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蝶を飼う  作者: 鮎川 了
第三章 闇喰う闇
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本当の自分

 「夜羽は居るか?」

 邸の玄関を入ると、織江が大理石の床にモップをかけながら、無表情な顔をこちらへ向けた。

 「夜羽様はお出掛けしましたよ」

 「どうしても聞きたい事があるんだ!どこへ行った?いつ帰って来る?」

 我ながら、凄い剣幕だと思ったが、織江は表情ひとつ変えない。

 「ご旅行です。二〜三日中には戻られます。」

 また旅行か。

 金持ちと言うのは、そんなにしょっちゅう旅行に行くものなのか?一体、どこへ行ってるんだ?

 「御用なら、私が承りますが?」

 織江の顔はこちらに向けているが、手は忙しくモップを動かしている。

 「いや、いい。本人に聞かないと」

 夜羽が帰って来るまで、この疑問を抱えたままと言うのは辛い。だが織江に聞いても仕方がない。

 本人に聞いてその答えが返って来るのも怖かったが。




 胸ポケットから、あの写真を取りだし眺めてみた。

 若い父が親しげに肩に手を回している女性は

母では無い。

 いや、それがショックなのでは無い。

 たぶん、母と出会う前に撮ったものだろうから。

 問題は何故この人物が、この時代に、この姿で 、写っているか。だ。

 今まで、必死に否定していたものが覆される。  あの女はやはり、人間では無いのか?

 四十年も昔に撮られた写真。

 本郷寺夜羽は、今と変わらぬ姿で写っていたのだ。





 二万円もする花束を作らせた客を見送った後、バイト嬢・今日子に疑問をぶつけてみる。

 「例えばさ、七十近い婆さんが手術とかそういうので二十代くらいの見た目になれるものかな?」

 あからさまに、いきなり何を訊くんだろう?と言うような顔をした後、考えこんだ。

 「見た目と言うか……シワ取りなんかはある程度出来るだろうけど……そのくらいの年齢になれば姿勢とか話し方とか肌や髪の色艶とか、誤魔化し切れない部分も出てくるんじゃないですか?」

 「成る程」

 「何で、そんな事気になるんですか?」

 「いや、ちょっと、テレビでやってるじゃない美魔女とか……」

 花束を作った後の、葉や茎の散乱するテーブルを片付けながら誤魔化す。

 「店長」

 「何?」

 確かに、そんな事を訊くのはオカシイって事は解ってる。あまり追究しないで欲しいんだが……  

 「今日、夕飯一緒にいかがですか?」

 ……何だ、違った。



 普通、食事と言うものは、誘った方が支払うものだと思っていたが……  

 「もちろん、店長のおごりで」

 ……だそうだ。

 まあ、こっちは男だし、雇い主だし、自然と言えば自然だ。

 が、釈然としない。

 しかも、近所で一番高いと言われるレストランだ。

 イベリコ豚のソティオレンジソース添えチーズムースと共に……だの、甘エビとホタテのカクテルニース風だの舌を噛みそうな程長い名前の高そうな料理を惜しげもなく注文する。

 ……今日子が。

 「店長、意外と、ナイフとフォークの使い方上手ですね」

 彼女が甘エビのなんちゃらを頬張りながら、そんな事を言うのでつい

 「当たり前だよ。一応昔は社長の息子。お坊っちゃんだったんだから」

 と、口を滑らせてしまった。

 「昔……? 今は?」


 冗談だと思って、てっきり吹き出すのかと思いきや、意外な食い付きをして来た。

 「社長……親父は失踪したよ。借金を残してね。お袋は心労で身体を壊して入院中だ」

 もう、どうでもいいと言う感じで、言ってみた。

 「……だから、店長ひとりしか居なかったのか……あの家」

 珍しく、しおらしい。  「いつか、家族が揃った時の為に、あの家だけは残して置いたんだ」

 そう、父が莫大な借金を背負ったのも、傾いた会社を立て直す為だった。

 「なんか店長、美佳ちゃんが亡くなるちょっと前から変わったな〜と思ってて」

 少し、ナイフを操る手を止めた。

 美佳ちゃんが亡くなる少し前。

 夜羽に“仕事”を頼まれ始めた頃だ。


 デザートが運ばれて来た。アプリコットのソルベ、ベルギー産チョコレートムース添え。

 「綺麗〜」

 今日子が顔を輝かせる。

 「本当だ。芸術だな」

 盛り付け自体も美しいが、レースのような砂糖細工があしらわれて繊細だ。

 「ねえ店長?」

 「うん?」

 「もう、元の店長には戻らないんですか?」


 レストランを出た後、少し飲もうと誘おうとしたが、あの酒癖の悪さを思い出し、躊躇した。

 「どうも〜ご馳走さまでした〜」

 意外にもあっさり帰ろうとするので面喰らう。  

 「送っていくよ」

 「いいですよ、家すぐだし」

 いやしかし、夜道は暗いし、気が強いと言っても一応女性だし。

 「店長が元の店長に戻ったら、送って貰います」


 ……元の俺……

 戻る事は二度とないだろう。







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