近所の商店街と化け大根
私は佐伯心。
二十代。独身。
この辺りに住み始めてからもう……あれ?何年くらい?
とにかく!わたしはこの町に住んでいる!
親友だって出来たし、充実した生活!そんなわたしなに不可能はない!
……そのはずだった。
ーー
今日から祝日込みの三連休。明日は久しぶりにうちに早苗ちゃんがお泊まりで遊びに来てくれる。
それならさ?
夕飯はおもてなししたいよね!
何か美味しいものがいいよね!
せっかくだから、とびきり楽しいのがいいよね!
一緒に食べられて、品数もあって、それで楽しくて簡単な料理!
ふっふっふっ、我に策あり!
待っててね早苗ちゃん!明日はパーティだよ!
ーー
意気揚々、真夏の空の下を闊歩する佐伯。夏の日差しにくっきりと落とされたその影には和装の少女と瞬く目が潜んでいた。
これが普通かどうかはさておき、明日のパーティ(?)の準備となれば、面倒見の良い彼らが適任だろう。
だが?
座敷童子
(まず、メニューを教えて欲しいのよ?)
目目連
(申し訳ありません。わたくし検討もつきません……)
普段補佐にまわることの多い憑き物たちをしても、彼女の突発的発想までは把握しきれない。
そんな佐伯がまず足を止めたのは、大手のスーパーでもなく、ましてやコンビニでもなく、最近では珍しくなりつつある昔ながらの商店街。その入り口で無数の商品を所狭しと陳列した歴史のありそうな金物屋だった。
「おじさん!今日こそ……じゃなくて、明日こそその日!」
「おぅ、嬢ちゃん。とうとうやるのかい?まぁ、あんたがいいならいいけどよ。ただうちは最後にした方がいい。まずは他をまわってきな」
一体何をする気なのか、今のところはまったくわからない。
しかし、こうして佐伯クエストが始まった。
ーー
「おばちゃん!明日決行だよ!これちょうだい!」
次に佐伯が訪れたのは、やはり商店街の一角に店を構える乾物屋だった。
「あらまぁ、ほんとにやるの?今の若い子は物好きねぇ。でも、仕込み方はちゃんとわかってるの?今の時期ならちゃんと気をつけないと」
商品を用意しながら、心配そうにあれこれと確認や注意をしてくれる乾物屋のおばちゃん。
「うん、うん、わかった、気をつける。ありがとおばちゃん!」
(今の時期?気をつける?本当に何を作る気なのよ?)
(ここで購入したのは立派な昆布と鰹節でした。ヒントになりますでしょうか?)
和風の料理?らしいことは予想出来るが、座敷童子と目目連、まだメニューの目星はつけられていない。
だが、とにかく一店目はクリア。クエストは順調な滑り出しである。
ーー
「次はお米屋さん!」
米屋で買うなら米だろう。出汁と米?炊き込みご飯?パーティになるのか?
座敷童子と目目連の頭はまだハテナマークで埋め尽くされている。
「あぁ、佐伯さん!あれ?先週来たばっかりじゃない?」
店先に出ていた米穀店の大将が佐伯に気付いて声をかける。最近の若者にしては珍しく日々の買い物に商店街を利用してくれる女の子。大将は常連の顔はもちろん忘れないが、佐伯のことは特に可愛がってくれていた。
「今日はお米じゃないの。前に言ってた計画を実行するんだよ!」
「あぁ、あれか?この時期に本当にやるの?まぁ、なら今日の入用はこいつだな。」
ちょっと苦笑いしながら大将が用意してくれたのは数個の小さな丸餅。米屋が搗いたこだわりの餅として売り出したものの、あまり評判にならずにいる商品だ。
「これこれ!ありがと!このお餅本当に美味しいんだよね!」
だが、こんな子がいるからやめられずに細々と作り続ける羽目になっている。ありがたいことだ。
「毎度あり。上手くいくといいね」
孫でも見るような目で、次の店を目指す佐伯を見送る大将。
見事に二店目もクリア。次は何が待っているのか?佐伯クエストは続く。
ーー
「いや、今の時期は本当はやってないんだけどね?でもまぁ、お嬢ちゃんがいうなら今から作るよ。後で取りに来てくれる?」
ここは同じく商店街の鮮魚店。
競り帽をかぶった威勢のいいお兄さんにここでも今の時期はどうのと言われている佐伯。
「お魚屋さんありがと!しっかり手作りしたいからさ!よろしくお願いします!」
「おう!プレーンとえび入りでいいかな?野菜は自分で入れてくれたら美味しくなるからさ!」
どうやら佐伯は魚のすり身を頼んだらしい。これでメニューにはおおよその目星がつくというもの。
(まさか、おでんを作る気らしいのよ?)
(しかし今は正に夏真っ盛りですが?)
(それに、すり身からおでん種自作って、かなりの難易度なのよ……)
(どうにかなると思ってらっしゃるようです。普段のあなたの手助けの結果では……)
(はぁっ!甘やかしすぎたのよ!これ、私がやる羽目になるの!?)
