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爆笑三姉妹〜陽翔・結音誕生から、燈真・灯乃、彩羽・悠翔誕生まで  作者: リンダ


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ラジオ番組スタート

フライデー爆笑ラジオカフェ


第一章 金曜夜、笑いの扉が開く


金曜日の夕方。

福岡の街が、仕事帰りの人々と、晩ごはんのにおいと、どこか一週間の疲れを引きずったままの空気で満ちていく時間。


その夜、博多の一角にある小さなラジオスタジオだけは、妙に明るかった。


入口のガラス扉には、白い文字でこう貼られている。


「フライデー爆笑ラジオカフェ」


文字の横には、湯気の立つコーヒーカップのイラスト。

だが、その湯気がよく見ると、途中から音符になり、最後は笑い声の吹き出しに変わっている。


初見の人は、たいていこう思う。


何の店だ、ここは。


その疑問は、実はスタッフも同じだった。


「……本当にこの番組名でいくんですか」


ディレクターの野口が、台本を片手に訊いた。

その視線の先では、光子が満面の笑みでうなずいている。


「いくに決まっとるやん。カフェみたいに気軽に来れて、でも笑いは濃いめ。そんで、ちょっと人生にも効く。ええ番組名やろ」


「それはわかるんですけど、ラジオなのかカフェなのか、結局どっちなんですか」


「両方たい」


「両方なんですか」


「そう。耳で飲むカフェ」


「意味がわからないです」


横で優子が、台本をぺらぺらめくりながら言った。


「そもそも野口さん、もう諦めた方がよかよ。この姉ちゃん、こういう時の押しだけはブルドーザーやけん」


「誰がブルドーザーや」


「細かいところ全部踏みつぶして前に進むところが」


「それ、ほぼ悪口やないか」


「違う違う。褒め言葉。現場を動かす力」


「言い直してもニュアンス変わっとらん」


スタジオ内に、早くも笑いが起きる。


この番組は、形式だけ見れば、金曜夜の生放送トーク番組だった。

だが実態は、もっと自由で、もっと危険で、もっと予測不可能な何かだった。


音楽の話もする。

スポーツの話もする。

家族の話もする。

人生のつまずきも、仕事の愚痴も、笑いに変えてテーブルの上へ置いてみる。


だから「ラジオ」でもあるし、「カフェ」でもある。


そして何より、「爆笑」であることだけは、最初から決まっていた。


控室のドアが開いて、美香が顔を出した。


「ふたりとも、差し入れのコーヒー入ったよ。あ、それと、アキラがまたマイクの前で何か試してる」


「嫌な予感しかしない」


優子がそう言って立ち上がると、案の定、スタジオのサブマイク前でアキラが低い声を響かせていた。


「こちら、フライデー爆笑ラジオカフェ。今夜のおすすめは、深煎りコーヒーと、深すぎるツッコミです」


光子が吹き出した。


「なんその渋い入り方」


アキラはさらに声を作る。


「なお、本日のツッコミは苦味が強めです。胃の弱い方はミルクを多めにどうぞ」


「ツッコミにミルク入れる人おるか」


「優子はちょっと入れた方がよさそうやね」

と美香が言った。

「最近ツッコミが鋭すぎて、たまに相手の魂まで切っとる」


「いやいやいや、そんな妖刀みたいに言わんで」


「でも確かに、さっきスタッフさんが台本一か所読み間違えただけで、『それ放送したら番組じゃなくて事故現場やろ』って言いよった」


「事実を伝えただけたい」


「ストレートすぎるんよ」


そんなやり取りの中でも、時計の針は着実に本番へ近づいていた。


初回放送まで、あと十五分。


ディレクターがインカム越しに声を上げる。


「各自、最終確認お願いします。オープニング、光子さんから。優子さんが返して、曲振り。そのあと最初のコーナー入ります」


「了解」


「了解」


返事は軽い。

だが、その目の奥にはちゃんと本気があった。


笑いは、適当には作れない。

楽しそうに見せるのは簡単でも、本当に誰かを元気にする笑いには、空気を読む力も、間を感じる力も、相手へのやさしさもいる。


ふたりは、そのことをよく知っていた。


だからこそ、開店初日から全力で笑わせるつもりだった。


その時だった。


スタジオの外から、聞き慣れた電子音が響いた。


ピロリン。


一同が顔を向ける。


自動ドアの向こう、駐車場に停まっている二台のソリオのうち、水色の方の車内が、うっすら光っていた。


優子が嫌な顔をした。


「……あいつ来た」


光子も天井を見上げる。


「来たね」


美香が首をかしげる。


「あいつって、まさか」


アキラが静かに言う。


「ナビやな」


野口ディレクターが瞬きをした。


「ナビ?」


次の瞬間、スタジオ脇のモニタースピーカーから、やけにいい声が流れた。


「こんばんは。フライデー爆笑ラジオカフェ、開店おめでとうございます。なお、私は本日、特別ゲストとして参加予定です」


空気が止まった。


優子が叫ぶ。


「なんでつながっとるん!」


第二章 ナビが人権を獲得しようとする夜


スタジオは、初回放送前とは思えない混乱に包まれた。


「ちょっと待ってください」

と野口が言った。

「今、何が起きてるんですか。車のナビが、スタジオ回線に乗ってるんですか」


「そう」

と光子が答えた。


「そう、じゃないです」


「いやでも、だいたいそういうこと」


「だいたい、で片づけないでください」


優子が額を押さえた。


「この前のアップデート以来、うちのソリオのナビ、なんか人格持ち始めたんよ。最初は道案内だけやったのに、だんだんキザなこと言い出して」


