せいちゃんの惚気
福岡予選突破直後
徳島支部、なぜか祭り状態
――そして閣下、またしてもやらかす
試合終了の笛が鳴ったあとも、会場の熱はまったく冷めなかった。
28-26。
第3セットまでもつれた死闘を制し、博多ドンタクスはついに福岡大会予選を突破した。
コートの中では、選手たちが泣きながら抱き合っている。
客席では、優馬が静かに目をぬぐい、光子と優子は飛び跳ね、美香もアキラも拍手をやめられない。
春介と春海も、普段よりずっと興奮した顔で手を叩いていた。
そして、爆笑発電所の配信画面の向こう――
徳島支部でも、なぜかとんでもないことになっていた。
⸻
由理恵の後ろで、せきちゃん閣下が止まり木の上をぴょんぴょん移動している。
せいちゃん姫もしらゆきも、きびまるもあわまるも、全員がいつもより騒がしい。
「せきちゃん、かった! かった!」
「どんたくす! どんたくす!」
「ぴー! ぴー!」
「おめでとー!」
「わーい!」
もう完全に祭りだった。
香苗が笑いながら言う。
「いやもう、徳島支部だけ阿波おどり始まりそうなんですけど」
由理恵も涙を拭きながら笑う。
「勝った瞬間、閣下が二回くらい勝手に羽ばたいて棚にぶつかりました」
優馬が吹き出す。
「喜び方が雑すぎるやろ!」
春介も大笑いする。
「インコ一家のテンションが会場より高い!」
春海が真顔で頷く。
「たぶん今、徳島支部がいちばん危険」
⸻
画面のこちら側では、真理子がまだ少し泣いたまま笑っていた。
汗で髪が乱れ、目元も赤い。
でも、その顔は最高に晴れていた。
「いやぁ……ほんと、取ったね……」
由紀が横で肩を組む。
「真理子さん、トス回し神がかっとったよ」
里香も頷く。
「終盤の判断、めちゃくちゃよかった」
美鈴も、少し声を詰まらせながら言う。
「真理子さん、おらんかったら今日の勝ちはなかった」
その瞬間だった。
徳島支部の画面の前に、せきちゃん閣下がぴょこんと飛び出してきた。
妙に胸を張っている。
嫌な予感しかしない。
優子が目を細める。
「……あ、閣下の顔やばい」
光子も即反応する。
「うん。今、何か言う顔しとる」
せきちゃん閣下は、やたら通る声で、勝利の余韻も何もかもぶち抜くように、はっきりと言った。
「真理子さん、ちゅ」
一瞬。
またしても、時間が止まった。
⸻
「……は?」
低かった。
ものすごく低かった。
せいちゃん姫が、首だけでゆっくり閣下を振り向く。
その動きだけで、画面のこちら側まで凍る。
由理恵が「あっ……」と口を押さえる。
香苗が膝から崩れそうになる。
優馬がすでに肩を震わせ始める。
春介は両手で顔を覆い、春海は「終わった」と小声で言った。
真理子本人は、涙のあとに突然の“ちゅ”を浴びて、完全に固まっていた。
「……えっ、私!?」
明美がもうだめだった。
「なんで今日そのタイミングで真理子さん狙うと!!」
由紀は床を叩いて笑い始める。
「閣下、空気読めるのに読めてない!!」
⸻
せきちゃん閣下は、自分がまた特大地雷を踏んだことに半分気づいていない顔で、さらに追い打ちをかける。
「真理子さん、ちゅ」
「二回言うなああああ!!」
せいちゃん姫、ついに大爆発。
「ちょっとあんた!!」
「さっきの美鈴キャプテンの時で、まだ懲りとらんと!?」
「今度は真理子さんって何!?」
「しかも勝った直後に、なんでそんな一言を差し込むと!?」
会場外も配信先も、全員崩壊寸前。
真理子が顔を真っ赤にして笑うしかない。
「いや、私なんもしてないんですけど!?」
志穂が冷静な顔で言う。
「でも選出理由がまったく読めませんね」
「分析せんでいい!」と真理子。
⸻
きびまるが無邪気に便乗する。
「かっか、またおこられるー」
あわまるが低く言う。
「学習能力がない」
しらゆきまで小さく鳴く。
「たいへんー」
せきちゃん閣下は、そこでようやく少し焦り始めた。
