秋晴れと筋肉痛と空っぽの冷蔵庫
大成功だったパーティーの翌朝。気温もほどよく落ち着き、日差しも爽やかな日曜日。
用事がないなら部屋で過ごしても良いが、折角ならちょっと外に出たくなるような、そんな秋晴れの日。
佐伯と水上は二人揃って苦鳴を上げていた。
「ううぅ、足が……」
「ふ、太ももと……すねが……」
普段ほとんど運動をしない二人が突然一万五千歩弱のウォーキング。かつスニーカーより少し重めのトレッキングシューズを履いていた負担は、それぞれの足にしっかりと筋肉痛というお土産を残してくれていた。
(どうしたの?大丈夫?)
(急に運動したから仕方ないのよ)
心配するすねこすりに、ため息混じりの座敷童子が説明する。
(今日は無理せず、ゆっくり休むことね)
体調管理は社会人の必須スキルのひとつ、とはいえ今日は日曜日。明日の出勤に響かなければ問題はない。もったいなくはあるが、座敷童子の言う通り今日はこのよき日を骨休めに当てるべきだろう。
「あぁぁ、トイレに行くのも辛い……」
「先輩……申し訳ありません……わたしも動けません……」
昨晩はそのまま一泊した水上も、リビングに敷いた布団から起き上がるのも辛そうだ。
「うっ、腹筋まで痛い……早苗ちゃん……朝ごはんどうしようか」
「腹筋は笑いすぎのせいです……昨日の買い物はパーティー用の食材だけでしたよね……」
「冷蔵庫の中は……あぁぁ」
(えーっと、なんだこれ?)
(お弁当についてた醤油とからしと)
(保冷剤と、リップクリーム?)
(食べ物じゃないね)
残念ながら、冷蔵庫にはたいしたものはない。普段ほとんど自炊をしない佐伯の部屋に、朝食の材料が残っているはずもなかった。
「うーん、じゃあ何かお菓子でも残ってないかな……」
「あぁ……ちょうどストック切れみたいです」
(さすがにゼロからは何も生まれないのよ)
なんということか。まさかのこのタイミングで、座敷童子のお料理スキルをもってしても朝食すら用意できないという緊急事態が勃発した。
――
「仕方ない、出前頼んじゃおうか?」
「先輩、日曜の朝です。この時間だとまだ配達にきてくれるお店がありませんよ」
(朝食くらいは抜いても、昨日の摂取カロリーからしたら……)
(それはもういいのよ)
(おっと失礼、わたくしとしたことが。申し訳ありません)
(朝ごはんは一日の活力なのよ?なんとかしないと)
目目連の言わんとしていることはわかる……いや、失礼、何のことだかさっぱりです。
そんなことより、今考えるべきは、甘んじて空きっ腹を抱えるか、現状打破のため行動するか。結局のところどちらかしかない。
「うーん、どうせお昼と夜のご飯だって買いに行かなきゃいけないし……ここは頑張ろう!」
「それじゃ、わたしも一緒に出て帰ります」
「えー!一緒に朝ごはん食べないの!?」
「もう、先輩ったら。じゃあそうします」
そういうわけで出かけることにした二人。重い腰を上げ、悲鳴を上げる太ももを宥めすかして身支度を始める。
「とりあえず、コンビニに行けばなんでもあるよね」
「食料はもちろんとして、今は切実に湿布が欲しいです」
のろのろ、よたよたしながら玄関へ。普段とは違い靴を履くのも一苦労。
「あぁ、靴紐を結ぶのがきつい……」
「先輩、コンビニにトレッキングシューズを履いて行くんですか?」
「あ、そうか!ありがとう早苗ちゃん。じゃあサンダルにしよう!」
「いや、それも大変ですよ。スニーカーがいいと思います。でも、サンダルはわたしが借りてもいいですか?」
どうにか装備を整えて部屋を出た二人だが、やはりここでものろのろ、よたよた。三歩進んでは立ち止まり、押し寄せる痛みにじっと耐える。正直まったく進まない。
(みてらんないよ。仕方ないからついていってあげる)
(わたしもいくのよ。心配で待っていられないわ)
すねこすりと座敷童子。割と心配性の憑き物に見守られながらの道行きとなったが、果たして二人は無事にコンビニにたどり着き、朝食にありつくことはできるのだろうか?
