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爆笑三姉妹〜陽翔・結音誕生から、燈真・灯乃、彩羽・悠翔誕生まで  作者: リンダ


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幼児化モード発動

放送翌朝だった。


公式SNSの通知欄は、朝七時の時点でもう大渋滞を起こしていた。

リスナー掲示板は昨夜の熱気をそのまま持ち越し、誰かが書き込めばその下に十数件の「分かる」「うちも吹いた」「整骨院どこですか」がぶら下がる。まるで福岡じゅうの腹筋が一斉に悲鳴を上げ、そのままネットに避難してきたみたいだった。


光子はソファに座ってスマホを見ていたが、数秒ごとに肩を震わせていた。


「ちょっと待って。もう朝から被害報告がすごい」


優子がマグカップ片手にのぞき込む。


「どれどれ」


光子が読み上げる。


「“光の戦士スイングで麦茶吹いた! 床掃除終わらん”」


優子が吹き出す。


「麦茶にまで被害広がっとるやん」


さらに次。


「“やさしか子キーパーのナデナデセーブ、全国のママに刺さった”」


「そら刺さるよ。あれ、キーパー技術やなくて母性やもん」


「次。“整骨院予約したけど、受付に『またM&Yですか?』って言われた”」


二人とも声を上げて笑った。


「またって何。常連扱いやん」


「整骨院側にも視聴習慣できとる」


まだ終わらない。


「“球技より笑技のほうが破壊力ある”」


「うわ、それ上手い」


「“バット持ってヨガポーズ取る優子さんで腹筋崩壊”」


優子がぴたりと止まった。


「……それ、どこのシーン?」


「たぶん本人も分からんうちにやっとった」


「無意識の犯行やん」


SNSチームがまとめた爆笑被害報告も、もはや何かの災害対策本部みたいな様相だった。


腹筋崩壊報告、約七千八百人。

整骨院送り、推定一万人超。

職場で吹いた、約二千三百人。

家族で再生して笑い転倒、六百八十世帯。

視聴後の健康効果、百パーセント。


優子が一覧を見て首をかしげる。


「整骨院送りと健康効果が両立しとるの、どういう世界観?」


光子は真顔で言った。


「破壊と再生たい」


「言い方だけ壮大」


その日の午後には、公式チャンネルに特別編集版が上がった。

“光速スイング”“ナデナデセーブ”“アビスパ×ホークス爆笑コラボ”“二人で一人スマッシュ”。

切り抜きの題名だけ見ると、何の番組か分からない。


その配信告知が上がった直後、またコメント欄が燃えた。


「整骨院送り注意」

「笑って守れ」

「M&Yは今日も無事です」


光子がぽつりとつぶやく。


「“無事です”って、何と戦っとる前提なんやろ」


優子も腕を組む。


「たぶん、笑いの圧」


そこからさらに夜は続いた。


スポーツ異種格闘芸の大騒ぎを終え、拓実はTリーグへ、翼は有明へ。それぞれ別の現場へ向かっていったあと、残されたのは泉と宇宙、そして光子と優子だった。


「お疲れさま会、しよっか」


そんな一言から、四人は行きつけの大衆ビストロ「こがね」へ流れ込んだ。

店はミライマート音大前店の別館で、店長の篠崎圭一の友人がやっている姉妹店だ。

木の看板、柔らかい照明、カウンターの奥から漂う出汁とバターの匂い。仕事帰りの人がほっと息をつくような店だった。


店長がにこにこしながら出迎える。


「本日はスポーツ異種格闘芸のみなさま、ご来店ありがとうございます。まずは本日の一杯、ミニグラス生でどうぞ」


光子が指を立てる。


「今日は“ちょい飲み”やけんね。ほんのひと口だけ」


優子もうなずく。


「ほんなら、グラス一杯だけ」


泉がすでに目を細めていた。


「その“一杯”が一番危ないんよね」


宇宙はスマホを取り出した。


「記録係、カメラ起動っと」


四人がグラスを合わせる。


「かんぱーい」


泡の音が小さく弾けた。


そして三秒後だった。


光子の瞳が、とろーんとなる。

優子の頬が、ぽわーんとゆるむ。