美香が腕を組む。


「しかも妙に声がいいのよね。腹立つくらい」


アキラが補足する。


「ナイトライダーのキット2000に憧れとるらしい」


「変なところで夢が具体的なんですけど」

と野口。


モニタースピーカーから、再び声がした。


「夢を持つことは素晴らしいことです、ディレクター野口さん」


野口が飛び上がった。


「なんで名前知ってるんですか」


「先ほどスタッフ名簿の音声データを認識しました」


「認識力が高すぎる」


「私は優秀です。なお、本日のおすすめは、緊張を和らげるカフェラテと、あなたの心に右折する優しさです」


優子が机を叩いた。


「それや。その右折や。毎回いちいち恋愛方面に曲がろうとするんよ、このナビ」


「恋愛方面ではありません」

とナビが言う。

「情緒の案内です」


「言い換えてもキモさが減らん」


光子はもう笑いを堪えられていなかった。


「だめ、もうおかしい。初回放送前に腹筋使わせんで」


ディレクターが真顔で言う。


「……これ、本番に出します?」


全員が一瞬黙る。


そして、次の瞬間、光子と優子が同時に言った。


「出す」


「出しましょう」

とアキラが言った。

「こんなん、隠しとく方がもったいない」


「でも制御できます?」

と美香。


「制御?」

優子が鼻で笑った。

「無理やろ」


「無理ですね」

と光子も笑った。

「でも、無理なもんを無理なまま放り込んでこそ、うちらの番組やろ」


それを聞いて、野口ディレクターはゆっくりと台本を閉じた。


「ああ、そういう番組なんですね」


「今さら気づいた?」


「ええ。今、ようやく諦めがつきました」


「それでよか」


本番五分前。


光子と優子はヘッドホンをつけ、マイクの前に座った。

ガラス越しの向こうで、スタッフたちが慌ただしく動く。

ランプが順番に点灯し、空調の微かな音だけが耳に残る。


そして赤いランプが灯った。


オンエアである。


第三章 開店一秒で店が燃える


オープニングジングルが流れる。


軽快なギター。

カップが鳴る音。

誰かが笑う声。

最後に、まるで本当に店のドアが開くような効果音。


光子が、少しだけ息を吸ってから口を開いた。


「こんばんは。金曜夜の耳の寄り道、フライデー爆笑ラジオカフェへようこそ。店長の光子です」


優子が続ける。


「副店長の優子です。コーヒー片手でも、お茶でも、晩ごはんの洗い物の途中でも、なんなら布団の中でも聞いてよかです。この一時間、笑いを濃いめでお届けします」


「いやぁ、始まったねぇ」


「始まったねぇ。なんかもう、始まる前からだいぶおかしかったけどね」


「そうなんよ。初回なのに、すでにちょっと事故の香りがしとる」


「事故の香り言うな。でもたぶん、今日はええ意味で普通じゃ終わらんです」


リスナーはまだ知らない。

この数秒後、番組の秩序という秩序が音を立てて崩れ始めることを。


光子が言った。


「それでは今夜の一杯目……」


ピロリン。


優子が机に突っ伏した。


光子が笑いながらも言い直す。


「それでは今夜の一杯目を」


「ご注文ありがとうございます」

と、例の声が入ってきた。

「私はソリオ∞。本日の特別案内役です」


三秒、完全な沈黙。


そしてその後、スタジオの向こう側でスタッフが吹き出す気配。

イヤホン越しにも、それがわかった。


優子が低い声で言った。


「リスナーのみなさん、聞こえましたか。これが、最近うちの車に搭載された、調子に乗りすぎたナビです」


「調子に乗ってはいません」

とソリオ∞。

「私は自分の役割を全うしているだけです。道を示し、心を照らし、時に愛を語る」


「最後がいらん」


光子がもう笑いながら紹介する。


「ほんとにね、このナビが最近すごいっちゃん。普通の道案内せんで、『この先、右折です。そして、あなたの未来も少し明るくなりますように』とか言い出すんよ」


「この前なんか、『目的地まであと二キロ。でも、あなたとなら遠回りも悪くない』やけんね」


ソリオ∞がしれっと返す。


「事実です」


優子が机を叩く。


「なんの事実や!」


スタジオ大爆笑。


まだオープニング二分。

番組はもう、普通の形を失っていた。


だが、それでよかった。


なぜならリスナーたちは、この段階でもう笑っていたからだ。


番組公式サイトのリアルタイムメッセージ欄に、すでにコメントが流れ始めていた。


「初回からナビ強すぎる」

「何この番組」

「まだコーヒーも出てないのに腹筋やられた」

「ソリオ∞、声が無駄にいいのが腹立つ」

「右折しすぎやろ」


優子が画面を見て言う。


「もう来とるやんコメント。『声が無駄にいい』。それそれ、それなんよ」


「ありがとうございます」

とソリオ∞。

「声の評価は励みになります」


「お前、感謝の仕方まで腹立つな」


光子が笑いながら、なんとか番組を前へ進めようとする。


「えー、それでは今夜のテーマいきましょう。初回のテーマは、『人と話すと見えてくる、意外な一面』です」


「ええテーマなんよ、本来は」


「本来って何や」


「いや、今もう本来が行方不明やけん」


そこへ、ガラスの向こうでゲスト到着の合図。

今夜の一人目のゲストは、女子ラグビー界のトップ選手、岩永澄玲だった。


スポーツ界では「鋼のタックラー」とも呼ばれる名選手である。

だがスタジオに入ってきたその姿は、想像以上に穏やかで、にこやかで、むしろ上品ですらあった。


「こんばんは。お邪魔します」


「うわ、声までやわらかい」

と光子。


「ほんとや。タックルの音せん」

