せきちゃん閣下一家、ロックに目覚める
爆笑通信特別編
せきちゃん閣下一家、ロックに目覚める
その夜、爆笑通信では特別編が配信されていた。
昼間の赤嶺家の練習風景である。
春介のチューバ。
春海のドラム。
美空のピアノ。
陸翔のクラベス。
そこに混ざる、陽翔と結音の幼児全開の「ぶおーする」「どんどこする」。
さらに、燈真の拍手と灯乃の「ぶー」まで入った、にぎやかで、笑えて、でもちゃんと音楽になっている映像だった。
画面の下には、次々にコメントが流れていた。
「かわいすぎる」
「結音ちゃんのどんどこ係、強すぎる」
「陽翔くんのぶおーする、もう反則」
「春介くんたち、ちゃんと上手いのに、可愛さで全部持っていかれる」
「零歳組の間の取り方がベテラン」
その配信を、徳島支部でも見ていた。
せきちゃん閣下は、止まり木の上で妙に偉そうに胸を張り、画面をじっと見つめていた。
隣ではせいちゃん姫が羽づくろいをしながら、落ち着いた様子で視聴している。
その近くに、あわまる、きびまる、しらゆきも並んでいた。
最初のうちは、みんな普通に見ていた。
せいちゃん姫が、陽翔の「ぶおーする」に反応して、ふっと笑う。
「かわええなあ」
あわまるも首をかしげる。
「ぶおー、じょうず」
きびまるは結音のドラムを見て言う。
「どんどこ、いい」
しらゆきは、燈真の拍手のタイミングに目を丸くしていた。
「ちっちゃいのに、うまい」
そこまでは平和だった。
だが、問題はそのあとである。
画面の中で、赤嶺家の演奏が少し盛り上がり、リズムが強くなった瞬間、せきちゃん閣下の目の色が変わった。
「……せきちゃんも」
小さくつぶやく。
せいちゃん姫が横を向いた。
「ん?」
せきちゃん閣下は、もう一度言った。
「せきちゃんも、音楽する」
その声には妙な決意があった。
あわまるがぴょこっと跳ねる。
「おとうさん、おんがくするん?」
きびまるも前のめりになる。
「なにするん?」
せきちゃん閣下は、胸を張った。
「ロックや」
部屋の空気が一瞬止まった。
せいちゃん姫がゆっくり聞き返す。
「……ロック?」
せきちゃん閣下は大きく頷いた。
「そうや。せきちゃん、ロックのとりになる」
しらゆきが小さな声で言った。
「とりやん」
そこはもう、誰も否定できなかった。
次の瞬間、せきちゃん閣下は突然、首を上下に振り始めた。
ぶんっ。
ぶんっ。
ぶんぶんっ。
完全にヘドバンである。
せいちゃん姫が目を見開く。
「早い早い早い!」
あわまるが興奮する。
「おとうさん、すごい!」
きびまるも羽をぱたぱたさせる。
「ロックや! ロックや!」
しらゆきだけが少し引いていた。
「なんかこわい」
しかし、ここで黙って見ているせいちゃん姫ではなかった。
画面の中では、ちょうど春海のドラムが小気味よく鳴っている。
そのリズムにつられたのか、せいちゃん姫も小さく首を振り始めた。
「……うちらも音楽する」
その一言である。
あわまるときびまるが、すぐさま乗った。
「する!」
「するする!」
しらゆきも、少し遅れて首を傾ける。
「する」
こうして、徳島支部のインコ一家による、謎のロックタイムが始まった。
せきちゃん閣下は大きく上下に首を振る。
せいちゃん姫は少し上品に、しかし確実にノっている。
あわまるは左右にも揺れ始め、きびまるは勢い余って羽を広げた。
しらゆきは小刻みにぴょこぴょこしていて、もはやヘドバンなのか別の踊りなのかよくわからない。
画面の中では、ちょうど陽翔と結音のハイパー誘惑ウィンクと極上の投げキッスが炸裂した。
せいちゃん姫が思わず叫ぶ。
「うわっ、かわいっ!」
あわまるも続く。
「ちゅー、つよい!」
きびまるが興奮して跳ねる。
「これは、きく!」
しらゆきも遅れて叫んだ。
「つよい!」
そして、そのテンションのまま、また全員で首を振り出した。
完全に調子に乗っていた。
一番激しかったのは、当然せきちゃん閣下である。
ぶんっ。
ぶんっ。
ぶんぶんっ。
ぶんぶんぶんっ。
気合いが入りすぎている。
いや、入りすぎどころではない。
全身全霊、ロックの化身になろうとしていた。
せいちゃん姫が途中で止まり、嫌な予感を覚えた。
「ちょっと、お父さん」
しかし遅かった。
せきちゃん閣下の首の動きが、急に鈍った。
ぶん……。
ぶ、ぶん……。
……ふらっ。
動きが止まる。
せきちゃん閣下は、止まり木の上でふらふらと揺れた。
「……め、めがまわる」
せいちゃん姫が即座に叫ぶ。
「当たり前や!」
あわまるが目を丸くする。
「おとうさん、だいじょうぶ?」
きびまるが真顔で言った。
「やりすぎたんや」
しらゆきも頷く。
「やりすぎ」
だが、せきちゃん閣下はここで終わらなかった。
妙な意地があった。
「だいじょうぶ……せきちゃん、まだいける……」
