表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

3元トップアイドル、強制的に雑用係になりました③

私たちは今、関係者用の楽屋にいる。


佐藤さんに


『と、とりあえず……中でお話しさせていただいてもよろしいでしょうか』


と、言われ、半ば強引に連れてこられた。


この部屋には、広めのソファに、ガラスのテーブル、壁際にはハンガーラックが並んでいて、いかにも“芸能人の控室”という感じの空間。

…私も何度も使ったことがある場所だ。


「どうぞ、おかけください!」


「はぁ……失礼します」


ソファに腰を下ろすと、どっと疲れが押し寄せてくる。


……今日は本当に、ついてない。


「い、今お茶お持ちします!」


佐藤さんが慌てて部屋を出ていく。残されたのは、私と――


「……あの」


瀬戸千隼。さっきまでの不審者。


……またサングラスとマスクをつけちゃったから、今も見た目はほぼ不審者だけど。


「……何?」


じとっと睨むと、びくっと肩を震わせる。


「その……本当に、ありがとうございました!」


ぺこりと、深く頭を下げられる。


……なんなの、この人。さっきまで泣きそうだったくせに。


「……別に」


そっけなく返す。でも。


「……あんた、ほんとに瀬戸千隼なの?」


思わず聞いてしまった。だって。


「ポンコツすぎでしょ」


「うっ……」


ぐさっと刺さったみたいで、瀬戸さんはわかりやすく落ち込んだ。瀬戸千隼って、なんでもスマートにこなす──みたいなキャラだったと思うんだけど。


「お、俺だって……その……がんばってるんです……」


瀬戸さんは急に小声になってぼそぼそそう言う。


……いや、説得力なさすぎでしょ。


「はい、お待たせしました!」


タイミングよく、佐藤さんが戻ってきた。お茶をテーブルに置きながら、深々と頭を下げる。


「本日は本当に申し訳ありませんでした!」


「いや、もうそれはさっき聞きました」


何回謝るのこの人。


「そ、それでですね……」


佐藤さんは一瞬、言葉を選ぶように黙り込む。そして、覚悟を決めたように顔を上げた。


「本日の件、どうかご内密にお願いできないでしょうか」


「……は?」


思わず眉をひそめる。


「うちの瀬戸は、ご覧の通り……少々、その……」


佐藤さんは口ごもったが意を決したように言う。


「ポンコツで!!」


「言わないでください!!」


瀬戸さんが即座に叫ぶ。


……やっぱりポンコツじゃない。


「イメージとのギャップが激しくてですね……世間に知られると、少々問題が……」


「はぁ」


まあ、言いたいことはわかる。


あの“クール王子様キャラ”がこれじゃ、確かに問題だろう。


「……別に言いふらす気なんてないですよ」


そう言うと、佐藤さんはぱあっと顔を明るくした。


「本当ですか!?」


「ええ。興味ないので」


「ぐっ……!」


なぜか瀬戸さんがダメージを受けている。


「で、その代わりに“なんでもする”とか言うんですよね?」


少し皮肉を込めて言うと、


「は、はい……!」


佐藤さんは勢いよく頷いた。


……めんどくさい。何この漫画展開。


「…いらないです。帰ります」


そう言って立ち上がろうとした、その時。


「──あれ?もう話終わった?」


聞き慣れた、軽い声。


ドアの方を見ると。


そこに立っていたのは──


「……社長」


さっき別れたばかりの男。


桜華プロダクションの社長が、なぜか楽しそう──いや、面白がるようににこちらを見ていた。


「いや〜偶然だねぇ」


「絶対嘘でしょ」


私は言う。


「で、なんの用ですか」


「んー?」


社長は楽しそうに室内を見回して、


「せっかくなんでもしてくれるらしいんだし、君、ここで働かせてもらえば?」


と、軽いノリで言った。


「……は?」


場の空気が、一瞬で凍る。


「ちょ、社長!?」


私が声を上げるより先に、佐藤さんが慌てて立ち上がった。


「い、いえいえ!それはさすがに……!」


「いいじゃんいいじゃん。今この子、無職だし」


「無職じゃないですけど!?」


私は一応学生だ。断じて無職ではない。思わず叫んでしまった。


すると社長はにこっと笑って、私のそばに近づいてきた。そして、他の誰にも聞こえないように耳元で囁く。


「だって、“活動休止”でしょ?」


「……っ」


言葉が詰まる。


「ね?時間あるでしょ」


軽い。あまりにも軽い。でも、その言葉は――


