ウタゲヘイマク
第四試合の得点が発表され30分の休憩となった。
結果は五十六枚対四十四枚。
葵が弘徽に圧勝し、一気に注目を浴びる事となる。
と言うのも生徒たちが予想していた宴選手の順位が
大きく外れようとしていたからだ。
誰も無名の葵に得点などつけてはいない。
最下位が予想されていた葵は
いわば万馬券であった。
百人一首の点数は札一枚につき十点。
総合得点は右近の橘3638点、左近の桜2992点。
挽回とまではいかなかったが
その差646点にまで追いついた。
熱い緑茶を満足そうに藤原はすすると
今まで溜め込んでいた胸の痞えを一揆に吐き出した。
「はーーーぁっ、ほんと驚きました。
左大さんがこんなに百人一首が得意だったとは」
二勝二敗と並び、多少は落ち着いたのか
左近の桜チームで初めての水分補給である。
「僕も倒れるんじゃないかと、横でドキドキしっぱなしでした
でもお面をつけてから、左大さんはまるで別人で
あの朱雀くんでも手が出せなかったんです」
(あぁ、いま思い出しても顔がニヤケる…
雲の上の存在の様に
いつも人を見下していた朱雀くんが負けると感じた時のあの焦った顔…)
大内は緩み切った口元を手で隠した。
「葵はすっごい上がり症だけど
強烈な歴史オタクだからな!負けるわけねぇって思ってた」
桐壺は得意げに背を反らし腕を組む。
だが肝心の葵はまだ緊張が解けないのか
ずっと黙ったままソファーに座っていた。
「…葵?いい加減その面、外せよ」
桐壺が能面に手をかけようとした時
後からそっと将院の腕が伸びてきた。
そして綺麗な指先でスルリと紐が解かれ
葵の顔から能面が外される。
次に将院の手は黒く艶やかな髪の上を滑らせた。
「よく頑張ったよ…」
その甘い囁きに
空中を散歩していた葵の魂が瞬時に呼び戻される。
「!!わっ私、意識が遠くなって…ハッ!試合?試合はどうなったんですか⁉」
必死に頑張る葵の姿など、今まで一度も見たことがなかった桐壺は
急に熱いものが込み上げてきた。
(小さいときからずっと一緒だったけど
こんな真剣になった葵は初めてだ…よっぽど困ってんだな…)
葵に悟られないよう桐壺はグッと涙を堪えた。
葵の様子がおかしいことに気付いた桐壺は
葵の母、舞衣と仲の良い自分の母親の彩女に
それとなく聞いてみた。
すると彩女は、しばらく考えたあとで
葵がいま大変な状況にあることを話してくれた。
(お父さんの会社が倒産寸前だったのか…
ぜんぜん顔に出さねぇから分からなかった…
てゆーか、鼻まで伸ばしてる前髪のせいだろ⁈表情がちっとも読めねぇ…)
とりあえず葵が話さない以上、桐壺は知らない振りを通す決心をした。
必死で笑顔を作ると、葵の首に手をまわし引き寄せる。
「どーなったじゃねーよ!葵の活躍で、左近が勝ったよ!」
「うそ⁈」
「僕も活躍したんだよ。お面がないことに気づいて、必死で先生に伝えたんだ」
「あ~確かに映ってた。変な手振り身振り!」
桐壺が大笑いし、将院は堪え笑いする。
「⁈」
カメラに撮られ全国に流れていたことを知ると
大内は赤い絵の具に顔を突っ込んだかの様に赤くなる。
「左大さんが意識を失いかけていたんだよ!
そりゃ格好なんて気にしてられないだろ!」
「うん、よく分かったよ、大内君の身体を張ったゼスチャー」
藤原も加わり和やかな会話が続いた。
だがこの光景を面白くないといった表情で影から睨み付けるものがいた。
(俺だけ仲間はずれってか?
ふんっ、みんなあいつのせいだ。
あのブサイクめ…この宴に出たことを後悔させてやる)
若宮は何食わぬ顔で控え室のトイレに入ると
ポケットから金色のスマホを取り出した。
「あっ、爺や?ちょっとお願いがあるんだ…
うん、僕の邪魔をする意地悪な子がいてね…うん…それはね…」
天井を見上げ、若宮は無邪気に笑った。
「同じチームの…左大葵ってヤツ」
微かに聞こえていた太鼓の音が段々大きくなってきた。
いつの間にか舞台上にトラックほどの大きな太鼓が設置されている。
最後は凄まじい音で締めくくられ
余韻を残しつつ陰陽師スタイルの男達は舞台の袖へと消えていった。
「お待たせしました。しばらくの休憩時間となりましたが
いよいよ最終決戦となりましす!
