花火と二人と憑き物たち
いよいよ空が暗くなり、櫓を囲む盆踊りの輪が提灯の明かりに照らされる。
金物屋さんや八百屋さんが汗だくで作り続けた焼きそばやたこ焼きもとうとう売り切れ、乾物屋のおばちゃんのかき氷も打ち止めとなった。
「いやぁ、今年の花火大会は本当に大盛況だ」
運営に関わる商店会の面々は、折に触れて口々にそう言った。その分大変なことも確かにあった。それでも、人が集まらずに取り止めまで検討していたお祭りが、これだけ盛況なのはやはり素直にうれしいのだ。
「お疲れ様!おじさんこっちこっち!はいどーぞ!」
「ご苦労様です。おつまみと軽食もありますよ」
やっとひと段落といった顔をして運営用のテントに集まってきたお歴々を相手に、佐伯と水上は席をすすめたり、缶ビールを手渡したりとすっかりお世話係になっていた。
「いやぁ、冷えたビールが美味い!」
タオルで汗を拭いながら缶を傾けるおじさんたちに、水上が少し申し訳なさそうに声をかける。
「なんだか私たち、途中からあまりお役に立てなくて……私なんて今日は本当に下ごしらえくらいしかお手伝いしてないのに……」
その言葉におじさんたちは一瞬きょとんとした顔を見合わせ、その直後、そろって豪快に笑いだした。
「いやいや、何言ってるの水上さん。あのチラシ作ってくれたのみんな知ってるよ?」
「そうそう、今どき若い子らは商店街になんて来やしないのに、佐伯ちゃんと二人で一生懸命考えてくれて、手伝ってくれてさ」
「しかしあのチラシは評判だったぞ。『見やすかったから孫連れて来た』なんてお客さんもいたくらいだ。」
「それに今日も朝からずっと走り回ってくれただろう。」
「今じゃもう二人とも立派な商店会の一員だ。」
思いがけない言葉に、佐伯と水上は顔を見合わせる。
「……えへへ。」
「ありがとうございます。」
酒屋の社長が缶ビールを掲げた。
「よし、それじゃあ花火の前に。」
「今年の花火大会、大成功!」
「かんぱーい!」
缶同士が軽快な音を立てた。
ーー
少し前まで響いていた盆踊りの音頭も止み、今は提灯や仮設照明の下、お客さんは皆今夜のメインを待ちつつそれぞれ談笑している。
そこへ、運営用のテントの前でマイクを握る商店会長の声がスピーカーから流れ出した。
「皆様、本日は商店会主催の花火大会にご参加いただき、誠にありがとうございます。大盛況となりました本日のお祭りもいよいよラスト、このあと花火の打ち上げ開始となります。花火の最中は会場の照明を落としますので、足元やお手荷物などには十分ご注意ください……え?もういける?いいの?……皆様、準備が整ったようです。それではご一緒にカウントダウン!お願いいたします!10!9!8!……」
会場の灯りが落とされ、辺りが暗闇に変わる。佐伯と水上、そして商店街の面々が声を合わせる。
「7!6!5!……」
会場の声が揃う。
「4!3!2!1!」
ドッ……ヒュゥゥゥゥ……
真っ暗な空に尾を引きながら、一直線に駆け上っていく花火玉。会場中の人々が目で追うその光が途切れた、その直後、
ドオォォォォン……バチバチパチパチ
夜空に大輪の光の華が勢いよく開き、その後ゆっくりと花弁がしな垂れていった。
ワアァァァァ
上空を見上げたままの観客たちから、歓声と拍手が響く。
本日ラストの、そしてメインのイベントが始まった。
ーー
誰もが夜空を見上げる中、佐伯もまた感激の声を上げた。
「やった!花火!花火が上がったよ早苗ちゃん!」
どうしてもこの光景を無くしたくない、続けて欲しい。一月前、その思いで走り出した佐伯の感激は、少しでも近くで見ようと川岸へと足を走らせた。
「先輩、転ばないでくださいよ」
苦笑しながら後を追おうとする水上だが、
ドオォォン
次の花火に照らし出された佐伯のシルエットに思わず足を止めた。
ほんの一瞬であったが、佐伯の周りに
浴衣姿の少女
戯れ合う小鬼たち
足元を駆け回る小さな獣
そしてそれらの影で瞬くいくつかの目を見たような……
非現実的で、でも寄り添うシルエットはなぜかとても暖かい、そんな光景。
ドオォォン
再び花火が上がったとき、もうそれらの影は見えなかった。しかし、
「すごいよ早苗ちゃん!こっちこっち!」
気を取り直して手招きする佐伯の隣に並び、次々に上がる夜空の大輪を二人で眺めていると、あの部屋で賑やかなはしゃぎ声の気配だけを聞いているときのような、不思議にしっくりとくる空気に包まれた。
……そうか、みんなも一緒にいてくれたのね
今日、この場で一緒に花火を見ることが出来た、そのことがとても大切なことのように思えた。
ーー
大盛況、大成功で終えた夏の終わりの花火大会。既に閉会の挨拶も終えて、今はとりあえず当日中に必要な片付けを残すばかり。
消し忘れたままの提灯の灯りが、夜風に小さく揺れる。
家路に着く人々の笑い声も、少しずつ静かな夏の夜へ溶けていく。
(祭りの華と言えば?)
(盆踊り!)
(やっぱり花火!)
(気に入ったのね?まぁ、確かに楽しかったのよ)
(わたくし、終わってしまうのが寂し……くなどありません)
(あはは、それは無理があるよ)
憑き物たちが祭りの終わりを惜しむその隣で、佐伯と水上も解体される櫓を眺めながら今日という日の余韻に浸っていた。
「これで、今年の夏はちゃんと終われるね」
「それ、最初から言ってましたよね。なんだかやっと意味がわかった気がします」
浴衣姿を理由に片付けは免除されたものの、なんとなく帰りがたい、そんなひととき。
このまま今年の夏を振り返り、思い出を語り合うのもいい。そんな気持ちで水上が口を開きかけたとき、
「もうしばらくは暑い日が続くけど、次は秋がくるね!食欲?芸術?それともスポーツ?今度は何しようか!ね、早苗ちゃん!」
思わぬ問いかけにちょっと目を丸くしてしまうが、水上はもう慣れたもの。
「そうですね、どれも楽しそうです。」
「ね!よーし!どんとこい、秋!」
ーー
一夏を目一杯楽しみ、それでも止まらないのが佐伯。世話をやきながら、その隣を一緒に歩く水上。
そしてそんな二人のことを、手助けしたりときに失敗をしたりしながら見守り続ける、二人の暮らしにつきものの憑き物たち。
きっと彼女たちは、これからも賑やかに笑顔で歩き続けるだろう。
それがどんな道であっても、きっと心配はいらない。
けれど、それは決して特別なことではないのかもしれない。
神社に鎮守の狸が、ご婦人には着物憑きが、八百屋には化け大根がいるように……
もしかしたら町のそこかしこに、
誰かの隣、そしてあなたの隣にも、
その人の暮らしにそっと寄り添う憑き物がいる……のかもしれない。
これにて第四部、終了となります。
一夏をかけて巡ったご近所で、憑き物たちは少し知り合いが増え、佐伯と水上もたくさんの年上の友人に恵まれました。みんなにとって、有意義な夏になったのではないかと思います。
皆様にも楽しんでいただけていましたら幸いです。
現実はまだまだ暑い盛りですが、本作は次回から一足早く秋のお話へと入ります。
引き続きお付き合いいただけましたら幸いです。よろしくお願いいたします。




