一人暮らしと通知の罠
朝。
目覚ましのアラームより先に、スマホが震える。
ぶる。ぶるる。
「……んん」
早朝の貴重な時間を邪魔するとは、もう、なんなの。薄目で画面を見る。
【期間限定!48時間タイムセール】
【あなただけの特別クーポン】
【昨日見ていた商品、残り1点!】
「え?あ、うそ?」
昨日ちょっと気になってたワンピース。在庫残り1。
思わず指が、す、と伸びる。
その瞬間。梁が、ぴし。
(それ、いらなくない?)
(それよりこのまえでた新作ゲームがいい)
梁の奥で、家鳴が不満げに鳴る。
でも画面はさらに光る。
【本日23:59まで】
ぴし。
(48時間タイムセールじゃないの?)
寝起きのわたしはそんなことにも気づけない。
今だけ、わたしだけのスペシャルチャンス⁈急がなきゃ、という気持ちがじわっと広がる。
あわあわしていると布団の端から、何かがもぞもぞ。
(まだ眠いよ〜もう)
すねこすりがスマホに鼻先を近づける。
画面が一瞬、暗転。再読み込み。
【在庫:十分にあります】
「あれ?」
さっき残り1点じゃなかった?目をこする。
表示が戻る。
【残り1点!】
「……?」
天井も、畳も、足元も、そろって黙り込んだ。そして思う。
((こいつ、しつこくない?))
通知音がまた鳴る。ぶる。
今度は別のアプリ。
【本日限定イベント開催】
「え」
昨日走り切ったはずのゲームの運営からだ。詳細を開く。……先週からの常設コンテンツ。
「紛らわしいなぁ」
そのとき、画面がふっと暗くなる。通知が一括で消える。
ロック画面。バッテリー残量 3%。
「あっぶな」
充電器、ちゃんと挿してたはずなのに。
キッチンから、ため息。座敷童子が腕を組んでいる。
(知ってるのよ。昨日は大分課金してたでしょ。しばらくは節約よ。)
枕元で、白い影が一瞬揺れる。白沢の目が静かに細まる。
(焦りは商売の餌です)
充電ケーブルが、かち、と奥まで差し込まれる。
画面が安定する。通知は、静かになった。
ーー
通勤中。また通知。
【今すぐ確認】【重要】【至急】
心臓が少し跳ねる。
でも開いてみると、
メルマガ。広告。興味のないお知らせ。
今朝は寝ぼけて焦っちゃったけど、冷静になればわかる。
「結局、どれも重要じゃないよね」
足元で、すねこすりが小さく鼻を鳴らす。
(大事なときだけでいいのにね)
ーー
日中。
何故か今日は通知が多い。でも、どれもセールスばっかり。これじゃ仕事に集中できないよ。
「もう!知らない!」
スマホをバッグに入れて、しばらく無視することにした。
ーー
じろり。バッグの中のスマホに白沢が視線を向けた。
(イタズラですか?)
スマホがバイブとは別の震え方をする。
(あなたがそういうモノならそれは仕方がない。ですが、あの娘はやめておきなさい。)
溜まっていたいくつかの通知がフッと消える。スマホにまとわりついていた何かの影があわてた様子で消えていく。
スマホはもう震えなかった。
ーー
夜。
帰宅。
思い返すと、あのあと通知はほとんど来なくなっていた。
ワンピースも買ってない。余計なイベントも走ってない。なんだか勝った気分。
ソファに座ったところでスマホが静かに光る。
一件の通知。
【母:元気?】
「あ」
それは開く。返信する。短いけど、ちゃんと。
既読がつく。
安心する。
部屋の空気が少しやわらぐ。
梁は鳴らない。キッチンも静か。足元も落ち着いている。白い影が、静かに頷く。
通知は罠になることもある。でも全部が罠じゃない。
彼女は知らない。どの通知を残し、どの通知を消したのか、それを誰が少しだけ選んでいたのか。
きっと、これからも余計な通知は無くならない。
でも、だいたい大丈夫。
一人暮らしには付き物のこと。
憑き物はなれたもの。