選手の皆様はお揃いでしょうか?
なぜなら全員参加の種目となるからです。
次に行われます競技は…競馬です!
選手の皆様は、シュヴァル広場前に移動して下さい。」
今回ばかりは生徒達の動揺もなく
観客席からざわめきもおこらなかった。
なぜなら宴の最終種目は、毎年必ず馬が登場していたからである。
学園長が馬好きなのか?なぜか恒例の為
生徒たちも選手の馬に関するデータはとことん調べ済みだった。
「最後の予想は楽勝ね。一位は乗馬の名手、弘徽さま。
二位は何をやらせても万能な将院さまでしょ?
次は乗馬が趣味の加茂川ってとこね?」
「三位に加茂川を選んだの?」
「ええ。妥当じゃなかった?じゃあ誰にしたの?」
「一位と二位は同じだけど、三位は断然!桐壺麗華よ!」
「俺は一位に頭之中先輩を選んだ。同じ男でも憧れるよ」
「だけど乗馬はきっと朱雀先輩だろ?でも二人の直接対決、これは見ものだな」
「最下位争いは…お面選手か金持ちクラブの息子よねぇ?」
「あと大内、忘れてない?」
「ほんとだ、存在感なさすぎ!じゃあ三人で最下位争いじゃん」
毎年、最後の競技だけは直前投票になっていた。
生徒たちは一位から十位までの予想を比較的早く送信し
競馬の投票が終了した。
全員参加が発表され
落ち着きを取り戻しつつあった葵に再び緊張が走る。
桐壺は急いでサイドテーブルに置かれてあったお面を引っ手繰ると
葵の顔に近づけた。
「この面があるから大丈夫だ!しっかりしろ!」
その横で将院は優しく微笑み、大内は大きく頷いた。
このシュヴァル広場は1000ヘクタールもある牧場で
サラブレッドの馬が放し飼いになり自然な状態で飼育されていた。
そしてその中でも大人しく美しい馬だけが手なずけられ
乗馬の授業で輝かしく登場するのだ。
乗馬の授業はいわばサラブレッドのお披露目の場であり
気に入った馬を生徒たちが購入する競り市場の役割もはたしていた。
この学園では一人一馬は当たり前。
中には十頭以上所有する馬好きな生徒もいた。
そのうちの一人が弘徽であり
それゆえ投票は断トツの一位になっていた。
選手たちを乗せた車は両側に別れ
ピッタリ左右対称に止められた。
まず右近側から既に乗馬スタイルに変身済みの弘徽が降り立つ。
続いて椿がゆっくり地面に足をつけた。
今まで一度も顔を出さなかった椿だが
左近との点差が縮まってしまい
じっとしている訳にもいかなくなったのである。
真っ赤に黒の配色が入ったワンショルダーのドレスを身にまとい
藤原とは対照的に華々しく登場した。
そして椿専用のテントが素早く張られ
ゴールドのソファーに腰を下ろした。
いつの間にか降りていた藤原も
その横を五メートルほど離れて、静かに折りたたみ椅子を広げた。
「選手の皆様が到着されましたので、ルール説明に入ります。
各選手それぞれに調教されて間もない馬が渡されます。
手なずける時間は15分。
15分経ちましたら出発の合図と共にゲートが開きます。
ゲートを通り抜け、3000メートルのコースを走りきればゴールとなります。
それでは選手の皆様、自分の名前が書かれてある札の前にお並びください」
まだ車の中に残っていた葵は
アナウンスを聞くと、慌ててお面をつけ飛びだした。
そのスター選手らしからぬ
こそこそした行動に生徒たちは肩をすくめ鼻で笑った。
「急げっ葵!こっちだ」
「ごめんっ!
なんかカメラの数が異常に多いから踏み出せなくなった!」
「椿先生目当てだから葵は映んないよ。
テレビみてねえのか?
最近ハリウッドスターと噂になってんの。
だから海外メディアが大勢来てる」
「マジ⁇じゃあ学園の外で撮ってくれ‼」
「そうイライラすんな、これも学園の宣伝なんだろ?
