一人暮らしと家鳴
ほんの数年前。
そう、彼女がこの部屋に引っ越してきた日のこと。
その頃、家鳴たちはまだただの音だった。
ぴし。ぱき。ぎし。
入居者を怖がらせるのが役目。
夜中に梁を鳴らし、風もないのに壁を軋ませる。
今回の入居者は若い女。
一人暮らし。
絶好の相手。
(いくぞ)
(よし)
(今!)
……ぴし。
一人きりの部屋に、小さく音が入り込む。
――無反応。
黙々と段ボールを開けている。
……ぱき。
続けて微かに鳴る音。
――無反応。
真剣にモニターを組み立てている。
ぎし。
割とはっきり音を立ててみる。
――無反応。
「うーん、このネジどこだっけ」
説明書と格闘している。
怖がらない。一度も。
「配線はOK、回線も繋いだ……、あとはそれから……」
小さな声で何かをいいながら、粛々と作業は続いていく。
どうやらいつもとは勝手が違うらしい。
だが、まだ、これからだ。
ーー
夜。
部屋が暗くなる。
機械や配線いじりも終わったらしく、入居者の娘もリビングにいる。
(さぁ、ここからが本番だぞ。)
家鳴たちは梁を震わせるべく気合いを入れた。
ぎしっ。
不気味に、重々しく梁が鳴る。
どうだ、びっくりしたか、怖いだろう。
だが、その瞬間。モニターが光った。
娘の視線は画面にくぎ付け。
鮮やかな画面。タイトルロゴ。オープニングテーマ。音楽が部屋に満ちる。
家鳴もまた、一瞬、鳴るのを忘れた。
そして。ゲームが始まる。
バシュッ。
ドッ。
シャララ。
ザッ。
スタッ。
音が、弾ける。
攻撃。防御。魔法。走る音。跳ぶ音。着地の音。
多彩で、リアルで、すべてが、はっきりしている。
しかも、音の向こうには冒険がある。緊張がある。達成がある。
家鳴たちは、目的を忘れて梁の奥からモニターを見つめた。
(……すごい)
自分たちは、ただ鳴らすだけ。
意味もなく、理由もなく。怖がらせる、それだけ。
でもこれは違う。
音が、物語になっている。
その夜。梁は鳴らなかった。代わりに。モニターの裏で、家鳴たちが感動に身を震わせていた。
ーー
翌日。
彼女が出かけると、家鳴たちはこっそり居間に鎮座する大きなモニターに近づいた。
コントローラーをつつく。テレビ台を震わせる。スピーカーに触れる。
ゲーム機のボタンに触れてみる。微弱な振動と共に、
(……!)
画面がついた。
家鳴は、梁や天井を鳴らすことしかできない。でも。もしかしたら。これなら、自分たちでも、この世界の音を鳴らせるのではないか?
ぴ。
決定音。
(……できた)
それが始まりだった。
ーー
佐伯は不思議に思っていた。
引っ越し直後、誰もいない部屋で音がすることがあった。
びっくりして飲みかけのコーヒーをこぼしたこともある。
なぜか、最近、それが気にならなくなった。
最近、気付いたことがある。
自宅でのゲーム中、時折リプレイボタンが勝手に押されることに。
ロード時間がなぜか短いことに。
絶妙なタイミングでスキルが出ることに。
何かが、これまでと違う。
でも彼女は思う。
「今日、調子いいな」
家鳴たちは梁の奥で笑う。
もう怖がらせるつもりはない。
怖がらせるより、一緒に冒険する方が面白い。
だから今夜も。
ぴし。それは、催促の音。
(続き、続き)
彼女は知らない。
自分がこの部屋で新しい生活を選んだ日、同じく、自分の生き方を選び直したものたちがいることを。




