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乙女ゲームは終了したのに帰れません〜ハッピーエンドの後に、ひとりぼっちになったヒロインですが、自分の力で生きていきます〜  作者: 国枝 彩乃
研究所編

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発表

 冬の訪れは早かった。気温がすとんと落ちて、窓から見えるのは枯れ枝ばかり。十六時なのにもう外は薄暗い。ハイレーナは講堂へ降りる階段をシュテファンと連れ立って降りていた。廊下は肌寒くてショールの前をかき合わせた。さっきまで一緒だったグレンより自分の方が浮き足立っているようで、呼吸が浅い。階段の中程から、講堂の前の列が目に入った。第二の研究者に混じって、第一や第三、生物部の顔が見える。顔見知りと黙礼を交わしながら、列に混ざりゆっくりと講堂の中へ。

 ――去年のお父様の時と、感じが違う……。

 真ん中より後ろ寄りの席につくと、あたりを見回した。ざわめく人々の顔に浮かんでいるのは好奇心。それも、値踏みするような。呼吸が苦しくなって、ショールを肩から外した。指先だけが冷たい。隣のシュテファンは優秀な秘書官らしい表情を浮かべ、顔見知りと挨拶を交わしている。

 時間になると、壇上にグレンがすっと現れた。ハイレーナは両手を握りしめる。グレンは片手を上げ、それだけで会場のざわめきが静まった。

「本研究では」

 張りのある声が会場に響く。自然と耳が引き寄せられた。

「全種のウォードへ対応可能な伝達インク――マルチインクの開発に成功した」

 言葉が浸透すると、方々から声が上がる。

「マルチインクだと?」

「全ウォードって旧式から直方体までか?」

 すぐに何本かの手が上がった。

 グレンはそのまま言葉を続ける。

「本方式では、レジノス液に……」

 ――グレンって、こんな声だったっけ?

 大声ではないのに、言葉が全部入ってくる。

「……抽出および、インク化を一気に行う」

 とそこまで一息に言って、黒板に向かい工程を書き始めた。

「製造工程が短縮だと?」

 ざわめきが大きくなる。鼻で笑う声が周りで聞こえてハイレーナは顔を顰めた。メモを取る紙とペンの音。質問の手が多数上がった。黒板に書くグレンの背中を見ながらハイレーナの頭が動く。配合の細かな実験を繰り返すグレン。びっしり何枚にも及ぶ記録。論文を書いては直す姿。納得がいくまで突き詰めるその背中。

「したがって、以下の数値を示す」

 黒板に数字が並んでゆく。いつの間にか辺りは静まり返っていた。全員の視線がグレンの手に吸い寄せられている。最後の数値が書かれると、驚嘆の声が上がった。グレンはコンとチョークを鳴らし、振り返って会場を見回した。

「質問を受け付ける」

 その声と同時に多数の手が上がった。

「そこ」

「レジノス液とノクサイトの配合のについて……」

「次」

 グレンはどの質問にもよどみなく答える。

「ノクサイトの溶解温度を上げると……」

 簡潔で正確だった。

 意地の悪い質問もあって、ハイレーナは唇を噛んだが、グレンは意に介さず淡々と論破した。

 ――すごい、この人は……。

 いつの間にか頬がほてっていた。見慣れたもじゃもじゃ頭が、別人のように見えた。

 次第に質問が少なくなって、人々の目に賞賛が浮かぶ。ついに一つの手も上がらなくなった。

「……制圧」

 シュテファンが呟く。ハイレーナが振り向くと、シュテファンはニヤリと笑って頷いた。

 ドラゼッリ所長がゆっくりと壇上に上がり、グレンの腕を叩いて労う。

「えー伝達インクの大きな技術躍進だと思う。今後はモンテス方式で作るから、学ぶように!」

 と締め括った。

 

 研究者たちが二手に分かれて行くのを座ったまま眺めている。一つは壇から降りたグレンを取り囲むようにして、もう一つはゆるゆると出口に向かって。

「すごい……」

 人々から一つ分飛び出したもじゃもじゃ頭を見ながらつぶやいた。隣のシュテファンもグレンを見ながら頷く。

「ええ、我が主はほんとうに」

 吐息が聞こえる。

「あれで性格さえ……」

 ちらりとハイレーナを見た。

「まあ、だいぶ改善されてきましたが」

 にっと笑った。

 こちらへ向かってくる列の中にフェイドンがいる。目が合うと手を挙げて近づいてきた。人をかき分け、座席に向かって歩いてくる。

「レナちゃん。朗報!」

 どかりとフェイドンが隣に座ると同時にシュテファンが立ち上がった。

「では、私はこれで」

 礼をして出口へ向かう列に加わる。目でその姿を追っていると、フェイドンがグレンの方へ顎をしゃくった。

「あいつ、なかなかやるな」

 ハイレーナは無言で頷いた。それを見てふっと笑ったフェイドンが体をわずかに寄せて、声を落とした。

「昨日聞いたんだが……停戦になったと」

 ぐんと意識が引き戻される。フェイドンの顔をじっと見る。

「知り合いがいるって言ってたろ?」

「耳が早いな」

 すぐ後ろで声がして、振り返ると、身を乗り出して座っているアリスティッドと目が合った。口角を上げたアリスティッドは二人の顔を交互に見る。

「正確には、『停戦交渉に入った』だ」

 フェイドンは軽く礼をしながら身体をひねる。

「北の守りが強かったって聞きましたよ。全戦全勝だったとか」

 ――ヴァレンス!

「おうよ。叩き潰したらしい。が、決め手はレグステラ艦隊だ」

 目を見開いてアリスティッドを見つめるフェイドン。頭を下げて、低い声で続けるアリスティッド。

「ボリステレスの西の海を埋め尽くしたって話だ」

「……王太子妃殿下ですか!」

「レグステラ王にねじ込んだらしい」

 フェイドンが頭を上げて、大きく息を吸う。ハイレーナの頭には王城で会ったレグステラ王女の強い瞳が浮かんだ。窓辺にあった、船の模型。あれが何隻も海に並ぶ光景。

 アリスティッドが立ち上がったのを機にフェイドンとハイレーナも出口に向かって歩き始める。

「いやあ、頼もしいですね」

「ああ、あの姫がついていれば、安泰だろうさ」

「違いない!」

 笑い声が上がった。

 講堂を出る前にグレンを振り返る。彼を取り囲む人々の数は増えるばかり。目を逸らして、大きなため息が出た。

 

 

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