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爆笑三姉妹〜陽翔・結音誕生から、燈真・灯乃、彩羽・悠翔誕生まで  作者: リンダ


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笑いと音が暴走する午後

土曜の赤嶺家

―笑いと音が暴走する午後―


土曜日の午後二時。

赤嶺家の二階にあるスタジオは、今日もいつものように、音を待っていた。


防音材の貼られた壁。

磨かれた鍵盤。

部屋の中央に置かれたドラムセット。

隅には春介のチューバが、いかにも「今日は重低音で支えるぞ」と言わんばかりの顔をして鎮座している。

譜面台の上には、昨日の夜、美香が清書したばかりの譜面がきちんと並べられていた。


赤嶺春介はその譜面をじっと見つめ、真面目な顔で言った。


「今日こそ完成させる」


隣でスティックを回していた春海が、ふっと笑う。


「毎週それ言いよるやん」


「いや、今日は違う。今日は光子お姉ちゃんと優子お姉ちゃんが来る。つまり、いいところ見せたい」


「動機が不純」


「不純じゃない。純度百パーセントの見栄」


春海は吹き出した。


「それを堂々と言うな」


そのとき、ドアの向こうから美香の声が聞こえた。


「二人とも、準備できた?」


「できたー!」


春介と春海が声を揃える。

すぐ後ろから、アキラの落ち着いた声も続いた。


「録音も回せるようにしてあるよ。今日は一回通しでやって、良さそうならそのまま残そう」


美香がスタジオに入ってくる。

手には譜面の束、肩にはいつもの柔らかな笑み。

その後ろからアキラも現れ、機材のランプをひとつずつ確認し始めた。


「今日の目標はひとつだけ」


美香が言う。


「上手にやることじゃない。楽しく、ちゃんと最後までやること」


「はいっ」


春海は素直に返事をしたが、春介は腕を組んでいた。


「俺は上手にもやりたい」


「欲張りやね」


「長男やけん」


「意味がわからん」


そのとき、一階からインターホンの音が鳴った。


春介と春海の顔が、ぱっと明るくなる。


「来た!」


春介は階段に向かって駆け出し、途中で春海に言われた。


「走らん! 転ぶ!」


「転ばん!」


その直後、三段ほど踏み外して「うおっ」と変な声を上げた。


「ほら!」


「今のは転んでない、着地に失敗しただけ!」


「それを転んだって言うと!」


下から笑い声が上がる。

玄関を開けた先にいたのは、クラスメイト六人だった。


藤井陸翔、山根翔吾、片岡智也。

高橋美空、松岡真衣、井上優奈。


それぞれが慣れた様子で「おじゃましまーす」と入ってくる。

けれど今日は、いつもより目がきらきらしていた。

理由は明白だ。今日は土曜日。光子と優子が来る日だからだ。


真衣が靴を脱ぎながら言った。


「今日ほんとに来るんよね?」


春海が胸を張る。


「来る。しかもたぶん、ツッコミも飛んでくる」


優奈が目を輝かせる。


「見たい!」


陸翔が頷く。


「俺、前回の“その間は長すぎる”ってダメ出し、いまだに忘れられん」


翔吾は冷静に言った。


「僕は機材よりそっちが楽しみです」


智也がぼそっと言う。


「本来の目的を見失ってる気がする」


「でも否定できんやろ」


「できん」


そのとき、再びインターホンが鳴った。


春海が目を見開いた。


「来た」


春介も固まった。


「来た」


なぜかみんな、背筋を伸ばした。


美香が苦笑する。


「なに、その空気」


アキラが小さく笑う。


「大物ゲスト登場前の控室みたいになってる」


玄関が開く。


「やっほー!」


「お邪魔しまーす!」


明るい声とともに、光子と優子が入ってきた。


そして、その両脇には、もっと破壊力の高い存在がいた。


陽翔。結音。

そして、光子に抱かれた燈真、優子に抱かれた灯乃。


二歳組と零歳組である。


その瞬間、スタジオの全員の視線が一斉にそちらへ向いた。


真衣が小声で言う。


「終わった」


優奈も頷く。


「今日はもう集中無理」


光子が笑う。


「なによ、まだ何もしてないよ」


優子がさらっと続ける。


「いや、存在だけで八割持っていくタイプやけんね、この子ら」


