ヒャクニンイッシュ
三回戦を勝利した左近の控え室では
大内と葵が飛び跳ねて喜んでいた。
二人とも生活が掛かっている為、この一勝に救われたのだ。
乗りに乗った大内は手を上げ、葵にハイタッチを求める。
だが男嫌いの葵は手が触れるのを恐れ
一瞬真顔になったあと、自分の手をパチンと叩いてごまかした。
「イェーイ」
何だか分からなかったが、とりあえず大内も同じように自分の手を叩いてみる。
「…イ、イェーイ…」
その二人の行動を恨めしそうに見ていた若宮は
プイッと顔を横に背けた。
場内のアナウンスが流れると
大内と葵は一旦お祭り騒ぎを止め
テレビの前に集合する。
「三回戦が終わりました!
左近の桜は得点が気になるところです
一回戦、二回戦と落としましたが、将院さまの華麗な弓さばきにより
見事大差をつけて三回戦を圧勝いたしました。
それでは集計がでたようです。両チームの得点が発表されます!」
競技を終え、弓道場を出た三人は
左近控え室へと向かっていた。
桐壺と藤原はまだ興奮が冷めない様子で
ずっと将院の話で盛り上がっている。
将院はというと、何か考え事をするかのように
その二人の後ろを黙って歩いていた。
「あの弓を射る姿は、同じ男から見ても
惚れ惚れする程の格好良さでしたよぉ」
今までの〝采配ミス〟という重みが軽減され
藤原の表情は晴れやかになっていた。
「本当にカッコよかった!
こんなに上手いなら最初に言ってくれたらいいのに…
あれ?将院先輩、嬉しくないんですか?」
桐壺が将院の顔を覗き込む。
すると〝ん?〟と顔を上げ将院は微かに微笑んだ。
「いや、嬉しいよ」
「なんか分かりにくいな~
葵たちは絶対大喜びしてるぜ!」
将院は大切な事を思い出したかの様にハッとすると
嬉しそうに頷いた。
左近控え室に入ると桐壺は
大喜びで出迎えるであろう葵と大内を探した。
だが予想とは違い二人はテレビの前で固まっている。
「なに?どうしたよ?将院先輩の凄さに固まってんのか」
「ちょっとレイ、これ見てよ!」
葵の反応はどう見ても喜ばしくない様子である。
桐壺は首を傾げながら二人の間に割って入った。
「……なっ、なんだよこの点数っ⁈」
右近の橘28点、左近の桜382点。
弓の点数がモニターに表示され
将院ファンたちから不満の声が上がっていた。
「右近の橘、松風蛍25本、監太夫3本。
続きまして左近の桜、頭之中将院さま中心に185本
桐壺麗華12本。
矢が一本にたいして1点、的の中心は2点…
と大変低い数字が指示されました。
これにより得点は右近28点、左近382点。
逆転かと思われましたが、予想外の結果となりました」
「いままでの調子なら普通、一本10点とか、せめて5点じゃねぇのか⁈」
桐壺の問いに藤原は深く頷いた。
「んん、通常ならそうでしょう。
ですが将院くんの並外れた本数に
バランスが取れないと考えた宴委員会のトップが
こんな馬鹿げた数字を出してきたのでしょう」
「くっそーっ!きったねーぞ!」
カッとなった桐壺を静める様に将院が肩に手を置いた。
「気が付くのが遅かった…俺がもっと先を読んでいれば」
将院が心配していたのはこの展開だった。
「こんなふざけた点数つけやがって!
