56-12.世界の悪
「どうしよっか~」
「どうするもこうするも無いでしょ。後はもう、テミスに任せておくしかないじゃんか」
そ~よね~。わかってるんだけどね~。ニクスの言う通りなんだけどね~。
「反省会がしたいなら付き合うわ」
メグルがしれっと私の中から出てきた。
さっきまでテミスさんが座っていた向かいのソファに腰を下ろし、手を付けられることなく残っていたお茶菓子を摘み始めた。
「どうして誰も気付かなかったの?」
「管理者云々の件なら、テミスが極端に言っただけだよ」
「……と言うと?」
「『神を管理する者』とは、すなわち世界の管理者でもあるってことさ」
ニクスまでドヤ顔するし。
「ならなんであの時言わなかったの?」
「テミスの口にした言葉もまるっきりの嘘というわけではないわ。中央の連中が責任を負いたがらないのは事実よ」
「そうなの? けど役割は果たすんでしょ? なら『主神』の誰かがリーダーシップくらいとるんじゃないの?」
「いないわ」
「いない? 主神が? 一人も?」
「ええ。中央世界の神々を総括する主神という意味ではね」
主神格が何柱もいるせいかしら?
中央世界って神話ごちゃまぜに沢山の神々が住んでるみたいだし。
「神々は原則的に他所の神を支配したりはしないの。皆それぞれに異なる原初神によって生み出された存在だから」
ギリシャやローマに関する神々は、皆混沌の原初神たるイオスによって産み落とされたって事よね。同じように、他の神々は他の原初神たちによって生み出されたのよね。
「この世界が尊重されているのも同様の理由よ。原初神と神々というのは、神と人間たちの関係性そのものなの。神々は決して原初神には届かないものなのよ」
混沌の原初神の主な縄張りであるこの世界には手を出しづらいように、他の系統の神々の件には首を突っ込めないと。
だから神々全体を纏められる代表者は現れないのね。
「けれど原初神って殆ど姿を消してしまったのでしょう? イオス以外に積極的な原初神は残っていないのでしょう?」
ラフマも一応原初神の一柱だけど、彼女は未だに私にすら本名を名乗らない程だ。原初神として積極的に世界と関わるつもりは無いのだろう。
「なんとなくわかるでしょ。原初神たちは飽きてしまったのよ。どれだけ観測を続けても変化が訪れないんですもの」
メグルの言いたいことはわかる。ハッキリ言って今の神々は平和ボケし過ぎている。テミスさんも言っていたことだけど、偽神や邪神という明確な脅威に対し、本気で挑もうとしないのが何よりの証なのだろう。
きっと子どもたちの成長が止まってしまったからだ。停滞を選んだ彼らに失望してしまったのだ。原初の神々は。
かつてニクスが例えてくれた。
複層世界とは、全体で原初神の細胞の一つに過ぎないのだと。無数の時間軸が寄り集まって、原初神の本体を形作るものなのだと。
あくまで私たちが見ている混沌の原初神……イオスは、この時間軸を管理するための端末に過ぎないのだと。
なるほど確かに。複層世界全体の守護者という意味では、原初神こそが相応しいのだろう。人間がどれだけ強くとも、世界の守護者足り得ないのと同じことなのだろう。
同じように例えるならば、守護神が見守る世界の内側なのだ。この時間軸は。複層世界とは。
守護神とは、世界を守護し、発展を見守る存在だ。
しかしその役割とは、世界を存続させ続けることだけだ。どんな世界を築こうと、どれだけ世界を放っておこうとも、崩壊さえさせなければ構わないと考えているのだ。
けれど本当はもっと違ったのかもしれない。
世界の運営とは、原初の神々が我が子たる神々に与えた試練であったのかもしれない。
神々は与えられた役割を表面的に受け取り過ぎていたのかもしれない。試練を役割という言葉に置き換えて、最低限の労力でやり過ごそうとしてきたのかもしれない。
原初神たちは、自分たちのやっていることを我が子たる神々にも体験させたかったのかもしれない。世界運営は時間軸運営の縮図、モデルケースなのかもしれない。
そうしてより多くの経験を積んだ優秀な我が子に後継を任せたかったのかもしれない。
しかしそんな原初神たちの想いに反し、神々はその最低限の役割すらも放棄してしまったのかもしれない。
中央世界に多くの神々が集まっている現状は、原初神たちにとってもイレギュラーなことだったのかもしれない。
神々はあくせく働かずとも成果を上げられる仕組みを作り上げてしまったのかもしれない。
中央世界の存在によって不労所得を得られるようになった神々は、ただそこに所属するだけとなり、発展を目指し続ける熱意を失ってしまったのかもしれない。
だとするならば。「停滞」こそが悪なのかもしれない。
原初神が神々に失望して姿を消したのも、神々が熱意を失ってただ漫然と日々を生きるだけの骸に成り果てたのも、全ては停滞が原因なのだろう。
人も神も変わらない。楽な方へ流され続ける。その流れに抗い続けられる者こそが真に道を切り開いてきた。
だから上位の存在は下位の者たちに試練を与えるのだ。流れに抗った際の充足感と、乗り切った後の達成感を体感させるためにだ。
原初神は神々に。神々は人類に。役割という名の試練を与えながら、世界全体を引き上げようと努力を続けてきた。
それが大昔の、本来の在り方だった。
いつしか熱意は失われ停滞を生み出した。
或いは、停滞によって熱を奪われ続けた者たちが、遂には歩みを止めてしまったと言うべきだろうか。
どちらが先なのかはわからない。
原初神たちが先に飽きて試練の供給を止めてしまったのかもしれない。
或いは神々が先にサボり始め、それを見た原初神たちが見限ったのかもしれない。
それとも人類の上位種が、より下位の人々を使って楽を始めたせいなのかもしれない。それを見た神々が参考にしてしまったのかもしれない。
そもそも何かのせいにするような話でもないけれど。
「別に全くいないわけじゃないんだよ。前に進み続ける者たちだってさ」
「だからこそ憧れるのね。ちっぽけでありふれた英雄譚に」
「ええ。人も神も同じよ。前に進み続ける者に羨望と畏敬の念を覚えるの。その少しだけマシな誰かが、自分たちのこともマシにしてくれるかもしれないと期待するの」
なんとも消極的だ。
けどわかるわ。誰かがやってくれる。その考えは楽でいいものね。自ら全てを背負って立つなんて、苦しくて堪らないものね。自ら竜を倒す英雄になれずとも、その物語を読むだけなら簡単だものね。
「まるで大量消費の為のコンテンツね。私たちの活躍って」
「飽きたらポイ捨てされちゃうかも」
「サブカルはあくまでサブカルよ。人生の空白を埋めるだけならともかく、人生の本題は自ら見つけ出すものよ」
なんだかんだと言って私たちやアマテラス様が一目置かれるのも、そういうところなのだろう。
私には「原初神の加護」という特大のインチキがあり、アマテラス様には「世界の悪」という名の忌避感がある。
だから他人事なのだ。結局は。
憧れは憧れのまま。自分たちとは遠い存在のままなのだ。
「参加型のコンテンツとでも思われているのかしら」
「精々主催者をキッチリ務めてあげなよ」
「なんだかスサノオが可哀想になってきたわ。体の良い悪役じゃない」
確かにわかりやすい役割だ。
けれどどうかな。案外と憧れるかもしれないよ。
わかりやすさと声の大きさは何より大切な要素だからね。私たち舞台役者としてはさ。