陽翔は春介を見るなり、両手を広げた。


「はるにぃー!」


結音も負けじと叫ぶ。


「はるみねぇー!」


二人が駆け寄ってくる。

春介と春海は、さっきまでの真面目な顔が嘘のように崩れた。


「うわ、きたきたきた!」


「今日も元気やねえ!」


陽翔は春介のチューバを指さした。


「ぶおーする?」


「する。あとで一緒にする」


結音はドラムを見て、両手をぱたぱたさせる。


「どんどこする!」


「する。今日は特別にどんどこ係や」


それを聞いた真衣が横から顔を出した。


「えっ、私のどんどこ係は?」


「真衣はうるさいどんどこ係」


「ひどっ!」


「結音ちゃんは可愛いどんどこ係」


「差別や!」


「区別や!」


そこへ優子がすかさず口を挟む。


「真衣ちゃんは“勢いでシンバル割りかける係”やろ」


スタジオがどっと笑う。

真衣は両手をぶんぶん振った。


「割ってない! まだ一回も割ってない!」


春海が腕を組む。


「“まだ”って言ったね」


「しまった!」


光子は笑いながら燈真を少し持ち上げた。


「ほら燈真、ここが今日の戦場よ」


燈真は意味もわからず、にこっとした。


それだけで陸翔が壁に手をついた。


「無理や。可愛すぎる」


智也が真顔で言う。


「この家、危険区域に指定した方がいい」


翔吾も頷く。


「集中力が維持できません」


アキラが機材を見ながら、淡々と言う。


「本日の録音タイトルは“可愛さで全員崩壊”かな」


美香が笑いをこらえながら言った。


「まだ演奏始まってないんだけど」


ようやく全員がスタジオに入り、位置についた。


ピアノの前には美空。

クラベスは陸翔。

小物打楽器は智也。

優奈はホワイトボードの前で、今日も「音の絵」担当である。

翔吾は機材と部屋の響きを見ながら、すでに半分エンジニアの顔をしていた。


美香が手を叩く。


「はい、まずは一回通します。途中で止まってもいいから、とにかく流れを掴もう」


「はい!」


すると陽翔も元気よく手を挙げた。


「はいっ!」


結音も負けない。


「はいー!」


春海が笑う。


「返事だけで満点」


優子が言う。


「しかもこの二人、返事の音圧が強い」


光子が陽翔に聞いた。


「陽翔くん、今日は何係?」


陽翔は少し考えて、胸を張った。


「ぶおーみる係!」


「見るんかい」


「吹かんのかい」


みんなのツッコミが綺麗に揃った。


美香がピアノの前に座り、最初の和音を鳴らした。


部屋に静かな音が広がる。


春介がチューバで低音を入れる。

春海がハイハットを刻む。

美空が主旋律を乗せる。


いい。

かなりいい。


光子が小さく頷いた。


「うん、前よりまとまっとる」


優子も頷く。


「春海、リズム安定したね」


春海は少し照れた顔をする。


「そ、そう?」


「うん。前回はちょっと“追い越し気味の快速ドラム”やったけど、今日はちゃんと各駅停車になっとる」


春介が噴き出した。


「たとえが鉄道なんよ」


「わかりやすいやろ」


陸翔がクラベスを打ちながら言う。


「俺いま、特急に乗り換えそうやった」


「乗り換えるな!」


そこから少しずつ笑いが混ざり始めた。


智也がタンバリンを入れるタイミングを一拍間違えて、なぜか一人だけ祭りみたいな音を出してしまう。


シャランッ。


全員の音が一瞬止まった。


春介が振り返る。


「誰や今、急に夏祭り始めたの」


智也が真顔で言う。


「気持ちが先走った」


「気持ちで楽器鳴らすな」


「でも楽しそうだった」


「確かに楽しそうではあった」


美香が笑いながらピアノを止めた。


「はい、今のいい。間違い方が面白かった」


智也が胸を張る。


「狙ってません」


優子が言う。


「狙ってないから強いんよね」


真衣がすかさず突っ込む。


「そこ褒めたらあかんやつ!」


そのとき、結音が急に真衣を見て言った。


「まいちゃん、おっきいね」


真衣が固まる。


「えっ」


陽翔も続いた。


「おっきい!」


真衣はなぜか両手で頭を押さえた。


「な、なにが!?」


春海が腹を抱えて笑う。


「たぶん声」


優子が冷静に言う。