誰か分かったらギッチョンギッチョンにしてやるからなっ!」
「ハッハッハ、頼もしい人が左近メンバーにいて先生は心強いです
ごく稀にですが、こういう事が過去にもありました。
でも三回戦は左近が勝利です。
あともう一歩!この調子で次も頑張って行きましょう!」
観客席はまだ騒がしく、将院ファンの中には
悪態をつく者や宴委員会に抗議の電話を掛ける者までいた。
だが次の競技の指示がモニターに流され
アナウンス部の部長は仕方なく文字を読みはじめる。
「場内が少し騒がしいようですが
このまま第四回戦に参りたいと思います。
次に行われます競技は、百人一首です。
これはまだ馴染み深く、今までと違い
選手選びも困難ではないでしょう。
代表選手二名を選び、グラウンド東側
〝カルタの間〟へ速やかに集合してください」
豪華絢爛な観客席に、四回戦のアナウンスが放送される頃
一つだけ誰もいなかったボックス席の扉が開いた。
スタッフの待機所にランプが点き
この部屋の担当にあたる女性スタッフが慌てて駆けつけて来る。
「失礼いたします。
今日担当させていただきます末摘 華と申します。
お飲み物は如何いたしましょうか?」
スタッフの呼びかけに少しも振り返らず
男子生徒は背を向けたままキーボードを打ち続けた。
「…適当に自分でやるので結構です」
思いもよらぬ返事に、なぜか末摘は焦りの色を露にする。
「そっ、そんな訳には参りません!何でもお申し付けください!」
何かを察した男子生徒は手を止め
微かに後ろを意識した。
そして今度は入る隙間のない言葉を言い放つ。
「勉強に集中したいので、邪魔をされたくない」
「…そっ、そうでしたか、それは失礼いたしました。
では、御用のある時は
このボタンを押して下さい。直ぐに参りますので」
明らかに落胆しきった末摘は
名残惜しそうにゆっくりドアへと向かった。
末摘が部屋を出ると、待ってましたと言わんばかりに
4~5人の女性が駆け寄って来る。
「この部屋ヒカルさまでしょ⁈」
「ヒカルさま担当だなんて羨ましい‼」
「ねぇお願い、私ヒカルさまのファンなの!
担当かわってくれない?」
「そうだ!時間で交代するのはどうかしら?」
二十歳そこそこだろうか?
みんなスタイルが良く、今どきの女子と言った感じである。
あまりの勢いに末摘は後ずさったが
直ぐにビシッと背筋を伸ばし体制を整えた。
「ちょっと待ってください。
何か勘違いをされているのではないですか。
私たちは世界各国から集められた一流のスタッフです。
もっとプライドを持って接客して下さい。
それに個人的な理由でお客様担当を変わる訳にも参りません」
「でも…」
「今後この部屋の前をうろつかれる様な事があれば
チーフマネージャーに連絡させて頂きます。
そうなりますと、直ぐここからつまみ出される事になりますが
それでも宜しいのですね?」
ここから出されては
ヒカルに会えるチャンスがなくなってしまう⁉
そう考えた若いスタッフ達は顔を見合わせ
しぶしぶヒカル担当を諦めることにした。
そして何度も振り返りながら各担当の部屋へと戻って行く。
全員いなくなるのを見届けると
末摘は抑えていた感情を表に出した。
「ああぁ~ん感激っ!
もぉ夢みた~い♡♡パパが大金払って落札してくれたおかげだわ。
それにしても、こんなお祭り騒ぎの時までお勉強だなんて
さっすがヒカルさま‼
そーだ、ヒカルさまのために
フルーツを持っていって差し上げましょう!」
この部屋の担当を高額な値段で落札した末摘は
お世話する気満々で、スキップしながら調理室へと向かっていった。
個人的な理由で、ヒカルさま担当についたのは
末摘自身であった…
左近控室では、少しでも役に立たねばと
藤原は自分で調べた資料を広げ
百人一首に関連しそうな情報を探していた。
そこへ例のごとく懲りない若宮が
何食わぬ顔で立ち上がる。
だがそれをいち早く察知した桐壺が阻止。
今回は一言も喋れずじまいで大人しく座ることになった。
藤原は〝良くやった〟と
桐壺に目で合図を送り再び資料へ目を向ける。
「まずは大内くん」
「はい」
「君は京都生まれだそうですが
百人一首をやったことがありますか?」
この質問に桐壺は目を丸くした。
「京都生まれってだけで結びつけたぞ…
ってことは百人一首にピッタリくる選手はいないってことか?」
痛いところを付かれた藤原は申し訳なさそうに頭を掻く。
「まぁ、そう言うことに…」
「いえ、そうでもないですよ」
大内が藤原の話を途中で遮り幾分か余裕な表情で答えた。
