私のそばにいてほしい
これにてとりあえず本編終了でござる―
朝起きると道太郎様はまだ眠っていた。
私は昨夜、初めて男性に身を預けた。
それはなんというか、私がそれなりの年だからだろうか、まぁ、それはす ごい体験だった。
なんといっても初めて同し、その上お相手は10も年下なのだ、なんとかうまくいくようにと焦れば焦るほど上手くいかず、夜も開け始めえたころ、まぁ、なんとかいくようになり、それなりにそれなりして、それなりに終わった。
疲れた。道太郎様も疲れたのであろう、ことが終わった後、私の胸に頭を埋めたまま、眠りに落ちられた。
まぁ、つかれた。
私の胸に顔を埋め、寝息を立てている。本当に愛らしい御方だ。私は道太郎様の頭を撫でる。艶やかな髪、手触りが良い髪、私の旦那様の髪。私は道太郎様が愛おしくてしょうがない。
「生姜、大好きじゃ~~」
道太郎様が寝言で、私にくれた名を呼んでくれる。
愛おしくてしょうがない。
「生姜、何故そんなに美味しいのじゃ~~」
そっちの生姜かよ。耳を抓る。
「い!~~~!」
「おはようございます道太郎様」
「儂の耳に鼠が噛みついた!」
「おはようございます道太郎様」
「儂の耳付いておるか!?」
「しっかり付いておりますよ道太郎様」
「そうか、八吉に鼠用の罠を用意して貰わねば……」
「おはようございます道太郎様」
私は道太郎様を抱きしめ頭を自分の胸に押し当てる。
「生姜、苦しい、」
道太郎様は手足をバタつかせる。
「だめですよ、道太郎様そんなに動いてはくすぐったいで」
「生姜が悪いのじゃ!」
「はははは、くすぐったいですよぉ、やめてください、ははははは、」
「生姜め! こうじゃ! こうじゃ!」
「はははははははおやめください道太郎様ぁ」
半刻ほどこんなことをして過ごしてしまった。
愛おしいはとめどないのだ。
「今日大切なお客様が見えられます」
お義母様が朝食のを食べているみんなの前でおっしゃられた。
大切なお客様とはどの様なかただろう? どの様な方でも道太郎様に恥をかかせぬよう私は良い嫁に見られるようにせねば。
お義母様は道太郎様を見て意地悪そうに笑う。
「道太郎、お客様と一緒に伊織が来ますよ、仲良くするように」
「伊織!」
道太郎様の顔が青い。
「伊織様が見えられるのですか……」
お七の顔も青い。
「…………」
八吉の顔も青い。
「とても楽しみですね!」
お玉の顔は明るい。
「お義母様、伊織様とはどの様な方なのですか?」
「暮葉さ……生姜さん、イオリは道太郎の従兄弟で私の兄の子です。そして道太郎の許嫁だった娘です」
道太郎様の許嫁! 私は素早く道太郎様を見る、道太郎様は素早く視線をずらす。
お七を見る、お七も視線をずらす。
八吉を見る、八吉と目が合う。
「あぅぅ俺はおぉぉぉぉれはなんもぉぉぉぉ」
八吉では話ならぬ!
「道太郎様、少し二人でお話が有ります」
道太郎さまの顔色が青を超え藍に変わる。
「儂は伊織のことおりを見て話すつもりだったんじゃ!」
「しかしお話いただいておりません」
「あぅぅぅ、おりを見てじゃ!」
「大切なお話、私は聞いておりません」
「だからおりを……」
「聞いておりません」
正座をし、顔の蒼い道太郎様。
「いつまで許嫁だったのですか?」
「そ、それは……」
「何時までなのですか」
「先週までじゃ……」
つい最近まで許嫁だったようだ。このボンクラどうしてくれよう。
「儂が17になるまでに嫁御を貰わなかったら伊織が儂に嫁ぐ、そういう決め事だったのじゃ。儂は生姜を貰ったわけで、その約束ももう無しじゃ。伊織はもうただの従兄弟、儂とはもう何の関係もないのじゃ!」
「もう?」
「そ、そうじゃぁ!」
「もう、と言うことは許嫁の時は色々と関係が有ったのですね」
道太郎様の汗が凄い。
まぁそれだけ私に喋りたくないことが有るのだろう。道太郎様の目が泳ぐ泳ぐ。
「分かりました。私は今日からお七達と一緒に寝ます」
「何故じゃ! 儂はいつでも生姜と居たいのじゃ!」
嬉しい告白だが、今は受け入れられない。
「ふっ、道太郎様のそうゆう所、三岳先生そっくりです」
「い~や~じゃ~!!」
お高様直伝の道太郎様を崩壊させる秘伝の技、こんなに早く使うことになるとは。
道太郎様は一点を見つめ譫言のように、いやじゃ~、いやじゃ~と呟いている。
可哀想だろうか? 全く可哀想に思えない。少しは反省しろと思ってしまう。
あうあう言う道太郎様だったものをおいて部屋を出る。
廊下に出ると、お七が廊下を拭き掃除していた。
私のことを見ると、さっと視線をそらす。
ふ~ん、そうなんだ、そうくるんだお七は。
「お七、」
「わ、若奥様!」
