56-11.役割
また随分と慌ただしくなってきた。
大きく分けて、今の課題は二つだ。
一つは外界関連。もう一つは内界関連。
外界の件を更に細分化すると、三つの課題に分けられる。
一つは中央対応。一つは界賊対策。一つは革命軍対策。
軍隊編成はこれら全てに関わっている。先ずはより多くの情報を集め、適切な運用方法を見極めよう。
内界の件を更に細分化すると、三つの案件に分けられる。
一つはクラン関連。一つは歓迎祭。一つはその他内政。
クランに関しては概ねジュジュに任せてしまえることではある。私はただ、クランリーダーとして、仲間の一人として、息抜きくらいの気持ちで参加せてもらうとしよう。
それから歓迎祭の準備は万端だそうだ。後は私の号令を待つばかりだ。スケジュールの調整を急ぐとしよう。そのためにも先に外界の案件を片付けていかねばならない。
他にも偽神関連だとか、家族に任せた各地の運営だとか、配信システム構築の進捗確認だとか、アレクシアお姉ちゃんたちとのお茶会だとか、原初神お姉ちゃんの様子見だとか、カルネの回復状況だとか、マリアンやクランメンバーとの日常的な関係性強化だとか、大家族全員……特に伴侶たちとの触れ合いの時間だとか、細々したものは挙げ切れない程あるけれど、どうにかこうにか回っている。
これら全てについて都度都度私が悩まずとも、レーネが代わりに差配してくれるようになった事は本当に大きかった。
助かっている。なんて言葉じゃ足りないくらいだ。レーネたちがいないと私はもう日常を回せる気がしない。
でないとまたここで各地を回って皆の意見を取り纏めて、適任者を探して、ダメなら自分で対応して。そんなことを繰り返さなければならなかったんだもの。
実は今までだってハルちゃんやシーちゃんが秘書のようなことをしてくれてもいたんだけれどね。
そこは私に覚悟が無かった。皆に任せてしまえる覚悟が。
レーネたち人事部の存在は、私の中から一つの塊として意識を切り離す役割も担ってくれている。
その辺、ハルちゃんやシーちゃんは私と魂を共有する融合組だから、あんまり上手いこと切り分けられていなかったのよね。もちろん二人の問題じゃなくて、私の問題としてね。
さて。考えを纏めるのはここまでだ。一つ一つ物事を片付けていくとしよう。
先ずはテミスさんとの打ち合わせだ。多くの情報が集まった。たっぷり考えも纏められた。軍としての方針もバッチリ定めた。準備は万端だ。
その次はクランの方針会議だ。先日報告した件を元に、ジュジュたちが情報収集を行い、腹案を考えてくれた。私はその報告を聞いてクランリーダーとしての決断を下すのだ。
本来横並びにすべき規模でないのは重々承知だ。けれど気にはすまい。寒暖差に頭を痛めることもない。日常の小さな事から非日常の大きな事まで。何一つ取り溢すことなく掬い上げていこう。これまで通り。これまで以上に。着実に。
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「……」
胡乱げだ。折角理路整然と説明してあげたのに。
「……どうやって知識を得た?」
なるほど。テミスさんはわざと絞っていたのね。
メグルは資料の一つも寄越さないのは気が利かないなんて言っていたけど、テミスさんは敢えてそうしたのだ。私に界賊たちの情報を齎すつもりはなかったのだ。
それでどう敵を討てと言うのかは気になるところだ。
冒険者ギルドと同様の形式で、一つ一つ依頼任務を発注するつもりだったのだろうか。
あり得そうな話だ。中央は私が創設する軍隊に勝手に動いてほしくはなかったんだもの。そうやってコントロールするつもりだったのだろう。
「企業秘密よ。それより答えを聞かせて頂戴」
先ほど私はテミスさんに問いかけた。
こちらからの提案は、アマテラス率いる『タカアマハラ』との提携及び、賞金稼ぎたちに向けた依頼の発注だ。
賞金稼ぎと言ったって、彼らは本当に金銭を受け取っているわけじゃない。ただ存在に必要な力を得るために、悪を討って糧としているだけなのだ。
もちろんそれ以外にも、私設軍や自警団の類も存在する。単に中央に属さない勢力を纏めて賞金稼ぎなんて呼んでいるに過ぎない。これは所謂俗称だ。必ずしも本人たちがそう名乗っているわけでもない。
「手は組めぬ。わかっているのだろう」