「早く取れるかは分からないけど、全部の句は暗記しています」
「マジかよ⁈」
「大内君、素晴らしい!さすが京都生まれだっ!」
大内は苦笑い。
「京都生まれは関係ないかな…
でも幼稚園の時に興味があって覚えたんです」
「そんな小さい時に?凄い!」
葵は手を叩いて拍手する。
「まず一人は決まりそうですね…他に誰か百人一首を好きな人はいないかな?」
「それなら葵がいい!こいつ歴史メッチャ詳しいから」
「私⁈…ど、どうしようっ、大内先輩の足引っ張ったら」
「大丈夫だって!どう転んでも若宮みたいにはならないから」
「頭之中君はどうだね?」
「俺も賛成です。百人一首は大内と葵でいきましょう」
「そっ、そんな簡単に決めちゃって」
葵は頭を抱えた。
「葵、この勝負に勝つんだろ?」
桐壺は葵を真正面から捕らえ
性格と同じ、真っ直ぐな瞳が輝いた。
「…そうだった。うん、私頑張るよ」
少しやる気スイッチが入りかけた葵だったが
〝学園のさらし者になる〟
そんな考えがふと頭を過ぎり、小刻みに手が震え出す。
すると将院は、控え室の壁に掛けてあった
飾りを外して戻って来た。
「いいもの見つけたよ。これなんかどう?」
将院は女系の白塗りの能面を手渡した。
「お面…?」
「うん、もし緊張して
どうしよもなくなった時に、この面を被ればいい」
「それいいっ、ナイス将院先輩!葵の性格よくわかってる!」
「ほんとだ、これさえあれば上がらなくてすむかも
私の変わりにお面さんが映るんだよね?」
「そうそう!葵は映らない!」
桐壷は深く考えさせまいと、テンポよく相槌を打った。
だがただ一人
ごく普通で平凡な家庭に育った大内だけが
能面をマジマジと見つめながら疑問に思う。
(そっちの方が余計に目立つと思うけど……)
藤原たちが〝カルタの間〟に時間ぎりぎりで着くと
待ち構えていた舞台裏スタッフたちが飛び出して来た。
大内と葵は手を引っ張られ
それぞれ別のフィッティングルームへと連れて行かれた。
「あ~左大さん!気持ちを楽に…」
先生からのアドバイスを聞いている暇はないらしく
スタッフによって戸はピシャリと閉められる。
藤原は一息つく様に息を吐き出した。
そこへ琴の弦を強く弾く音が聞こえ
藤原は足を速め、エレベーターへと向かっていった。
「これから行われる百人一首の簡単なルール説明を致します。
通常のルールとは少し違い
前に並べられた100首の札を4人が一斉に取り合います。
お手つきはマイナス一枚。
札を多く取ったチームの勝ちとなります。
…代表選手が揃ったようです。
それでは四回戦、百人一首の始まりです!」
ビルの5階はある高さの舞台に白い霧が立ち込める。
どこからか静かに四つの影が現われた。
そして観客席から〝キャーッ!〟と
黄色い声援がまた上がる。
偏継とはまた違う華やかな衣装を身にまとい
弘徽が華々しく登場した。
その横には后妃になりきった真木柱初音が頬を赤らめ
ねっとりした目で弘徽を見つめている。
大内はというと相手が弘徽だと分かり微妙に緊張状態。
だがそれとは比べ物にならないほど
カチンコチンで顔がまともに上げられない選手もいた…。
「大丈夫かい?なんか凄く緊張して見えるけど?」
「い…衣装を、着せられたときに…
お面を…忘れちゃったみたいで…」
「えっ、忘れちゃったの⁈」
葵の白い顔は段々青くなり息も途切れ途切れになっていた。
(あの能面をつけたら左大さんが
変人扱いされるんじゃないかと思ったけど
こんな状態のほうが断然危ない⁉)
大内は辺りを見回し藤原を必死で探し始めた。
「それでは選手の皆さま、所定の位置についてください」
アナウンスの声に、選手たちは速やかに
自分の名前が書かれてある場所に座った。
だが葵だけは下を向いたまま、その場に突っ立っている。
その姿を優越感に浸りながら眺め
弘徽は唇を怪しく吊り上げた。。
(やはり華麗な僕を目の前にして
緊張しているんだね…)
「左大さん!こっちこっち!」
大内は棒立ちになった葵の腕を取ると
カラフルな生地で縁取られた四角い畳の上に座らせた。
「なっ⁈」
大内の行動に弘徽は思わず立ち上がる。
(葵の腕に気安く触れるなんてっ、アイツはいったい何者だ?)
美しいモノにしか興味のない弘徽は
いくら学園二位の成績優秀な生徒であっても
自分の中には存在しなかった。
大内がアタフタしていると
エレベータを乗り間違え
やっとのことでたどり着いた藤原がヒョッコリ顔を出す。
(いたっ!先生、こっち見てくれっ!)
