57-29.決着
ツクヨミが姿を現した。冥界化は解かれたようだ。
「決着をつけるのね」
テラスは話を聞いていた筈もないのに、状況を瞬時に察してツクヨミの前に立った。
「私も」
「必要ないわ。私にやらせなさい」
断られてしまった。テラスは一人で挑むつもりだ。
彼女にも譲れないものがあるのだろう。ここは見守るとしよう。
「始めるわよ!」
「いつでも」
テラスが最初に踏み込んだ。
まるで私のツクヨミを思わせる動きだ。まるでもなにも、そっくり同じ動きと言えるだろう。まさかボコボコにされている間も学習していたのだろうか。
『やりますね♪』
ツク姉、嬉しそうね。
『光栄でございます♪』
本当にそれだけ? 戦ってみたいんじゃないの?
『はい♪ 楽しみです♪』
もうやるのは決定しているのね。テラスはどう言うかしらね。二度とやりたくないんじゃないかな。
『そのようなことはありません♪ テラスの向上心には目を見張るものがあります♪』
そうね。意外とノリノリで受けてくれるかもね。
『間違いありません♪』
テラスも結構な負けず嫌いだものね。
これはある意味、ツクヨミ対決と呼べるのかもしれない。ツク姉に影響を受けたテラスが、同名の神と戦っている。
向こうがいきなりの殴り合いに面食らった様子だったのも最初だけだ。上手く術を駆使してテラスの拳を捌いている。
テラスはまだ、ツク姉の拳法の真骨頂を会得していないのかもしれない。本来のあの拳は障壁などものともしない。防げるとしても一瞬だけだ。それはテラス自身が身を持って経験していることでもある。
或いは向こうのツクヨミが一枚上手なのだろうか。彼女もまた古き神の一人だ。どうにも本気になりきれていないようだけれど、彼女の技量がテラスの遥か上をいくのは疑いようがない。私のツク姉でも彼女に拳を届けるのは難しいのかもしれない。
『迷ってるわね。彼女』
イロハ、もしかしてあっちのツクヨミにも興味があるの?
『何よ、その言い方。まるで私がツクヨミマニアみたいに言わないでよ』
『ちがわない』
『イロハ』
『つくねー』
『だいすき』
『まあ♪』
『うるっさいわね。静かに観戦してなさいよ』
あはは♪
『笑ってる場合じゃないわよ。あんな約束しちゃって。もしテラスが勝ったらどうするつもりよ』
なにさその言い草。まるでテラスが負けるみたいに。
『勝てないでしょ。あれは。どう見ても』
そこまで言う程?
『やる気の無い相手にあのていたらくよ。テラスは言動に実力が伴っていないわね。今までスサノオ相手に何をしていたのかしら』
イロハ。
『向こうのツクヨミは迷っているのよ。選択権は向こうにあるの。私たちに委ねた方がより確実に夢が叶うのか、或いは託すに値しないのか。冷静に見極めているのよ』
それが気に入らないと? イロハも大概負けず嫌いね。
『負けず嫌いですって? 違うわ。これはアルカが持つべきプライドの話よ。イオスが甘い顔をしているからっていつまでも泥を塗っていたら見限られるわよ』
……もしかしてお説教始まった?
『自覚無さ過ぎよ。わかっているの? あなたまだ、テラスの隷属下に置かれたままなのよ? 加えて冥界化まで解いてしまって。これではイオスが……言わんこっちゃないわね』
え?
空気が変わった。場の属性がハッキリと置き換わった。
テラスと同質の力で満ちていた筈のアマノイワトが、私たちのよく知る力で埋め尽くされた。
「小春!!」
イオスだ。溢れんばかりに怒りを湛えたイオスが天に立っている。
何かされたのだろう。テラスは地に倒れ伏し、ツクヨミは跪いている。
「言い訳があるなら聞いてやるわ!」
これは私への怒りだ。二人は巻き込まれただけなのだ。
「ごめんなさい。私はしてやられました。けれど」
「バカ!!」
ツムギ!?