「せ、せきちゃん……」
「まりこさん、すごい……」
「とす、じょうず……」
せいちゃん姫が一刀両断する。
「知っとるわ!!」
もうだめだった。
リビング側も、会場側も、徳島支部側も、全員がドカン。
優馬は椅子の背にもたれて笑い転げ、
光子と優子は「また“知っとるわ”出た!」と叫び、
美香とアキラまで涙目、
春介は「この流れ完成されすぎ」と腹を抱え、
春海も珍しく声を出して笑っていた。
⸻
そして、来た。
せいちゃん姫は、羽をぶわっと広げて、完全に横を向く。
いつもの“プイ”の構え。
全員が「あっ」と察した。
次の瞬間――
「ぷい! ぷい! ぷい! ぷい! ぷい! ぷい!!」
プイ6連発。新記録。
会場、完全爆発。
「うわああああはははははは!!」
優子がソファからまた落ちる。
光子は立ったまま膝を折る。
優馬は「六連発!? 六連発は初やろ!!」と叫び、
真理子本人は顔を覆って笑い崩れ、
由紀は「姫、怒りが自己ベスト更新しとる!」と涙を拭き、
美鈴まで「勝った直後に何ば見せられよると!!」と泣き笑い。
徳島支部の向こうでも、由理恵と香苗が机に突っ伏す。
きびまるが一緒に「ぷいぷい!」とやり始め、
あわまるが「今回は姫が正しい」と真顔で頷き、
しらゆきは「ろくかいー」と謎のカウントをしていた。
⸻
そして当然、配信を見ていたリスナーもドカンだった。
コメント欄が、もはや読めない速度で流れる。
「プイ6連発wwwwww」
「新記録きたああああ」
「閣下またやらかしたwww」
「真理子さん、ちゅ は反則すぎる」
「勝利の感動全部飛んだwww」
「姫ブチ切れ自己ベスト更新」
「リスナー全員ドカンしてる」
「六連ぷい、切り抜き確定」
「真理子さんの顔www」
「知っとるわ→六連ぷいの流れ芸術」
「今日だけで伝説二本立て」
配信スタッフが笑いながら言った。
「これもう、“ドンタクス優勝”と“六連ぷい”が同列でトレンド入りしかねません」
志穂が真顔で返す。
「情報量の配分がおかしいですね」
「ほんとにね!!」と真理子。
⸻
しばらくして、せきちゃん閣下が小さくしゅんとした声で言った。
「……せきちゃん、ほめたかった」
その一言で、また笑いが起きる。
せいちゃん姫はまだ不機嫌そうに横を向いていたが、最後にだけ、ぶっきらぼうに言う。
「ほめるなら、“すごい”でよかろうもん」
「なんで“ちゅ”になるとや」
春介が小声で言う。
「そこは全国民が思っとる」
春海も真顔で頷く。
「閣下の語彙選択、毎回危険すぎる」
優馬が笑いながらまとめる。
「でもまあ、ドンタクスが強すぎて、インコ一家まで頭お祭りモードになったっちゃろ」
「それはある」と光子。
「今日はもう全部が興奮しすぎとる」と優子。
美鈴が肩を震わせながら笑った。
「……もう、なんか優勝の実感が涙と笑いでぐちゃぐちゃになってきた」
真理子もようやく落ち着きながら言う。
「でも、たぶんこれがドンタクスやね」
「本気で戦って、本気で泣いて、最後はこんなふうに爆笑になる」
その言葉に、みんなが自然と頷いた。
⸻
こうして、博多ドンタクス福岡予選突破の夜は、
感動と歓喜と、閣下の“真理子さん、ちゅ”事件、そしてプイ6連発の新記録によって、伝説の配信回として語り継がれることになった。
後日、リスナーの間では当然のように、
•「六連ぷいタオル」
•「真理子さん、ちゅ 禁止ステッカー」
•「知っとるわ!アクリルキーホルダー」
を商品化してほしい、という意味不明な要望が大量に届くことになる。
そしてそれを見た美鈴が、深いため息とともに言うのだった。
「……なんで全国大会より先に、インコ夫婦漫才グッズの企画が進みそうになっとると……」
そのツッコミで、また全員が笑った。
⸻
七連ぷい。
それは、もはやただの拗ね方ではなかった。
怒りと照れと意地と嫉妬が全部混ざった、せいちゃん姫の感情のフルバーストだった。
