スポーツの秋と現実的な現実
仕事帰り、佐伯と水上はデパートのスポーツ用品売り場へやってきていた。
今日の目的は、『どんとこい!秋計画』にリストアップしたスポーツの秋実現に必要な道具やウェアなどの購入である。
「何事もまずは形から!最初のミッション!可愛いテニスウェアを探そう!」
「わたしテニスってやったことないんですけど、でもちょっと気になることが……」
ノリノリの佐伯に対して何かを気にしている水上。そしてその水上の懸念は残念ながら的を射ていた。
値札に書かれた「25,000円」「18,000円」「35,000円」といった数字の羅列にたじろぐ佐伯。
「うそ……テニスウェアってこんなにするの……」
「シューズもかなりです……」
「ラケットに至っては……いやーっ!これ全部でいくらになるの!」
そう、どんな趣味やスポーツでも言えることではあるが、老若男女に人気のスポーツであるテニスもまた然り。カジュアルな楽しみ方を目指すとしても、ウェアから道具まで一式揃えるとなればそれなりに費用がかかるもの。
「あっ!初心者セットだって!うぇ~、それでも79,800円……」
堅実で普段から散財などしない水上からしてもかなりの出費に感じられるお値段。節約の重要性は承知しつつも、つい先月ゲームへの課金が行き過ぎてしまった佐伯に至っては他の秋行事遂行にまでダメージが出かねない状況である。
「こ、これから趣味として続けるなら許容範囲?」
「そうなると、テニススクールに入会して会費も払って、定期的なガットの張り替えとか道具の買い替えでさらに費用がかかりそうですよ?」
「うっ、継続的な課金を強制されるサブスク型の趣味……!」
今日は唯一ついてきたすねこすりが足元から佐伯を見上げる。
(なんか、続かない気がするけど?)
水上の指摘にディスプレイされた新品のテニスラケットの前で涙目の佐伯。だがこんなとき、仕方ないなと助け船を出すのもやはり水上であった。
「先輩、一度に全部は無理なので、今回のスポーツの秋はトレッキングに絞りましょう。初心者向けのコースなら揃えるものはそう多くないそうですし、服装とかリュックは手持ちのものでも代用できそうですよ?」
「それだ!早苗ちゃんナイスアイデア!よしっ、早速アウトドアグッズを見に行こう!」
つい先ほどまでの苦悩などすっかり忘れ、ウキウキと売り場を歩いていく佐伯。
(やっぱり、それほどこだわりはなかったんだね)
その足元でちょっと呆れるすねこすりであった。
――
「おぉ!テントだ!」
(なにこれ!小さい家!?)
普段馴染みのないアウトドア用品にテンションが上がる佐伯。興味津々のすねこすりも見つからないのをいいことに展示されているテントに入り込んで遊び始める。
「テントは必要ありませんよ、先輩」
「さすがにわかってるよ早苗ちゃん、あっ、ランプかっこいい!」
「ランプもいらないですって」
「あっ!熊鈴可愛い!」
(えっ!熊でるの!?)
見るものにいちいち反応する佐伯に律儀に付き合う水上。あれこれと陳列された商品を眺めていると、
「最近は目撃情報も増えてますから、どこに行くかによっては熊対策はしたほうがいいですよ?お客様、何をお探しですか?」
実際にアウトドアに精通しているのだろう、細身ながらしっかりした体付きのスタッフさんが声をかけてくれた。
「あ、はい。わたしたち初心者なんですけど、トレッキングというかハイキングに行きたくて。色々教えてもらえませんか?」
「もみじ狩りも栗拾いもきのこ採りも、スポーツの秋と食欲の秋全部やりたいんです!」
(ねぇ、熊出るの?危ないよ?)
「なるほど。きのこ採りは難しいですけど、無理のないハイキングコースで近くに観光農園のある場所がありますよ。この辺りから行くなら十分日帰りもできますし、半月くらい待てば丁度シーズンですね」
(熊は出ない?大丈夫?)