「存在感やろ」


光子が追い打ちをかける。


「シンバル割りそうな圧もあるね」


「だから割ってないって!」


スタジオは大笑いになった。


その騒ぎの中、燈真が「きゃっ」と声を出した。

みんながそちらを見ると、燈真がちょうどいいタイミングで手をぱちんと合わせた。


アキラが目を細める。


「今の、完全に笑いの合いの手やった」


美香が笑う。


「血筋だねえ」


灯乃も負けじと「ぶー」と声を上げた。

それがあまりに堂々としていて、今度は優奈がホワイトボードに大きく「本日の名言 ぶー」と書いた。


翔吾が言う。


「作品タイトルにできますね」


春介が真顔で頷く。


「前衛芸術すぎる」


少し休憩を挟んで、二回目の通しに入ろうとしたときだった。


光子がふと思いついたように言った。


「ねえ、陽翔くん。こっち向いて、にこってしてみて」


陽翔はすぐに反応した。


「にこっ!」


結音も負けない。


「にこー!」


そのまま光子が言う。


「じゃあ次、ぱちん」


陽翔が片目を閉じた。

ウィンクである。


それを見た結音も、少し遅れて、ぎこちないけれど全力のウィンクをした。


そして優子が言った。


「最後は、ちゅっ、やってみる?」


結音が両手を前に出し、思いきり投げキッス。


「ちゅーっ!」


陽翔も真似して、口を尖らせながら前へ。


「ちゅっ!」


その瞬間だった。


陸翔のクラベスが手から落ちた。


カラン。


真衣がその場にしゃがみ込んだ。


「だめ、無理、かわいい」


優奈はホワイトボードにでかでかと「尊死」と書いた。


智也は壁を向いて肩を震わせている。

春介はチューバを抱えたまま後ろによろけた。


「これ反則やろ!」


春海はドラムの前で顔を覆っていた。


「ハイパー誘惑ウィンクやん……極上の投げキッスまでついとるやん……」


光子がにやりと笑う。


「どう?」


優子も肩をすくめる。


「これが二歳児の本気です」


美香が額に手を当てる。


「いま完全に全員やられたね」


アキラが静かに録音ランプを見た。


「録れてる」


春介が即座に言う。


「保存!」


優奈も叫ぶ。


「永久保存!」


真衣が顔を上げる。


「これ、学校発表会の前にやったら、客席みんな倒れるよ」


優子が真剣に頷く。


「じゃあ使おう」


「使うんかい!」


全員のツッコミがまた揃った。


だが、光子は本気だった。


「Aメロ前の一拍で、ちびっ子ウィンクと投げキッス。そこから演奏入ったら、空気ぜったい柔らかくなる」


美香も考え込む。


「……たしかに」


春海が目を丸くする。


「採用されるんや」


春介が言う。


「うちの曲、二歳児の演出で完成するのか」


アキラが淡々とまとめた。


「芸術に年齢制限はないからね」


「かっこよく言ってるけど、やってることは幼児兵器の導入です」


「兵器って言うな」


三回目の通しは、まさに別物になった。


最初の一拍前。

陽翔と結音が前に出る。

光子と優子が後ろでそっと支える。


「いくよー」


「にこっ」


「ぱちん」


「ちゅーっ」


その瞬間、部屋全体の空気がふわっと緩む。


そして、そこへピアノが入る。


やわらかく、伸びやかに。

チューバがその下を支え、ドラムが歩幅を揃え、クラベスが心拍のように刻まれる。

タンバリンも今度は祭りにならない。

美空の旋律はさっきよりずっと自由で、優奈はホワイトボードに窓と音符を描き、翔吾は部屋の響きを微調整しながら満足そうに頷いていた。


最後の音が消えたとき、しばらく誰も声を出さなかった。


先に口を開いたのは光子だった。


「……よかった」


優子も静かに言う。


「うん。笑ってるのに、ちゃんと音楽やった」


その言葉に、春介が少しだけ胸を張る。


春海も、照れたように笑った。


真衣が両手を挙げる。


「やったー!」


その勢いで立ち上がろうとして、ドラムの椅子に膝をぶつけた。


「痛っ!」


春介が即座に言う。


「締まらん!」


優奈が笑いながら書き足す。


「本日の名場面 成功の直後に自爆」


智也がぽつりと言う。


「真衣、期待を裏切らんね」


「なんで成功したあとに株下がるんよ!」


そこへ陽翔が真衣を見て言った。