「生姜で良いのですよお七、私もいろんな者にそう呼ばれたほうがこの名前に諦めが付きます」
「は、はい生姜様……」
「お七、今日はいい天気ですね」
「は、はい良いお天気で……」
「お客様は何時頃おいでになるのですか?」
「は、はいお昼頃と奥様は……」
「では、まだ時間が有りますね。少し甘い物など食べに行きましょう」
「いえ! 私はお客様をお迎えする準備が有りますので!」
「良いではないですか、少しだけです」
「いえ! 大切なお仕事なので!」
「私のお願いよりも大切なことなのですか?」
「……………」
寒天屋にて
「お七、ほら食べなさいな、そんなに堅くならずに」
「は、はい!」
「私と食べる寒天はそんなに不味そうに見えますか?」
「いえそんなことはございません! 美味しいな~寒天大好き!」
白々しいことを、
「伊織様」
お七の体が一瞬で堅くなる。
「伊織様とはどの様な御方です?」
「道太郎様の従兄弟で……」
「その様なことではありません」
「は、はい!」
「私に隠し事をするのですか?」
「いえ、そんなことは……」
「私はお七に酷いことはしたくありません」
「生姜様! 私に何を!」
「お七のあんな姿、私は見たくありません」
「生姜様の頭の中で私はどうなっているのです!」
「八吉もあんな事になって」
「アイツは良いんです、どうなっても。私はどうなっているんです!」
「お玉も」
「お玉は助けてください! 何でもします! 何でも喋ります! 後生ですからお玉だけは……」
お七は私に手を合わせて震えている。
「話してくれますね、お七」
つまり、伊織様は道太郎様に強いお気持ちが有り、それを隠そうとしないお人柄らしい。道太郎様幼少の時より伊織様は道太郎様を可愛がっておられ(伊織様は道太郎様より2歳年上らしい)その御寵愛ぶりは凄まじく、道太郎様は物心つく頃には伊織様を恐れていたらしい。
そしてここが重要、伊織様は道太郎様と夫婦になること諦めてはいないらしい。
「お帰りなさい生姜様! お母さんどうしたの! 出かける時より5歳は老けたわよ!」
「お玉! 生きてて良かった~~」
「どうしたのお母さん!?」
「生姜様、娘をお目こぼしいただき有り難うございます。このご恩は一生かけてお返しいたします」
「お母さん? 何で泣いてるの?」
抜け殻のようなお七をお玉に任せ、道太郎様のもとに行くと、道太郎様も部屋でへたり込み、抜け殻のようになっていた。
お高様、この技は危険すぎます。
このままでは道太郎様が使い物にならなくなってしまう。
「道太郎様」
私は膝立ちになり道太郎様の頭を自分の胸に押し当てる。
「私の道太郎様は三岳先生の様にはなりませんよ」
三岳先生すまない。
「私は道太郎様が三岳先生のようになっても見捨てたりしませんよ、大丈夫ですよ」
益々すまん。
「生姜、儂を見捨てんでくれ、儂が三岳先生の様になっても儂を見捨てんでくれ~」
お高様は三岳先生のどんな話を道太郎様に聞かせたのだろうか? 三岳先生は私が見るに確かに破天荒な所はあるがこんなに嫌われるようなお人ではない。
お高様おそるべし、というほかあるまい。
「道太郎様、私のことを可愛く思いますか?」
「儂は生姜のことが可愛く思う~」
「本当ですか?」
「本当じゃ~」
「伊織様より?」
「……」
どうやら、反省が足りないようだ。
「夕夜様、御久しゅうございます。お元気そうで何よりです」
翌日庵様が屋敷においでになられた。道太郎様は廃人化しているので、そのまま放っておいたら、高熱を出して寝込まれてしまった。
心配だが、心のどこかでいい気味だ思ってしまう私もいることことは事実だ。
伊織様はお義母様に深々と頭を下げた。
「伊織、京介様のお供ご苦労様です。私も貴方に会うこと楽しみにしていましたよ」
「有り難うございます。京介様は長旅にお疲れで、ご挨拶は明日にしたいと申されまして」
「それはいけません、お体大事無いですか?」
「それは無い様です。疲れが出ただけでしょう」
「お大事にお伝えください」
「はい」
京介様とはとある大名の御子息で、今回御藩主様から頼まれ、夕夜様がご縁談を世話する事となっているらしい。伊織様はそのお供に付いていらしたのだ。
伊織様を見て驚いた、道太郎様に瓜二つではないか。
「夕夜様、道太郎様はどちらですか?」
「暮葉さ……生姜さん、道太郎はどこにいますか?」
「少しお熱が、今、お部屋でお休みになられています」
「仕方がない子、せっかく伊織が来てくれているのに」
「夕夜様、こちらの方は?」
伊織様が私の顔を見る。
「申し送れました、道太郎の妻、生姜と申します」
「生姜様?」