椿先生とトップアイドルの三人はある意味有名人だからな。
そろそろ馬が出てくるぞ!葵はそっちだ」
一番端に立てられた札の名前を確認すると葵は頷く。
隣が桐壺でその次が大内、若宮、将院の順番になっていた。
葵は一番遠くにいる将院を見つめた。
将院はいつもと変わらぬ落ち着いた様子である。
(もう少し近くなら安心できたのに…)
急に心細くなった葵は地面に視線を落とした。
その姿を横目で見ながらニヤリと笑う若宮がいた。
(しょんぼりするのはまだ早いよ。これからがお楽しみなのに…)
〝ヒヒーン!!〟
グランドと牧場を区切る壁の向こうから
馬の嘶きと蹄の音が聞こえてきた。
弘徽と将院を除く選手たちは
一斉に同じ方向へ顔を向け緊張が走った。
いくら熟知した者でも調教間もない馬に乗るのは難しい。
授業で習った程度ならなおさらだ。
最初に姿を現したのは
艶光りした茶褐色の毛並みに、鼻の頭が白い
さほど大きくはないサラブレッドだった。
白髪の品のいい初老が馬を引き連れやって来る。
馬はとても落ち着いた様子で、選手たちは安堵した。
弘徽から順に渡されるのかと思いきや
馬の鼻先はあっさり変えられ若宮の方向へと進んで行った。
そしてその初老は目を細め若宮へと手綱を手渡した。
「頑張ってくださいね…坊ちゃま」
若宮は返事の変わりに
子供のように顔をくしゃくしゃにして笑って見せた。
その後に続き、残りの馬が二人体制で運ばれて来る。
歩く途中で止まったり首を左右に振ったりと
最初の馬に比べスムーズにはいかない。
だが大した問題もなく
馬は牧場から出され選手たちに渡された。
早速、馬に好かれる為の行動が始まった。
ジッと見つめ合っている者や頭を撫でているもの
ニンジンをチラつかせる者やずっと褒めまくる者。
そう簡単には乗せてくれそうにない。
選手たちが悪戦苦闘する中
弘徽は気に入らないといった表情で若宮を睨みつける。
「フン、気の小さい男め。
そんなみみっちい小細工をしたところで、この私に勝てるとでも思ってるのか」
弘徽は馬と目を合わせると掌を鼻に近づけ
そして鼻筋を優しく撫でた。
「よーし、いい子だ」
正面から横へ移動し首を撫でると鐙に足をかけ勢い良く馬に跨った。
その華麗な乗馬姿が大型ディスプレイに映し出され
観客席から悲鳴的声援が送られる。
「さすが弘徽さま、とても早いです!
馬も人間の美しさが分かるのでしょうか⁈
既に弘徽さまの虜になってしまったようです」
弘徽は妖艶な笑みを浮かべると
葵にこの凛々しい乗馬姿を見せつけてやろうと
手綱を引き、振り返った。
だが瞬時に弘徽の顔色が曇る。
「ん?…いったい何をしているんだ?」
葵は牧場を眺めボ~ッと突っ立っていた。
壁の向こうから馬と人のいる気配は伝わってくるのだが
一向にその姿を現さない。
「…私の馬、まだかな」
どうやら葵の馬だけがまだ来ない。
何かトラブルが起きたのか?
葵は柵から頭を突き出し覗いてみた。すると…
「ほっ、ほんとにこの馬なのか?」
「俺もおかしいと思って聞いてみたよ!でもこれだって言われたんだっ!」
「おいっ!しっかり持ってくれないと危ないぞ!」
「怪我する前に早く渡そう!こんな暴れ馬‼」
「…あ、暴れ馬?」
藤原は男たちの言葉を復唱した。
力を振り絞った尋常でない声が聞こえて来る。
その意味をはっきり理解した藤原は、飛び跳ねるように立ち上がった。
アナウンス部の部長は
葵の馬だけが着ていない事に気付き、望遠鏡を覗き込んだ。
そこには柵に首を突っ込む葵の姿が見える。
部長は首を傾げると口元にマイクを近づけた。
「どうやら左大選手の馬が来ていない様です…何か起きたのでしょうか?」
地味な選手は滅多に映さないのだが
ハプニングや面白映像は好んで撮るらしく
葵の場所から一番近いカメラが動き出した。
男は葵の横を素通りし
柵をくぐって牧場の中へと入る。
するとカメラマンの足はピタリと止まり
後へ三歩引き戻した。
そのカメラが捕らえた映像を見た放送部員は
目を見開き慌ててスイッチを切り替える。
そして観客席の全モニターに映し出した。
全身黒光りした青毛の大きな馬が足を高く上げ嘶く。
綱を引く四人の男たちの足がふらついた。
気が立っているのか馬の鼻息は荒く
筋肉で引き締まった身体から汗が流れていた。
男達はもう一度体勢を整え、必死で手綱を引っぱる。
「なっなんと
左大選手の乗る馬は暴れ馬のようです‼
これは危険です!大丈夫なのでしょうか⁈」
「暴れ馬だって⁈葵が危ない!」
アナウンスを聞いた弘徽は馬の脇腹を蹴り一気に駆け出した。
すると一頭の馬とすれ違う。
「ショ、ショウ⁈」
将院は葵とは逆のゲートへ向かって馬を走らせていた。
(気付いてないのか?