「まいちゃん、どじー」


部屋が爆発した。


真衣は両手で顔を覆う。


「二歳児に言われた! 二歳児に言われた!」


結音まで追い打ちをかける。


「どじー!」


「やめて! 可愛い声で刺してこんで!」


春海は笑いすぎて椅子からずり落ちた。


「だめ、腹筋、ほんとに無理……」


美香も肩を震わせていた。


アキラはそんな様子を見ながら、静かにプリンの乗ったトレイを運んできた。


「はい、休憩。今日はノーマルプリンです」


陸翔がすぐに反応する。


「“ノーマル”って何ですか」


優子が即答する。


「事故ってない方」


真衣がまだ笑いながら言う。


「事故ったプリンって何」


春介が真面目な顔で言った。


「語り継がれる伝説や」


「そこだけ急に神話にするな」


陽翔がプリンを見て目を丸くする。


「ぷりん!」


結音も跳ねる。


「ぷいん!」


灯乃が「ぶー」と言い、燈真がにこにこしながら手を伸ばした。


その光景を見て、光子がぽつりと言った。


「なんかさ」


みんながそちらを見る。


「こういうのが、一番いいね」


優子も柔らかく笑う。


「うん。上手にやるとか、ちゃんと合わせるとかも大事なんやけど」


美香が続ける。


「結局、音楽って、人と一緒に笑えるかどうかだよね」


アキラが頷く。


「家でやる音楽は特にね」


その言葉に、少しだけ静かな時間が流れた。


けれど、そのしんみりした空気を真っ先に壊したのは、やはり真衣だった。


「よし! 私、次の本番までに絶対シンバル割らんようにする!」


全員が一瞬止まる。


春介がゆっくり言った。


「割る前提なんよ」


優子が言う。


「目標設定が低い」


光子も続ける。


「“割らない”は最低ラインなんよ」


真衣が両手を振り上げる。


「違う! 違う! 今のは言葉のあや!」


すると陽翔が嬉しそうに真似をした。


「ことばのあやー!」


結音も続く。


「あやー!」


春海が笑いながら机に突っ伏した。


「もうだめ。今日は何しても勝てん」


優奈がホワイトボードいっぱいに書く。


「本日の結論

二歳児、最強」


翔吾が冷静に付け加える。


「零歳児も強いです」


燈真がちょうどその瞬間に、また絶妙なタイミングで拍手した。


ぱちぱち。


灯乃は「ぶー」と言いながら手をぱたぱたさせた。


全員がまた笑った。


スタジオは、もう完全にひとつの生き物みたいになっていた。

音が鳴って、笑いが起こって、誰かが転びかけて、誰かが突っ込んで、赤ちゃんが拍手して、二歳児が全部持っていく。

その繰り返しの中で、不思議なくらい自然に、曲は育っていった。


土曜日の赤嶺家は、たぶん今日も、どこよりもにぎやかだった。


そしてそのにぎやかさこそが、この家にしか作れない音楽だった。


次章につながる終わり


帰り際、陽翔が春介の服を引っ張って言った。


「またくる!」


結音も胸を張る。


「どんどこする!」


春海がしゃがみこんで目線を合わせる。


「次はもっと叩く?」


「たたく!」


「ちゅーもする!」


春介が吹き出した。


「演出まで完璧やん」


光子が笑い、優子も頷く。


「次の土曜も、たぶん来るよ」


美香が柔らかく答える。


「いつでもおいで」


アキラがドアを開けながら言った。


「次は本番前の最終リハかな」


優奈がすぐに反応する。


「じゃあホワイトボード、もっと大きいの持ってくる」


真衣も言う。


「私は転ばない」


全員が即座に突っ込んだ。


「そこから!?」


笑い声が玄関まで響く。


その日の録音データのファイル名を見て、アキラは少し考えたあと、こう打ち込んだ。


「土曜の赤嶺家_笑いと音が暴走する午後_完成一歩手前」


それを見た美香が笑う。


「一歩手前なんだ」


アキラも笑った。


「完成したら、少し寂しい気がして」


美香は小さく頷いた。


たしかにそうだった。


こうして、まだ少し未完成で、

まだ少し笑いすぎて、

まだ少し予定外だらけのまま、

みんなで音を作っている時間こそが、


いちばん幸せなのかもしれなかった。

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