判明したメニューに苦悩する座敷童子。
普段の手助けがまさかこんな形で仇をなすとは。
しかしそんなことは知らない佐伯は止まらない。
ここはまた後で回収が必要なポイントらしく一筋縄ではいかない佐伯クエストだが、彼女はそれでもまだまだ進み続ける。
ーー
「実はこれこそがメインだったりするよね!」
佐伯がやってきたのは青果店、つまり八百屋さん。つみれに野菜のみじん切りを混ぜてさつま揚げ、ごぼう天、そしてなんと言ってもおでんの主役と言えば……
「大根ください!」
「へいいらっしゃい!夏場の大根といえばおろし大根!爽やかで肉にも魚にも合ってヘルシー……って佐伯ちゃんかい?まさか前に言ってたおでんにする気?」
「そうなの!明日決行だよ!」
「はぁ、確かにここらの店主連中に前から色々言ってはいたけどさ。本当にこの真夏におでんを作るのかい?」
「だって、北海道の人は真冬に暖房を効かせてアイス食べるんでしょ?だったら冷房いれておでんもきっと楽しいんじゃないかと思って!」
そうなのだ。実は佐伯、以前から真夏のおでん計画について商店街での買い物中にちょこちょこ話題に出していた。みんなただの冗談だと思っていたのだが本当にやる気らしい。
「ま、佐伯ちゃんがいいなら止めはしないけど、夏場の大根は辛味が強いからおでんには向かないかもなぁ」
「えぇ?おでんの主役は大根なのに……」
八百屋のお兄さんからの思わぬ情報で突然暗雲立ち込める佐伯クエスト、このままでは美味しいおでんは完成しない。
(というか、真夏におでんなのが問題なのよ)
(そもそも論、で片付けるのは我々としても遺憾ではありますが……)
座敷童子も目目連も、この計画にはちょっと無理があるんじゃないかと薄々思っている。ここはどうにか代替案を捻り出すしかないか?憑き物たちが軌道修正を図ろうと思い始めたそのとき。
(ダァァーイィィーコォォォン!!!)
店先に並べられた野菜の中から、太く固くしまった身に、青々と茂った葉を持った大きな大根が転げ落ちてきた。
(夏場の大根!その辛味を味わうのも良し!しかしあくまで大根を主役とするその意気や良し!!!)
「ありゃ、噂をすればなんとやらか?大根の陳列が崩れちまった」
慌てる八百屋のお兄さんをよそに、何やら感極まった様子の大根が語り始める。
(聞けば以前からおでんに並々ならぬ執着を持ち、かつこの大根をその主役と捉える慧眼も併せ持つ様子!そこまで言われてはこの大根!一肌脱がなければ世間に顔を向けられぬ!!!)
(なんか出てきたのよ)
(わたくし、こういう方苦手です)
座敷童子と目目連がドン引きしているのにも構わず、躍り出てきた化け大根は語り続ける。
(夏場の我が身が辛いのは、水分の少なさとイソチオシアネートの含有量によるもの。おでんにするなら葉側を使い、しっかり下茹でしてくれさえすれば問題はない。おい!八百屋!ぜひあの娘に私をおでんにするよう伝えてくだされ!精一杯美味しくなる故!!!)
せっかくなら期待に応えて美味しく食べられたいとギャーギャーと騒ぐ大根。その熱意が通じたのか、佐伯はその大根を手に取った。
「でも、やっぱり大根は外せないから!これください」
「毎度!ま、しっかり下茹でするならそれほど気にすることもないしな。ただ、この時期食中毒には気をつけなよ?夏場はなんでも痛みやすいからさ」
「うん!ありがと!あとごぼうと人参と山芋と……」
無事に大根と他の野菜もゲットした佐伯。これでクエストの山場は超えたようなもの。この後、手作りの難しい油揚げやこんにゃく、ついでにウインナーなどをスーパーで買込み、魚屋さんですり身も受け取ることができたのだった。
ーー
両手いっぱいに食材を抱えた佐伯は、再び商店街の入り口、金物屋さんに戻ってきた。
「おじさん!お買い物してきたよ!」
「おぅ嬢ちゃん、お疲れさん。こりゃまた大量に買い込んだな。そしたらほら、ご注文のおでん鍋とガスコンロとガスボンべだ。それとおまけにチロリをつけてやるよ。おでんには日本酒がいちばんだからな。あと、まとめて嬢ちゃんの家まで運んでやるから、その荷物こっちに寄越しな」
金物屋のご主人は、今日の買い物が大荷物になることを見越していたらしい。
これで佐伯クエスト、おまけまでもらって買い出し編は完璧な仕上がりとなった。
ーー
無事に材料や調理器具を調達し終えた佐伯。しかし佐伯クエストは謂わばここからが本番。そう、次なるステージは下拵えも含めた調理編である。座敷童子は戦々恐々としているが、さて、どうなることやら。




