7
午前時とはいえ、照りつける陽射しは強い。
夏のウルトラバイオレット光線が、容赦なく莉子に照射されている。
今回莉子が作ったお弁当メニューは、鳥の唐揚げ、栗かぼちゃの煮付け、砂糖たっぷりの卵焼き、タコさんウィンナー、枝豆の塩茹で、きんぴらごぼう、ポテトフライ(皮付き)、そして梅おにぎりにデザートのカットバナナというラインナップ。
本当ならおかずをもう一品追加したいところであったが、時間がそれを許してくれなかった。
とはいえ、早朝から雪による足止めを食らった点を加味すればかなり頑張ったほうであろう。
「んー……これで足りるかなぁ? 3人分のお弁当なんて作るの初めてだからイマイチ自信無いよ……」
莉子はお重を包んだ風呂敷を持ち上げながら不安そうに呟いた。
ふたり分のお弁当なら経験があるが、3人分……しかも男の子に食べさせる弁当など作ったことがなかった。
そういえば、西山の好きなおかずってなんだろう?
疑問が頭をもたげると、無意識に過去の定石に流れるのが人の性である。
過去に作ったお弁当のレパトリーを思い返す。
とりわけ、誰かのために作ってあげたときのものを。
雪はイモ系のおかずがあれば文句は言わないので非常に楽だった。
亞璃紗は意外にもオーソドックスなおかずが好きで、小さく切られて敷き詰められた卵焼きやチープなタコさんウィンナーを見ては大喜びしていた。
そんな数少ない実績がフィードバックされたのが今回の弁当なのであるが……
「…………」
莉子ときたら案の定、亞璃紗のことを思い出して気落ちしていた。
辛いなら忘れてしまえば良いのに、忘れられないのだ。
数学の公式はすぐ忘れてしまうのに、亞璃紗のことは鮮明に憶えてしまっている。
莉子のただでさえ少ない記憶容量を、亞璃紗が占有している。
故に、ウィンナーに黒ゴマを埋め込む作業中にふと思い出してしまう。
亞璃紗と過ごした、あの取るに足らない何気ない日々を。
黒ゴマで造られたタコさんウィンナーのつぶらな瞳を見て微笑む彼女の笑顔を。
彼女のことを考えると、無意識に足が向いてしまう。
初めて出会ったあの公園。
そして、探してしまう。
「はぁ。いるわけない……よね……?」
さほど大きくはないその公園には、お目当ての人の姿はなかった。
木陰のベンチでぼーっとしている老人と、砂場で遊ぶ子供が3人ほど。
莉子は肩を落とし、反射熱を放ち続けるアスファルトを見つめながら、トボトボと歩を進める。
彼女が再び顔を上げたのは、そこから数百メートルほど歩いた辺り。
……今は主を失い売地と化している、あの高層マンションの前であった。
もちろん、そんなものを見上げても亞璃紗はおろか人っ子一人見当たらないはず―――
「……あれ?」
あろうことか、莉子の眼に映ったのはふたつの人影。
まさかと思い、軽く目をこする。
そして再び目を凝らす。
……遠すぎて誰かまでは判別出来ないが、そこには確かにふたりの人物の姿があった。
「も、もしかして……っ!」
考えるよりも先に、莉子の身体が動いた。
鉄の鎖で閉ざされたゲートを軽く飛び越え、一気に駆け出す。
亞璃紗……っ!
亞璃紗が帰ってきた……っ!!