何とか知らせようと大内は背伸びをしたり
首を葵いの方に何度も捻ったり
足で葵を指したりと、おかしな行動を取り続けた。
そしてやっとのことで藤原は大内の異変に気が付く。
「ん?なんか大内君、妙な動きをしているぞ…」
藤原が気付いたと知った大内は
今度は能面を付けるゼスチャーをする。
「なになに?左大さんを指さして?
顔を洗うと綺麗になる…
違うな……
あ!左大さんの顔が真っ青じゃないか⁈お面を被ってない」
大内は次に自分の着ている
平安時代の衣装を引っ張って見せた。
「分かったぞ!衣裳部屋に忘れたんだね、よしっ行ってくるよ!」
藤原は大きく頷き、いま来た道を引き返した。
(フー、なんとか伝わったかな?)
大内がホッと一息つ頃
琴の音と共に最初の一首が読まれ始めた。
「葵、大丈夫かな?
顔色がどんどん悪くなっていく
何でお面、かぶんなかったんだ?」
桐壺は画面を鷲掴み、ブンブン前後に揺さぶった。
「きっと衣装替えの時に忘れたんだろう…
大内もペースを乱している。ちょっとまずいな」
歌はどんどん読まれていく。
たまたま大内の前にあった札を覗いては
弘徽が独占状態で札を取っていた。
葵の目は焦点が合わなくなり
倒れるのも時間の問題となっていた。
「その調子よ弘徽。学園二位の大内くんでも
あなたが本気になれば敵わないわ…
それにしても藤原先生
なんの取り得もない左大葵をよく入れたわねぇ?
まぁそのおかげで左近の足を引っ張ってくれてるんだけど」
上機嫌な椿は前祝に高級なシャンパンを開け
ピンク色に染まったグラスを一気に飲み干した。
「ただいまのところ、弘徽さまがダントツの三十八枚。
次に大内選手が八枚、真木柱選手が三枚
ずっと固まったままの左大選手はゼロ枚となっております」
〝ゼロ〟のアナウンスに観客席から
クスクスとあざ笑う声が聞こえてくる。
だが大内はもう葵を気遣う余裕などなかった。
幼い頃から百人一首が得意で
誰にも負けたことのない唯一自慢の出来る競技だったのに
弘徽にあっさり大差をつけられてしまった。
この試合も右近圧勝で終わるのか?
すっかり自信を失ってしまった大内の心を〝諦め〟が支配していった。
そこへ、息を切らしながら
額に汗をびっしょり掻いた藤原が戻って来る。
そして藤原が目にしたのは
弘徽に圧勝され暗い空気に包まれた大内と
今にも魂が抜け出しそうな葵だった。
「こっ、こりゃいかん!」
藤原は大内の正面に立つと大きく手を振り飛び跳ねた。
「……先生?」
視界がぼんやりしていた大内は、度のきついメガネを持ち上げる。
(ハッ、忘れてたっ‼)
葵は空を仰ぎ虫の息になっていた。
大内はパッと手を広げ能面を受け取る仕草をする。
藤原は頷くと、フリスビーの様に右手を大きく振り上げた。
能面は大内のちょうど後ろ側へと落下。
倒れるように身体でキャッチすると
痺れの切れた足を引きずりながら、何とか葵に能面を付けた。
「いったいどういうことでしょう?
大内選手が左大選手に能面を付けました。
何かのパフォーマンスでしょうか?
札の数はどんどん差が開くばかり。
そんな余裕はないはずです!」
(葵にあんな面を付けて、いったい何のつもりだ?)
弘徽は探るように目を細め唇に指を滑らせた。
「よかった!これで大丈夫だっ」
テレビに噛り付いていた桐壺がやっとソファーに座った。
「何が大丈夫だよ?一枚も取れてねぇじゃね~か?」
水を得た魚のように若宮が桐壺の前に立ちはだかる。
「どけっこの野郎!お前と一緒にすんな!葵なら挽回できるんだよ」
「はっは~!笑わせるぜ、こんな差がついてんのに
まだそんな事いってんのか?能面被ってブスを隠しただけじゃね~か」
「黙って座ってろっ‼」
将院の視線が赤いレザー光線となり若宮をロックオン。
「はっ、はいっ!」
転がるように若宮は奥のソファー目掛けて突進。
桐壺は一度、若宮を睨みつけてから再びテレビに目をやった。
すると…
「んっ?」
カメラの前をサッと横切る影が映った。
カルタ会場では何が起こったのか解からず、シーンと静まり返える。
「あぁっ、葵だっ!」
桐壺は目を輝かせ大はしゃぎで喜んだ。
「今まで石の様に固まっていた葵選手が
カメラ前を一瞬横切ったように見えましたが…
おおっと!葵選手の手に札が握られています!
