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2 元トップアイドル、強制的に雑用係になりました②

社長室を出て、どれくらい歩いたのか分からない。

気づけば私は、見慣れたはずの街の中を、あてもなく歩いていた。人の声も、車の音も、全部が遠く感じる。


――活動休止。


その言葉だけが、頭の中で何度も繰り返される。


「……はぁ」


思わず、深いため息がこぼれた。納得なんて、できるわけがない。理由も教えてもらえないまま、全部奪われるなんて。


「……意味わかんない」


小さく吐き捨てた、その時だった。


「あ、あの゛……っ」


……なんか、変な声が聞こえた。視線を向けると、そこには、サングラスに黒マスク、さらにフードを目深に被った、不審者としか言いようがない男が立っていた。

その周りだけ、人が避けるようにいなくなっている。


……なにあれ、怖。


「す、すみませ゛ん……っ」


通りすがりの人に掠れた声で、声をかけているが、


「ひ、ひぃっ……すみません!」


と、みんな逃げていく。


……まあ、そうなるよね。


関わりたくない。


私はそう思って、さっと視線を逸らし、その場を通り過ぎようとした――


「ず、ずみません゛……っ!」


「っ!?」


運悪く、捕まった。


袖を掴まれ、思わず顔をしかめる。


「……なんですか」


なるべく関わりたくないという気持ちを全開にしながら、低い声で返す。すると男は、必死な様子で言った。


「スターライトドームまでって……どうやって行げばいいんですか゛……っ」


……は?