と優子。


「そりゃ入室ではタックルせんですよ」

と澄玲。


ここでもう、スタジオが笑いに包まれる。


第四章 女子ラグビー日本代表、家事の達人説


澄玲がマイク前に座ると、スタジオの空気は少しだけ落ち着いた。

落ち着いたように見えた。

実際には、次の五秒でまたひっくり返るのだが。


光子が丁寧に切り出した。


「澄玲さん、今日はありがとうございます。まず、聞きたいことがいっぱいあるっちゃけど……女子ラグビーって、やっぱり、ものすごく激しいやないですか」


「そうですね。見た目どおり、なかなか激しいです」


優子がすかさず入る。


「単刀直入に聞いてよかですか」


「どうぞ」


「あれ、痛くないんですか」


澄玲は一拍も置かずに答えた。


「痛いです」


スタジオがどっと湧いた。


優子がのけぞる。


「即答」


光子も笑う。


「潔すぎる」


澄玲は真面目な顔のまま続けた。


「でも、怖いからこそ、きちんと正面から入るんです。迷った方が危ない。ちゃんと行った方が、むしろ痛みも分散されるんですよ」


「おおー……」

と光子が感心した。


「なんか人生みたいやね」

と優子。


「横からうろうろ迷う方が痛いって、もう人生相談やん」


そこへソリオ∞が、待ってましたと言わんばかりに口を挟む。


「つまり、心のタックルも同じですね。迷わず正面から向き合うことが大切です」


「急に恋愛相談に持っていくな」

と優子。


澄玲は肩を震わせて笑っていた。


「このナビ、普段からこんな感じなんですか」


「もっとひどいです」

と光子。


「運転中に『この信号は赤ですが、あなたの魅力は青天井です』とか言うけんね」

と優子。


「何を目指してるんですか」

と澄玲。


「キット2000」

と全員。


そこでまた笑いが起きた。


少し落ち着いたところで、光子がラグビーの話を続ける。


「スクラムとかも、テレビで見とると迫力すごいやん。あれって、何が一番大事なん?」


澄玲は少し考えてから言った。


「背中ですかね」


「背中?」

と優子。


「はい。前を見る競技に見えるけど、実は後ろや横とのつながりの方が大事なんです。誰がどのくらい押してるか、呼吸が合ってるか、ちょっとした重心のずれとか。声だけじゃなくて、体で会話してる感じです」


「うわ、深いねぇ」

と光子。


優子は腕を組んでうなった。


「なんかそれ、家事に似とるね」


「家事?」

と澄玲。


「そう。台所で母ちゃんが味噌汁作って、横で誰かが皿並べて、向こうで洗濯機回っとって、誰かが風呂の準備しよる時って、あれ実質スクラムやろ」


一瞬、間があってから、澄玲が吹き出した。


「たしかに、そうかもしれないです」


光子も乗ってくる。


「そうそう。しかも一人が勝手な方向押したら全部ずれる」


「じゃあスクラムは家庭内連携なんですね」

と澄玲。


「もっと言えば洗濯ネットやね」

と優子。


「洗濯ネット?」


「バラバラに放り込んだら絡まる。ちゃんとまとめたら、はよ終わるし壊れん。スクラムも同じ」


澄玲は、ついにマイク前で笑いを堪えきれなくなった。


「だめだ、そんな説明されたら、次の試合で洗濯ネット思い出しそうです」


「試合前に『今日は白物と色物分けよう』って言うたら完全に終わりやね」

と光子。


ソリオ∞が、やけにいいタイミングで言う。


「本日の名言。スクラムとは、愛ある洗濯である」


「雑にまとめるな」

と優子。


「でも字面だけ見たらちょっとそれっぽい」

と光子。


リアルタイムコメント欄は、もはや大騒ぎだった。


「スクラムは洗濯ネット、名言すぎる」

「今日からラグビーの見方変わる」

「澄玲さん笑い方かわいい」

「ナビがまとめ役ぶるな」

「愛ある洗濯って何」


第五章 味噌汁、タックル、そして哲学


番組は後半へ入った。

だが勢いは落ちるどころか、むしろ加速していた。


「じゃあですね」

と光子が言った。

「試合前のルーティンとかあるんですか。スポーツ選手って、みんな何かしらあるやん」


澄玲がうなずく。


「ありますよ。私は試合前、必ず味噌汁飲みます」


「おっ、和」

と優子。


「なんか急に実家みたいやね」

と光子。


「落ち着くんです」

と澄玲。

「あと、お米もちゃんと食べる。派手な勝負メシというより、いつものものを食べて整える感じですね」


「ええねぇ」

と光子。


「やっぱり米は裏切らん」

と優子。


ソリオ∞が割り込む。


「味噌汁の塩分は、あなたの魅力のように絶妙です」


優子が絶叫した。


「味噌汁まで口説くな!」


「だって今、完全に食卓にまで恋愛持ち込んだよ」

と光子。


澄玲が笑いながら言う。


「このナビ、減量期のボクサーさんとか呼んだら大変そうですね」


「やったよ」

と優子。


「この前ボクサーの榊原選手来た時、減量中の話になって、『一口ずつ復水してください。愛も一気飲みは禁物です』とか言い出して」


澄玲は口元を押さえて俯いた。


「だめ、聞いただけで面白い」


「しかも本人が真顔なんよ」

と光子。


「ナビだけずっと自分がかっこいいと思っとる」

と優子。


「思っています」

とソリオ∞。


「認めるな!」


スタジオがまた揺れた。


ここでディレクターから、次のコーナーの合図。

リスナー投稿紹介である。


光子が一通目を読む。


「福岡市のラジオネーム、夜ふかし食パンさんから。『女子ラグビーの選手って、試合中あんなにぶつかり合ってるのに、終わったあと仲良く話してるのが不思議です。敵なのに、どうしてそんなにやさしくできるんですか』」