泉が素で笑う。


「はい出た、“三秒酔拳”」


宇宙が画面を確認しながら言う。


「発動、早くない?」


そこから先は、ほとんど雪崩だった。


光子が椅子の上で足をぶらつかせながら泉に手を振る。


「いじゅみちゃーん、きょーはありがとねぇー」


優子はグラスを両手で持って、猫みたいな口になる。


「ひりょくーん、なにしゅれしーぶできゅ?」


泉が口元を押さえた。


「“レシーブ”を“れしーぶ”て。かわいすぎん?」


宇宙は淡々と記録する。


「幼児化ワードその一、“れしーぶ”。その二、“いじゅみちゃーん”」


そこへ店長が料理を運んできた。


「とり天、明太タルタルです」


光子が皿を見て、なぜか目を潤ませる。


「とりしゃん、こんなにおいちくなって……」


優子は明太子をほっぺに当てて言う。


「めんたいこたん、がんばったねぇー」


泉が額に手を当てた。


「食べもんに親バカ発動しとる」


宇宙が真顔で続ける。


「栄養指導。親バカはゼロキロカロリーです」


スポーツ談義も当然、普通には進まなかった。


優子が泉を見つめる。


「いじゅみちゃん、どりゅぶるの“まつゆうき”しゅごいのー」


泉が笑いながら訂正する。


「“待つ勇気”ね。ありがとう。……て、可愛さで意味が入ってこん」


光子も宇宙に指を向ける。


「ひりょくんね、かべぱしゅがじょーず」


宇宙はすぐに乗った。


「“壁パス”を“かべぱしゅ”。語尾に“ゅ”つけたら何でも無敵説あるな」


二周目の小グラスに入る頃には、店長が心配して中身をかなり水で割ってくれていた。


泉が身を乗り出す。


「いや、マジで大丈夫? 帰りは代行呼ぶよ?」


優子は満面の笑みで答える。


「だいこーしゃん? ありがとー」


光子は氷をからんと鳴らしながら言う。


「うちはお水もしゅきー」


宇宙が保護者モードで店長に言う。


「炭酸水どっさりください」


そんな中でも泉と宇宙はわりと平然としていた。


店長が聞く。


「お二人はお酒いける口ですか?」


泉が答える。


「弱くはないです。試合前は飲まないですけど」


宇宙もうなずく。


「俺は甘い系一杯とハイボール一杯でちょうど。今日は見守り隊なんで軽めです」


「頼もしい!」


店長が本気で感心する。


そこから始まった卓上ミニゲームが、またひどかった。


「箸置きリフティング大会」


宇宙が宣言する。


「箸置きを足の甲にのせて、三回リフティング。負けたらノンアルお冷一気」


泉はすでにやる気だった。


「それ、普通に勝てる気がする」


光子も手を挙げる。


「やるー!」


だが、やった瞬間に落とした。


「あ、落ちたー」


優子は一回だけ成功したあと、うれしくて自分で拍手し、その振動で落とした。


「今の成功扱いでよくない?」


「ダメです」


結果は、泉成功、宇宙成功、光子ゼロ回、優子一回。


敗者のM&Yは、お冷を一気に飲んでそろって言った。


「おみじゅ、おいちー」


「しゃんしゃいパワー、かいふく!」


その頃には店内の空気が、もう完全におかしかった。

大人しかいないのに託児所の匂いがする。


はなまるツインズからLINEが飛んできた。


「動画まだ?」


宇宙が即送する。


「“三秒酔拳”実装版」


すぐ既読がつき、返事が来る。


「腹筋あぶない。整骨院、空いてるかな」


泉が笑いながら言う。


「名古屋支部からも“ライブ配信しろ”来た」


店長もノリノリだった。


「店のWi-Fi、ギア上げときます」


ラストオーダーは温かいお茶と出汁茶漬け。

さっきまで親バカモードだった二人が、今度は茶漬けを前に妙にしみじみする。


「おちゃづけ、あんちん」


「ねむねむモード……」


泉がタクシーの手配を済ませる。


「チャイルドシート、比喩で準備OK」


宇宙は領収書を受け取りながら聞いた。


「ファイブピーチ名義でいい?」


店長が涼しい顔で返す。


「“爆笑発電所 見守り課”でも通ります」


タクシーが着くころには、光子は泉に抱きつき、優子は宇宙と指切りしていた。