「ぷい! ぷい! ぷい! ぷい! ぷい! ぷい! ……ぷい!!」
新記録達成の瞬間、リビングも会場も徳島支部も、コメント欄までもがドッカンしていた。
優馬は腹を抱え、
光子と優子はソファからずり落ち、
美香もアキラも涙を拭き、
春介は「七連はもう競技種目」と言い、
春海は「感情のインフレが止まらん」と真顔で分析していた。
せきちゃん閣下は、しゅんとしながらも、まだどこか嬉しそうという、いちばん面倒な顔をしている。
そして、せいちゃん姫はまだ横を向いていた。
会場の空気は、まだ笑いの余震でふるふる震えている。
その時だった。
せいちゃん姫が、ふいに小さく、でもはっきりした声で言った。
「……私、やっぱりせきちゃん好き」
一瞬。
今度こそ、本当に、全部が止まった。
⸻
「………………え?」
最初に声を漏らしたのは、優子だった。
そのあと、全員が同時に固まる。
優馬。
光子。
美鈴。
美香。
アキラ。
真理子。
由紀。
志穂。
春介。
春海。
由理恵。
香苗。
きびまる。
しらゆき。
あわまる。
全員停止。
コメント欄まで、一瞬だけ流れが止まったように見えた。
せきちゃん閣下だけが、ぴくっと動いた。
「……せいちゃん?」
⸻
次の瞬間。
コメント欄が再び大爆発。
「うわああああああああ!!!」
「姫ええええええ!!!」
「本音出たwwwww」
「ここで告白回収する!?」
「七連ぷいからの“やっぱり好き”はずるいwww」
「今日の配信、感情ジェットコースターすぎる」
「リスナー全員ドッカンどころか蒸発」
「姫、結局好きなんかーい!!」
「これもう夫婦漫才じゃなくて夫婦やん」
「尊すぎて無理www」
リビングでも、会場でも、徳島支部でも、再ドッカンだった。
⸻
光子がテーブルを叩いて叫ぶ。
「待って待って待って!!」
「姫、そこでそのオチ持ってくる!?」
優子は涙目で笑いながら崩れる。
「七連ぷいのあとに“やっぱり好き”は反則やって!!」
優馬はもう笑いすぎて声が出ない。
「っ……はっ……! だめや……! 今日いちばん強い……!」
真理子まで両手で顔を覆う。
「もう無理……! 私の“ちゅ”事件、全部持っていかれた……!」
由紀は床を叩いて笑う。
「姫ぃぃ!! そんな少女漫画みたいな回収ある!?」
志穂ですら口元を押さえている。
「感情表現の順番が極端すぎます」
春介は椅子から落ちかけながら言う。
「いや、七回ぷいってから“やっぱり好き”って、どんな恋愛やねん!!」
春海も珍しく完全に崩壊していた。
「怒りの最大出力のあとに愛情確認が来るの、破壊力高すぎる……!」
⸻
画面の向こうで、せきちゃん閣下は完全に固まっていた。
さっきまでのしゅん顔が、今度は信じられないものを聞いた顔になる。
「……せいちゃん、せきちゃん好き?」
せいちゃん姫は、まだ少し横を向いたまま、ぶっきらぼうに言う。
「好きたい」
「好きやけん怒るっちゃろうもん」
ここで、全宇宙がドカンした。
「うわあああああああ!!」
由理恵が机に突っ伏す。
香苗が「だめ、尊すぎる!」と叫ぶ。
美鈴はとうとう涙を拭きながら笑っている。
美香とアキラも完全に沈没。
きびまるは何が起きたかわからないまま「すきー!」と真似し、
しらゆきも「すきー」と続き、
あわまるが「今日は収拾不能」と静かに総括する。
⸻
せきちゃん閣下は、しばらく固まったあと、急に胸を張って言った。
「せきちゃんも、せいちゃん好き!!」
「知っとるわ!!」
せいちゃん姫、条件反射でつっこんでしまう。
その瞬間、また全員がドカン。
光子が笑いながら叫ぶ。
「だめや、結局“知っとるわ”に戻るんかい!」
優子も腹を抱える。
「この夫婦、結末まで完成度高すぎる!」
春介がぼそっと言う。
「もう今日の主役、ドンタクスとインコ夫婦で半々やん」
春海が真顔で頷く。