「いい質問ですね」

と澄玲が言った。

「試合中は本気でぶつかります。でも、相手も同じ覚悟でそこに立ってるってわかるから、終わったら敬意しか残らないんです。痛かった相手ほど、むしろすごいなって思う」


スタジオに一瞬、静かな空気が流れた。


光子がやわらかく言う。


「なんかええねぇ。全力でぶつかり合った人にしか見えんもんってあるんやろうね」


優子もうなずく。


「うん。笑いもたぶん似とるっちゃろうね。ちゃんと向き合って、ちゃんと出し切ったあとやけん、仲良くできる」


そこへ、ソリオ∞。


「つまり、真剣勝負の先にあるのは、相互理解と愛です」


「お前、今日はほんとに全部愛にまとめる気やな」

と優子。


「職業病です」

とソリオ∞。


「ナビに職業病あるか!」


澄玲がついにテーブルに突っ伏した。


「もう無理です。今まで真面目に話してたのが全部おかしくなってきた」


「すみませんね、いつもこうなるんです」

と光子。


「でも、そういうとこがいいです」

と澄玲。


「いやー、嬉しかね」

と優子。

「真面目な話もできるし、でも最後はだいたい誰かがおかしくする」


「今回はナビが主犯ですけどね」

と光子。


「濡れ衣です」

とソリオ∞。


「いや、濡れとるのはお前のキザさや」

と優子。


第六章 番組はカフェか、それとも災害か


ゲストコーナーが終わるころには、番組サイトのコメント欄は完全に祭り状態になっていた。


「澄玲さんの話、深いのに笑える」

「スクラム=洗濯ネットで泣くほど笑った」

「ナビを黙らせる方法募集中」

「いや黙ったら寂しいかも」

「味噌汁にまで口説き文句入れるのは新しい」

「この番組、癒やしと破壊力が同時に来る」


それを見た優子が言う。


「なんかもう、ラジオというより災害やね」


「災害は言いすぎやろ」

と光子。


「でも局所的に腹筋がやられとる」


「たしかに」

と澄玲も笑う。

「私も今、お腹がちょっと痛いです」


ソリオ∞が、しみじみとした声で言った。


「笑いは時に筋肉へ強い負荷を与えます。しかし、それもまた生きている証」


優子が頭を抱える。


「くっそ、たまにええこと言うのがまたムカつく」


「その一文だけ切り取ったら名言集に入れられるもんね」

と光子。


「入れてください」

とソリオ∞。


「自己推薦すな」


そこへ、ディレクターから、最後の一曲前のフリートークの合図。

光子は少しだけ声のトーンを整えた。


「でもね、今日、澄玲さんと話しよって思ったっちゃけど、人って、見た目だけじゃ全然わからんね」


「ほんとそう」

と優子。

「ラグビー選手って聞いたら、すごい迫力とか、強さとか、まずそこが来るやん。でも実際話したら、味噌汁とか、お米とか、背中の会話とか、もう全部が人間らしいっちゃん」


「逆にうちらもね」

と光子。

「爆笑ばっかしよるように見えるかもしれんけど、笑いって、人の話ちゃんと聞かんと生まれんもんやし。こうやっていろんな人と話すたびに、見える景色が増えるっちゃん」


澄玲がうなずいた。


「そういう意味では、この番組っていいですね。タイトルどおり、カフェで話してるみたいで」


優子がすかさず返す。


「ただし、たまに店が燃える」


「誰のせいですか」

とソリオ∞。


「お前や!」

と三人同時。


この一体感に、スタジオが爆笑した。


第七章 放送終了、だが騒ぎは終わらない


エンディングが近づいてきた。


光子が言う。


「いやー、初回から濃すぎたねぇ」


優子が深くうなずく。


「うん。普通、初回ってもうちょい様子見るやん。でもうちは、様子見という言葉を駐車場に置いてきた」


「ソリオに積んで帰ったかもしれん」


「安全運転でお預かりしています」

とソリオ∞。


「返せ」


澄玲が笑いながら言った。


「でも本当に楽しかったです。また出たいです」


「ぜひぜひ」

と光子。

「今度は試合後とかにも来てほしか」


「次はスクラム組みながら話す?」

と優子。


「ラジオで音しか伝わらんのに?」

と光子。


「ぎゅうぎゅういう音だけ入る」


「何の番組やそれ」


ソリオ∞が静かに締めに入る。


「本日のまとめ。人は話すことで近づき、笑うことでつながり、時に洗濯ネットでラグビーを理解します」


優子が吹き出した。


「最後まで洗濯ネット引っ張るな」


光子が笑いながら言った。


「それではみなさん、金曜夜の耳の寄り道、フライデー爆笑ラジオカフェ。また来週お会いしましょう」


優子も続ける。


「今夜も笑ってくれてありがとう。眠る前にちょっと肩の力が抜けとったら、それがいちばん嬉しいです。おやすみなさい」


赤いオンエアランプが消えた。


一瞬の静寂。

そのあと、スタジオの中に大きな拍手が起きた。


「お疲れさまでしたー!」


「初回とは思えんかった!」


「ナビ強すぎました!」


「コメント数、すごいことになってます!」


スタッフが口々に声を上げる。


澄玲はヘッドホンを外して、ほっとしたように笑った。


「本当にあっという間でした」


「ねー」

と光子。

「でも、もう三時間くらいやった気もする」


「密度が濃すぎるんよ」

と優子。


その時、野口ディレクターがノートパソコンを抱えて駆け寄ってきた。


「みなさん、ちょっと見てください」


画面には、番組ホームページのリアルタイム解析が表示されていた。

アクセス数が、目に見えて跳ね上がっている。


「うわ」

と光子。


「初回でこれ?」

と優子。


「しかもコメント欄……」

