近所の河川敷と花火大会
もうここのところ何日も、最高気温のグラフは高止まりのまま。お盆も過ぎたというのに、あまりの暑さに町には少々うんざりな空気が漂っている。
「あっつーい!でもこれでこそ夏!」
しかしそんなことは知らぬとばかり、照りつける太陽の下でも元気いっぱいなのはお馴染み佐伯心。
町のそこかしこには、花火大会の告知チラシが貼られている。それを見てはしゃぐ子供たちや、開催を楽しみにする町の人々。その期待に応えるべく、佐伯は声を張り上げる。
「おじさんたち!ほら頑張って!イチ!ニ!イチ!ニ!」
「佐伯ちゃん、俺たちもう孫のいる年代だよ?もう少し加減しとくれよ」
(基礎の水平は良し!)
(筋交も入ってる!)
(僅かな軋みも許さない!)
河川敷にはまだ骨組みが立つばかりだが、家鳴たちのチェックによれば会場中心の盆踊り櫓は問題無さそうだ。
商店街のお歴々が若手と一緒になって汗だくで櫓を組み立てているその周りでは、焼きそば用の鉄板、提灯、折り畳み机、飲み物のケース。少しずつ”お祭り”が形になっていっている。その特有の高揚感に、みんな笑顔で作業をしていた。
そう、ここは祭り会場。
しかし何故佐伯がここにいるのか?
それにはちゃんと(?)理由がある。
ーー
遡ることおよそ一か月。七月も半ば、夏も本格的になり始める頃。きっかけは酒屋での何気ない会話だった。
八月の閑散期対策として始まった商店会主催の花火大会は、それで儲けを出そうという類いのものではないにしろ、ここ数年は主目的である商店街の利用促進効果も見えない割に、逆に赤字を増やすばかりのお荷物企画に成り下がっていた。当然取り止めの意見も出ていたが、それはまだ検討段階の話。まだ決定ではないのだが、買い物に来ていた客との雑談中にうっかり店主が口を滑らせた。
「まぁ、参加者も年々減ってるし、ここらが潮時ってやつかも知れないねぇ」
残念だけど仕方ないわね。
これまで毎年やってくれてたのがありがたかったのよ。
逆に負担になるようなら申し訳ないわ。
商店会長も務める酒屋の社長と常連さんたちとの店先でのこの会話。いかにも自然な流れだったのだがこれに突沸した女子が一人。
「ダメだよ!花火が上がらなきゃ、夏が終わらないじゃん!」
「佐伯ちゃん?まだ決まりってわけじゃないぜ?」
「今年も来年も、その後も花火はいるんだよ!わたしも手伝うからやめないで!」
「そうかい?そこまで言うなら手伝ってもらうか?」
「やる!やるからには全力だよ!」
「よーし、わかった!今日から臨時スタッフ一名追加だ」
こうして佐伯は花火大会の協力会員となり、彼女を取り巻く面々までもが夏の終わりの大騒動に巻き込まれることになった。
ーー
先にも述べた通り、この花火大会の目的は八月の閑散期対策と、商店街利用の促進である。
とはいえ所詮は商店会主催の小さなイベントだ。名前だけは大きく打ち出しているものの、実際には河川敷にいくつかの屋台と櫓を用意し、格好がつく程度の打ち上げ花火で締めるのが例年の内容。そして、それだけでは夏休みを地元で過ごす人々を呼び込み、その後も商店街を利用してもらおうという試みは、うまくいっていないのが現在の状況だ。
そこで佐伯が提案したのは、とにかく当日の参加者を増やすため、期間限定で、商店街で買い物をすると八月下旬の花火大会で使える屋台券を配るというものだった。いかにも使い古された手法ではあるが、
『このままだと商店会の花火大会は無くなるらしい』
『もしかしたら、他の商店会イベントも縮小になるんじゃないか?』
そんな噂が聞こえてくる中、商店街の店主たちが本当に困った顔で話している姿を目にすれば、町の人々も他人事ではいられない。屋台券は単にお得だから使うものではなく、商店街を応援するために花火大会へ参加する、ひとつのきっかけになっていった。
「花火大会楽しみにしてるよ」
「帰省をずらして、子供達と伺いますね」
そんな風に、地元商店街を応援してくれている方々の声が店主たちに届いたことも商店街みんなのモチベーションに繋がり、花火大会当日への期待にもなっていく。
さらに、屋台券の説明まで含めた花火大会の告知チラシを水上が作ってくれたのも大きかった。営業企画部で培った経験を活かして作られたチラシは、見やすい、分かりやすいと近隣のお客様たちの心をがっちりと掴み、花火大会当日の今現在、集客予想は上々の感触である。
ーー
そんな水上も今日は会場でお手伝いに参加。乾物屋のおばちゃんと一緒に屋台の下準備にかかりっきり。
「おかげさまでお客さんはみんな屋台券を持って遊びに来てくれそうよ?品切れなんて言えないから頑張って用意しないとね!」
「ありがたいことですけど、こんなことになるとは……」
お好み焼き用、焼きそば用にひたすらキャベツを刻み、涙を堪えて玉ねぎも刻む。八百屋さん提供の野菜はどれも新鮮でみずみずしい。
調理器具も不足のない量が金物屋さんの手で手配され、あとは人手さえあればというところ。
(仕方ないわね。少しだけなら手伝ってあげるのよ)
座敷童子の参戦で見るみるうちに増えていく下拵え済みの野菜たち。隣りから感じるあの部屋の気配に、水上は頼もしい気持ちを感じながら手を動かした。
ーー
櫓や屋台の設営や準備も終わり、いよいよ花火大会開催の時刻。
「みなさん、ひとまずこれまでの準備ご苦労様でした。おかげさまで今年も花火大会が開催出来ます。しかし本番はこれから。食中毒、迷子、あと酔っ払い対策など気をつけて、楽しいお祭りにしましょう!」
「社長こそ、途中で酔っ払って退場しないでよ?」
商店会長の開会の挨拶に野次が入りつつ、今年の花火大会がスタートした。
開始時刻に合わせて続々とやってくるお客さんたち。その手には屋台チケットが握られている。ひとまず企画の成功を目にして、佐伯と水上と店主たちはガッツポーズからのハイタッチを決めたのだった。