誰であるかすらも分かっていないというのに、莉子の頭は一瞬にして亞璃紗でいっぱいになっていた。
逸る気持ち。
高鳴る鼓動。
上昇する体温。
そして、それらはふたりの人物の顔を見て一気に冷え固まってしまう。
「……あ、あれ……っ?」
「む?」
「…………」
違う。
全くの別人だ。
てっきり亞璃紗と執事のセバスチャンだと思って駆け寄ったが、似ているのは背格好と醸し出すエレガントな気品だけ。
男のほうは口ひげがセクシーな長身のナイスミドル。
女性のほうは長いプラチナブロンドが目を引く少し性格のキツそうな異国のキャリアウーマンといった感じ。
ふたり共、全くの初対面。
……しかし何故だろう。
莉子はどことなく、ふたりに妙な既視感を覚えていた。
「おや? 君は―――」
「あ……っ! いや、えっと……っ、あ、あたしっ……! 決して怪しいものではなくっ、なんていうか……人違いっていうか、そのっ―――」
「20点」
「え……っ?」
「貴方、20点」
「あ、あの……な、なにが……?」
興味ありげに莉子を見つめる男性とは対照的に、金髪碧眼の女性は冷ややかな目で莉子を一瞥しながら、ぴしゃりと言い放った。
わけがわからない。
一体なにが20点なのか。
莉子がそう思った矢先、グロスで彩られた彼女の唇が再び言葉を紡ぐ。
「その服装……貴方のボーイッシュな性格が反映されてそういうコーデになったのでしょうけど、この真夏にハーフパンツは些か暑苦しいですね。せめてミニスカートかショートパンツにするべきではなくて?」
「え、え……っ? も、もしかして……20点って、服装のこと……ですか?」
「他になにがあるというのです? 貴方はバカなのですか?」
「えっ……で、でもっ―――」
「口答えするのですか? 怒りますよ?」
「あ、いえ……す、すいません……」
有無を言わさぬキツい物言いの女性に圧倒され、莉子はたちまち萎縮する。
「なにより許せないのはその野球帽とサンダルです。今時ニューヨークの浮浪者でももっとマシな格好をしてますよ? 貴方は浮浪者ですか?」
「え、あ……ち、違います……っ」
「なら何故ちゃんとした格好が出来ないのですか? 貴方だって、一応は女の子でしょう? もっと服装に気を使うべきではなくて?」
「え、えっと……ご、ごめんなさい……」
「『ごめんなさい?』 それは誰に対しての『ごめんなさい』なのかしら? 中途半端な気持ちでの謝罪なんて必要ありません、不愉快です」
「え、えとっ、そういうんじゃなくって―――」
「だいたい、そんな服装で街に出てきて恥ずかしくないのですか? 貴方は頭が悪いのですか? 一度病院に行きますか?」
「うぅっ……」
莉子は泣きたくなった。
どうして見ず知らずのひとに服装についてここまで徹底的に罵倒されているのだろうか。
しかもこんなクソ暑い真夏の炎天下に……
遠くの木陰でミンミンと鳴き続けるセミにすら嘲笑されているように感じた。
「まぁまぁエレン、その辺で勘弁してやろうじゃないか。君はこんな小さなレディーを泣かせる為に日本に来たのかい?」
そんな防戦一方の莉子に助け舟を出したのは、女性の側に佇むナイスミドルであった。
「別にそんなつもりはありません……私は、彼女の為を思ってアドバイスしてあげているだけです」
「その割には言葉の隅々に刺があるように見えるのは、僕だけかな?」
「……虫の居所が悪いのは否定しません。私怨もありますし……」
「し、私怨って……えっと……っ、あ、あたし達、初対面……ですよね? なんであたしのこと恨んで―――」
「……? そんなことも察しが付かないのですか? 貴方は予想以上に頭が悪いですね」
「うっ……わ、悪うございましたねっ! バカでっ!!」
「なんですかその態度は。気に入りませんね」
「…………」
「…………」
莉子と女性の間に、緊張が高まる。
先程は突然の罵倒に気圧されたが、よくよく考えれば見ず知らずの女性にここまでコテンパンに言われるなんて理不尽極まりない。
このくらい反抗してやらなければ、莉子の気が収まらない。
「あっはっはっは! エレン、さては君……お腹が空いてイライラしているね? だったらこれを食べたまえ! なかなかイケるぞ!」
そんなふたりを見かねてか、ナイスミドルがそう言って差し出したのは、どこかで見覚えのあるお重。
それは一ノ瀬家の台所の戸棚に永らく眠りについていた行楽用のお重に酷似している。
外見だけでなく、よく見ればラインナップまで莉子が作ったお弁当と被って―――
「って! それあたしが作ったお弁当っ!? な、なんで貴方が……? いつの間に……っ!?」
「あっはっはっは! 君は隙が多過ぎる! そんな体たらくじゃ先が思いやられるなぁ! エレンもそう思うだろ?」
