近所のあれこれと憑き物たち②
【その三 近所の交番と見回り天狗】
会社帰り、もう自宅にもほど近い路上。佐伯の影に潜んでいた家鳴たちが道端に可愛らしい鈴付きキーホルダーのついた鍵が落ちているのを見つけた。
(落とし物か?)
(きっとそうだ!)
(届けないと!)
佐伯が通り過ぎてしまう前にと、路上のカギをカタカタ、チリチリと震わせる家鳴たち。
「ん?あれ、こんなところに......鍵?」
思惑通り佐伯に鍵を拾わせることに成功。可愛らしいキーホルダーからして、きっと落としたのはまだ小さな子供に違いない。きっと困っているだろうと佐伯は交番へ届けに行くことにした。
「すいませーん。鍵の落とし物を拾ったんですが......」
「あぁ、わざわざありがとうございます。それでは書類を作りますのでお掛けください。で、どのあたりで拾われたかお伺いしても......」
佐伯と交番の巡査が鍵と書類をはさんで話し始める。これはいいことをしたと満足気な家鳴たちだが、どうも少し時間がかかりそうだ。手続き待ちの間、暇を持て余して交番内をうろちょろしているうち、
(ここの梁はどうなってるんだ?)
(壁は?)
(天井は?)
怪異としての興味に抗えず、ミシッ、ピシッといたずらを始めてしまった。
調子に乗ってそんなことをしていると、
(む、なんだおまえたち。こんなところに入り込むとは、不届き者の類か?)
低い声とともに大きくするどい爪をもった四本指の足が迫ってきて三体まとめてむんずとつかまってしまった。
(何するんだ!)
(うわーっ!)
(飛んでるーっ!!)
家鳴たちをつかんだ足の持ち主は、ふわりと空中へ飛び上がるとそのまま交番を出てしまう。そのままぐるりと周りを旋回すると、これまた突然交番の屋根のうえへ降り立った。
(日の下でよく見てみれば、おまえたち家鳴ではないか。交番に憑きでもしたのか?)
(違わい!)
(鍵を拾って!)
(届けにきたんだよぅ!)
(ほほぅ?家憑きが外に出て落とし物を届けに来たと?それも人間の交番に?どういうことだ、ちょっと詳しく話してみよ)
大きな足に掴まれたまま、かくかくしかじか、佐伯の部屋のこと、影にひそんでお出かけ中に落とし物を見つけたことなどを説明していくと、なるほどそうかとの声とともにやっと家鳴たちは四本指の足から解放された。
まったくひどい目にあった。一体どんなやつだと見上げた先に立っていたのは、行者服に身を包み、背中に黒々とした翼を広げた大きな鴉天狗であった。
(勘違いから失礼した。この界隈の警邏は我らの務めでな。人側とはいえ志を同じくするものたちの詰所に何かあってはと先走ってしまった)
(まったくだ!)
(ほんとにもう!)
(気をつけてよね!)
(いや、すまんすまん。しかし、家鳴が出歩くとはのう。ん?家鳴?)
ぷんすかと怒る家鳴に申し訳なさそうに詫びる鴉天狗だったが、途中で何かに気付いたように首を傾げる。
(ときにお前たち、最近町の遊戯場で起きた事件について、何か知っておらんか?)
(ギクッ)
(ドキッ)
(……シラナイヨ)
(どうやら心当たりがありそうだな。悪いがちょっと話を聞かせてもらおうか)
結局全てを白状させられ、手の目の温情ありとはいえ反省すべしと白沢のとき同様にこってり絞られ、しかし今回の善行で帳消しで良かろうとやっと解放された家鳴たち。
調子に乗ると碌なことはないと、再び反省したのであった。
【その四 会社近くの自動販売機の影】
佐伯と水上が勤める会社の正面玄関前にある、ときどき鳩やなんかもやってくるような小さな広場。そのスペースの脇には数台の自動販売機が設置されている。朝の出勤時や昼時、休憩時間など、社員たちにとっては大変便利でありがたい存在である。
「あー、喉乾いたー」
「暑いですからね、何か飲み物買っていきませんか?」
お昼休み、ランチを外で済ませた帰りの佐伯と水上。今年の夏は特に暑い日が続いていて、ちょっと屋外に出るだけですぐに汗をかいてしまう。
「いいねー!ど〜れ〜に〜し〜よ〜お〜か〜なっ?」
自動販売機の前で品定めする佐伯。飲み物を買うだけでも無駄に元気だ。
(栄養補給、水分補給ともに問題なさそうです)
会社での見守りとサポートを担当している目目連の声が聞こえてきた。
もうすぐ昼休みも終わりそうなので入り口まで様子を見に来ていたようだ。
「これにしよー!」
ポチッ、ピロリ〜ン、ガタッ
(またかっ!ちくしょう!)