「いじゅみちゃーん、だいしゅきー」


「ひりょくーん、またかべぱしゅしよーねー」


泉はちょっと赤くなりながらも、頭を撫でる。


「はいはい。また練習しよ。おやすみ」


宇宙がスマホを掲げる。


「動画は家族限定公開で上げとく。タイトル、『ちょい飲みは世界を救う』」


そして、夜はまだ終わらない。


時刻は二十三時半。

店の照明が少し落ち、ジャズが静かに流れ始めたころだった。

光子と優子の“お水パワー”が、今度は別方向で限界を迎えた。


「……ゆうこ……わたし、そろそろ“いきたかモード”たい」


「うちも……ヤバかもしれん」


二人同時に立ち上がり、トイレ前で鉢合わせる。

まさかの一室だけ空いていた。


泉が笑いをこらえながら聞く。


「……どうする?」


宇宙が腕を組む。


「譲り合いの精神が、今試されとるな」


光子が真剣な顔になる。


「ここはフェアに、じゃんけん勝負や!」


優子もうなずく。


「のった!」


二人が向かい合い、手を合わせる。


「最初はグー」


「じゃんけん――ぽん!」


光子がグー。

優子がチョキ。


ほんの〇・三秒の沈黙。


次の瞬間、優子が飛び上がった。


「きゃーっ勝ったぁぁああ!」


光子は膝から崩れ落ちる。


「負けたけど……お姉ちゃん、トイレ行ってらっしゃい……」


泉が息も絶え絶えに言う。


「もう、どっちも小学生レベル」


宇宙は首を振った。


「いや、三歳児レベルやな。完全にしゃんしゃいモード再突入」


その奥の座敷では、陽翔、結音、燈真、灯乃の四人がすやすやと眠っていた。


「……おかあしゃん、のみすぎ……だめ〜……」


「おかあしゃん、だいしゅき〜……」


「……にこにこ……ぱぱ……」


「……おちゃづけ……おいち〜……」


泉が振り向いて小声で言う。


「完全に天使エリア」


宇宙も深くうなずく。


「地獄と天国が同居しとる」


優子がトイレから戻ってくる。


「ふぅ〜……生き返った〜!」


光子がすごい勢いで飛び込む。


「やっと空いた! 次、わたしの番たい!」


泉はそれを見送りながら苦笑した。


「……このテンポ感、まるでライブ」


宇宙が補足する。


「じゃんけん、トイレ、MCトーク、次のステージ。構成完璧やな」


翌朝、その動画はまたしてもトレンドに上がった。


「#トイレ前真剣勝負」

「#しゃんしゃいモード発動」

「#おかあしゃんだいしゅき」


夜は笑いに包まれ、朝には伝説になる。

もはや一つの文化だった。


そして翌朝。

光子と優子はそれぞれ家族を連れて、小倉家へ向かった。


玄関が開くやいなや、美鈴の声が飛ぶ。


「おかえり〜! 昨日の動画見たわよ。“れしーぶ”って何!」


優馬も笑いをこらえながら言う。


「あのトイレ前じゃんけん、視聴回数十万回突破してたぞ。お前ら有名すぎるわ」


光子はまだ少し幼児口調を引きずっていた。


「お母しゃ〜ん……」


優子もしおらしく言う。


「お父しゃん……あれは……その……芸術的事故たい……」


美鈴のお玉ツッコミが飛ぶ。


「あんたら芸術って言葉、便利すぎやろ!」


朝食のテーブルには焼き鮭、明太子入り卵焼き、ごぼう味噌汁、そして小倉家特製の“二日酔い回復セット”が並ぶ。


光子が味噌汁をすすって目を細める。


「おかあしゃん……このお味噌汁……沁みる〜」


優子も深くうなずいた。


「具がやさしか〜……」


優馬が言う。


「それ昨日のお前らの“やさしか子モード”に合わせとるんや」


その頃、子どもたちは完全にネタを吸収し終えていた。


陽翔が言う。


「おかあしゃん、きょうはのまんでね」


結音が続ける。


「おかあしゃん、いちゅもかわいい〜」


燈真がにこにこしながら聞く。


「ママ、れしーぶ?」


灯乃は胸を張る。


「トイレじゃんけん、かっこい〜!」


優馬が頭を抱える。


「子どもら、完全にネタ吸収しとるぞ」


美鈴が即答する。


「もう“お笑い遺伝子”の継承完了ね」


