いる、ということ
夜。
珍しく、部屋は静かだった。
テレビもついていない。スマホも伏せられている。
娘はキッチンの戸棚で何かを探している。
「あ、あった。」
取り出したのは、古いマグカップ。少し欠けている。
「最初の朝、これでコーヒー飲んだんだよね」
ぴし。
梁が、小さく鳴る。
座敷童子は腕を組んだまま、黙っている。
すねこすりは、娘の足元に丸まった。
目目連の視線は、穏やかだ。
「最初はさ、怖かったなあ」
「なんか音するし。誰もいないのに」
家鳴三体が、ぴたりと止まる。
「でもさ」
少し笑う。
「今は全然、怖くない」
静寂。
白沢は、窓辺に立っている。
娘は続ける。
「なんか、いる気がするんだよね。あ、変な感じじゃなくて、なんていうか、ちゃんと?」
すねこすりが、ほんの少し尻尾を揺らす。
「守られてる、とかじゃなくて」
考える。
「一緒に住んでる、みたいな」
座敷童子の表情が、少しだけ緩む。
「変なの」
「一人暮らしなのにね」
ぴし。
娘は、久しぶりに丁寧にコーヒーを淹れた。
ーー
その夜。
娘はいつもより少し早く眠った。
灯りの消えた、静かな部屋。
座敷童子が言う。
(……気づいてるのかしら)
目目連が答える。
(認識はしていません。ですが、感覚的理解は進んでいます)
(それって……)
座敷童子の問いに、白沢が静かに笑う。
(十分です)
(人は、すべてを知る必要はありません)
すねこすりが小さくあくびをする。
家鳴が、優しく鳴る。
ぴし。
白沢が言う。
(ここは、良い家ですね)
目目連が続ける。
(警備の必要性は依然ありますが)
(まだ言うのね)
(ええ。わたしの仕事、立場ですので)
ほんのわずかな沈黙。
そして。
娘の寝息が、安定する。
彼らは何も求めない。
ただ、この部屋が好きで。この娘がここで笑うのが、少し嬉しいだけ。
ぴし。
梁がなる。それは、もう呼吸だ。
家が、そこにいる音。
ーー
一人暮らしには、憑き物がつきもの。
それは、怖いものでも、厄介なものでもなく。たまに騒がしくて、少しおせっかいで、
でも、
ちゃんと“いる”もの。
皆様、拙作にお付き合いいただき誠にありがとうございました。
これにて第一部完了となります。
初めての連載で勝手も分からず、読みにくい部分も多々あったかと思います。
それでも読みに来てくださる皆様のおかげで、なんとかここまでやってこれました。
改めてお礼を申し上げます。
続けて第二部を投稿の予定です。
この部屋と憑き物たちとの物語は、少しずつ形を変えながらこれからも続きます。
今後もどうぞ、よろしくお願いいたします。




