3元トップアイドル、強制的に雑用係になりました③
私たちは今、関係者用の楽屋にいる。
佐藤さんに
『と、とりあえず……中でお話しさせていただいてもよろしいでしょうか』
と、言われ、半ば強引に連れてこられた。
この部屋には、広めのソファに、ガラスのテーブル、壁際にはハンガーラックが並んでいて、いかにも“芸能人の控室”という感じの空間。
…私も何度も使ったことがある場所だ。
「どうぞ、おかけください!」
「はぁ……失礼します」
ソファに腰を下ろすと、どっと疲れが押し寄せてくる。
……今日は本当に、ついてない。
「い、今お茶お持ちします!」
佐藤さんが慌てて部屋を出ていく。残されたのは、私と――
「……あの」
瀬戸千隼。さっきまでの不審者。
……またサングラスとマスクをつけちゃったから、今も見た目はほぼ不審者だけど。
「……何?」
じとっと睨むと、びくっと肩を震わせる。
「その……本当に、ありがとうございました!」
ぺこりと、深く頭を下げられる。
……なんなの、この人。さっきまで泣きそうだったくせに。
「……別に」
そっけなく返す。でも。
「……あんた、ほんとに瀬戸千隼なの?」
思わず聞いてしまった。だって。
「ポンコツすぎでしょ」
「うっ……」
ぐさっと刺さったみたいで、瀬戸さんはわかりやすく落ち込んだ。瀬戸千隼って、なんでもスマートにこなす──みたいなキャラだったと思うんだけど。
「お、俺だって……その……がんばってるんです……」
瀬戸さんは急に小声になってぼそぼそそう言う。
……いや、説得力なさすぎでしょ。
「はい、お待たせしました!」
タイミングよく、佐藤さんが戻ってきた。お茶をテーブルに置きながら、深々と頭を下げる。
「本日は本当に申し訳ありませんでした!」
「いや、もうそれはさっき聞きました」
何回謝るのこの人。
「そ、それでですね……」
佐藤さんは一瞬、言葉を選ぶように黙り込む。そして、覚悟を決めたように顔を上げた。
「本日の件、どうかご内密にお願いできないでしょうか」
「……は?」
思わず眉をひそめる。
「うちの瀬戸は、ご覧の通り……少々、その……」
佐藤さんは口ごもったが意を決したように言う。
「ポンコツで!!」
「言わないでください!!」
瀬戸さんが即座に叫ぶ。
……やっぱりポンコツじゃない。
「イメージとのギャップが激しくてですね……世間に知られると、少々問題が……」
「はぁ」
まあ、言いたいことはわかる。
あの“クール王子様キャラ”がこれじゃ、確かに問題だろう。
「……別に言いふらす気なんてないですよ」
そう言うと、佐藤さんはぱあっと顔を明るくした。
「本当ですか!?」
「ええ。興味ないので」
「ぐっ……!」
なぜか瀬戸さんがダメージを受けている。
「で、その代わりに“なんでもする”とか言うんですよね?」
少し皮肉を込めて言うと、
「は、はい……!」
佐藤さんは勢いよく頷いた。
……めんどくさい。何この漫画展開。
「…いらないです。帰ります」
そう言って立ち上がろうとした、その時。
「──あれ?もう話終わった?」
聞き慣れた、軽い声。
ドアの方を見ると。
そこに立っていたのは──
「……社長」
さっき別れたばかりの男。
桜華プロダクションの社長が、なぜか楽しそう──いや、面白がるようににこちらを見ていた。
「いや〜偶然だねぇ」
「絶対嘘でしょ」
私は言う。
「で、なんの用ですか」
「んー?」
社長は楽しそうに室内を見回して、
「せっかくなんでもしてくれるらしいんだし、君、ここで働かせてもらえば?」
と、軽いノリで言った。
「……は?」
場の空気が、一瞬で凍る。
「ちょ、社長!?」
私が声を上げるより先に、佐藤さんが慌てて立ち上がった。
「い、いえいえ!それはさすがに……!」
「いいじゃんいいじゃん。今この子、無職だし」
「無職じゃないですけど!?」
私は一応学生だ。断じて無職ではない。思わず叫んでしまった。
すると社長はにこっと笑って、私のそばに近づいてきた。そして、他の誰にも聞こえないように耳元で囁く。
「だって、“活動休止”でしょ?」
「……っ」
言葉が詰まる。
「ね?時間あるでしょ」
軽い。あまりにも軽い。でも、その言葉は――