「いけん!」
せいちゃん姫の制止もむなしく、せきちゃん閣下はふらふらのまま羽を広げた。
そして飛んだ。
いや、飛ぼうとした。
だが、その姿は優雅な飛行とは程遠かった。
まず、真っ直ぐ進まない。
左へ寄れ、右へ流れ、少し上がったと思ったら、急に下がる。
部屋の中をふらふら、よろよろと飛び回るその姿は、どう見ても正常な飛行ではない。
あわまるがぽかんと見上げた。
「おとうさん……」
きびまるが続ける。
「なんか……」
しらゆきが、はっきり言った。
「へん」
せいちゃん姫は頭を抱えた。
「酔っぱらい飛行は、インコ憲法で厳禁やで!」
その一言で、全員が吹き出した。
あわまるが羽をばたばたさせながら笑う。
「おとうさん、ふらふらや!」
きびまるも止まり木を踏み外しそうになりながら笑っている。
「飛び方が完全に酔っぱらったオッサンや!」
しらゆきまで、珍しく大きな声で言った。
「おとうさん、何やってんの?」
せいちゃん姫がすぐに追い打ちをかける。
「そうや! お父さん、何やってんの? それロックやのうて、ただの酔っぱらい飛行やで!」
その瞬間、空気が壊れた。
あわまるは笑いすぎて止まり木にしがみつく。
きびまるは顔を伏せて羽を震わせている。
しらゆきは「なにやってんの、なにやってんの」と繰り返しながら転げそうになっていた。
せきちゃん閣下本人は、まだ飛びながら抗議する。
「せきちゃんは……ろっく……」
「黙り! 休み!」
せいちゃん姫のツッコミが鋭く飛ぶ。
そのときだった。
せきちゃん閣下は、なんとか止まり木に戻ろうとした。
しかし、目が回っているせいで距離感が完全におかしい。
着地しようとして、少し手前で失速。
あわてて羽ばたき直し、今度は止まり木の端に引っかかる。
さらに体勢を立て直そうとして、片足だけ妙に伸びる。
その姿が、あまりにも情けなかった。
まるで、居酒屋帰りの酔っぱらいが玄関の段差でバランスを崩しながら、それでも「まだ大丈夫」と言い張っているみたいだった。
せいちゃん姫は、とうとう笑いに耐えきれなくなった。
「無理や……腹筋があっちの世界に行った……」
あわまるも羽をばたつかせながら叫ぶ。
「ぼくの腹筋も、もう帰ってこん!」
きびまるも続く。
「おとうさん、伝説や!」
しらゆきが真顔で締めた。
「酔っぱらい飛行の伝説」
せきちゃん閣下は、ようやく止まり木に戻ったものの、まだ少し目を回していた。
それでも妙に誇らしげに胸を張る。
「せきちゃん……ろっく……」
せいちゃん姫がびしっと言い切る。
「それはロックやない。ただの無茶や」
また全員が吹き出した。
しかも、その一部始終は、徳島支部の配信担当によってしっかり撮られていた。
翌日、爆笑通信に追加動画が上がった。
タイトルはこうだった。
「爆笑通信特別編 せきちゃん閣下一家、音楽に乗るもお父さんだけヘドバンしすぎて酔っぱらい飛行」
説明欄には、せいちゃん姫の短いコメントが添えられていた。
「音楽は楽しく。
ヘドバンはほどほどに。
酔っぱらい飛行はインコ憲法で厳禁です」
当然、コメント欄は大荒れだった。
「何やってんの? が強すぎる」
「酔っぱらい飛行で腹筋終わった」
「せきちゃん閣下、ロック向いてるけど三半規管が向いてない」
「せいちゃん姫のツッコミ、今日もキレキレ」
「しらゆきちゃんの“何やってんの?”で完全にやられた」
「インコ憲法って何やねん」
そして、その動画は赤嶺家にも共有された。
再生開始から数秒後。
春海が机に突っ伏した。
「だめ、無理……」
春介はチューバを抱えたまま笑い崩れる。
「お父さん、何やってんの? は反則やろ……」
真衣はその場にしゃがみ込んだ。
「酔っぱらい飛行て……言葉が強すぎる……」
優奈はホワイトボードに大きく書いた。
「本日の結論
せきちゃん閣下、やりすぎ」
光子も優子も、腹を抱えて笑っていた。
美香は涙をぬぐいながら言う。
「まさかうちの練習風景が、徳島でこんな二次災害起こすとは思わなかった」
アキラが静かに頷く。
「音楽の影響力ってすごいね」
春海がすぐに突っ込む。
「まとめ方が雑!」
また全員が笑った。
その笑いは、なかなか止まらなかった。
赤嶺家の練習風景がきっかけで、徳島のインコ一家がロックに目覚め、
その結果、お父さんだけがヘドバンしすぎて酔っぱらい飛行になり、
せいちゃん姫と子どもたちから「お父さん、何やってんの?」と総ツッコミを浴びる。
そんな展開、誰が予想できただろう。
だが、爆笑通信では、そういう予想外の出来事こそが、いちばん強い。
その日以降、爆笑通信の視聴者たちの間では、新しい標語がひそかに広まった。
「音楽は楽しく。
ヘドバンは計画的に。
お父さん、何やってんの? と思ったら、だいたい面白いことが起きている」