「もぐもぐ……、えぇ、そうですね」
「ちょっ! 勝手に食べないでよっ!!」
「ふむ……料理の腕は70点ですね。少し修練を積めばそれなりのお店が……あら? この唐揚げ、なんだか不思議な味がしますね」
「え? それは本当かいエレン」
「ほら、鎬さん……あーんして」
「ちょっ……『あーん』とかやめてっ! それあたしが作ったお弁当なんですけどっ!?」
「おいおいエレン、人前でそんな……は、恥ずかしいじゃないか……」
「別にいいじゃありませんか。なにを気にすることがあるんですか? 私達はラブラブ夫婦ではありませんか」
「他人のお弁当でラブラブすんなっ!!!」
「はい、あーん」
莉子のことなど意に介さず、頬を赤らめる男と彼に唐揚げを勧める女性。
それを目の当たりにした莉子は、憤りを隠せない。
「3回……っ、3回もやめろって言ったのに……っ! あんた達ねぇ……! 一体なんの権利があってこんなことっ……!」
「権利ならあります」
「……え?」
無表情のまま、女は莉子を見据えて冷ややかに言い放った。
その言葉には……僅かながら、どこか怒りに近いものが混じっているように莉子には思えた。
「何故ならわたし達は、あの子の―――」
「んんっ!? こ、この唐揚げは……ッ!? なんだこの爽やかな風味は……ッ、このほのかな酸味は……柑橘系か? いや違うッ!! こ、これは一体……ッ! そうかッ! 分かったぞ! 君っ!! この唐揚げの隠し味はズバリ! ……梅干し、だねっ!?」
「……は、はい?」
「…………」
ナイスミドルはなぞなぞを解き明かした子供のように目を爛々とさせてそう問いかけた。
その異様なテンションに、暫し閉口する莉子。
「ち、違う……の、かね?」
「い、いえ……っ、あ、合ってます。梅干しをお酒でほぐしたやつを下味に―――」
「だろッ!? だろッ!? いやァー君もなかなかやるじゃないかァ!! この絶妙な味加減はなかなか真似出来るものじゃないよ! 一体どこの料亭で修行したいんだい? ん?」
「ど……独学、ですけど……」
「独学!? 独学でここまでやるとは、家庭料理を作らせておくには勿体無い逸材だなぁ! なぁエレン……え、エレ、ノア……さん……?」
「……鎬さん、わたしは今……とても大切なことを彼女に話そうとしていました。なのに貴方という人は……」
「あっ……い、いや、け、決して君の邪魔をしたつもりじゃないんだ……そのっ―――」
「正座」
「……は、はい」
男は高そうな生地のスーツが汚れるのも構わず、地べたに正座する。
彼女の冷徹な眼差しには、生まれ持った支配者の風格すら漂う有無を言わさぬ威圧感があった。
それはあまりにも凛々しく、気高く、まるでどこかの誰かのような……
「……あ」
莉子は今、頭の中で確かにある女性の顔を思い浮かべた。
そこで、ようやく辿り着く。
この奇妙な二人組の正体……その解答に。
「あんた達……っ、もしかして亞璃紗の……ッ!」
「はぁ……ようやく、気付いたようですね。一之瀬 莉子さん」
「ッ……!? ど、どうしてあたしの名前を……!?」
「名前だけではありませんよ? 一之瀬 莉子、県立白川高校1年。誕生日は1月2日、血液型はO型。両親は共働きで母親は看護師、父親は戦場カメラマンで双方とも家を空けがち。そんな環境で育った為かなりの寂しがり屋であるが、人前では常に明るく振る舞っている……健気なものですね」
「ちょっ……! そ、それって―――ッ!」
間違いない。
それは莉子の個人情報の一端。
彼女はそれを、無表情で淡々と羅列していく。
「運動能力に秀でているが学業は下の中。特に英語と数学が大の苦手。面倒見が良く誰とでも別け隔てなく接することが出来る性格であるが、なぜか友人には恵まれていない」
「わ、悪かったわねっ! ていうか、あんた達があたしについて調べ上げてるってことは痛いほど分かったから、もうやめてくんない? そういうの」
「容姿は極めて貧相で、女性的魅力に欠ける。身長は152センチ、スリーサイズは上からななじゅうk―――」
「わぁーーーっ!! やめっ! やめてって言ってるでしょお!? だいたいなんでスリーサイズまで把握してんのよっ!! バカじゃないの!?」
乙女の秘密の数字まで暴露されかけて慌てて大声を上げる莉子。
そんな莉子の反応を見て女性はようやく満足したかのように口角を僅かに吊り上げ、口を噤む。
しかし、そんな僅かな笑みもすぐに冷徹な眼差しへと戻ってしまう。
「……腑に落ちませんね。あの子がどうして同性の……しかもこんなありふれた子を選んだのか、理解に苦しみます」
「それはあたしにも分かんないけど……っ、ひとつだけ分かることがあるわ」
「あら、なにかしら?」