「それでもよ。アマテラスのやってきた事が体制から見れば悪であると理解した上で提案しているの」
「論外だ。提案は受け入れられん」
「誤解しないで。これは最初だけよ。こちらの体制が整うまでの一時的な共闘よ。革命軍の横槍で台無しになるのを防ぐための提案よ。必要性についてはご理解頂けるでしょう?」
「手段は選べ。アルカ殿は軽く考えすぎだ。奴らは盤上の駒ではないのだ。明確な脅威を打ち立てれば形振り構わず動き出すだろう。例えどれだけみっともなかろうともな」
あ~……。
特にスサノオなんて、そんな逸話があったものね。かなり感情的な行動を取る神であった筈だ。
もちろん神話の内容と実在のスサノオに何の関係もないことは重々承知の上だけど。
「その点についても心配は要らないわ。だからこその協力関係とも言えるわね」
「本気だと悟らせない為か?」
「ええ。私たちは最初に『冒険者ギルド』を立ち上げるの。軍はそれを隠れ蓑に育てるのよ。なんなら賞金稼ぎたちから勧誘していったって構わないわ」
「今度はアマテラスが頷くまい」
「そうかしら? 界賊王の汚名を雪げるなら喜んで協力してくれるんじゃない?」
「何を勝手なことを言っているのだ。アマテラスの罪を中央が許す筈はないだろう」
「そこは飲み込んでもらうしかないわね」
「一時的な共闘だと言ったではないか」
「今までとだって変わらないじゃない。私は別にアマテラスと中央に仲直りしてほしいと言っているわけじゃないわ」
「ライン超えだ」
「中央ってケチなのね。圧倒的優位を保っているのに、少しばかりの慈悲も見せられないのね」
「滅多なことを言うものではないぞ」
乗ってこないか。当然わかってはいたことだけど。
「譲歩を引き出す方法は本当に無いのかしら?」
「何を用意している。出し惜しまずに言ってみよ」
流石ね。ちゃんとバレてる。
それに興味も持ってくれている。口では反対してるけど。
それだけ私たちに期待してくれてもいるのだろう♪
「もちろん中央のメリットについても提示させて頂くわ♪」
「もったいぶるな」
「私たちは雇われギルド長に徹するわ」
「……ほう」
「テミスさんもよくよくご存知のことでしょうけれど、私たちは別に、私設軍を持ちたいわけではないの。だから軍の所有権とギルドの運営母体の役割は全て中央に差し上げるわ」
「どういう心変わりだ? アルカ殿は中央の下に付くのは反対であったのだろう? それは混沌の原初神の顔に泥を塗る行為であると捉えていた筈だ」
「もちろん私たちが下につくわけではないわ。いずれギルドの運営母体は中央に譲るけど、創設者は私たちだもの。軌道に乗るまでは責任を持って運営管理を行うわ。移譲後についてもギルド支部長として権限の一部を残すってだけの話よ。中央に従ってあくせく働くつもりは無いわ」
「……ふむ」
「それともやっぱり、中央としては私たちごと所有する事に拘るかしら? そんな筈はないわよね。それこそ恐れ多いというものだわ。原初神の怒りを買ってまで欲張ることもないでしょう。賢明な中央の神々なら当然そう思うわよね」
「……ふむ」
どんな大掛かりなシステムを作ったとしても、続けるには体力が必要不可欠だ。だからアイディア出しと骨子作りだけは受け持つけど、事業が大きくなった後の運営管理は大手に委ねるとしよう。これはそんなビジネスモデルだ。
私たちは中央という最大手の社員や下請けになるつもりはない。あくまで対等にビジネス関係を結ぶのだ。お互いにお得意様であると思えるのが最良だ。アマテラス様との協力関係もその程度のもので構わない。必要な時に必要なだけ力を貸し合えるような関係性を目指したい。
要するにだ。お互いに尊重し、貸し借りを通じて信頼を積み重ねていこうというだけの話だ。
初回サービスで多少中央にも良い目を見させてあげるとしよう。先日のヘルメスさんの件もこれで水に流してくれるなら万々歳だ。
「話はわかった」
「良かった。ご納得頂けたようね」
「いいや。理解しただけだ。残念ながらこの提案が通ることは無いだろう」
「あら。まだ何か足りないの? 流石にそれは欲張りすぎじゃない?」
「そうではない。アルカ殿は根本的な部分を勘違いしているのだ」
「勘違い?」
「中央は統治をせん。あくまで君臨するだけだ」
……おっとぉ。