――
「ううぅぅぅっ」
「あぁぁぃったぁぃぃ」
爽やかな秋晴れの住宅街に、不審なゾンビが二匹。足を引きずり、塀に手をつきながら呻き声をあげている。
(いつもなら十分もしないで着く道のりなのよ)
(朝ごはんどころかお昼になっちゃうね)
憑き物に付き添われるゾンビという世にもおかしな光景が繰り広げられているが、本人たちは至って真剣である。
「早苗ちゃん……足が……上がらない……」
「先輩……あとちょっとで路地を抜けます」
(ねぇ、その先にあれがあるよね)
(そうなのよ。渡り切れるのかしら)
ゾンビ二匹の前に、最初の試練が現れた。必死に頑張っても亀より遅い二人の歩みを、無情にも信号の点滅で追い立てる、そう、横断歩道である。
「早苗ちゃん、信号って何分くらいで変わっちゃうの?」
「わかりませんけど、一分もないんじゃ……」
「無理だよぉ……」
「遠回りですけど、歩道橋まで行きますか?」
「遠回り?階段!?もっと無理だあ!」
仕方がない。ここは覚悟を決めるしかない。二人は横断歩道の前で一旦待機。信号が青から赤に変わるのを見送る。
「早苗ちゃん、次に青になったら全速力でいくよ!」
「はい!先輩。向こう側で、また」
お互いに頷き合ったあと、二人はそれぞれ横断歩道へ向き直る。数台の車が通り過ぎ、車道側の信号が黄色を経て赤に。そして歩行者用の信号が青になったその瞬間、
「突貫!」
「はい!」
力強く踏み出した二人の足は、次の瞬間膝からぐにゃりと曲がった。
「いったあぁぁい!」
「いやぁぁ!痛い痛い痛い!」
しかし道路を渡り始めた以上、止まるわけにはいかない。
「は、早くっ、痛っいぃぃ」
「うぁっ!いつっ!ひぃっ!」
空気を掴むように腕を伸ばし、上半身も使って動かない足をカバーする。このまま渡り切れるか?そう思った矢先、信号が点滅を始めた。
「早苗ちゃん!痛っ!あと少し!」
「はいぃったっ、はいっ!」
(がんばるのよ!)
(大丈夫!いけるよ!)
直接手助けできない歯痒さを堪え、憑き物たちも必死に応援する。
そんな一行を、同じく見つめている人たちがいた。
「なんだあれ?もしかして溺れてる人のパントマイム?」
「違うよ。生まれたての子鹿が盆踊りしてるんじゃない?ストリートパフォーマンスだよ、きっと」
赤信号待ちの車の中で、ドライブ中のカップルが困惑顔をしつつも彼らなりの答えを探していた。残念ながら事実とは程遠い内容だが、楽しげに話しながら、信号が変わっても二人が横断歩道を渡り切るまで車を動かさずに待ってくれている。
「わ、わ、渡りきった!」
「で、でも、信号は途中で赤になってました、先輩」
できる限りのスピードで横断歩道を渡ったが、若干間に合っていなかった。慌てて振り返ると、二人が渡り切るのを見届けてから発進した車の助手席から、笑顔で手を振る人と目が合った。
「あれ?手を振ってる?早苗ちゃんのお知り合い?」
「違いますぅぅ。いやー!恥ずかしい!」
――
横断歩道を渡り切り、ゾンビあらため、溺れてる人と盆踊り中の子鹿となった二人は着実にコンビニに近づいていた。
「もう少しだよ、早苗ちゃん」
「えぇ。コンビニがこんなに遠かったこと、人生で初めてです」
それでも、歩いてさえいればいつかはたどり着く。とうとう、二人は最寄りコンビニまでやってこれた。
「着いたー!」
「な、長かった……」
自動ドアをくぐり店内へ。お弁当やパン、お惣菜にお菓子が並ぶ棚は、今二人には極上のご褒美のように見える。
「やった!これで朝ごはんもお昼ごはんも、何なら夜ごはんも思いのまま!」
「湿布ありました!良かった!」
(とにかく目的は果たせそうなのよ)
(へぇ、コンビニってすごいんだね)
足の痛みのせいで中腰になりながらも、感激の笑顔でコンビニ内を徘徊する二人。まずは朝食の調達から。
「わたしはサンドイッチにする!早苗ちゃんは?」
「おにぎりと、即席のお味噌汁にします。お昼も買って行きますか?」
「そうだね!もうここまで歩いてこられないし、今買っておこう!」
追加でお弁当も二つ買い物かごに入れ、あとは何が必要か考える。
「飲み物もいるよね!」
「湿布も忘れずに買いましょう」
「あと、冷蔵庫に備蓄もいるよね?」
「いくつか冷凍食品も買っておきましょう」
(……わかってるのかしら?)
(帰り道のこと、考えてないよね)
達成感に浮かれた二人が我に返ったのはお会計のあとだった。
「早苗ちゃん……どうしよう?」
「お店にはご迷惑ですけど、返品しますか?」
「うぅっ、いや!ここまで来れたんだもん!きっと大丈夫だよ!」
「えー、ここは素直に謝りましょうよ」
「わかって早苗ちゃん……自宅から最寄りのコンビニは一人暮らしの生命線なの。変な覚えられ方したくないよぉ」
(ほら、言わんこっちゃないのよ)
(見栄なんかはらなきゃいいのにね)
憑き物たちの感想はごもっとも。だが水上は、同じ一人暮らしの女性として佐伯の頼みを無視できなかったらしい。こうして、くだらなくも切実な事情から、二人は往路の倍にもなる苦難を味わうこととなった。
秋晴れの休日は、良いか悪いかは別として、前日のパーティーに負けず劣らず、二人にとって大変思い出深い一日になったのだった。