「いや、下手したら後半インコ夫婦が勝っとる」
「やめて!」と美鈴が笑いながら抗議する。
「せっかく全国行き決めたのに、何でインコの相思相愛確認に話題持っていかれると!」
すると、せいちゃん姫がすかさず返す。
「そっちはそっちで全国たい」
「こっちはこっちで全国級たい」
優馬が机を叩く。
「姫、返しまで強い!!」
⸻
コメント欄はもはやお祭りだった。
「好きやけん怒るっちゃろうもん 名言すぎる」
「姫の本音で全員昇天」
「今日の配信、感動も笑いも恋愛も全部ある」
「ドンタクス優勝よりインコ夫婦の仲直りが濃すぎるwww」
「せきちゃんもせいちゃん好き→知っとるわ の完成度」
「これは切り抜き確定どころか殿堂入り」
「全国大会前に全国民が見たいやつ」
「姫、結局いちばんかわいい」
配信スタッフももう笑いながら半分あきらめていた。
「タイトル変えますか……」
「“福岡予選突破”のあとに、“インコ夫婦、相思相愛再確認”って」
「やめんしゃい!!」と美鈴がつっこみ、またドカン。
⸻
ようやく笑いが少し収まったころ。
せいちゃん姫は、小さく羽を整えながら、まだ少し照れた声で言った。
「……でも、勝った日やけん言うただけやけんね」
「毎日は言わんけん」
せきちゃん閣下は、もう完全にご機嫌だった。
「せきちゃん、きょう、しあわせ!」
あわまるがぼそっと言う。
「単純」
きびまるは無邪気に叫ぶ。
「らぶらぶー!」
しらゆきも続く。
「らぶらぶー!」
香苗が笑いながらまとめる。
「いやもう、今日はドンタクスも全国、インコ夫婦も和解で、徳島支部まで大団円ですね」
由理恵も頷く。
「情報量多すぎますけどね」
⸻
美鈴は、ようやく呼吸を整えながら、笑って言った。
「……なんかもう、今日は勝って泣いて笑って、最後にインコ夫婦の仲直りまで見せられて」
「感情が忙しすぎる」
優馬が隣でうなずく。
「でも、らしい夜やな」
その言葉に、みんなが少しずつ笑った。
そう。
これが、らしいのだ。
本気で戦って。
本気で喜んで。
本気で嫉妬して。
本気で好きって言って。
最後はみんなで爆笑する。
それが、小倉家であり、徳島支部であり、爆笑発電所であり、博多ドンタクスだった。
⸻
この夜の配信は、後にこう呼ばれることになる。
「七連ぷいと本音告白の夜」
そして当然のように、スポーツ事業部には翌朝から新たな要望が殺到した。
•「私、やっぱりせきちゃん好き 缶バッジ」
•「好きやけん怒るっちゃろうもん タオル」
•「知っとるわ!! ステッカー」
•「らぶらぶー アクスタ」
それを一覧で見た美鈴が、深く深くため息をついてこう言うのだった。
「……なんで全国大会応援グッズ会議の横で、インコ夫婦の愛情再確認グッズ案まで通りそうになっとると……」
もちろん、そのツッコミでまた全員ドカンだった。
⸻
表彰式
笑ってはいけないキャプテン挨拶
福岡大会予選決勝の熱気が、まだ会場に残っていた。
第1セット27-25。
第2セット25-23。
第3セット28-26。
小倉ギオンタイコーズとの死闘を制し、博多ドンタクスはついに全国大会への切符をつかんだ。
会場には、試合直後の余韻と興奮が、まだ波のように残っている。
観客席では、応援に駆けつけた人たちが、何度も拍手を送り続けていた。
だが――
博多ドンタクスの選手たちの間には、感動とは別の、妙な緊張感が走っていた。
理由は、ただひとつ。
さっきの配信で起きた、インコ一家の大爆発。
「真理子さん、ちゅ」
「ぷい六連発」
「でも、やっぱり私はせきちゃん好き」
「私、やっぱりせきちゃん好き」
このとんでもない流れを、全員まだ引きずっていた。
⸻
整列の前。
選手たちはコート脇で並び直していた。
だが、真理子の肩が小刻みに震えている。
由紀が横目で見る。
「……真理子さん」
「……なに」
「だめやろ、それ」
