一人暮らしと夜更かし
夜更かしは美容に良くない。もちろんそれはわかっている。
それでもソファに体育座りのまま、コントローラーを離せない。
佐伯 心。
24歳。独身。彼氏なし。社会人になって、ここで暮らして数年目。
都内の1LDK。駅徒歩十五分。築十五年。オートロック付き。ただし壁は薄い。
家賃は破格の一桁万円。
破格の理由は特に聞いていない。
家具はだいたい通販で揃えた。ベッドと小さなテーブル。そして大型テレビ。冷蔵庫も、レンジもある。生活に必要なものは一通り。
わたしは素敵なワーキングウーマン!
ちゃんとした、自立した生活!
そのはずだった。
ーー
夜、22時47分。お風呂はまだ。洗濯ものはほしっぱなし。
しかも平日の夜。明日も仕事。こんなんじゃダメなのはわかっているけど、
「あと一回だけ!あとちょっとだし!」
これは若さか、いや、だだの愚かさか。
「よしよし、ここまではOK。さぁ、ここからっ!」
「よしっ、いけるっ!ここでコンボ!うあー!」
ミス!画面が暗転する。
(あっ、おしい)
部屋の奥で、ぴし、と小さな音。
エ、エアコンかな。
(次は行けそう)
テレビとは違う方向から声がした気がする。いや、気のせいだ。
「ん?あれ?」
何故かゲームが再スタートする。
(リプレイ押しといた)
押してない。私は押してない。でもキャラクターはもう走り出している。
まあ、いいか。スタートしちゃってるし。そんなこんなで、結局夢中でプレイして、
何度かのリプレイのあとふと時計を見る。
1:47。
「……やばっ」慌ててベッドに潜り込んだ。
「今日もやっちゃったなぁ」
梁が、こき、と鳴った。どこか満足そうに。
ーー
翌朝スマホのアラームで目が覚める。
あれ、セットしたっけ?
ゲームしてて、夜更かししちゃって、焦ってベッドに潜り込んだはず……
もしかして、覚えてないけどちゃんとセットしてたのかな?
わたしって優秀!
(付き合わせちゃったからなぁ)
(起きれて良かった)
(良かったね)
梁がクスクスと笑う。
歯をみがこうとして思い出す。
そうだった、昨日使い切ってたんだった!
(まったく、手がかかるのよ)
棚からコトっ小さな音。
「あれ?」
使いかけの試供品を発見。
「ラッキー!良かった良かった。」
次はキッチンで思い出す。そういえばシリアルも切らしてたんだよなぁ……
(朝は少しでもいいからお腹に何かいれるのよ)
何故かテーブルにコンビニの焼きそばパンを発見。
……昨日買ったっけ?
「朝から炭水化物ってどうなの?やっぱダメ?」
お腹まわりには気をつけたいお年頃、とは言えぶつぶつ言いながら美味しくいただいた。
どうにか支度を終えて、わたしはいつも通り玄関を出た。
「行ってきまーす!」
ーー
キッチンの床が小さく鳴る。
(まったく世話がかかるわ)
誰もいない部屋で、小さな声。
(スマホは充電済みなのよ。使った化粧品も定位置に戻したし……)
干しっぱなしだった洗濯ものがたたまれる。
洗濯機が、そっと回り始める。
和装の少女が、慣れた様子でくるくると働きはじめる。
ーー
通勤電車
いつも通りの満員。ただ、今日は何故かヒールが踏まれる。身体が押される。車内には大柄な男性がやけに多い。
狭い。苦しい。電車が揺れる。思わず愚痴る。
「おおぅ、今日ついてない……」
でも、しばらくすると
「ん?」「なんだ?」「あれ?」
周囲が足元を気にしはじめた。
誰かが小さく跳ねる。誰かが半歩ずれる。
目の前の席の人が、なぜか首をかしげながら立ち上がる。私は流れのまま、座る。
「……今日、運いいかも」
足元で、ふわ、と何かが尻尾を揺らす。
(ぎゅうぎゅうだったね。はい、席どうぞ)
会社に着くころには、なんだか悪くない気分。
ちゃんとしてない。ちゃんとできてない。
でも、まあ、なんとかなってる。
ーー
一人暮らしに憑き物はつきもの。
梁の向こうで、キッチンの奥で、足元の影で、
いくつかの気配が満足そうに笑った。




