンドウ、野菊、ヒガンバナにススキなど、秋を代表する花々や植物が日を浴びて輝いている。
(うわー、これはすごいねぇ!)
(これほどの景観とは……人間を呼び込んでまで見せたくなる気持ちもわかりますねぇ)
(やっと来た!)
(すごいでしょ!)
(きれいでしょ!)
佐伯と水上、それに憑き物たちの口から漏れる感嘆のため息に木霊たちも大喜び。木立の葉擦れや吹く風に揺られるススキの鳴らす音に混ざって、木霊たちの嬉しそうな声が届いてくる。
この場所こそ、木霊たちが見せたかった場所の一つ、秋の花の群生地、秋色の絨毯であった。
(やった!一ヶ所目正解!)
(そうですね。お見事ですよタヌキさん)
(よ、良かったですぅ。木霊さんたちお気に入りの場所、覚えてて良かったぁ)
佐伯と水上は見事な花の絨毯を前に足を止め、景観をうっとり眺めながら小休憩。水分補給にと口にするペットボトルの水さえ、ほのかに甘く感じるほどである。
「小学生のときに遠足で山に登ったことはあるけど、こんなにきれいな景色、見たことないよ!」
「わたしもです。本当にきれい。でも、パンフレットにこんな場所載ってなかったような……」
「そうなの?じゃあ、時期が良かったのかな?ラッキーだったね!」
若干の違和感を覚えたらしい水上も、佐伯の言葉にそんなものかと思い直した。秋の山の名所巡りゲーム、まずは一ヶ所目クリアである。
――
「ねぇ、早苗ちゃん。そろそろお腹空いてきたね」
「もう少し歩くと、休憩用の広場があるみたいです。そこまで行ったらお弁当にしましょうか」
「やったー!お弁当!」
危険な狭間の山道を歩いているとは知らない佐伯と水上にとって、今日のハイキングは大変に気持ちのいいものである。心地よい森の中で適度に体を動かし、素晴らしい景色を見て、あとはもう少し歩けば楽しみにしていたお弁当の時間だ。
しかし、これを聞いて大焦りしているタヌキが一匹。
(へ!?広場!お弁当!?次の場所にちゃんとご案内しないとならないんですがぁ……)
二人は知らないが、今は木霊との秋の山の名所巡りゲーム中である。迷わずに三ヶ所の見どころを回らなければ、最初からやり直しになってしまう。
(さぁ、ここが腕の見せどころですよタヌキさん。残りの見どころのうち、お昼休憩ができそうな場所への案内をお願いします)
(うわぁ、無茶振りだぁ……がんばれ、タヌキ……)