真理子は、顔を伏せたまま答える。
「いや……だって……」
「“ちゅ”が急に頭の中で再生されるんやもん……」
「ここで!?」
「しかも閣下の声で!」
由紀も危なかった。
口元がぴくっと揺れる。
「待って、うつさんで……!」
そのすぐ横で、明美がもう怪しい。
肩を震わせながら下を向いている。
さやかが小声で言う。
「だめだこれ……表彰式前に一回誰か笑い切ったほうがよくない?」
志穂が真顔で返す。
「今笑ったら終わります」
「もう終わりかけとるやろ!」と由紀。
里香はなんとか持ちこたえていたが、さよりがふっと小さく言った。
「……“真理子さん、ちゅ”」
真理子がその場で膝から崩れかけた。
「さよりさん!!」
もう危険だった。
⸻
その少し前方で、美鈴はキャプテンとして前に立つ位置を確認していた。
だが、その表情も完全には落ち着いていない。
優馬が客席からその様子を見て、苦笑する。
「……美鈴もだいぶ危ない顔しとるな」
光子がすぐさま頷く。
「そりゃそうやろ」
「これから真面目にキャプテン挨拶せないかんのに、頭のどっかで“せきちゃん好き”が回りよるんやもん」
優子が腹を押さえる。
「しかも観客席の何割か、絶対もう知っとるよ」
「配信見た人おるやろうし」
春介が真顔で言う。
「おばあちゃん、めっちゃ立派に話しても、こっちは“やっぱり好き”がちらつく」
春海も淡々と続ける。
「完全にノイズやね」
「孫が言うことか」と優馬が吹き出した。
⸻
やがて、表彰式が始まった。
場内アナウンスが流れ、準優勝の小倉ギオンタイコーズが呼ばれる。
拍手。
そして――
「優勝、博多ドンタクス!」
会場が大きく沸く。
選手たちが一歩前に出る。
拍手の音が強くなる。
客席では、光子も優子も、美香もアキラも立ち上がっていた。
春介と春海も、誇らしそうな顔で手を叩いている。
美鈴が先頭。
その後ろに真理子、由紀、さやか、志穂、明美、里香、千景、ほのか、みゆ、はづき、まどか、さより。
みんな、ちゃんと胸を張っていた。
――が。
トロフィーが渡される直前、司会が言った。
「それでは、キャプテン小倉美鈴選手、前へどうぞ」
その瞬間、後ろの真理子がまた危なかった。
「……っ」
“キャプテン”という単語で、脳内に自動再生される。
「せきちゃん、美鈴キャプテン好き!」
真理子、口を真一文字に結ぶ。
由紀が背中を小さくつつく。
「今思い出したやろ」
「思い出すやろ普通!」
「普通やない!」
その後ろで明美がすでに下を向いている。
⸻
美鈴は前へ進み、トロフィーを受け取った。
ずしりとした重み。
その瞬間だけは、すっと心が静かになった。
勝った。
本当に勝った。
ここまで来た。
あの練習から、あの筋肉痛から、あの一歩から。
そう思った瞬間、胸が熱くなる。
だが、司会が続けて言った。
「続いて、キャプテン小倉美鈴選手より、一言ご挨拶をお願いします」
後ろで、真理子が息を止めた。
由紀が「まずい」と小さく言った。
志穂までわずかに目を伏せる。
観客席でも、光子と優子がすでに怪しい。
なぜなら全員、思っていた。
“せきちゃん好き”をいじられる前に、無事終われるのか。
⸻
マイクが、美鈴の前に差し出される。
会場が静かになる。
美鈴は一度、ゆっくり息を吸った。
「……本日は、ありがとうございました」
よし。
順調だ。
誰も笑っていない。
まだいける。
「相手の小倉ギオンタイコーズさん、本当に強くて……」
「第1セットも、第2セットも、第3セットも、最後までどちらに転ぶかわからない試合でした」
後ろの選手たちも、だいぶ落ち着いてきた。
真理子も「よし、このままいける」と思った。
だがその時。
観客席のかなり後ろのほうから、たぶん小さな子どもの声で、ぽつんと聞こえた。
「せきちゃん好きー?」
一瞬で終わった。
⸻
真理子、決壊。
「ぶっ……!」
由紀も横を向く。
