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老将軍と異国の姫

お待たせしました。

 フレアは久しぶりに舞踏会に出た。王太子がフレアを伴っていたのは会場に入るまでだった。

 王太子はとっとと愛妾の許へ飛んでいく。

 王太子の愛妾は男爵家の生まれだ。

 それはどうでもいい。見初められて王太子の側室に成り上がったのなら、それはそれで幸運だったのだろう。

 問題なのはその後、王太子の周りには次代の王を支えるべき人材がいたのだが、王太子の溺愛ぶりに眉をひそめ、それを諌めたため遠ざけられる者が続出したのだという。愛妾の身分の低さに二人の邪魔をしているのだと、王太子殿下は思い込んだらしい。愛妾の方からの讒言もあったのだという。

 そうしたことから、王太子の周りには王太子のすることを黙認する者ばかりが残ったのだ。下手に口出しすれば咎められる、王太子の言うことを聞いていればいい――そんな考えのものばかり。無能なのも当然だ。

 王は息子の所業に危機感を覚え、より身分のある女性が現れれば愛妾は正妃をはばかり大人しくなるだろうという考えで正妃をとらせた――というのが王太子の婚姻の裏事情らしい。

 愛妾が大人しくなれば、のぼせた王太子の頭もいずれ冷えるだろう、遠ざけられた王太子の元側近を呼び戻すつもりだったようだ。

 しかし、残念ながらあの王太子はもう手遅れだ。

 政略結婚の相手に対し、母国との関係を考慮するという頭がすでにない。

 王太子は自ら自分を諌めてくれる貴重な人材を遠ざけたのだ、愚かなことをしたものである。

 フレアは差しさわりのないよう貴族の相手をする。

 

 そのうちに白髭の老紳士を紹介された。

 紹介したのは王太子との婚姻にあたり仲介した貴族だった。

 フレアが長い間公の場に姿を見せないのを不審に思っていたのだろう。やっと社交界の場に現れたフレアに何かと世話をやく。

 髪も髭も真っ白なほどの歳だというのに、長身の体躯には一切の衰えが見られない。腰も曲がらず、逞しい筋肉が服の上からでもうかがえる。気難しそうな険しい表情がフレアの思い描く歴戦の老将そのものだった。

 一目で気に入ったが、さらにその名を聞き、フレアは瞳を輝かせた。

「ハルフ様? あのトリア戦で有名な! まあまあ、光栄ですわ! 生きた伝説にお会いできるなんて!」

 老人はかつて名をはせた名将だった。

 その昔トリアという地を巡る戦いがあった。ハタカと今はもうない国の戦いだ。この戦いではハタカが兵の数でも不利であり、敵は王級“加護持ち”に率いられていたのだ。

 だがしかし、若き日のハルフはその数の劣勢を跳ね返し、“加護”を持たないにも関わらず勝利したのだ。

 これほどの英雄、フレアに無関心でいろという方が無理だ。

 美しく若い姫君の称賛と尊敬の眼差しに、老将は少々照れたようだった。

「王太子妃のような若い女性に知られておるとは、こちらこそ光栄でございます」

「まあ、ハタカのオルフ様といえば、トリア戦での不利な状況をひっくり返し、勝利をもぎ取った立役者ではありませんか。よろしければそのときのお話など――ええ、もちろん存じておりますけど、ご本人に直接話していただける機会など、そうはありませんもの。数々の武勇伝は聞き及んでおりますわ」

 老人のかつての自慢話など周りの人間は聞き飽きている。こんな風に強請られることなど滅多にない老将は機嫌がよくなった。

 しばらくかつての武勇伝を聞いたフレアは歴戦の雄に尋ねた。

「大変素晴らしいお話でしたわ。ご本人の話が聞けるなど、願ってもないこと。将軍様はまだまだ現役ですの?」

 ハルフは首を振る。

「いやいや、寄る年波には勝てませんな。砦に入ってはいますが、名誉職でございます。今は若いものに任せておる様なもので」

 かつての英雄は少し寂しそうだった。

「まあ、将軍様に信用されている者なら、未来の英雄ですわね」

 フレアはまだ見ぬ英雄候補に思いをはせた。

 ハルフが苦笑する。

「まだまだひよっ子でございますよ」

「ご謙遜を。将軍様が手塩にかけた兵ならば、さぞや屈強な者達なのでしょうね。ああ、できればこの眼で見てみたいものですわ」

 うっとりとフレアがいえば、声がかかった。

「ならば砦に行ってみるか?」

「こ、これは陛下」

「まあ、陛下。ご挨拶が遅れましたわ」

 フレアとオルフはオンエン王に礼をとった。

 オンエン王が鷹揚に頷く。

「よいよい。そう畏まるな」

 フレアはオンエン王に訊ねた。

「陛下、先ほどのお言葉は?」

「言葉どおりじゃ。視察でも慰問でも口実はどうとでもつけられる。行ってみるか?」

 王が言えば、フレアは嬉しさを隠せない様子で訊く。

「まあ、本当に。よろしいのですか? それは、私は嬉しいのですけど……ご迷惑ではないかと……」

「いや、お美しい王太子妃殿下じきじきに会いにこられるのなら、我が砦の士気はあがりましょうが……他の砦のものに恨まれそうですな」

 若く美しい王太子妃を一目見てみたいという兵士は多いだろう、と老将は笑った。

「ならば、順々に各砦を回ればよかろう。これはよい。我が国の英雄はオルフ殿一人ではないからのう」

 王は自分の思い付きが気に入ったのか大笑いした。

「まあ、では是非とも」

 こうして王太子妃の各地の砦への慰問が決まった。



「どういうつもりだ!」

 宴の後、レンシェンがフレアに食って掛かった。

 フレアは心外だという表情を作った。

「あら、私、あなたの扱いについてはなにも言っていませんわ。なにか気に触りまして?」

「視察のことだ!」

 レンシェンが気にするのは、フレアを外に出すことだろう。冷遇の事実が広まることを恐れているのだ。

「知りませんの? 私の英雄好きは有名ですわ。陛下の言い出されたこと、お断りする方が不自然ですわ。心配なさらずとも、離宮のことは口にしませんわ」

 フレアは気安く請け負った。むしろ、離宮に人が入るのは困るのだ。

 誰にも無関心でいてほしい。

「どうせ、ライーサを人質にとるおつもりでしょう? あの子は唯一の私の心の慰めですわ。彼女をとられたら、私はなにもできませんもの」

 実際は、ライーサは一人でも王宮から脱出できる手練だ。人質にとられても心配する必要はない。

「あなたと愛妾の邪魔をするつもりは毛頭ありませんわ。仲良くなさるといい」

 男として魅力の欠片も感じない夫にフレアは言い捨てた。

「では、ごきげんよう」

 フレアはさっさとあてがわれた即席の冷宮に戻った。


 王太子妃の慰問は王の肝いりできまり、フレアは一年で各砦を訪れることになった。

 一年の予定が組まれ、それを受け取ったフレアは離宮の中で目を通した。

 最後の砦はオルタンスに一番近い砦だった。

 フレアは上機嫌で部下に言ったものだ。

「調度いいわ。この日を決行日にしましょう」

 こうしてハタカの運命は決まった。

姫様の心のオアシス。それは英雄。


お爺ちゃんだって、若い子にキラキラした目で懐かれれば悪い気はしない。

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