近所のあれこれと憑き物たち①
皆さま、いつも拙作をお読みいただき、誠にありがとうございます。
今回と次回は少し趣向を変えまして、短編オムニバス形式となります。
お楽しみいただければ幸いです。
【その一 近所のクリーニング店と着物憑き】
開け放したクローゼットの前、腕組みをして立つ佐伯。きちんと衣替えをしなかったせいで春物と夏物が窮屈そうに並んでいる。ここ数か月は見て見ぬ振りで通してきたが、このままだと可愛い春秋用コートはほこりも落とされずに夏を通り越してしまうのではないか?
「うーむ、悩ましい」
(何言ってるのよ。お洋服は大事にしなさい。さっさとクリーニングに出すのよ)
これまた腕組みで言い切る座敷童子の声に背中を押された......わけではないが、少々面倒そうな顔をしつつも、佐伯は畳んだコートを大きめの紙袋に入れると出かける支度を始めた。
ーー
クリーニング店へ向かう佐伯。その影に憑いて、座敷童子がちゃっかり同行していた。
(お洋服をきれいにしてくれるなんて素敵なお店なのよ。どんなところなのかしら?)
辿り着いた店のドアを開けると、嗅ぎ慣れた洗濯洗剤とは違う独特の匂いが漂う。
「いらっしゃいませ」
店主らしき男性が佐伯に声をかける。
「こんにちは!あの、このコートのクリーニングをお願いします」
「はいはい、どうも。じゃあこちらにどうぞ」
二人はそのままカウンターに出したコートを広げたり裏返したりしながら、クリーニング前のチェックに入ってしまった。取り残されたのは座敷童子である。クリーニング屋の受付など、こちらとあちらがカウンターで分かれているだけで特に面白いところもない。
(お洗濯はこの奥でしてるのかしら?様子を見られなくて残念なのよ)
(あら?どうせ見て真似られるような仕事じゃないわよ?そんなにがっかりしなさんな。)
期待が外れて眉を下げる座敷童子の様子を見かねたのか、カウンターの背後の棚に置かれた包みが声をかけてきた。
(ここで何度も手入れしてもらったあたしがいうんだから本当のことよ?専門の職人の仕事ですもの、道具から何から普通のお洗濯とは違うからねぇ)
(確かに......言われてみればその通りなのよ。お姐さん、教えてくれてありがとうなのよ)
(どういたしまして。今は包まれちまって見えないだろうけど、あたしは着物憑きよ。それほど上等なもんじゃないけどね)
少しばかりくだけてはいるが、小気味良く耳に心地よい着物憑きの声に座敷童子も先程の不満を忘れて微笑んだ。
(ここはいい店よ。ただねぇ、先代もそこであんたのご主人と話し込んでる二代目も昔気質の職人でさ、腕はいいのに頭が固くて古いのがちょっとねぇ。ま、あたし自身ずいぶんな古株なんだから、人のことは言えないんだけどさぁ)
気さくな性格が伺える軽妙な話し運びの着物憑き、楽しくおしゃべりをしていると、そこへお年を召してはいるが上品なご婦人が来店した。
「いつもお世話になってます。お願いしてたお着物、仕上がってるかしら?」
「あぁ、こちらこそいつもありがとうございます。お着物ならこちらに。佐伯さん、すまないけどすぐ済むんで、ちょっとこちらのお客さんと仕上がりの確認させてもらっていいかな?」
「どうぞどうぞ!」
カウンターの上、店主が置いたのは今まさに話し相手になっていた着物憑きの包み。
店主が包みを開いて見せると、中から現れたのはそれは見事な江戸小紋であった。
「素敵……」
(本当なのよ……)
佐伯と座敷童子がほぅっとため息を吐く。
「あら、お嬢さん、ありがとう。母から引き継いだ着物なんだけれど、今度は私から娘に譲ることになってね?こちらにお手入れをお願いしたのよ」
