一人暮らしと誰かの手助け
企画部第一課。ここが、わたしの職場。
三年目とはいえまだまだ覚えることは多い。でも、最近ちょっとだけ仕事がわかってきたかも。目指せ素敵なワーキングウーマン!今日も頑張ろう!
始業の少し前にデスクに到着。今日の予定を確認していつも通り仕事を始める。
コーヒーを一口飲んだところで、
「佐伯くん、ちょっといいかな」
部長に呼ばれた。
「部長、おはようございます。えっと、何か……」
「あぁ、おはよう。今日の社内会議用にお願いしてた資料、できてる?」
「えっ? あ! はい!取引先別の売り上げ推移ですよね。先週お渡ししました!」
「あれ?そうかそうだったね。いや困ったな、実はあれをね、過去5年の企画別にして欲しかったんだけど……言い忘れてたな。ごめん、僕のミスだわ。でも、なんとかならない?」
うわぁ……
「……頑張ります」
そうとしか答えようがないじゃない……
そこからはもう大慌て。
確か今日の会議は午後だったはず。午前中のうちには仕上げないと間に合わない。
同僚や後輩に事情を説明して通常業務を外してもらい、必要なデータを求めて必死にフォルダを漁る。
ヤバい、どう考えても間に合わない……
キリキリと胃が痛み始める。
ーー
佐伯が必死に作業をしている背後、誰にも気づかれないまま壁の表面がゆっくりと歪む。
そして、無数の“目”が瞬いた。
(……過去5年分、了解です)
遅々として進まない作業に佐伯は頭を抱えていた。しかしダメ元で開いたフォルダの中身を見たときから風向きが変わった。
「あれ、こんなに整理されてたっけ?」
さっきまではただ雑然と放り込まれただけだったファイルの数々が、今は時系列順、企画・種類別に分類され、やけにわかりやすく並んでいる。
(データの取りまとめ完了。こちらをどうぞ)
誰にも聞こえない声が、空調の音に混ざる。
ーー
さらに、佐伯の背後にある会議室のガラスにも、一瞬、白い影が映る。
穏やかな、しかし鋭い眼差し。落ち着いた声が、静かに告げる。
(知恵も道具も使いようです)
受信トレイに新着メール。
件名:企画別売上まとめ(参考)
「え?」
開いてみると、ちょうど欲しかったフォーマットだった。送信元を見ると同じ部署の共有アドレスだが、誰が送ってくれたのかはわからない。
続いてチャットが鳴る。
『このマクロを使えば10分で集計できますよ』
「あっ、助かる!……でもこの人誰だっけ?」
確認しようとしたところでメッセージは取り消されてしまった。
白い影がモニターをよぎる。
(ほら、そこはこうしたら?)
チャットのアドバイスを参考にマクロの一行を修正してみる。処理速度が倍になり、キーボードを打つ指も滑らかに動き始める。
誰かはわからないが、おかげでこれならなんとかなりそうだ。
「どなたか存じませんが、ありがとう!よし!頑張るぞ!」
ーー
それから午前中いっぱい作業に没頭した。
会議三十分前。どうにか資料完成。
震える指で部長に送信。
数分後。部長がデスクまでやってくる。
「佐伯くん、資料ありがとう。本当にごめんね、でも助かったよ。今後は気をつけるから。もう無茶言わないから。本当にごめんね」
……やけに腰が低い。部長は普段から気さくな人ではあるが、今はどこか目が泳いでいる。どうやら佐伯の後ろを見ないようにしているようだ。
ひとしきり感謝と謝罪の言葉を並べると、そのまま部長は逃げるように会議室へ行ってしまった。
「なんだったんだろう? でも、間に合って良かった!」
部長を見送ってから、佐伯は迷惑をかけてしまった同僚や後輩にお礼を言ってまわった。
「全然大丈夫だよ、佐伯さんこそおつかれ」
「逆に先輩が段取りしてくれたおかげで、今日はなんだか作業が進みました。ありがとうございます」
「ね、スムーズだった」
みんな気を使ってくれているようだ。
「皆さんのおかげで本当に助かりました。ありがとうございました」
改めてお礼を言って、笑い合う。
ちょっと無茶ぶりがあって、でも助けられて、今日はどうにか形になった。
ーー
(監視、観測、計測、記録。データの取り扱いならわたくしにご用命を……)
壁の奥で、目目連の無数の目が笑みの形をとり、そのままゆっくり閉じていった。
窓に映った白沢の影も静かに頷いた。
(ほんの少しなら、影から手助けをするのも良いでしょう。少しならね)
仕事にだって憑き物はつきもの。
突然ふりかかる無茶な仕事も、誰かの手助けがあればどうにかなるかもしれない。
ただし憑き物たちのご利用は、あくまでお手伝いの範囲でどうぞ。