いや、そんなはずはない…葵より目先の勝利を選んだのか⁈)
弘徽は一瞬の躊躇いもなく、そのまま葵へと馬を走らせた。
衝撃映像を見た生徒達は思い思いに口走る。
「あれってヤバくない?」
「これって学園の演出とか?」
「左近から一人脱落だな…
っていってもどうせ十位付けてたから問題ないか?」
辺りのざわめきで、ヒカルはふと画面に目をやった。
同時にトントンとドアをノックする音。
ヒカルは一呼吸したあとに返事をした。
「…はい」
「失礼します」
金色に縁どられたサービスワゴンを押しながら
末摘がツカツカと入って来た。
ワゴンの上にはピラミッドのように
高く積まれた高級フルーツが乗せられている。
「勉強がはかどるよう香りの良い果物と甘いチョコをお持ち致しました」
だがヒカルは背を向けたまま返事をしない。
(む、無視⁈…ってこれくらいは想定内よ!)
依然へこむわけでもなく
末摘は目をランランと輝かせながらワゴンをヒカルに近づけた。
「こちらに置いておきますね…」
ヒカルの視線は珍しくテレビに向けられている。
末摘もふと画面を覗き込んだ。
すると…
「う、馬が暴れてる!」
思わず声を荒げてしまった末摘。
(セレブ校なのにまさかの命をかけた真剣勝負⁈
まぁ私が乗るわけじゃないからどうでもいいけど
…そうだ、これを話題にしてきっかけを作ろう!)
密かにニンマリすると直ぐに悲壮な顔に変った。
「お面の子が危ないっ!
腰を抜かしたのかしら動かないわ?誰か助けてあげないと…」
ヒカルの返事を期待していたが一向に口を開かない。
それどころか画面から目を離し再び勉強が始まった。
全く読めないヒカルの行動に末摘が戸惑っていると
凄いスピードで馬を走らせる一人の選手が現れた。
「えっ、弘徽さまっ‼
ま、まさか、どうして弘徽さまが助けに来たの?」
弘徽の名前でヒカルの手が止まる。
そして再びテレビに目が向けられた。
いつも楽観的な弘徽が真剣な表情で画面に映っている。
ヒカルの眉が微かに動き目は細められた。
「…もう一度言います。勉強に集中したいので
私がこの部屋を出るまで絶対に入らないで下さい」
無表情だが口調は苛立っている様にも聞こえる。
末摘は固まった。
ヒカルの人差し指がドアのオープンスイッチを叩くように押す。
ドアは静かにスライドし〝出て行け〟の合図となった。
「かっ、かしこまりました!」
末摘は足早に外へと飛び出す。
自動で閉まるのを待たず
ヒカルは隣にあったクローズボタンを即座に押し
これ以上ないくらい冷酷な目で映像を見下ろした。
弘徽は手綱を引きスピードを落とすと葵の横で馬を旋回した。
「ここから離れよう!暴れ馬は危険だ、さぁ乗って!」
使われていないと一目で分かる、傷一つない白い手を弘徽は差し出す。
ちょうどその時
牧場の出口まで差し掛かっていた暴れ馬が
再び凄い勢いで立ちあがった。
〝もう少しで馬を渡せる〟
気が緩んだ男達の手から手綱が放れてしまった。
焦ったカメラマンは足が絡み尻餅をつく。
開放された馬は大きく嘶くと、葵目掛けて一気に走り出した。
生徒達はその光景に短い悲鳴をあげる。
宴委員会から指示が出されシークレットサービスが動きだした。
桐壺も葵のピンチに気付き思わず叫んだ。
「逃げろ葵‼」
一向に振り向かず固まったままの葵の腕を掴もうと
弘徽は身体を大きくずらす。
「さっ、捕まって!」
すると葵は弘徽が差し伸べる手をサッとかわし
向かってくる暴れ馬のほうへと走り出した。
そして誰もが〝危ないっ‼〟そう思った瞬間
葵は踏み台に軽く足を掛け
香港アクションスターさながらヒラリと宙を舞い
ピッタリなタイミングで暴れ馬の背に着地した。
葵は馬の首に抱きつくと
〝キャーッ〟と声を上げ
逃げ馬のようなスピードでゲートへ向かって走り出した。
弘徽は何が起こったのか解らず、しばらく呆然とする。
(馬に自分から向かって行ったように見えた…けど
あまりの怖さに馬に飛び乗りしがみ付いたようにも見える
あぁぁっ!どちらでもかまわないっ、とりあえず追いかけないと!)