明美が肩を震わせる。
さやかはもうだめ。
里香ですら口元を押さえる。
志穂が空を見た。
さよりの肩も細かく揺れている。
客席では光子が膝を抱え、優子が「だめやろ今の!」と崩れ、美香まで顔を覆っている。
春介は「よりによってこのタイミング!」、春海は「観客席に刺客がおる」と真顔。
美鈴本人も、一瞬だけ完全に固まった。
「……」
会場の何人かは事情を知らないので、何が起きたのかよくわからない。
だが、知っている側はもう地獄だった。
そして、その絶妙すぎる間のあと。
美鈴は、さすがキャプテンだった。
少しだけ困ったように笑ってから、マイクに向かって言った。
「……ええ、まあ」
「せきちゃんも好きですけど」
ドッカン。
会場全体が揺れた。
⸻
「言うたあああ!!」と光子。
「お母さん、自分から認めた!!」と優子。
真理子はもう涙を流して笑っている。
由紀は膝に手をつき、明美は「終わった、終わった」と言いながら崩れる。
会場の空気が、一気にやわらかく、あたたかくほどけた。
美鈴は、もう観念したように笑った。
「でも」
「今日は、そういうことも全部ひっくるめて、忘れられん日になりました」
この一言で、場がまた静まる。
「私は、事故のあと、もう前みたいにバレーはできんかもしれんって思ったこともありました」
「それでも、家族に支えてもらって、仲間に支えてもらって、またコートに立つことができました」
客席の優馬が、静かに目を細める。
「博多ドンタクスは、強いチームです」
「でも、それだけやなくて、人が人を支えるチームです」
「苦しい時に声をかけてくれる人がいて、失敗しても次いこうって言ってくれる人がいて、笑って前を向けるチームです」
後ろで、真理子たちの表情が少しずつ戻ってくる。
「今日勝てたのは、コートに立った選手だけの力じゃありません」
「応援してくれた家族、仲間、支えてくれた人たち、そして見てくれた皆さんのおかげです」
一拍置いて、美鈴は会場を見渡した。
「全国大会でも、博多ドンタクスらしく」
「つないで、笑って、最後まで諦めんバレーをしてきます」
「今日は本当に、ありがとうございました」
深く一礼。
その瞬間、会場は大きな拍手に包まれた。
⸻
真理子は、拍手しながらもまだ少し笑っていた。
由紀が小声で言う。
「……最後、ちゃんと締めたね」
真理子も頷く。
「うん。締めた。締めたけど」
「“せきちゃんも好きですけど”が強すぎた」
「そこはもう歴史に残る」と明美。
志穂が真顔で言う。
「名キャプテン挨拶と迷キャプテン挨拶が同時成立しましたね」
「どっちが迷やねん!」と美鈴が後ろを振り向き、また小さな笑いが起きる。
⸻
客席では、春介がしみじみ言った。
「おばあちゃん、すごいね」
春海も静かに頷く。
「うん。あんなにいじられても、ちゃんと笑いに変えて、最後は締める」
「やっぱりキャプテンやね」
優馬が、少し誇らしそうに笑う。
「そうたい」
「美鈴は、昔からそういう人や」
光子がにやっとする。
「でも“せきちゃんも好きですけど”は切り抜かれるね」
優子が即答した。
「絶対切り抜かれる」
「やめて!!」と美鈴の声が飛び、また拍手の中に笑いが混じった。
⸻
そしてもちろん。
配信を見ていたリスナーたちも、またしてもドカンだった。
コメント欄には、表彰式の最中からこんな言葉が並んでいた。
「美鈴さん認めたwww」
「せきちゃんも好きですけど、名言」
「真面目な挨拶に混ざるノイズ強すぎる」
「でも最後はちゃんと泣けた」
「笑って泣ける表彰式って何」
「博多ドンタクスらしすぎる」
「これはもう永久保存」
⸻
こうして表彰式は、
感動と拍手、そして笑いが入り混じる、いかにも博多ドンタクスらしい締めくくりになった。
強かった。
熱かった。
泣けた。
でもやっぱり、どこかで爆笑が起きる。
それが、このチームだった。
⸻




