57-28.最後の交渉
『だとしてもだ』
お姉ちゃんの推理をツクヨミにも伝えた。
案の定彼女は納得しなかった。
『私のプランであれば原初たる神の帰還は必要ない。なれば姉上もお戻りになられる筈だ』
そうじゃないのよ。ツクヨミ。
「いいえ。アマテラスは決して戻りはしないわ。彼女自身の意思でそう決めたのよ」
『根拠のない推論だ』
「何故わからないの? 彼女は別天津神の在り方を理解したのよ。そうしてテラスに伝言を託したの。これはあなたに対する伝言でもあったのよ」
『……納得しかねる』
「あなたはお父さんに似ているのね」
『……』
「どうしても納得できなくて黄泉の国まで迎えに来てしまうんだもの」
『……それが』
「死者は戻らない。人間だって知っている理よ。神であるあなたが受け入れられないと駄々を捏ねるつもりなの?」
『……これは姉上の策だ』
「ええ。最初はそうだったのでしょうね。先代のアマテラス自身も黄泉の国へ母を迎えに行くまでは理解していなかったのでしょうね」
アマテラスは自ら黄泉の国へと乗り込んだ。かつてイザナギがそうしたように。そしてツクヨミもまた、父と姉の後を追おうとしている。世界の方を黄泉の国へと作り変えようとしている。失った者たちを取り戻すために。
「けれど彼女は思い直した。黄泉の国で何があったのかはわからないわ。ただただ打ちのめされてしまっただけなのかもしれない。本当は今も救いを求めているのかもしれない。それでも彼女は決意したの。現世に別れを告げようと」
『……』
「認められないのはあなただけよ」
『……それの何が悪い』
「何も悪い事はないわ。誰が悪いという話でもない。やり方はともかく、アマテラスが現世を想って行動していたのは紛れもない真実だもの。ただあなたのお姉さんは戻らない。それもまた真実であるというだけの話よ」
『……認められない。断じて』
「あなたには恨みを言う権利があるのでしょうね。きっとアマテラスはあなたに嘘をついたのだもの。必ず戻るからと約束して黄泉の国へと旅立ったのよね。そのやるせなさは理解するわ。あなたは可哀想ね。後悔もしているわよね。けれどもう終わりにしましょう。せめてテラスだけでも先に進ませてあげて。新たな高天原を築くという夢だけは繋いであげるから。その夢は私が支えてあげるから」
『……ダメだ。認められない』
「イザナギと同じ過ちを繰り返すの? 変わり果てたアマテラスの姿を目の当たりにしても後悔するだけよ? 二人のように最後には罵り合うしかなくなるかもしれないわよ?」
『……知ったような口を』
「ええそうね。これは神話に基づいた想像だもの。真実は全くの別物なのかもしれない。神々も代替わりが起こるから、神話通りとは限らないものね。テラスだってまさにそんな感じよね。あの子はアマテラスとは別人よ。間違いなくね」
『……それがなんだと言う』
ツクヨミの声に初めて苛立ちが混ざった。
『失ったのならば新しく作り直すだけだ。あの子が姉上足り得ぬというなら新たな姉上を産み出すだけだ。良いとも。好きに連れて行くがいい。けれどアマノイワトは置いていくことだ。これは姉上の夢だ。紛い物が持つべきものではない』
「あの子だって決して諦めないわ」
『受けて立とう。それが望みであるならば。その程度の義理は果たすとも。だからどうか諦めておくれ。負けた場合は潔く。これは姉上の……私の夢なんだ』
「ええ。約束するわ。正々堂々奪い返すって。私はあの子と共にあなたを打倒するわ。界賊王らしく欲しいものは力尽くで貰い受けるわ」
私はテラスを抱き寄せた。
イコルがすかさず屍鬼化を解く。
『……』
きっとツクヨミは期待していた筈だ。テラスの生者としての肉体を依り代に、今この場にアマテラスが再び姿を現すのだと信じて……縋っていた筈だ。
しかし何も起こらない。奇跡は決して起こらない。
私の腕の中で、少女神がゆっくりと瞼を持ち上げた。
「……アルカ」
目覚めたのはテラスだ。アマテラスではなく、テラスのままだった。