「はい、道太郎様に付けていただきました。道太郎様が一番大好きな物と同じ名前を私にと言われまして」
「道太郎はお嫁様に野菜の名前を付けるなんて、本当に可愛い子」
伊織様は私に笑顔を向ける、私も伊織様に笑顔を向ける。
まぁ、二人とも目は笑っていないのだが。
「生姜、伊織はもう帰ったか?」
「いえ、お義母様とお話をされています」
「そうか、まだおるのか……」
「お会いになりませんの?」
「儂は伊織が苦手じゃ」
「そうですか? とてもお美しい方ではないですか」
「鏡を見ているようで、伊織は頭も良く人当たりも良い、まるで出来の良い自分を見ているようで、儂は嫌なのじゃ。それに、」
「それに?」
「儂には生姜がおる」
道太郎様は俯き、耳まで赤くしている。
私は幸福に包まれる。
夜の庭、濡れ縁、伊織さまが一人月を見ておられた。
「おさむくはありませんか?」
伊織様が振り向く。道太郎様と同じ美しいかんばせ。
「寒くはありません」
にっこりとほほ笑まれる。
「道太郎はもう寝ましたか?」
「はいお休みになられました」
「……そうですか……」
美しいかんばせが曇る。
「生姜様」
「はい」
「少しお話の相手をしてはいただけませんでしょうか?」
「……はい」
伊織さまの横、濡れ縁に腰掛ける。
「私と道太郎は許嫁でした、私は道太郎と夫婦になるものと小さい時から思っていましたし、先月までその様に思っておりました」
「……はい」
「しかし道太郎は私ではなく貴方を選び夫婦になりました。何故でしょう? 何故私ではなく貴方なのでしょう? 私の何がいけなかったのでしょう? 私に何が足りなかったのでしょう? 貴方に会って私に無かった物はなんでしょう? 何でとお考えですか生姜様」
「…………分かりません」
「お怨みいたしますぞ」
「…………」
「お怨みいたしますぞ生姜様」
「…………」
「何て言ってみたりして」
え! えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!
「私は私に無くて生姜様にあるものが分かっております。それは道太郎を敬う心です。私は道太郎が大好きですが、幼少の頃から知っている為何処か弟の様に扱ってしまう所が有ります。これでは夫婦としてうまく行く訳が有りません。夫に着き従えない妻など貰っても道太郎が不幸になるだけです。これで良かったのです。これで」
伊織さまはまた月を見上げる。
「本当に好きだったんだけどなー」
美しいかんばせから涙が零れ、そしてかんばせはくしゃくしゃになる。
抱き寄せる。
かんばせを胸に埋める。
優しく、力強く、肩と頭を両手で包み込む。見たくないから。美しいかんばせが、くしゃくしゃに歪む所なんて見たくないから。お
優しい伊織さまの心が折れる所なんて見たくはないから。
美しいかんばせは美しいままで。
京介様の縁談はうまくいった。お相手は伊織様だった。
夕夜様のお考えで京介様のお供に伊織様を付け、二人の心が近づくようにしていたのだ。
嫁がれる前日伊織様は私に会いに来て下さった。
伊織さまと私は取り留めのない話を、ただただ時間が許す限り話した。とても楽しい時間、とても幸せな時間だった。
「私は兄が二人いますが兄弟で女は居ません。生姜様と話しているとまるで女兄弟が出来た様で嬉しくなってしまいます。兄嫁たちは優しいのですが何か違います。生姜様とは違います。そこが、道太郎が生姜様を愛される理由なのだと思います」
道太郎様は伊織様に最後まで会おうとしなかった。
伊織様も道太郎様と会おうとはしなかった。
それは何故だか分からないが、道太郎様と伊織様の間にある何かお二人にしか分からない事なのだろうと思う。
私には分からないこと。
しかし私は悲しくはない、私の知らない道太郎様がいて、道太郎様が知らない、私がいる。それでも二人で暮らしていけば、二人しか知らない二人になるのだから。
私は今までに四人の殿方に嫁ぎ三回死別した。
私はそれぞれの殿方に対し精一杯尽くしてきた。
それが隠居した老人で有ろうと、三歳の幼子で有ろうと私は私なりに精一杯尽くしてきた。私はそのことを恥じない、後悔もない、何故なら私は自分の人生を精一杯生きてきたからだ。
そして道太郎様に出会った。
私は道太郎様に恋している。26を過ぎた年増が何をと思う方もおられるだろう。しかし私はそれを恥じない、私は今まで同様精一杯道太郎様に恋をするだろう。
そして道太郎様はそれを受け入れてくれる。
これ以上の幸せが現世に有るだろうか。
私が道太郎様に望むことは一つだけ、ただ一つだけ。
私より早く死なないで。
そして、私が死ぬまで、
私の、そばに、いて欲しい。