彼らの正体を知った今、莉子の心の炎は徐々に勢いを増していった。
亞璃紗が心を開いてくれたあの夜のことを、莉子は今でも鮮明に憶えている。
初めて見せてくれた亞璃紗の安心しきった笑顔。その吐息、その香り……そして、透き通ったその声で呟かれた、彼女の身の上。
『両親……ですか? そう、ですわね……っ、息災でいる……とは思いますが……精神異能者として覚醒して以来、会ってませんわね……っ』
寂しげな笑顔でそれだけ吐露した亞璃紗を見て、莉子はそれ以上追求しなかった。
訊かなくても分かる。
彼女は……両親から見捨てられたのだ。
不思議な能力に目覚めた。
たったそれだけの理由で、捨てられた。
そして、大好きな友達の亞璃紗を捨て、寂しい思いをさせた張本人たちが今……莉子の眼前にいる。
怒りを覚えずにはいられない。
激情を抑えられない。
「あんた達が、最低のクズだってことよ……ッ!」
「…………」
「…………」
女は、莉子の言葉に明らかに不愉快そうに眉を吊り上げる。
しかし逆に男のほうは……僅かに微笑んでいた。
「言ってくれますね。私達のことをなにも知らないくせに……ますます気に入りません」
「おいエレン! よせ!」
呟きながら、背中に手を伸ばす女。
それを見た男は慌てて彼女を制止しようとする。
「……止めないでください鎬さん。私達には、この子を“試す”権利があります」
「いや、し、しかし……彼女の言うことは正しい……と、思う、よ……?」
「ッ……! 口先だけならなんとでも言えます……そうでしょう?」
「あー……いや、まぁ……確かにそうだが……」
「……は? なにそれ。どういう意味よ?」
『口先だけならなんとでも言える』
彼女の放ったその言葉に、莉子は強い侮辱を感じた。
「……どういう意味? そのままの意味ですが……?」
「あたしの……、亞璃紗への気持ちが安っぽい同情心でしかないとでも言いたいわけ? 言葉でしか語れないようなチャチな人間だって言いたいわけ?」
「ふふっ……だから貴方は、亞璃紗に愛想を尽かされたのでしょう?」
「…………」
彼女のその言葉が、決定打になった。
莉子のなかで、“なにか”かキレた。
「亞璃紗の両親だろうが、もう関係ない。頭来た。ふたりまとめてボッコボコにしてやるッ!!」
「ふ、ふたりまとめて……? も、もしかして、ぼ、僕もかい……?」
莉子はドスの効いた声で叫ぶと、すぐさま拳を固く握って構える。
そんな莉子に些か困惑する男を尻目に、女はニヤリと微笑んだ。
罠にかかった害獣を見るようなその目に、莉子はなにか嫌なものを感じだ。
……しかし、もう遅い。
遅かった。
「今、貴方は『ボッコボコにしてやる』と言いましたね?」
「だったらなんだっていうのよ。もう一度言って欲しいの?」
「ふふっ……物騒ですね。これはもう、正当防衛が成立しちゃいますよね? 鎬さん?」
「ど、どう……だろうね? むしろ過剰防え……いえ、なんでもないです、はい」
彼女の主張に水を差そうとした男は、少し睨まれただけですごすごと引っ込んでしまった。
そう。
女は激高したかのように思えたが、逆に莉子を挑発した。
挑発し、莉子から引き出したのだ。
決定的な一言を。
危害を加える意思が、明確に表現された一言を。
法律上、このようなケースでの正当な反撃であれば、罪には問われることは少ない。
「故に……わたしは貴方を、合法的に殺せるというわけです」
「い、いやぁ……その解釈はどうなんだい?」
「上等じゃない。やれるもんならやってみなさいよっ!!」
「君も結構血の気が多いんだね……」
この時、莉子は能力を使わずともこのふたりを圧倒出来ると踏んでいた。
理由は特に無い。
あるとするなら激情に激情が折り重なり、冷静な判断力というものが失われていたからに他ならない。
「はぁ……さて、僕は曲がりなりにも彼女の夫だ。男たるもの愛する人を全力で守り抜かねばならない……分かるね?」
「自分の娘も愛せないような奴が愛を語るんじゃないわよ」
「ハハ……、手厳しいな。まぁ……お察しの通り、僕達夫婦は一度は亞璃紗を手放した。それは紛れもない事実だ。しかし、それは亞璃紗を愛していなかったからじゃないんだ。むしろその逆……逆なんだよ莉子君」
「逆? あはっ、逆ってなによ……。ホント、口先だけならなんとでも言えるわね。亞璃紗を実家に押し付けて、一度も会わずにいたくせにッ……! なにが愛よっ!! ふざけんなッ!!」
「そうだね……その通りだ。口先だけならなんとでも言える……なら、行動で僕達の愛の深さを理解して貰うしかないね」
「ふふっ、その通りです。鎬さん……」
その刹那、ふたりを取り巻いていた空気がガラリと変わる。
今までとは……違う。
“なにか”が決定的に違う!