さっきと同じくらい、逃げ場がなかった。


……なんなの、この男。私は社長に対する不信感を膨れ上がらせた。


「いや、でも……!」


佐藤さんが困ったように言う。


「人手足りない〜って、佐藤くん嘆いてたじゃん」


社長は勝手に話を進める。


「ちょうどいいでしょ⭐︎」


「よくないです!」


「いいよね?」


「よくないです!!」


「……」


やり取りが一瞬止まる。


「だ、第一私の一存で決められるようなことじゃないですよ!」


佐藤さんは叫ぶ。


だよね。普通そうだよ。普通は誰かの一存で社員の雇用なんて決められるわけがない。…活動休止も同様に

私は社長を睨む。でも、社長はそんなの見えてないというように言葉を続ける。


「じゃあさ、僕が君の芸能事務所、セレーネエンターテイメントの社長に口添えするって言ったら?」


「え?」


「この事務所は僕の事務所に比べて弱小なんだし、大丈夫だよ。僕の言うことなら、断れないよ!」


さらっと一事務所のことをディスりやがったなこいつ。


…そして。


全員の視線が、私に向いた。


「……は?」


なんで私なのよ。


「えっと……」


佐藤さんが恐る恐る口を開く。


「もし、よろしければ……その……短期間だけでも……」


「無理です」


即答した。こんなの、受けるわけがない。


……はずだった。


「そっか」


社長は、あっさりと引いた。


「じゃあ、仕方ないね」


……あれ?


あまりにもあっさりしすぎていて、逆に違和感を覚える。そのまま踵を返そうとした社長が、ふと立ち止まった。


そして。


私の方を振り返る。


「まあ、このままでも別にいいけど」


「……何がですか」


嫌な予感がする。


「君がどうなっても、僕は困らないし」


「……は?」


一瞬、意味が分からなかった。


そして、ちょいちょいっと手でこっちにくるように私に合図を出す。

私は渋々社長と一緒に楽屋の外に出る。


社長は、いつもの軽い笑みのまま続けた。


「ねぇ、活動休止の理由、気にならない?」


「……っ」


心臓が、どくんと大きく鳴る。


「別に、知らなくてもいいならいいよ」


肩をすくめる仕草。でも、その目は笑っていなかった。


「たださ」


一歩、近づいてくる。逃げ場がない。


「今のままだと、“その理由”――そのまま世間に出るけど」


「……なに、それ」


声が、うまく出ない。


「君は何も悪くないって言ったでしょ?」


社長は、あの時と同じことを言う。


「でもね、世間は“事実”なんて見ないよ」


ぞわっと、背筋が冷える。


「一度出ちゃったら、もう止められないからね」


軽い口調のまま、とんでもないことを言う。


「……っ」


言い返せない。何も知らないはずなのに。


それでも――


“何かある”ってことだけは、はっきりと分かった。


「で、どうする?」


社長は、にこっと笑う。


「ここでちょっと手伝うだけで、その辺ちゃんと抑えられるけど」


「……取引、ってことですか」


絞り出すように言う。


「まあ、そんな感じ?」


軽い。あまりにも軽い。


でも――


逃げられない。


「……っ」


悔しい。こんなの、納得できるわけがない。


でも。


ここで拒否したら。


私は――


「……期間は?」


気づけば、そう聞いていた。


「お、いいね」


社長が楽しそうに笑う。


「話が早くて助かるよ」


「最初からそのつもりだったくせに……」


「バレた?」


絶対わざとだ、この人。


「……短期間だけですからね」


睨みつけながら言う。


「はいはい」


軽く返される。


「じゃあ決まりね」


その一言で。


全部が決まった。私たちは楽屋の中に戻る。


「え、えっと……?」


状況についていけてない佐藤さんが、おろおろとこちらを見る。


「……その」


私は深く息を吐いてから、


「短期間だけ、手伝います」


と、言った。その瞬間。


「やったぁ……!」


瀬戸さんが、なぜか一番嬉しそうな声をあげた。


「……なんであんたが喜んでるのよ」


思わずツッコむ。


「だ、だって……!」


「……はぁ」


ほんと、意味わかんない。でも。これも……トップアイドルへと返り咲くための我慢だ。そう自分に言い聞かせる。


――こうして私は。


元トップアイドルから、イケメンだらけのアイドルグループの“雑用係”へと、転落したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