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一人暮らしにつきものの憑き物  作者: ぴよ
第二部 二人暮らしと憑き物

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19/33

二人暮らしと送り狼

今日は会社の飲み会。

他部署との合同企画が軌道に乗った、その慰労会。


上司や同僚と他愛もない話しをしたり。

新たな知り合いと親睦を深めたり。

みんなそれぞれに楽しんでいるなか、私水上は辟易としていた。


「ねぇ、水上さんて彼氏いるの?」

「あ、なんか飲む?俺頼んであげるよ。」

営業部所属の男性社員がしつこく絡んでくる。

「企画部なら俺のこと知ってるでしょ?」


知らない。

興味ない。


こういうとき、どうすればいいのか私は知っている。

角を立てず、波風を立てずやり過ごす。

でも今は。


(……うちの部屋なら、梁が軋むわね)

ふと、そんなことを思ってしまった。


「すみません。飲みすぎると明日つらいので、今日は控えます」

やんわりと、しかしはっきり断った。


しかし相手は空気を読まない。

「ちっ、ノリ悪いなぁ。クール気取りかよ、つまんねー」


身勝手で心無い、棘だらけの言葉。

大丈夫、私は傷つかない。

でも、その棘を許さない人が声を上げた。


「ちょっと!あなたさっきから失礼ですよ!早苗ちゃんは優しくて、真面目で、可愛くて、つまんなくなんかないし!」

真っ赤な顔で言い募る佐伯先輩。


「そうっすよねー、早苗ちゃん可愛いっすよねー」

息を吹き返すナンパ男。


先輩、ごめんなさい。

逆効果です。


横から別の声。


「君、営業部なりの人付き合いは私も知っているよ。しかし押し付けは良くないな。佐伯君も水上君もうちの大切なメンバーなんだ。これ以上はやめておきなさい。」


最近人望を集めている我が部の部長だ。

ナンパ男はすごすごと去って行った。


--


帰り道、佐伯先輩は思いの外酔っ払っていた。


「早苗ちゃんはぁ!わたしがまもるのりょ〜!」

大変心強いです。


肩を貸して歩き始めたところで、タイミングを測ったように声がかかる。


「あれぇ、どうしたんすかぁ。良かったら送りますけどぉ」


まわりには、もう部長も同僚もいない。

最悪。


--


「大丈夫です、帰れます」

そう言っても、駅までの道を並んで歩くナンパ男。


夜道。

街灯の下、やけに距離が近い。


「水上さんってさ、ちょっと冷たいよね。でもそういうとこが魅力っていうか?」


笑い声が近い。

一人ならまだしも、今は酔い潰れた先輩がいる。

これは少しまずいかも。

状況に少し焦りはじめていた。


--


そのとき。


……グルゥルゥゥ


ナンパ男とは別の、剣呑な気配がした。


振り返る。

誰もいない。


背中のぞわりとした感覚が、本物の危険を知らせている。


「ん?何?暗いところ怖いとか?可愛いー」


ナンパ男にはわからないのだろうか。

部屋のみんなとは違う、危険な刺激臭が漂う。

静かに息を潜めたなにかが、獲物を見つめている。

足元でアスファルトが、かすかに軋む。


背後の街灯が、ちか、と瞬いて消える。

生まれた暗がりから、大きな獣の影が這い出てくる。


「あれ……なんか、寒くね?」

営業部の彼が、やっと周りの空気に気付いたとき、

その瞬間、彼の足元をすねこすりが掠めた。


つまづき、後ろを振り返るナンパ男。

消えた街灯の下に何を見たのか、直後、夜の道に絶叫が響いた。


「うわっ!何だ!いや違う!嘘だろ!やめてっ!すいません!」


恐慌に陥ったナンパ男は何に翻弄されているのか、意味のわからない言い訳を叫びながら、一人で転び、壁に頭を打ちつけ、ゴミ箱に突っ込んでから逃げ去っていった。

突然の騒動、しかし、気がつくと、まわりの空気は元に戻っていた。


先輩が私の肩でムニャムニャとつぶやく。

「頼りになるよね〜」


--


駅へと向かった佐伯と水上の姿もすでにない夜の道。

低く、落ち着いた白沢の声が落ちる。


(この私が守護しているのです。浅薄な悪意など2人には寄せ付けはしません。)

(そのためには、知恵も技術も、……怪異さえ使いようです。)


消えた街灯の下、

獲物を逃した狼が顎を鳴らした。


--


部屋に帰り着いた水上は、やっと肩から力を抜いた。

なんとか難を逃れたとはいえ、やはり怖かったのは事実である。


以前は気を失うほど怖かったこの玄関が、これほど安心できる場所になるとは。


佐伯を抱えてリビングに入ると、ほっと息が抜けた。

当人は、フニャフニャ言いながら寝室へ消えていった。

その背中を見送ったあと、


「ただいま」


つぶやくと、梁がピシッと小さくこたえを返してくれた。


怖かった。

本当に。

安心したせいか、今になって目尻に涙が滲む。


(おかえりなのよ。あら、何?酔っ払ってるの?お水飲むのよ)


テーブルに、いつの間にかコップが置かれている。

両手でコップを持って、少し迷ってから小さく言ってみた。

「ありがとう……」


キッチンの床が優しく軋んだ。


--


布団に入る。


今日は改めて、現実の怖さを知った。

外では、悪意に晒されることもある。

この部屋の怖さとは違う。

この部屋は、善意が過密なだけだ。


布団の裾に、くるりと丸まる重み。

今夜は、それが頼もしかった。

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