手綱を素早く引き向きを変えると、弘徽はゲートへと馬を走らせた。
全身真っ黒で艶光りした凛々しい馬は
長い尾を風に乗せグランドの真ん中を走り続ける。
葵は棚引く馬の鬣に顔を埋めると
首に回した手を何度も上下に摩った。
(こっ、こんな綺麗な馬、見たことないっ!一緒に走れるなんてもう最っ高~‼)
どうやら目を丸くし身体が固まったのは
美し過ぎる馬に出会い自分のモノにしたくなった…
が正解のようだ。馬の虜になってしまった葵は
全生徒の注目など気にもしない。
身体を起こすと手綱を掴み、上機嫌でそのままゲートへと向かって走り続けた。
将院は弘徽の次、二番手で馬の背に跨り
既にゲートでスタンバイしていた。
そして待つ間、なぜか思い出に浸る様な表情で葵を眺めている。
ゲート上にあるグリーンのライトが点滅し
あと10秒でゲートが開く合図が出された。
9,8,7…カウントダウンが始まり
将院は身体の向きを変え手綱を強く握り締める。
弘徽も凄いスピードでゲートへと向かっていた。
若宮、桐壺、陸上の加茂川、そして松風らも順に馬に乗り
リズムを刻みながら乗馬のスピード程度で向かい出す。
カウントがゼロになり一斉にゲートが開いた。
将院はスムーズに馬をスタートさせ、広い芝生へ一番乗り。
その後を追うように猛スピードで一頭の馬がゲートを潜り抜けた。
そしてあっという間に将院に追いつき
横に並ぶ事もなくあっさり追い越していった。
将院は最初驚いた顔をしていたが
段々遠くなる背を見つめながらクスッと笑った。
滑るように二台のクレーンカメラが走りすぎていく。
上空からとらえた先頭の馬の映像が流された。
「おおっと‼これはなんて事でしょう⁇
予想もつかない展開となりました!
あの暴れ馬で棄権かと思われた左大選手が、将院さまを追い越し一位に躍り出ました⁈」
「うぇ~っ、あの変なお面の子が?」
「桐壺のオマケじゃなかったのか⁈」
「宴の成績かなりヤバいかも」
生徒たちが予想した順位とは大きくかけ離れ
あちこちで不満の声があがり出す。
「驚くのも無理はありません!とんだハプニングに見舞われ
誰もが一位と疑わなかった弘徽さまが三位でゲートを通過しました!
左大選手はもう直ぐ500メートルに入るところです。
この差を縮め挽回する事ができるのでしょうか!」
勉強が終わったのか、ヒカルはタブレットを鞄にしまうと
依然冷めた目で画面を見下ろした。
映っていたのは
物凄いスピードでグリーンを走り抜ける馬と一体化した葵の姿であった。
ヒカルは瞬きも忘れただ一点だけを見つめていた。
だがしばらくしてハッと我に返る。
そして自分の中に少しだけ芽生えた感情を
もみ消す様にスイッチを切り、何事も無かったように静かに部屋をあとにした。
葵は独走態勢のまま、二位との差を大きく広げ一位でゴールイン。
ゴールを走り抜けた瞬間、大穴馬券の出た競馬場と化し
場内は騒然となった。
弘徽はすさまじい追い上げを見せたものの結局
一馬身差で負けて三位。
将院は二位を守りきった。
「左大選手が圧倒的な速さでゴーーールッ‼桐壺選手の影に隠れ
その素顔は謎でしたが、競馬の名手であることは間違いありません!」
映画の一場面のような出来事に感動した報道部員たちは
カメラを手に葵のもとへと駆けつけた。
夢の世界にいた葵もフラッシュの眩しさで
周りがカメラだらけである事に気が付く。
頭の中が真っ白になった葵は全身がカチコチになり
馬から降りようとした瞬間
足が鐙に絡まり〝ズドーンッ〟と派手に落っこちた。
「葵っ‼」
馬の蹄と共に叫び声が聞こえる…。
朦朧とする葵は恥ずかしさもあり、再び瞳を堅く閉じた。