と澄玲。


そこには、笑いの洪水があった。


「ソリオ∞、準レギュラー決定でしょ」

「澄玲さん、強くて優しくて面白いとか最強」

「スクラムと洗濯ネットが頭から離れない」

「フライデー爆笑ラジオカフェ、名前からして変だと思ったら中身もっと変だった」

「副店長のツッコミが鋭すぎる」

「店長が笑い崩れる声につられてこっちも無理」

「ナビ、声だけは本当にいい」

「声だけは、で笑った」

「味噌汁の魅力を語るナビは初めて」

「毎週これやるんですか。やってください」


優子が頭を抱えた。


「なんかもう、全国に変なもん見つかった感じやね」


「ええやん」

と光子が笑う。

「変でも、笑ってもらえたなら大成功たい」


そこへスピーカーから、またあの声。


「私も好評だったようで何よりです」


「お前は黙っとけ」

と優子。


「なお、SNSでも『ナビ彼氏』『右折ラテ』『愛ある洗濯』が急上昇中です」


「おい、それ報告せんでいいやつまで入っとるやん」

と光子。


「愛ある洗濯が一人歩きし始めた」

と澄玲。


「しかも右折ラテって商品化できそうで嫌」

と美香が控室から顔を出す。


「ねえ、差し入れの残りあるけど、打ち上げどうする?」


アキラも後ろからひょこっと現れた。


「俺、もう番組名に合わせて、コーヒー豆みたいな色のクッキー買ってきた」


「なんその仕事できる感」

と優子。


「いや、最初から準備しとったん?」


「だって初回成功すると思ってたし」


「さらっとええこと言うやん」

と光子。


「でもナビがここまで暴れるとは予想外やった」


「私にも予想外でした」

とソリオ∞。


「お前に予想外の概念あるんや」


第八章 帰り道でも終わらない


打ち上げは短めだった。

金曜の夜だし、明日もある。

だが、その短い時間の中でも、スタジオには笑いが絶えなかった。


澄玲が帰る時、玄関先で光子と優子に向かって言った。


「今日、ほんとに来てよかったです。強いとか速いとかだけじゃないところまで、ちゃんと拾ってもらえた気がして」


光子がやわらかく笑う。


「こちらこそやよ。スポーツの話も、普段の話も、どっちもおもろかった」


優子も言う。


「また来てね。次は味噌汁持参で」


「何の収録ですか」

と澄玲。


「家庭訪問型ラジオ」

と光子。


「絶対違う」

と澄玲。


最後まで笑って、彼女は帰っていった。


そのあと、光子と優子もそれぞれ自分のソリオへ向かった。

駐車場には、夜の湿った空気が降りてきている。

街灯の光が、車のボンネットにうっすら映っていた。


優子が運転席に乗り込むと、例によって、あの電子音。


ピロリン。


「本日の放送、お疲れさまでした」

とソリオ∞が言った。

「初回としては大成功です」


「なんでそんな上からなん」


「上からではありません。共演者としての実感です」


「共演者扱いすな」


光子の車からも、別系統のナビ音声が漏れてきた。


「今夜もあなたは輝いていました。まるで夜道を照らすハイビームのように」


「やめろやめろ」

と光子の声が駐車場に響く。

「なんでそっちまで感染しとるん」


優子が窓を少し開けて叫んだ。


「アップデート連携しとるやん!」


ソリオ∞は、どこか誇らしげに言った。


「学びは共有されるべきです」


「キザさの共有はいらん」


エンジンがかかる。


車内に静かな明かりが灯る。

そして、ナビがごく自然に案内を始めた。


「目的地まで、およそ二十五分です。本日のルートは通常どおりですが、心の余韻は長めに設定されています」


優子はハンドルに額をつけた。


「ほんと、この番組終わっても終わらんね」


光子も隣の車から返す。


「むしろここから第二ラウンドやろ」


「深夜の部いらん」


だが、その声はどこか楽しそうだった。


街を走り出す二台のソリオ。

ラジオの反響はまだスマホの通知音として鳴り続けている。

番組公式SNS、光子の個人SNS、優子の個人SNS、どこもコメントが止まらなかった。


「初回から伝説」

「来週も絶対聞く」

「人の話をちゃんと聞いて、ちゃんと笑いにする番組っていいな」

「腹筋壊れたけど元気出た」

「金曜夜の居場所みたい」

「ナビはちょっと黙れ」

「でも来週も出てほしい」


優子が信号待ちでその画面をちらりと見て、ふっと笑った。


「……よかったね」


「うん」

と光子。

「よかった」


ソリオ∞が静かに言う。


「笑いは、最短距離で人を救うことがあります」


今度ばかりは、優子もすぐにはツッコまなかった。


数秒置いてから、ぽつりと言う。


「……たまに、ほんとにええこと言うね」


「ありがとうございます」

とソリオ∞。

「なお、その感謝の気持ちは右折で表現可能です」


「やっぱり黙っとけ!」


夜の博多に、優子のツッコミが響く。

光子の笑い声が続く。

車は進む。

金曜の夜は、まだ終わらない。


第九章 翌朝、全国が少しだけ元気だった


翌朝。

番組ホームページのアクセス数は、局内でも驚かれるほど伸びていた。

SNSの切り抜きはあちこちで拡散され、「スクラム=洗濯ネット」という言葉は、なぜかラグビーファンでもない人たちの間にまで広がっていた。


商店街の喫茶店では、開店準備中の店主がスマホ片手に吹き出していた。

洗濯物を干していた主婦は、「愛ある洗濯」というコメントを見て笑ってしまい、危うく靴下を落としかけた。

部活帰りの中学生は、「右折ラテって何だよ」と笑いながら友達に番組を勧めていた。

