第85話 人界からの迎え
「やめて、ノア。貴方を犠牲にしてまで助かりたいなんて思わないわ!」
レイアの言葉にノアは笑顔を浮かべた。
「その言葉で十分ですよ。いいんです。どうせこんな姿になった僕は、もうベルナーでは生きていけないのですから。」
「あなたがクルム侯爵でないことは証言するわ。私が言うのが無理ならエルから言ってもらったら・・・」
「姉さま。僕は姿だけでなく寿命も彼に奪われたんです。残り少ない生を自分がどう生きたいか考えた時、僕の願いは一つでした。あなたをここから逃がして幸せになってもらうこと。」
そう言うと、ノアは血の滴る自分の指をレイアの口に無理矢理押し込んだ。
「んっ・・・ぐぅ・・」
レイアは苦しそうにうめき声をあげたが、ノアはそれに構わず右手でレイアの顎を押さえつけた。
「ルーメン・デア・ウェニーレ・セクタム・セニプラ・モーラ・アローハ」
ノアが何か呪文のようなものを唱えると、レイアの身体が熱くなりノアが触れている口元に熱が集まった。
「ん・・・んん・・」
レイアは儀式を止めさせようと、身体をねじり首を振ろうとした。
しかし身体はエルフリードに、顔はノアに押さえつけられ振りほどくことが出来なかった。
「あ・・・ああ。」
やがて口元に集まった熱がはじけるような感覚がすると、それまで全身を苛んでいただるさや熱感が嘘のように消えてなくなった。
「成功した・・・。よかった・・・」
ノアは淡く微笑むとその場に崩れ落ちた。
レイアはノアに駆け寄ろうとしたが、エルフリードに身体を抱えられたまま動くことが出来なかった。
「エル、放して!」
レイアはエルフリードを振りほどこうとしたが、逆に強い力で抑え込まれた。
「姉さま。僕がクララを通してエルフリード様にお願いしたんですよ。さあ、彼に見つかる前に人界へ・・・」
ノアは熱に侵され気だるげだったが、きっぱりとした口調で2人を促した。
「いや!だったらノアも一緒に戻りましょう。」
「僕はここに残ります。エルフリード様、姉さまを幸せにしてあげてください。」
ノアの言葉にエルフリードは力強く頷いた。
「君の協力に感謝する。君の名と私の命にかけてレイアを幸せにすると誓おう。」
ノアはそれを聞いて笑みを浮かべ、軽く頷いた。
「ノア。いや、どうして?」
混乱するレイアをなだめるようにノアは微笑んだ。
「初めてお会いした時から姉さまは僕の憧れでした。僕の今一番の願いはあなたに幸せになってもらうことなんです。」
「ノア・・・」
「さあ、エルフリード様、急いで。」
ノアに促されエルフリードがレイアを抱きかかえたまま後ずさった。
うろの奥まで来るとエルフリードはそのまま背中を壁に押し付けた。
すると目の前の空気に歪みが生じ、空間が開いた。
「ノア!」
レイアが絶叫した。
2人の姿が木のうろから見えなくなったのを確認してノアはつぶやいた。
「姉さま、お幸せに・・・。」
そして目を閉じ、意識を失ったのだった。