思わず固まる。


「……ここからだと、電車何本も乗り継がないと無理ですよ」


正直に答えると、


「お、おがねも……スマホも……全部……っ」


男は今にも泣きそうな声で言った。


「……はぁ?なんて?」


何を言っているのか全然わからない。

ここまで来るともう投げやりだ。

周りから視線が集まっているのはわかるけれど、今の私はあんなことがあったせいでとても傷心状態だ。正直、人からの視線なんて全然気にならない。

変装もしてるし、私が『ひめ』ってこともバレないだろうしね。


「はっきり言ってくれないとわからないんですけど」


私は鋭い声でそう言う。


「ひっ、ひい」


男は情けない声を出す。


「じ、じづは…」



***



「はぁ!?財布も携帯も全部スリにスられた!?」


ついに泣きながら、説明されたその内容に私は叫ばずにいられなかった。

思わずため息が出る。


いやいや、そんな状態でどうするつもりなのよ。


「じゃあ無理ですね。諦めて警察に行ってください」


バッサリ言って、そのまま立ち去ろうとする。


だけど。


「どうしても……行がないと……っ」


震える声。


その必死さに、ほんの一瞬だけ、足が止まった。


……めんどくさい。すごく、めんどくさい。


なのに。


私はついさっきの自分の姿を思い出す。


『引き止めてほしかった。なんでもいいから言葉をかけてほしかった…』


「……っ」


私は小さく舌打ちして、


「……あーもう、わかったわよ」


と、振り返っていた。


「…そういえば、私もそっち方面に用事あったんでした。なので途中までなら送っていけますけど」


嘘だ。完全に嘘。


でも――


「ほ、本当ですか……!?」


ぱあっと顔を明るくするその様子に、


……なんか、断れなかった。


「……タクシー乗るわよ」


私はそう言って、歩き出した。


――この時の私はまだ知らなかった。


こいつが、これから私の人生をめちゃくちゃに振り回す存在になるなんて。



***



「スターライトドームまでお願いします」


タクシーに乗り込むと同時に、私は運転手に行き先を告げた。


「了解でーす」


車が走り出す。


「これで大丈夫ね!」


……大丈夫なはずだったのに。


数分後。


「……動かないんですけど」


窓の外には、びっしりと並んだ車の列。完全に、渋滞。


「す、すみませ゛ん……っ」


隣で、例の不審者――もとい男が、今にも泣きそうな声を出す。


「間に合わない゛……っ、待ち合わせ時間まであと30分しか゛……っ」


「は!?」


思わず振り返る。


「ちょっと待って、30分って……スターライトドームがどんだけ遠いとこにあるかわかってたの?」


「わ、わがってます……! でも……っ」


涙目でうるうるしている……気がする。サングラスで顔なんて見えないけど。


……いや、遅れようがなんだろうが知らないわよ。


でも──


「……っ、はぁ」


私は深く息を吐いて、窓の外を見た。


ここからなら――


「……ねえ」


「は、はい゛っ!」


「ここから走れば、ギリ間に合うかもしれない」


「え゛……」


「ただし」


私はドアに手をかける。


「本気で走れば、だけど」


そう言って、料金をさっと支払うと、そのまま外に飛び出した。


「え、えっ、ま、待ってください゛……!」


後ろから慌てた声が追いかけてくる。


「道、わかるんですか!?」


「……わかるわよ」


振り返らずに言う。


「伊達にこの辺で仕事してないの」


風が頬をかすめる。久しぶりだった。こんな風に、何も考えずに全力で走るのは。


「は、はや゛……っ」


後ろで男がなんか言ってる。


「ちょっと、遅い!」


「す、すみません゛」


男は情けない悲鳴をあげる。


……なんなのこいつ。


本当に。


「……っ」


でも。さっきの必死な声が、妙に頭に残った。


――どうしても、行かなきゃいけない。


そう言っていた。


「……はぁ」


私は小さく息を吐いて、少しだけスピードをあげた。


「……絶対間に合わせるから、ついてきなさいよ」


「……っ、は、はい……!」


嬉しそうな声。


……なんでそんなに嬉しそうなのよ。

私、こんなに辛辣に言ってるのに。


……ほんと、意味わかんない。



***



私たちはとにかく走った。

角を曲がる。人混みを抜ける。信号を無視しかけて、ギリギリで止まる。


「ちょ、危ないでずよ……っ」


「うるさい、急いでるの!」


そして――


目の前に、大きなドームが見えた。


「……スターライトドーム」


間に合った。


「はぁ……っ、はぁ……っ」


隣の男が、膝に手をついて息を切らす。


「……ついた……」


「……はぁ、はぁ、ギリギリね」


私も息を切らしながら答える。流石にここまで本気で走り続けたのは体に毒だったな。ちゃんと体を休めないと。

そんなことを考えていた時だった。


「何やってたんだ!」


鋭い声が飛んできた。


振り向くと、スーツ姿の男がこちらに駆け寄ってくる。


「遅いじゃないか! 本番もうすぐだぞ!」


「す、すみません……っ!」


男は慌てて頭を下げる。


……本番?


その言葉に、違和感を覚える。


てか、このフードの男、さっきと声違くない??


「こちらの方が……助けてくれて……っ」


「え?」


スーツの男が、私を見る。そして、顔がサーっと青くなる。


ま、まさか私が『ひめ』だってバレた?私は慌てて目を逸らす。


スーツの男は、


「本当に、申し訳ありませんでした!」


と深々と頭を下げた。


「うちの瀬戸千隼が迷惑をおかけしました!!」


…ん?


今なんて言った??


「ああっ!佐藤さん!せっかく俺が正体バレないように頑張ったのに…」


「「え?」」


なんか、話が食い違っている気がする。と言うか…


「えっと、さっき瀬戸千隼って聞こえてきた気がしたんですけど」


その瞬間、ビクッと、スーツ姿の男の人──佐藤さん?

と、フードの方の男──瀬戸千隼さん?が同時に飛び上がる。


「え、何?お前、正体明かさずに助けてもらったの?」


「え?佐藤さんが絶対誰にもバレるなって言ったんじゃないですか」


2人でコソコソなんか話している。

でも、覚悟を決めたような顔をして瀬戸さんは口を開く。


「えっと……瀬戸千隼(せとちはや)、です」


彼はそう言って、マスクとサングラスを外す。そこには、さっきまでの変人と同一人物とは思えないような綺麗な顔があった。私は、完全に固まった。


この顔…そして、瀬戸千隼ってたしか…


「Shadow×Lightの……瀬戸千隼!?」


男性アイドルには比較的興味がない方だが、流石にこの業界にいれば知っている。


『Shadow×Light』昨年、大規模な公開オーディションにより結成されたグループ。確か、メンバーは5人いたはず。その中でも瀬戸千隼といえば確か…


「クールな王子様キャラなはずじゃ…」


その瞬間、また2人ともビクッと飛び上がる。


「本当に申し訳ございません!!うちの瀬戸はイメージと違ってドジでアホでポンコツですが悪いやつではないんです!!」


佐藤さんがまた馬鹿でかい声で謝罪をしてくる。いや、辛辣だな。

続いて、隣でオロオロしていた瀬戸さんも慌てて頭を下げる。


「夢を壊してしまってすみません!」


…これはめんどくさいことになりそうだ。

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