(おや?どなたかいらっしゃる?)
この会社にいるものなら、勤めている人間も居憑いているモノたちも把握しているはずの目目連だが、今の声には聞き覚えがない。
(なんだいなんだい!最近の人間どもは!どいつもこいつもピロリンだのシャランだの妙な音をさせるだけで!金を払わずに買い物できるってのはどういう了見だい!)
たいそうご立腹な様子で喚き立てたかと思うと、無数の目をつけた細い女の腕が自動販売機の隙間からにゅっと突き出された。
(おっと!?なんだか親近感のわくお姿ですが、どちらさまです?)
(はんっ!有名妖怪さまはあたしみたいな下々のことはご存知ないでしょうね!これでも昔は石燕の画図にもなったんだ!百々目鬼ってんだ!覚えときな!)
(はぁ、百々目鬼さん)
(そうさ、言っとくけど百目鬼とは間違えないでおくれよ。読み書きどちらも一文字違いなんてややこしい奴さ。しかもとっくに成仏してるくせにあたしより名が売れてるのが気に食わない!)
何故か出会ってからこっち、ずっとカリカリしている百々目鬼。そこへ自分も何か飲み物を買おうと水上が近づいて来た。
「早苗ちゃんは何にするの?」
「私はお茶かお水か、どうしようかな?」
(わざわざ金を出して茶ならともかく水ぅ?まったくもう......久々に出てきてみたら世の中めちゃくちゃじゃないか……)
(あぁ、しばらく世間からは離れておられたのですね。わたくしとしては、なんで自動販売機の隙間なんてところにいらっしゃるのかも疑問なのですが……どうされました?)
目目連の問いかけに百々目鬼の態度が軟化する。
(あぁ、さっきから当たり散らしちまってた、すまないね。あたしは元々人間だったのが、手癖の悪さから影側に落ちた口なのさ。それでもこれが性分なのかねぇ、賭場帰りのやくざもんやら色街のお大尽やらの懐から小判や銭をくすねてそれなりに楽しく妖怪人生送ってたんだけどねぇ)
(ほうほう、それから?)
(いつ頃からか世の中にペラペラの紙が出回って、あたしの馴染んでた銭の出番が減ってきた。それでもしばらくは我慢してたところに、あろうことか銭の材料から金や銀が消え去って、あるみにうむだのにっけるだの二束三文の屑に変えられちまったのさ!こりゃもうやってられないってことでこれまでの蓄えを枕にしばらく不貞寝してたんだけど……)
(なるほど、それで?)
(寝耳に水どころの話しじゃないってのよ!寝てる間にあたしの枕が金霊になってどっかに消えちまった!)
(ずいぶん長く不貞寝してらしたようで……)
百々目鬼の割としょうもない身の上話を聞いている目目連。そのすぐ横で、水上は何を買うか決めたようだった。
「今日はお茶にします」
(すっからかんじゃ具合が悪いからねぇ。とにかくなんでもいいからと思って、仕方なく小銭の使われそうなここに潜り込んだんだけど、それがこのざま。何を買うにもピロリン、シャランと、誰も屑銭すら出しやしない!)
そこに、たまたまスマホをデスクに忘れてきていた水上が財布を取り出した。
(おっ!?)
(あっ!いけません!)
目の色を変える百々目鬼、慌てる目目連。
(やめてください!鴉天狗に捕まりますよ!!)
(へっ、どうやって今ここに呼ぶってのさ!止められるもんなら止めてみな!)
にわかに空気が緊張を帯びる……かと思われたが、
(いや、呼ぶもなにもここは巡回立ち寄り所ですし、さっきから自動販売機の上にカラスの姿で止まっておいでですが……)
(鳩どもが見慣れぬ顔が騒いでいるとの情報を届けてくれてな。おい、百々目鬼とやら、何を止めるって?ちょっと話を聞かせてもらおうか)
自分の財布を巡って騒ぎが起きていることも知らず、水上が自動販売機に小銭を投入する。
チャリンチャリン
ポチッ
ガタンッ
水上が自動販売機からお茶を取り出す。
ポロッ、チャリン
「あ、いけない」
あげくお釣りの小銭を落とす。
これこそ性分というやつか、思わず手を出す百々目鬼。
(あっ、つい)
(現行犯だ。来てもらおう)
いつの間にか行者服姿になっていた鴉天狗の手によって、目覚めたばかりの百々目鬼は哀れお縄となった。
「先輩、お待たせしました」
「いいよいいよ、さぁ!午後もお仕事頑張ろう!」
(さすが頼りになります。おかげで今日も平和です)
佐伯と水上、そして目目連は何事もなかったように仕事場へ戻っていくのであった。