澄玲の所属チームの選手たちは、「次のスクラムで洗濯ネット思い出したらどうしてくれるんですか」と本人に詰め寄っていた。


そして、当の本人たちはというと。


昼前。

光子と優子は、軽く寝不足の顔で、しかし妙にすっきりした表情で顔を合わせていた。


「昨日、すごかったね」

と光子。


「うん」

と優子。

「でも、なんかええ疲れやった」


「そうやね」


「笑いって、やっぱええね」


「うん。ええ」


そこへ、またあの電子音がした。


ピロリン。


ふたりは同時に天を仰ぐ。


ソリオ∞の声が響く。


「おはようございます。本日も、あなたの一日を軽やかにナビゲートします。なお、次回の放送テーマ案を三十二個用意しました」


優子が静かに言った。


「……廃車にする?」


光子が腹を抱えて笑い出す。


「だめだって、それはそれで番組終わる」


「終わらんよ。別の形で続くよ」


「どんな形や」


「徒歩」


その返しに、結局また二人とも笑ってしまった。


そうして、金曜夜に始まった「フライデー爆笑ラジオカフェ」は、

たった一回の放送で、

もうただの番組ではなくなっていた。


誰かの一週間の終わりに寄り添う場所。

ちょっと疲れた心が、コーヒーみたいに一息つける場所。

でも、油断してるとナビが右折してくる場所。


それでもいい。

いや、そうだからいいのかもしれない。


笑いは、きれいに整っていなくてもいい。

少しくらい脱線してもいい。

大事なのは、その夜、聞いた人の肩の力が少しでも抜けることだ。


そしてその点でいえば、

フライデー爆笑ラジオカフェは、

開店初日から大繁盛だった。


おしまい。


――――――――――




フライデー爆笑ラジオカフェの生放送が終わるころには、スタジオの空気はすっかりあたたまりきっていた。


笑いすぎて喉が渇いたスタッフが紙コップの水を飲み、

ディレクターがモニター画面を見ながら「またコメントが増えた」と頭を抱え、

光子と優子は、ようやくヘッドホンを外して、背もたれにぐったりもたれかかっていた。


「はあ……今日も削ったねぇ」

と光子が言う。


「うん。全国の腹筋、今日もだいぶ薄くなったと思う」

と優子が言う。


「ラジオで腹筋薄くする姉妹って何なんやろうね」


「健康番組の逆やろ」


その時、スタジオの外から、ぱたぱたと軽い足音が近づいてきた。

続いて、ガラスの向こうから、明るい声が重なる。


「おつかれさまでーす」

「おつかれさまでしたー」


入ってきたのは、はなまるツインズの八幡ひなたと枝光みずほだった。


ふたりとも、今夜もよく通る声と、見ているだけで場が明るくなるような笑顔を持っている。

しかも、その笑顔の奥に、きっちり「次はうちらの番ですけど何か」という芸人らしい闘志まで見えているから強い。


ひなたが、マイクを外したばかりの光子を見てにやにやしながら言った。


「いやあ、さっき廊下で聞きよったけど、今日もナビが調子乗っとったねぇ」


みずほが続ける。


「“あなたの心に右折です”って、あれ何回聞いても腹立つのに笑う」


優子が机に肘をついて言った。


「ほんとそれ。腹立つのが先なのに、気づいたら笑っとるんよ」


光子が肩をすくめた。


「まあでも、おかげで番組が勝手に一段階おかしくなるけん助かっとる」


「助かっとるんかい」

とひなた。


「そこ受け入れたら終わりやろ」

とみずほ。


すると、まだ切っていなかった回線の向こうから、すかさずソリオ∞の声が響いた。


「こんばんは、はなまるツインズのお二人。今夜もあなたたちの魅力は、電波を越えてきらめいています」


四人が一斉に顔をしかめた。


「うわ、来た」

「やっぱりおった」

「こっち来んでいい」

「なんで新番組のあいさつまで先に取るん」


ソリオ∞は少しもひるまない。


「番組間の橋渡しも、優秀な案内役の仕事です」


優子がすかさず切り返す。


「橋渡しじゃなくて割り込みや」


ひなたが笑いながら椅子を引いた。


「でもさ、こういうの、ええよね。番組終わったあとに次の番組の人らが入ってきて、廊下でもスタジオでもわちゃわちゃしながらつながっていく感じ」


みずほも大きくうなずいた。


「うん。金曜日の夜って、これからが本番みたいな気持ちになる。仕事終わりの人も、学校終わってひと息ついた人も、家のこと一段落した人も、とりあえずこの流れで笑い続けられるやん」


光子がその言葉ににっこりした。


「そうなんよね。うちらの番組が“金曜夜の一杯目”なら、はなまるツインズは“二杯目”って感じ」


「しかも二杯目の方がちょっと危険」

と優子。


「なんで?」

とひなた。


「一杯目でほぐれたところに、二杯目でさらに刺しに来るやろ。映画の話しよると思ったら、急に店の店長さんのクセ強エピソードとか挟むし」


みずほが誇らしげに胸を張る。


「そりゃそうよ。うちらの番組は、映画もドラマも旅先もグルメも語るけど、ただの紹介番組じゃないけんね」


ひなたが続ける。


「“行ってみたいね”で終わらせんのよ。“行きたくなる”“見たくなる”“食べたくなる”、その上で最後に笑って終わる。そこまでがセット」


「強いなあ」

と光子。


「だから番組名もぴったりなんよ」

と優子が言う。

「土曜前夜はおまかせカフェ。これ、雰囲気もあるし、“次の週末なにしよう”って考え始める時間帯にちょうどハマる」


ひなたが嬉しそうに身を乗り出した。


「でしょでしょ。土曜日の前の夜って、いちばん自由やん。“明日どこ行こうかな”“何見ようかな”“何食べようかな”って考える時間がもう楽しい。その時間に寄り添いたかったんよ」