さっきと同じくらい、逃げ場がなかった。
……なんなの、この男。私は社長に対する不信感を膨れ上がらせた。
「いや、でも……!」
佐藤さんが困ったように言う。
「人手足りない〜って、佐藤くん嘆いてたじゃん」
社長は勝手に話を進める。
「ちょうどいいでしょ⭐︎」
「よくないです!」
「いいよね?」
「よくないです!!」
「……」
やり取りが一瞬止まる。
「だ、第一私の一存で決められるようなことじゃないですよ!」
佐藤さんは叫ぶ。
だよね。普通そうだよ。普通は誰かの一存で社員の雇用なんて決められるわけがない。…活動休止も同様に
私は社長を睨む。でも、社長はそんなの見えてないというように言葉を続ける。
「じゃあさ、僕が君の芸能事務所、セレーネエンターテイメントの社長に口添えするって言ったら?」
「え?」
「この事務所は僕の事務所に比べて弱小なんだし、大丈夫だよ。僕の言うことなら、断れないよ!」
さらっと一事務所のことをディスりやがったなこいつ。
…そして。
全員の視線が、私に向いた。
「……は?」
なんで私なのよ。
「えっと……」
佐藤さんが恐る恐る口を開く。
「もし、よろしければ……その……短期間だけでも……」
「無理です」
即答した。こんなの、受けるわけがない。
……はずだった。
「そっか」
社長は、あっさりと引いた。
「じゃあ、仕方ないね」
……あれ?
あまりにもあっさりしすぎていて、逆に違和感を覚える。そのまま踵を返そうとした社長が、ふと立ち止まった。
そして。
私の方を振り返る。
「まあ、このままでも別にいいけど」
「……何がですか」
嫌な予感がする。
「君がどうなっても、僕は困らないし」
「……は?」
一瞬、意味が分からなかった。
そして、ちょいちょいっと手でこっちにくるように私に合図を出す。
私は渋々社長と一緒に楽屋の外に出る。
社長は、いつもの軽い笑みのまま続けた。
「ねぇ、活動休止の理由、気にならない?」
「……っ」
心臓が、どくんと大きく鳴る。
「別に、知らなくてもいいならいいよ」
肩をすくめる仕草。でも、その目は笑っていなかった。
「たださ」
一歩、近づいてくる。逃げ場がない。
「今のままだと、“その理由”――そのまま世間に出るけど」
「……なに、それ」
声が、うまく出ない。
「君は何も悪くないって言ったでしょ?」
社長は、あの時と同じことを言う。
「でもね、世間は“事実”なんて見ないよ」
ぞわっと、背筋が冷える。
「一度出ちゃったら、もう止められないからね」
軽い口調のまま、とんでもないことを言う。
「……っ」
言い返せない。何も知らないはずなのに。
それでも――
“何かある”ってことだけは、はっきりと分かった。
「で、どうする?」
社長は、にこっと笑う。
「ここでちょっと手伝うだけで、その辺ちゃんと抑えられるけど」
「……取引、ってことですか」
絞り出すように言う。
「まあ、そんな感じ?」
軽い。あまりにも軽い。
でも――
逃げられない。
「……っ」
悔しい。こんなの、納得できるわけがない。
でも。
ここで拒否したら。
私は――
「……期間は?」
気づけば、そう聞いていた。
「お、いいね」
社長が楽しそうに笑う。
「話が早くて助かるよ」
「最初からそのつもりだったくせに……」
「バレた?」
絶対わざとだ、この人。
「……短期間だけですからね」
睨みつけながら言う。
「はいはい」
軽く返される。
「じゃあ決まりね」
その一言で。
全部が決まった。私たちは楽屋の中に戻る。
「え、えっと……?」
状況についていけてない佐藤さんが、おろおろとこちらを見る。
「……その」
私は深く息を吐いてから、
「短期間だけ、手伝います」
と、言った。その瞬間。
「やったぁ……!」
瀬戸さんが、なぜか一番嬉しそうな声をあげた。
「……なんであんたが喜んでるのよ」
思わずツッコむ。
「だ、だって……!」
「……はぁ」
ほんと、意味わかんない。でも。これも……トップアイドルへと返り咲くための我慢だ。そう自分に言い聞かせる。
――こうして私は。
元トップアイドルから、イケメンだらけのアイドルグループの“雑用係”へと、転落したのだった。