いつの間にか現れたツムギが私たちとイオスの間に割り込んだ。何かから私たちを守り抜いてくれた。
「待ってイオス! まだ逆転出来るから! 結果が出るのはこれからだから!」
「それならそうと早く言いなさい!」
イオスはあっさりと怒りを収めてくれた。私の隣に降りてきて、何事も無かったかのように観戦姿勢に移った。
そこで初めて二人の状況を認識したようだ。
「何よ? もう終わりなの?」
あなたが終わらせたのよ……。
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「パスの修復は完了致しました。マスター」
「ありがとう、シーちゃん。皆も。よく頑張ってくれたわ」
これで世界の終焉は回避された。危うくイオスの怒りによって全てが終わってしまうところだった。
「よくやったわ♪ 小春♪ 自分で神を従えられたわね♪」
そこは素直に褒めてくれるのね、イオス。
というかイオスは、隙あらば私を褒めてくれるからね。そして何かご褒美をと言い出すのだ。
「今回のご褒美は何がいいかしら♪」
ほらやっぱり。
「神々が集まれる世界が欲しいの。この船を補強してもらったりとか出来るかしら?」
「嫌よ! 新しく作るわ!」
そんなあっさり。流石は混沌の原初神。
「テラス。ツクヨミと希望者には新たな大地へ移り住んでもらうわ。それが勝者の特権よ。否はないわね」
「……納得いかないわ」
気持ちはわかるけども。
横槍が入ったとはいえ、最後まで立っていたのは間違いなくツクヨミの方だ。そこは認めざるを得ないだろう。
「ダメよ。今回は従いなさい」
「……がってん」
あらあら。
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「大地は要らない。船を貰おう」
あらま。
「良いの? あなたが勝ったのだから、なんなら両取りでもいいのよ?」
「いいや。あれは肌に合わない。と言えば伝わるだろうか」
なるほどね。まあそういうことなら仕方がないわね。
「わかった。勝者の意向に従うわ。民への告知はあなたに任せて構わないかしら?」
「もちろんだ。希望者は潔く引き渡そう。そう約束する」
「ええ。よろしくね」
そんな話をしてから数日が経過した。
私たちはアマノイワトを引き上げ、シーちゃん船へと乗り込んだ。
「結局誰も付いてこなかったの? 一人も?」
「うるっさいわね。仕方ないでしょ。いないもんはいないんだから」
結局作ってもらった大地は空っぽだ。テラスに付いてくる選択をした者が誰一人として存在しなかったのだ。
これは別にテラスの人望が無かったとかそういう話でもないのだろう。ゾンビ騒動の時は率先してテラスと共に避難誘導に当たってくれた者たちだっていたもの。あれは間違いなく慕われていた。むしろだからこそなのだろう。きっと皆理解していたのだ。この船はテラスの夢とは違うのだと。テラスの新天地は自分たちの目指す大地とは違うのだと。
「「主宰様♪」」
アマノとウズメも変わらずテラスを慕っている。二人だけは付き従っている。
「主宰様は後輩だね♪ 旦那様の伴侶になったのは此方が先だもんね♪ 焼きそばパン買ってこ~い♪」
「あんですって!?」
慕ってる……? ともかく、仲が良いようで何よりね♪
「騒がしいですね」
サグメさんはさらっと戻ってきた。その表情は何処か満足げだ。メグルの罵詈雑言もなんのそのだ。
「イオスたちまた行っちゃったわね」
ツムギとも全然話せなかった。いっぱい話したいことがあったのに。
『ツムギは驚く程強くなっていたわね。イオスがあそこまで本気だとは思わなかったわ』
ね~。あの戦闘向きじゃなかったツムギが私たちより先に動いてイオスの一撃を防いじゃうんだもんね。驚きよね~。
「今回全然良いところがありませんでした」
ノアちゃんが地味に落ち込んでる。ツムギの成長を目の当たりにして比較してしまったのだろう。
「付いてこれている時点で十分よ。これは神の領域だもの。純粋な猫獣人のノアちゃんにはどうしたって限界があるわ」
「私も半神に」
「ダメ。絶対ダメ」
「何故ですか。これだけ神が増えたのです。今更ではありませんか?」
「きっとセレネまで半神になるって言い出すわよ」
「……それもそうですね。せめて聖女の職を辞すまでは待つべきですね」
「それだけじゃないわ。カノンたちとの約束があるでしょ」
私たちは人らしく生きると決めたのだもの。その誓いを一方的に破るわけにはいかないわ。
「真っ当な理由があるならカノンも否とは言いません」
「悔しい、以外の理由があるの?」
「アルカについて行くために決まっているじゃないですか。意地悪言わないでください」
「もしかしてこれから先どんどん増えていくと思ってる? こういう、うちの世界以外の事件に首を突っ込むことが」
「何を惚けたこと言ってるんですか。界賊の件はこれからですよ」
「……あ。ツクヨミさんにその件話すの忘れてた」
「無茶言わないでください。今はそっとしておきましょう」
それもそうね。
とはいえ、いずれかち合う時も来るでしょう。彼らも生き延びるためには糧が必要なんだもの。そのためには界賊や滅びかけの世界を潰していくのだろう。
テラスの統治時代とは違って、人間たちの魂を他の世界の輪廻に送り込んでもいく筈だ。そうでなければアマノイワトは過剰に糧を必要としてしまうもの。そこは以前のやり方に戻すのだろう。先代アマテラス様の頃のやり方に。
ツクヨミさんの目的はあくまで神々の暮らす高天原の再建だ。そこに人間は必要ない。きっとアマノイワトは大きく変わっていくだろう。テラスの齎した変革はまるっきり無かったことになるのかもしれない。それは寂しい事なのかもしれない。けれど先へ行くためには必要な事なのかもしれない。
願わくば敵対する形で出会うことがありませんように。
せめてそう願うとしましょう。