直感。
莉子は胃液が込み上げてくる程の強烈な威圧感を感じ、咄嗟に飛び退いた。
慌ててたので思わず加速と強化を滅茶苦茶な配分で使ってしまうほど慌てて、飛び退いた。
「―――ッ!?」
直後、莉子の前髪がは数ミリほど短くなっていた。
莉子の髪を斬り伏せたのは、4~5メートル先に佇む夫婦が手にした物騒な長物であった。
一体どこに隠し持ち、どこから取り出したのか……莉子の動体視力では追えなかったが、どちらにせよ彼らは何処からかそれを取り出したのだ。
シックなタイトスカートに純白のブラウスが眩しい異国の女性は、薔薇の彫刻が施された鋭い細剣を。
セクシーな口ひげを生やしたナイスミドルは、ナタのように重厚な刀を構えて睨み、佇んでいる。
伊達や酔狂ではない。
双方とも、隙あらば莉子の首を、胴を、四肢を斬り飛ばすつもりで獲物を携えている。
莉子には分かる。
このふたりの目は……精神異能者にそっくりだった。
狂気を湛えた殺意の眼光。
人間をカボチャかなにかのように気軽に切り刻める躊躇の無さ。
なにもかも、精神異能者と似通っている。
唯一違うところを挙げるとすれば、彼らが能力者でもなんでもない、ただの人間であるという一点のみであろう。
「自己紹介が遅れたね。僕は剣……剣 鎬。剣家現当主にして剣流剣術……免許皆伝」
「……その妻、剣 エレノア。グリドー流細剣術……師範」
「え? え……???」
莉子はこの期に及んで初めて悟った。
この手段の選ばなさ、品の良さと相反するこの凶暴さ……
素手の少女に躊躇なく真剣を抜く容赦の無さ……
それらは間違いなく、ふたりが亞璃紗の血統であることを雄弁に物語っていた。
「な……なんでこんなことに……」
「……莉子君、怖かったら逃げてもいいんだよ?」
「勿論、先程わたし達に対して行った数多の非礼を詫びた上で……ですが」
「……ッ!?」
今まで滾っていた血の気が、一瞬にして引いた。
己の激情に勝る勢いの狂気と殺意を前に、闘争心が消し飛びそうになる。
精神を傷つけられる精神武装とは違う、人の命を奪う為だけに作られた刃物が放つ独特の威圧感に、心が押し潰されそうになる。
しかし、莉子は折れない。
冷えて固まりそうになっていた己の心に、再び炎を宿らせる。
「……なによ。そんなモノで、あたしが屈服するとでも思ったの? そんなの、怖くなんかないわよ」
怖い。
本当は死ぬほど怖い。
斬られた時の痛みが容易に想像出来てしまう分、下手な精神武装なんかよりもずっと怖い。
しかし、莉子は退かない。
ここで退いたら……
「だってこのくらいで怖がってたら……きっと、亞璃紗は帰って来ない……ッ!」
叫び、再び拳を構えて臨戦態勢を取る莉子。
先程の激情に身を任せた闘志とは全く違う。
冷静に今、自分がやらねばならないことを考えた上での対峙である。
「ハハ……恐怖に打ち勝ったようだね。いい面構えになったじゃないか」
「……気に入りません。わたしがお腹を痛めて産んだあの可愛い亞璃紗が、こんな愚かな小娘を選ぶわけがありません。きっとなにかの間違いなのです」
「好き放題言ってんじゃないわよ糞夫婦、あんた達がいくら強くても……あたしは一度吐いた唾は飲まない。ふたりまとめて、ボッコボコにしてやる」
莉子の覚悟を孕んだ言葉。
それを合図にするかのように、ふたりの剣士もゆっくりと構え直す。
「やってみるといい。君が抱く亞璃紗への想いが強いか、それとも僕達が亞璃紗へ寄せる愛が勝るか……お互い納得行くまで語り明かそうじゃないか」
「貴方が、本当に亞璃紗にとって相応しい人間なのか……試させて頂きます」
よくよく考えてみれば、これはピンチではない。
むしろ……絶好のチャンスだ。
亞璃紗に寂しい思いをさせたこの糞夫婦に正義の鉄槌を加えると共に、このふたりしか知り得ない亞璃紗の情報を吐かせる。
今まではただ、呆然と彼女がフラリと帰って来ることにささやかな期待を寄せて日々を過ごしていたが……このチャンスをモノにすれば、それが一変する。
もしかしたら、亞璃紗の所在が掴めるかもしれない。
そうすれば、自分から行動を起こせる。
亞璃紗に会いに行ってやる。
たとえ海外だろうが、シベリアだろうが、ンゴロンゴロ自然保護区だろうが、行ってやる。
絶対に会う。
会って……
それから……
それから―――