「我のような役割の者が接していたせいで誤解を与えてしまったようだ。アルカ殿は我々を複層世界の管理者であると認識していたのだろう。しかしそうでない。我々は同族の管理を行っているだけだ。もっと言えば、降りかかる火の粉を払い、不安の芽を摘んでいただけなのだ」
……それは。
「その実態は、中央世界や他の数多ある世界を使って実験を行っているだけの探求者だ。界賊たちが長らく放置されていたのはその為だ。アマテラスが罰されないのもその為だ。奴らが排除されていないのは実害が無いからだ。或いは割に合わないからだ。戦争を起こしてまで丹念に潰す程、大きな被害を産んでいないからだ」
「なら何故私に?」
「原初神こそが真の管理者であるからだ」
……なる……ほど。
「立場が真逆なのだ。我々が原初神に願い奉っているのだ。汝らの失態を理由に、譲歩を引き出そうとしているのだ。それはそれとして、窓口係の一人に過ぎないアルカ殿には傅きたくないのだ。それが中央の真実だ」
……そっかぁ。
……本当に勘違いしてたわ。
そっか。そういうことか。
中央世界の神々が私に対して支配的なのは、単純に神だからだ。神とはそういうものだ。人間を資源としか思っていない者たちだ。一つ上の領域にある存在だ。未だ半神の私を同等の存在としてみなしていないのだ。
しかしテミスさんはそういうタイプでもなかった。私を最初から尊重してくれていた。私の身近にいる神々もそうだ。
来たばかりのイコルが私の言葉に全然従ってくれなかったのも、根っこの部分は同じだったのかもしれない。
たぶん、中央に所属する神々と各世界の守護神との間でも認識は異なっている筈だ。現場で人間たちと触れ合う者と、中央で神々に囲まれて過ごす者たちとでは異なるのだろう。
そんな各地の神々と中央の神々を繋ぐテミスさんたちであれば、私たちに友好的で対等な関係も結んでくれるだろう。
しかし中央の神々は違う。私が今回持ちかけた提案は通らない。前回のは私が軍の管理まで行うと思ったから乗り気になってくれただけなのだ。
これまでだってそうだ。私が中央に頼ることは一度だってなかった。行動するのはあくまでこちら側だった。
けれど今回の提案は違う。ある意味では中央に仕事を押し付けるとも言える内容だ。むしろそれが本音だ。軍の管理なんて未来永劫引き受けるつもりはない。だから中央に押し付けてしまいたかった。
けれどそれは通らない。中央はあくまで「軍を持つ私」に言うことを聞かせたいだけなのだ。
「アルカ殿は何故今まで気付かなかった? 偽神程の脅威を相手に中央の神々は本気で対策を講じたか? そうではなかろう。邪神についても同様だ。彼らが自ら率先して対応に乗り出すことはない。もちろんそのような志を持つ神々が皆無とは言わん。個々の手の届く範囲であれば応じよう」
……そうね。
「中央とて、志を介さぬわけでも危機感を抱かぬわけでもない。協力を依頼されたのなら出来る限りの手は貸そう。摘み取れる脅威ならば取り除こう。しかし他の神々を纏め上げて本気で対抗しようなどと考える者は現れない。皆自らに課された役割を優先した。それが多くの神々にとって当たり前の在り方なのだ」
……役割。また役割の話か。
それだけ神にとって大切なものなのよね。
「故にこそ。皆アルカ殿には期待もしている。脅威と警戒しつつも、半神と侮りつつも、原初神の寵愛に羨望を抱きつつも、彼らが敵意を示さぬのはそのためだ」
それが注目の正体……。
神々が私を観察する理由……。
「皆不安を感じているのだ。ちっぽけな英雄に興味津々だ。あわよくば、英雄譚の一ページに自らの名を刻みたいのだ。けれど決して、責任を負うことだけはせぬのだ。自らの役割を口実に、小さな日常を生き抜くことに必死なのだ」
……どうして。
「どうして。テミスさん。普段はそこまでお喋りな方ではないでしょう?」
どうして教えてくれたの?
「我も同じであるからだ」
……そっか。
うん。納得。
「だからこそ、アマテラスとは手を組めないのね」
「そうだ。その通りだ。その理解でいい」
彼らは羨ましいのね。悔しいのね。
誰にも踏み出せなかった一歩を踏み出したアマテラスが。
そんな彼女に選ばれなかった自分たちが。
「けれど、期待もしてくれるわよね?」
「焚きつける手はあるだろう」
「自由に生きる私たちが旗を振りましょう」
「であれば多くの神々が集うだろう」
「精々目立つ旗を振らないとね」
「期待している。これは私自身の言葉だ」