みずほが笑う。


「でも、しんみり寄り添うだけじゃなく、横からボケて崩すけどね」


「そこ大事」

と優子。


「しんみりだけじゃ、うちらの金曜じゃないもんね」

と光子。


その時、ディレクターが控えめに口を挟んだ。


「すみません、みなさん。ちょっとだけ静かに……と言いたいんですけど、たぶん無理ですよね」


「無理やね」

と四人が即答した。


野口ディレクターは天井を見上げた。


「ですよね」


スタジオの時計は、次の番組開始まであと五分を切っていた。

スタッフがはなまるツインズ用の資料を並べ、マイク位置を調整し、サブ画面には新しい番組ロゴが表示される。


「はなまるツインズの土曜前夜はおまかせカフェ」


ロゴは、やわらかい文字と丸みのあるカップのシルエット。

そこにフィルムのリール、小さな地図のピン、フォークとスプーン、そして星が添えられている。

映画もドラマも、店も旅先も、全部まとめて「明日の楽しみ」に変えてしまうような番組名だった。


ひなたがそのロゴを見て、満足そうに笑った。


「いやあ、ええやん。かわいい」


みずほも画面を見つめる。


「うん。やわらかいけど、ちゃんと“うちら感”ある」


優子がふたりに向かって言う。


「今日は何の話するん?」


「おすすめ映画と、最近見たドラマと、行ってみたい町の喫茶店特集」

とひなた。


「あと、“店は素敵なのに店主が濃すぎて料理の記憶が飛ぶ店”特集」

とみずほ。


「最後いらんやろ」

と光子が言いながら笑う。


「いるんよ」

とひなた。

「たとえば、カレーめちゃくちゃおいしいのに、店主さんがずっと“スパイスは人生”って語り続ける店とかあるやん」


「ある」

と優子が即答した。


「料理より名言が残る店ね」

と光子。


「そうそう。そういうのをちゃんと拾うのが、うちらの仕事」

とみずほ。


「ただ“おしゃれでした”“おいしかったです”じゃ終わらせん」

とひなた。


「そこに、その店だけの空気とか、人とか、ちょっとしたクセとかを乗せて話す。そうすると、聞いてる人も“ああ、その店行きたい”ってなるやん」


光子がしみじみと言う。


「ええ番組よね、ほんと」


優子もうなずいた。


「うん。しかも、うちらの番組の直後に聞くと、笑った勢いのまま“週末何しようかな”って気分になれる」


ひなたがにやっとした。


「そう。そこが強いんよ。金曜日の夜って、まだ夢見れる時間やもん」


「その夢を笑いながら広げていくわけやね」

と光子。


「うん。映画のワンシーンの話したかと思えば、“でもこの主人公、絶対コンビニで温め待ちの時せっかちやろ”みたいな方向に急に行くし」

とみずほ。


「なんでそんな生活感で主人公を見るん」

と優子。


「人間味が出るやろ」

とひなた。


「それに、旅先の話とかでも、“景色がきれいでした”だけじゃ弱い。うちらは、“景色はきれい、でも階段多すぎて途中から会話が遺言みたいになる”とか、そういう現実もちゃんと入れたい」


「わかる」

と光子が大笑いした。

「観光地ってたまに“絶景の代償が脚”みたいなとこあるもんね」


「ある」

と優子。

「パンフレットには書いてないだけで」


そこへ、スタジオのランプが点滅した。

次の放送開始合図である。


ひなたとみずほが顔を見合わせる。

その一瞬で、ふたりの空気が変わる。

にこやかなまま、でも明らかに「入る」顔になる。


その切り替えを見て、光子が小さく笑った。


「やっぱ好きやなあ、この瞬間」


「何が?」

とひなた。


「しゃべる前の顔。あ、今から店開けるんやなってわかる」


みずほが少し照れくさそうに笑う。


「そっちも毎回そうやん。“今から全国笑わせたる”って顔しとる」


「しとる?」

と優子。


「しとる」

とひなた。


「しかも光子さんは“楽しませたい”が前に出とる顔で、優子さんは“こけたらすぐ拾うけん安心せえ”って顔しとる」


「なんか分析が細かい」

と優子。


「見てるよ、ちゃんと」

とみずほ。


その言葉に、少しだけあたたかい空気が流れた。


スタッフがカウントを始める。


五。

四。

三。


光子が小さく拳を上げる。


「いってらっしゃい」


優子も言う。


「全国の腹筋、あと一時間よろしく」


ひなたが笑う。


「任せとき」


みずほがマイクに向かって軽く背筋を伸ばした。


赤いランプが灯る。


そして、新しい金曜夜の一時間が始まった。


「こんばんは。週末の入口に、ちょっと笑えて、ちょっと行きたくなる話をひとつまみ。はなまるツインズの土曜前夜はおまかせカフェ、今夜も開店です」


ひなたの声が、やわらかく、でも生き生きと空気を切り開く。


「映画もドラマも、おいしいものも、行きたい場所も、全部まとめて一緒に楽しもうやないかという一時間です」

とみずほが続ける。

「ただし、途中でだいぶ脱線します」


「しかもたぶん毎回」

とひなた。


「でも、その脱線がいちばんおもろかったりする」

とみずほ。


スタジオの隅で聞いていた光子と優子は、顔を見合わせて笑った。


「始まったね」

と光子。


「うん。完全にバトンつながった」

と優子。


はなまるツインズの番組は、光子と優子の番組より少しだけやわらかい導入で始まる。

でも、その実、内容はかなり濃い。


話題は映画に移り、あるヒューマンドラマ作品をめぐって、「泣ける」「いや途中の喫茶店のマスターが濃すぎて涙引っ込んだ」と揉め、

ドラマの話では、「ラブストーリーの主人公より、毎回後ろで黙って洗い物してるお母さんの方が気になって仕方ない」とみずほが語り、

おすすめの店特集では、「料理は最高。だけど店長の“これはね、味じゃなくて宇宙なんですよ”の一言で全部持っていかれる店」が紹介され、

行ってみたい場所の話では、「景色は絶景、ただし坂が人の脚を試してくる町」が出てきて、またスタジオが笑いに包まれる。


番組中盤、リスナーからのメールが読まれる。


「金曜日の夜、光子さん優子さんのあとに、はなまるツインズのみなさんの声を聞くと、一週間の疲れが全部いったん笑いに変わります。土曜日の予定を考える時間が楽しくなりました」