これはいま読み上げられた句なのでしょうか?」
大内は小さなため息をついた。
(元気になったのは良かったけど、お手つきか…)
審判員が葵に近づき、手からそっと取り札を抜き取る。
「わが衣手に雪は降りつつ…合っています!」
この一声に大内の顔色はパッと明るくなった。
「取ったのか⁈
おおぉっ凄いよ左大さん!そうか
一か八かでも身体を張って取りに行くんだね!
よしっ、僕も決して諦めないよ!」
その向かい側で弘徽は少し驚いた表情をしていた。
(ふ~ん、百人一首得意なんだね?…でもこれからは一枚も取らせないよ)
「驚きました左大選手!
突如お面を被り気は確かかと思われましたが
その後初めて札を手に入れました!さぁ、続けて次の句に参ります!」
〝廻り逢ひて…〟
次の句が読まれだすと、真木柱はハッと顔を輝かせた。
(私の好きな紫式部だわ!確か私の前に?)
「はいっ」
真木柱は恥らうようなか細い声を出すと
目の前にあった札を弾き飛ばした。
「とても早いです!
読み始めて間もないうちに素早く動きだしました!
今までとはまるで別人の様な動きを見せております左大選手‼」
「……え?」
真木柱は耳を疑った。
「そして真木柱選手はお手つきです。右近、マイナス一枚となりました」
「なっ何ですって⁈」
慌てて飛ばした句に目を走らせる。
真木柱が弾き飛ばした札は別のものだった。
「では今の映像をスローモーションで見てみましょう。
読まれて直ぐに左代選手が動いています。迷わずに札を取りました!
そのあと真木柱選手が別の句を弾き飛ばします」
映像を見ると真木柱は口をポカ~ンと開け放心状態。
(…ど、どんなけ早いんだよ)
「朝ぼらけ…」〝パシッ!〟
「高…」〝パシッ!〟
「む…」〝パシッ!〟
「でました!またまた早業です!」
弘徽の美しい顔が曇り始める。
それを見ていた大内は反対に目を輝かせた。
「すごいよっ左大さん!
俺たちみたいな地味な人間でも、華やかな人間に勝てるんだね!」
「なんか凄いな?この無名選手…朱雀先輩でも手が出ないみたいだ」
むしゃむしゃとローストビーフをむさぼりながら
自然と口からポロリと出た監の何気ない一言で
右近控え室に嫌な空気が漂った。
恐る恐る加茂川は視線を椿に移す。
やはりシャンパングラスを持つ手に力が入り今にも割れそうだ。
「おいっ!」
加茂川は監の大きく分厚い肩を叩いた。
「何ですか加茂川さん?四回戦も落としそうなのに…」
身体と同じくらい大きな声で話す監の口を加茂川は慌てて塞ぐ。
だが椿の持っていた華奢なガラスは床に叩きつけられ飛び散った。
〝パリーン〟
その音でようやく鈍い監も
まずい事を言ってしまったのか?と考える。
「最初は右近優勢と見られていましたが
左大選手の猛烈な追い上げにより勝負が分からなくなってましりました!
只今の持ち札、弘徽さまが四十一枚、左大選手が三十六枚
大内選手八枚、真木柱選手三枚。
右近、左近ともに枚数が並びました!
残りの札はあと十二枚。それでは次の一首、お願いします!」
琴の弦が弾かれ再び読者が札を取る。
スーッと息を吸い込み、第一声が流れ出した。
「憂…」〝パシッ!〟
「き…」〝パシッ!〟
「…」〝パシッ!〟
「えーーーーーーーーーーっ⁈」
生徒たちから驚きの声が上がる。
お面を付けてからというもの
誰一人として葵の感とスピードにはついて行けない。
前にある札でさえ奪われた。
最後の一枚まで容赦なく葵は取り上げ
波乱に満ちた百人一首は左近の勝利で無事終了した。