すねこすりは熊が気になるようだが、二人にとっては実に理想的。
「良さそうなところですね。そこに行くとしたらどんなものを揃えたらいいですか?」
「まぁ、体力に自信のある方なら、しっかりした靴、肌を出さない動きやすい服装、あとはちゃんと雨に備えておくくらいでも大丈夫です。でも栗拾いをするならイガを踏みますし、やっぱりトレッキングシューズだと格段に歩きやすくて疲れにくいですね」
「買います!どの靴がいいですか!」
(えっ?値段見ないの!?)
熊だけでなく佐伯の財布も心配したすねこすりが思わず驚くが、そこはスタッフさんも慣れた様子で何足かお手頃、おすすめの商品を紹介してくれた。
「初心者で軽いトレッキング程度なら……この辺りが丁度良いと思いますよ。」
「へぇ、レディースだとデザインも結構可愛いんですね」
水上もすっかり乗り気。実際、先程まで見ていたテニス道具一式に比べればお値段も大分おとなしめである。
「わたしこれにする!早苗ちゃんは?」
「わたしもお揃いにしようかな?先輩いいですか?」
「えっ!それいい!そうしよう!」
無事に気に入ったシューズを選び、スタッフさんにお礼とお会計のお願いをしていたその時、
カラカラコロ、コロコロ
なんだか可愛らしい音が店内に響いた。
「あれ?熊鈴の音ですね。今は他に誰もいないはずなのにな」
スタッフさんが不思議そうに呟くが、なんのことはない。
(ねぇ、これも!絶対いるって!だって熊だよ!)
二人が帰る気配を察して、慌てたすねこすりが陳列されている熊鈴を鼻先でつついて鳴らしているのだ。
スタッフさんは首を傾げているが、しょっちゅう人気のないところから音がする部屋に慣れきった佐伯は気にすることもなく熊鈴を手に取り、
「うーん……これも下さい!」
何故かこちらも購入することにした。
「あっ、えっと、これは……なんか可愛いし、気になってたし、だから無駄遣いじゃないんだよ?」
はっと気づいて水上に向き直り、上目遣いで言い訳にもならないことを言い募る佐伯。散財をとがめられるかと、ただ単に欲しくなっただけの衝動買いをごまかしたいようだ。
「それと、なんだか買っておいた方がいいような気がして……」
「うふふ、いいと思いますよ先輩。先輩と一緒なら熊にも襲われませんね?」
「そう?そうだね!早苗ちゃんはわたしが守ってあげるからね!」
(用心はしないと、なんてったって熊だからね!)
ーー
その後、親切なスタッフさんにハイキングコースや観光農園についても教えてもらい、秋の行楽の準備は万端。大収穫の買い物に満足の佐伯。シューズの入った箱を紙袋で左手に提げ、右手には熊鈴を持ってもう待ちきれない様子である。
「楽しみだね!早く週末にならないかな!」
「ん?そうですね、でも、シーズンまではまだ少しあるそうですから、実際に出かけるのはもうしばらく先ですよ、先輩」
「あれ?そうなの?えー、もうすぐにでも行きたい気分だったのにぃ」
「まぁまぁ、その分今週末は別のことができますよ。足慣らしがてらこの靴を履いてお散歩とか、ついでに秋グルメ巡りに行ってもいいですね」
「おぉ!そうか!それ最高!」
(それなら熊はでないね)
何事もすぐに行動したい佐伯、上手く軌道修正してくれる水上、いつもながら良いコンビだ。
しきりに熊を気にしているすねこすりはハイキング当日までに落ち着くといいが、まだ時間はありそうである。
どちらにしても、『どんとこい!秋計画』は多少の計画変更を加えながらもなかなか良いスタートを切ったようだ。これからしばらく、楽しくなりそうである。