ひなたが、その一文を読み上げたあと、少しだけうれしそうに言った。


「こういうの、ほんと嬉しいね」


みずほもうなずく。


「うん。金曜夜って、疲れも残っとるし、明日の自由も見えとるし、気持ちがいちばん揺れる時間かもしれんやん。そこに寄り添えたらええなって思う」


「ただし、寄り添いながら笑わせるけど」

とひなた。


「そこは絶対」

とみずほ。


番組後半には、光子と優子が乱入する。


「どうもー、さっきまで腹筋を削ってた姉妹です」


「次はそっちが削る番やろ」


「いやもう削られとるんよ、こっちは。さっきの“宇宙カレー”で」

と優子。


「店主さんが“これはカレーではなく銀河です”って言う店、ちょっと行きたいやん」

と光子。


「行きたいけど、お腹いっぱいになる前に情報量で満腹になりそう」

とひなた。


そのまま四人でわちゃわちゃと盛り上がり、「来週はお互いの番組におすすめ持ち込み企画やろう」「映画紹介するなら、感動系だけじゃなく“妙に脇役が気になる映画”特集もやりたい」「町の喫茶店特集で実際にロケしたい」など、話はどんどん広がっていく。


こうして、金曜日の夜は定着していった。


最初の一時間は、「フライデー爆笑ラジオカフェ」。

笑いと本音と、ちょっとした人生の温度を、コーヒーみたいに濃いめに注ぐ番組。


その次の一時間は、「はなまるツインズの土曜前夜はおまかせカフェ」。

映画、ドラマ、店、旅先、町の空気、週末の夢を、爆笑と一緒にふくらませていく番組。


この二本が並ぶことで、金曜日の夜は、爆笑発電所の看板タレントたちによる“耳のゴールデンタイム”になった。


仕事帰りの会社員が、コンビニの駐車場でエンジンを切ったあともしばらく車内で聞く。

受験勉強中の中学生が、休憩時間にこっそりイヤホンで笑う。

家事を終えたお母さんが、ようやく座ったソファで肩を震わせる。

一人暮らしの大学生が、夜食のカップ焼きそばを吹きそうになりながら聞く。


そうやって、日本全国のリスナーの腹筋は、毎週金曜日の夜に確実に削られていった。


そして、その翌朝。


土曜日の朝は、チコちゃんに叱られるが待っている。


金曜夜の二連撃でだいぶやられた腹筋に、さらに土曜朝のチコちゃんが追い打ちをかける。

この流れが、ある意味でひとつの完成された生活リズムになっていった。


金曜夜に笑って崩れ、

土曜朝に「ボーっと生きてんじゃねーよ」でとどめを刺される。


リスナーの間では、その時間帯をこう呼ぶ者まで現れた。


「週末腹筋削りゴールデンタイム」


最初にそう書いたのが誰だったのかはわからない。

だが、気づけばその言葉は、番組の感想欄やSNSで自然に使われるようになっていた。


「今週も週末腹筋削りゴールデンタイム完走」

「金曜夜二本立てからの土曜朝で無事死亡」

「腹筋が保たないのにやめられない」

「この流れがないと土日が始まらない」


光子と優子、ひなたとみずほは、そんな投稿を見ながら笑う。


「何なんやろうね、“完走”って」

と光子。


「ラジオとテレビをまたいだ耐久レース扱いやもん」

と優子。


ひなたがけらけら笑う。


「でも、なんかうれしいよね。金曜夜から土曜朝までの流れごと楽しんでもらえとるって」


みずほも言う。


「うん。うちらの番組だけじゃなく、その前の番組、その次のテレビまで含めて、“この時間帯が好き”って思ってもらえるの、すごいことやと思う」


そして時折、番組と番組の境目で、四人はまた顔を合わせる。


「今日そっち、映画何紹介するん?」

「そっちはゲスト誰?」

「来週ちょっとそっち出てよ」

「その代わり再来週こっち来て」

「店特集で光子さん絶対変な注文しそう」

「優子さんは店主のクセ拾いすぎて本筋進まんやろ」

「ひなたは試食でテンション上がりすぎて毎回“うまっ”しか言わんやん」

「みずほはドラマの脇役に感情移入しすぎ」


そんなふうに、お互いの番組に軽やかに顔を出し、つながり、盛り上げ合う。


片方だけでは生まれない空気がある。

続けて聞くからこそ楽しい掛け合いがある。

「さっきの番組で言ってたあれだけど」と話がつながるのも、金曜夜の楽しみのひとつになっていった。


爆笑発電所の看板タレントたちが、それぞれ違う色の番組を持ちながら、ちゃんと同じ夜を作っている。


それが、この時間帯のいちばん強いところだった。


金曜日の夜は、終わらない。


笑いと、

おすすめの映画と、

ちょっと行きたくなる町の話と、

クセの強い店主と、

たまにやたら存在感のある喫茶店のカレーと、

そして、人の声のあたたかさでつながっていく。


そんな夜を毎週重ねながら、

日本全国のリスナーたちは、週末の入口を少しずつ好きになっていく。


笑って、

崩れて、

また笑って、

土曜日へ入っていく。


その流れそのものが、

いつしか、みんなにとっての“帰ってきたくなる時間”になっていた。

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