(あら、見られちゃったわね)
ご婦人と着物憑きが、それぞれお礼と照れ隠しの言葉を返す。
ご婦人はそのまま確認の手続きを済ませると、再び布に包まれた着物を愛しげに撫でた。
「毎度ありがとうございます。それじゃお着物は後でご自宅へお届けいたしますんで」
その言葉に頷き、ご婦人は店主に挨拶をして帰っていった。
(これだけ大切にされてれば、なるほど着物憑きにもなるのよ)
(ふふっ、そうね。ありがと)
着物憑きは変わらず気さくな態度だが、本当に見事な一着だった。
プロの洗濯技術は見学できなかったが、それよりもずっといいものを見た。
座敷童子は、今日の出会いにとても満足していた。
「すいませんでしたね佐伯さん。それじゃ、こちらお預かりします」
ちょうど佐伯と店主の話も終わった様子。さぁ帰ろうかというところで、
「うん?佐伯?あっ、そうだった佐伯さん!あんた、前に出した冬用コートまだうちで預かってるよ。今日持って帰れる?」
「えっ!うそ!預けっぱなし!?おじさんごめんなさい!持って帰ります!」
座敷童子は思った。
佐伯のコートは、残念ながら着物憑きにはなれそうもないなと。
【その二 近所のパン屋さんと香りの妖精】
ある休日、佐伯と水上は近所に大変人気のパン屋さんがあると聞き、これは食べてみたいと連れだって出かけることにした。
(パン屋さん!行く!)
今日はすねこすりが同行することに。憑き物たちは別に人と同じ食事を摂る必要はないが、それでも美味しいものは大好き。二人の足元をうきうきとついていく。
到着したパン屋さんは聞いた通りの人気で結構な行列ができていた。
「おぉ、大人気!」
「これは期待できそうですね。しばらくかかりそうですけど、並びましょう」
とりあえず並んだ佐伯と水上だが、お店の入り口からいい匂いが漂ってくるばかりでなかなか列は進まない。
(ねぇ、まだ~?もう、先に行ってるね)
我慢できないすねこすりは、二人を列に残しちょっとお先に店内へ失礼することにした。
(うわーっ!いい匂い~)
店内は焼き立てのパンのいい香りでいっぱい。きょろきょろ見回すといかにも温かそうなパンが並んでいる。とても美味しそうだが、すねこすりの目にはそのパンの周りや店内にちらほらと何かが漂っているのも見えていた。
(オイシイヨ~)
(コレハアマイノ~)
(チーズイリダヨ~)
(コッチハメロンパン~)
(あれ、なんだろう?)
パンのまわりにほわほわぼんやりと漂う湯気のような何か。
じっと見ていると......
(アラ?チイサナオキャクサマ?)
気づいたあるパンのほわほわがすねこすりの鼻先にやってきた。
(うわ~、パンの香りだ~)
なんとも美味しそうないい匂いが強くなるが、店内のお客さんがそのパンを取ってレジへ行ってしまうとほわほわも一緒に離れて行ってしまった。鼻先には微かに残る香りのみ。少し残念に思っていると、
「新しいパンが焼きあがりましたよ~。みなさんごゆっくりお選びくださ~い」
お店の奥の扉が開き、店内いっぱいにひろがるほわほわたちと一緒に焼き立てのパンがたくさん運ばれてきた。
(デキタヨ~)
(ヤキタテ~)
(オイシイヨ~)
(すご~い!いい匂いがいっぱいだ~!)
――
無事に順番が来て店内に入った佐伯と水上は、いい匂いに顔を綻ばせつつそれぞれパンを選んだ。その帰り道、紙袋に入れてもらったパンたちからは確かにいい匂いがするが......、なぜか足元からも甘く香ばしいいい匂いがするような?
(ちょっと、ぼくまで食べられないよね?)
ずっと店内にいたせいですっかり移ってしまったパンの香り。ほわほわたちがすねこすりの周りでクスクスと笑っていた。