昼ごろには春介と春海まで部活帰りに顔を出した。


春海が笑いながら言う。


「ママ〜、昨夜の動画見たけど、“幼児語フル装備”やったね」


春介も容赦ない。


「“トイレじゃんけん”の構え、あれ本気やろ」


光子が赤くなる。


「しゅ、しゅんしゅけ〜、そげんとこ見らんでよか!」


優子も抗議する。


「お姉ちゃんの真剣勝負ば笑うな〜!」


美鈴が冷静にまとめる。


「はいはい、今日の夕方は家族会議ね。“もう飲みすぎません宣言”書いてもらうけん」


優馬は笑いをこらえきれなかった。


「……けど、正直あれ見て笑い止まらんやった」


全員そろって叫ぶ。


「やっぱりかーーー!!」


その夜、帰宅したあとも騒ぎは続く。


真夜中〇時四十三分。

玄関がそっと開く。ソリオのルームランプが消える。


するとナビがキザな声で言った。


「今夜のエスコートはここまで。君たちの笑顔、また乗せてくれ」


光子が小声で返す。


「……最後まで口説き文句やん」


優子が慌てる。


「ご近所さん起きるけん、小声小声!」


子どもたちはすでに車内で寝落ちしていた。

二人は無言で抱っこリレーを始める。布団に寝かせると、陽翔が寝言で言った。


「……おかあしゃん、のみすぎ……だめ〜」


結音も続ける。


「……だいしゅき、ちゅ〜……」


光子と優子は、同時に胸を押さえた。


「っ……はい、戒めと栄養、同時に受け取りました……」


そのあと二人は忍者みたいに静かに家事をした。

歯磨きは水道最弱。

洗濯はタイマー予約。

食洗機は静音コース。


冷蔵庫のプリンを見つけた優子が言う。


「これは証拠隠滅」


光子が即座に返す。


「それ、犯行声明やろ」


「静かに甘いのは正義」


深夜一時七分。

リビングでノートPCを開き、“トイレ前真剣勝負”の動画を三十秒に刈り込む。


オープニング無音テロップ。

クライマックスじゃんけん。

ラストは子どもたちの寝言テロップ。


「公開は朝八時予約ね」


「ハッシュタグは“しゃんしゃいママ”“トイレ前真剣勝負”“れしーぶ”」


まるで深夜の編集室だった。


そこへ突然、ルンバが起動する。


「掃除を開始します」


二人が同時に飛びつく。


「シーッ!!!」


光子が額を押さえる。


「深夜のルンバは心拍数に悪い」


優子もうなずく。


「今の音で整骨院行きになりかけた」


一時二十七分。

二人は卓上メモに殴り書きした。


「月〜金ノンアル、土だけちょい飲み」


「これ、母認印もらわな」


「監査人は優馬さんやね」


一時四十分。

寝室のドアを少しだけ開けると、結音が毛布を陽翔にそっとかけ直していた。


光子が小声で言う。


「……やさしさ遺伝子、ほんとにあると」


優子も見つめる。


「うちらも“やさしか子”でおらな」


そのあと翼と拓実に短い通話を入れる。


「無事?」


「全員就寝、反省完了」


「動画の予約、タイトル秀逸。明朝に再生数がドライブするやつ」


「語彙が完全に卓球解説やん。おやすみ」


最後の最後、玄関の新聞受けがカタンと鳴る。

落ちてきた折込チラシの一番上には、こう書いてあった。


「整骨院・朝七時から診療! “笑いすぎ腰”特集」


二人は無言で見つめ合い、肩を震わせた。


「宇宙の摂理や……」


「世界、完全に視聴しとる」


そして真夜中二時十分。

子どもたちの寝息と冷蔵庫の低い唸りだけが響く家の中で、二人は最後に小さくグータッチした。


「……明日から、またちゃんとやろ」


「うん。“笑い”と“やさしさ”、両手で持って」


笑って、ツッコんで、反省して、また笑う。

そんな夜を何度も重ねながら、この家族の日常は続いていく。


翌朝、またSNSが騒がしくなることを、たぶん全員もう分かっていた。


次に書くなら、この続きとして

「整骨院で先生にまたM&Yですかと言われる朝」

から、そのまま爆笑小説でつなげられます。

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